「さてと、母体は下だな」
汚染物質の混ざったにおいもしない。ルウの“拒絶する”という領域が的確に働いている証拠だ。汚染物質はイグナシスの悪意が変質した物。それはルウにとって不利益で、必要のない物。必然にルウは拒絶し、ウォルターに悪意が届くことはない。
一直線に幼性体が出てくる割れ目に飛び込み、ウォルターは下降する。向かってくる幼性体は切り刻みながら、下降を続ける。
最下まで着くと、動けないままに逃げようとする母体の姿が視界に捉えられた。
それは一瞬、過去最も殺すときに動揺した相手の動きと重なった。
しかしそれは一瞬。次には霧散し、消え去る。
変わりに、消えぬ言葉を紡ぐ。
「生きたいと思っているのは、思っていたのは、あいつもオレも、そして元々ナノセルロイドのポーンであったお前も、同じなのかも知れない」
マザーのナノセルロイドから分離したポーン。オーロラ粒子に侵蝕され、まさに異獣と呼ぶにふさわしかったポーン達。
彼らはゼロ領域にたたき落とされようと、放浪することになろうと、生きることに必死だった。
「それでも、オレはあいつとの約束を守るために、生きなくちゃならない。この世界を、運命の紡ぎ手を護らなくちゃならない。例えそれが、独自の紡ぎ手で会っても」
そうだ。約束したのだ。あの男と。
自らで護れば良いものを、こんな、一番人間というものに愛着を持っていない男に頼んだあの愚かで、哀れで、仕方のない男と。
「だから、生きるンだ。死ねねぇ。何があっても。オレは、オレの選択のために死ねないよう決めた。だから……………」
刀を振り上げる。
「詫びるつもりはない」
振り下ろす。
ツェルニではレイフォンの猛攻により幼性体はすべて片付いていた。ニーナも肩口を怪我していたものの、それ以外は至って大丈夫そうだった。
外縁部に手をかけ、帰ってきたウォルターの視界に一番初めに飛び込んできたのはレイフォンがニーナの胸めがけて倒れている所だ。
「……………」
「ウォルター! た、助けてくれ! 重い、意外に重い!!」
「……………ぶはっ」
「ウォルター……………!」
「ははははははははははは!」
腹筋が痛いと思うほど、笑いが止まらない。ニーナの狼狽える顔が面白い。
ウォルターは思う存分ニーナを指さして笑うことにした。
その後ニーナにそのことで弄られたり、汚染物質遮断スーツを着て無くて大丈夫だったのかとかいろいろと聞かれたものの、ウォルターはのらりくらりとかわすことに徹した。