レイフォンは横へ跳んだ。ハイアの袈裟斬りを躱し、一歩踏み込む。
その斬撃は空を裂く。揺れる赤橙の髪の下で、灰色の冷えた眼がレイフォンを睨みつけている。
―――――また、あの眼だ
思考をしている余裕はあるわけではない。しかし、考えずには居られない。
ディン・ディーの違法酒事件の時戦ったハイアの眼には、あからさまな感情が宿っていた。
どうしてそこまで強く嫌悪にも似た感情を抱けるのだろうとは思ったが、ハイアのウォルターへの態度を見ていればそれは明らかだ。
それでもまだ、レイフォンがいまの状況に答えを出すには至らない。
ハイアの沈殿した瞳。レイフォンへの対抗心は消えていないのだろうが、それでも前程……いいや、表にほとんど出ていない。
技を放つ時、それに意志を込める時、ちらと見え隠れする程度だ。
何故?
彼は言っていた。本気でなければウォルターを巻き込んだりしないと。
それはそうだろう。誰だって、憧れや敬意を評している相手に対して無礼はしたくない。
それでもハイアはそれを行った。だから、腹はくくっているのだとばかり思っていた。
―――――そういうわけじゃ、無いのか
ハイアはいま、揺らいでいるのか。
それとも、苛まれているだけなのか。
―――――だけどあの眼……どこかで
見たことがある気がする。だがどこで見たかは思い出せない。
だが、いまはそんなこと構わない。レイフォンはただ、ハイアを倒す。
それをするだけだ。
外力系衝剄を変化、焔切り。
上段から下段へ。ハイアはその冷えた眼で状況を判断し、それを躱す。
身を翻しながら避けたハイアが避けた足で踏み込み、刀を振るう。
その斬撃を受け止めながら、レイフォンは重心を低く落とした。鍔と鍔がぶつかり、火花が散る。
お互いが剄を放ち、身体が圧に押されて後退する。
ハイアに斬りかかるべく、レイフォンが片足を地面につけた時だった。
(…………さか)
―――――え
聞いたことのある声が、脳内にこだました。
伝播して伝わってきたとでも言うのだろうか、その声は波紋のように広がり、レイフォンの思考へとどく。
(………………こ…は……だ……)
―――――この、こえ。……だれと、話して…、
聞き馴染みのある声音が、レイフォンの思考へと侵入する。
(……ね、さすがウォルター)
ウォルター。
その一言にすべての意識を持って行かれ、レイフォンは刀を振りかぶり目の前に現れたハイアへの対処を失念する。
ハイアの鋭く、冷えきった眼がレイフォンの瞳に映った。
「もらったさ」
「し、ま……ッ!」
どうして、“あの声”がウォルターの名を。
その問いは激痛の波に飲み込まれ、意識的に考えるには至らなかった。
ぼたぼたと肩口から血が流れ出る。
よけきれなかったハイアの刀は左肩に食い込み、レイフォンの肩口を切り裂いた。
激痛の走る肩を押さえて、レイフォンは右手に握る刀の感触を確かめる。
―――――左は動かないな
この戦いの間は動かないだろう。それにレイフォンは舌打ちをしつつ、刀を握り直す。
ハイアといえば、鋭い目つきでレイフォンを見据えている。
―――――やっぱり……おかしい
ハイアならこんなふうに平然と立っているだろうか?
レイフォンを挑発するような一言でも言いそうなものだが、それもない。
では、どうして?
レイフォンは疑念を頭に残したまま、踏み込んだ。
刀がぶつかり合い、武器破壊の技が斬線を描き、それがいなされ、蝕壊の剄が閃く。それすらも躱した両者の刀が火花を散らし、衝剄が火を噴いた。
お互いが後方に跳躍し、再び踏み出す。レイフォンは下段からの切り上げ、ハイアが上段からの切り下げ。喰い合う勢いが衝撃波を生み出し、辺りの空気を震撼させる。鍔迫り合いをする2人の間でちりちりと剄が煌めく。単純に剄での押し合いでは負けるとわかりきっているハイアは、重心を落として踏みとどまる。
―――――右手だけじゃ…さすがにきついか
衝剄や技だけならばまだしも、鍔迫り合いでは確実に負ける。レイフォンは右足全体に体重を乗せ、勢いに剄を乗せて錬金鋼を振るった。
外力系衝剄を変化、九乃。
矢のように鋭い剄が衝剄に押されて後退したハイアに襲いかかる。それを跳躍して躱しながら、ハイアは軽く舌打ちをした。
頭がくらくらする。レイフォンは出血によりふらつく頭と足を叱咤しながら錬金鋼を握る。
負けるわけにはいかない。何があろうとも。
怪我を負ったのは自分の不注意、他のことに気を取られたからで、自身の甘さゆえだ。
それをなにか言うつもりはない。
「……何を考えてるさ? 随分と余裕さね」
ハイアがやはり表情を動かさずに言う。
そんなふうに言われるくらいならば、あの、人を茶化したような笑みで言われたほうがマシだ、とレイフォンは内心で悪態を吐く。
余裕は無い。一刻も早くハイアを倒す。フェリとウォルターを開放させる。
ウォルター。その言葉に先程の声を思い出した。
―――――……いまはそれを考えてる場合じゃない、かな
内力系活剄の変化、旋剄。
レイフォンがハイアへ一気に距離を詰め、そのまま剄で押しこむ。ハイアの炎剄を自身の剄で弾き返しながら、マイアスの方へと押し込んでいく。
突然の一直線さに、ハイアは怪訝な目つきでレイフォンを見ながらも後退し、跳躍して剄技を放つレイフォンに向かって、剄技を放つ。
外力系衝剄の変化、蛇落とし。
サイハーデン刀争術、焔切り。
レイフォンが放った高圧の竜巻状の衝剄がハイアを飲み込む。ハイアの足が地面から浮いたと直後、ハイアは炎を纏う斬撃で衝剄を切り裂く。
裂いたその先に、レイフォンの姿は無い。
すでに着地したレイフォンは、そこから切り上げの斬撃に衝剄を乗せた。
外力系衝剄を変化、
「!」
ハイアが眼を見開いた。斬線型に放たれる高密度の剄がハイアに襲いかかる。
それを跳躍、衝剄と斬撃で躱しながらハイアが大きな舌打ちをした。
「……ウォルターの技……」
レイフォンも幾度か見たことのある、ウォルターの技だ。
だが、あまりの使い難さにレイフォンは内心で驚いていた。
ウォルターの使っている所を見ているだけではなかなかに幅広く扱える剄技のように感じていたが、こうして彼が放つように再現してみるとなかなか難しい。
剄の密度が高過ぎれば振るったとしても勢いがなくなってしまうし、低すぎれば振るった勢いに負けて霧散してしまう。言えばこの技は、“剄の込め方”が酷く面倒だ。
斬撃として放つ為、直線の動きのみをする。それは確かだ。しかし、剄が常に眼には捉えられない程微細に振動している。
ここまで再現が難しいとは、レイフォンも思っていなかった。
この技はもう使えないなと切り捨てて、レイフォンは錬金鋼を握り直す。
「お前、さっきから何考えてるさ」
ハイアが外縁部の縁に着地しながら呟く。
鋭く細められた眼に射抜かれながら、レイフォンは内力系活剄を傷口に集中する。
ほんの少しでも戦いに専念するために、僅かな時間すら惜しい。
レイフォンが内力系活剄に集中しながら構えを取る。
ツェルニとぶつかっているマイアスでは雄叫びと武器のぶつかり合う音が聞こえ、レイフォンはじりじりと剄の密度を増しながらハイアとの距離を詰めていく。
ハイアの数歩後ろには荒れた荒野、本物の大地がある。レイフォンはハイアを前に出させる気はない。この戦場はお互いの剄力を考えると狭い。
なら、レイフォンが考えていることは……
「…いいさ。乗ってやる」
冷えた光を宿したまま、ハイアは身体を傾がせる。
傾いた身体のまま衝剄を爆発させ、マイアスへ跳んだ。それを追うようにして、レイフォンもまた跳んだ。