転生食堂と常連達   作:かのそん

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トマトスープは簡単に作れて、実際そこそこ美味しい


4話 店長と大好物

 ~0~

 

 ふっふっふっ。

 やっとだ・・・。

 やっと手にいれた・・・。

 待ちわびていたぞ!この瞬間を!!

 

 

 

 

 ◇

 

 今日は金曜日だ。

 いや、この世界には曜日とかそういったものはないのだが。金曜日と言ったらアレである。

 

 そう、俺の大好物のアレ!

 

 

 それを作るに当たって、まずうちで使ってる一番大きい鍋を取りだしたが。

 久しぶり、実に24年ぶりだ。

 前の世界で定期的に作っていた大好物。それを食べられる機会を前にテンションが怒髪天並みに急上昇。それを作るためだけに、一度町に出だし。更にでかい鍋を購入してきてしまった!

 このその場の勢いだけで大なり小なり暴走する癖を俺は自覚はしている。悪いところを矯正するにはまずは自覚することから始めるのが一番だと聞いた事がある。

 つまるところ、俺のこれは直らない。自覚し悪いとは思っているが、反省はしていないのだから直るわけがなかった。

 

 話が逸れた。

 なにやら町では一度ここを通った有名な奴が帰って来るとかでパレードの準備やら、特売品や、セールやらで多数の人間、魔人がところ狭しと駆けずり回っていたが、正直今の俺は其れ処ではなかった。詳しい話は聞かなかったし、聞いてもいない。熱心に語る店員の言葉も話半分に、右から左へと受け流して早々に帰ってきてしまった。

 まあ、セールのせいで安く手に入った鍋分くらいは感謝してるよ有名人様!

 

 さて、やりますか・・・!

 まずはうちに既にあった鍋に水を張り馬鈴薯(ばれいしょ)。まあジャガイモだ。

 それに湖羅葡(こらう)。うん、どう見ても人参だね。

 そして、レッドオニオン。何でいきなり英語なんだよ、紫玉葱。

 

 皮を剥き、4等分くらいに切っていくジャガイモと、それより一回り小さいサイズに切った人参を次々と鍋に投入して火を付ける。

 

 

 そして、ミラに頼んでいつもより多目に持ってきてもらったトマト。これの皮を剥き半分に切って。先程買ったデカイ鍋の底に沢山敷き詰め、こちらも火に掛ける。トマトは驚くほど水分を含んでいる。火に掛けて鍋の中で煮潰していくだけで今回のベースとなる汁物が出来る。

 そしてそこに、さっき取り出した玉葱はジャガイモの倍の数をざく切りにして投入。玉葱は加熱すると出る甘味がいい感じにマッチする。

 更に更に鶏肉も追加だー!ヒャッハー!さあ、脳内が盛り上がって参りましたー!!

 玉葱には肉を柔らかくする働きがあるので、こちらは肉と一緒に煮詰める。

 

 

「今日はいつもより沢山トマトスープ作るのね、鶏肉もいっぱい入ってる・・・。」

 そこで不意に声が掛かった。

 鍋を買うために勢い良く走り去り、デカイ鍋を抱えて帰ってきた俺を華麗にスルーし、開店前だと言うのに既に定位置の端っこに陣取り、分厚い書物を読み耽っていた常連が初めて声を掛けてきた。

 キミ本当に食べ物以外に興味無さすぎじゃないですかね?

 

 

 例え治安が良くても、前の世界とは価値観を含め何もかもが違う世界だ。魔物の存在だけではない、街道を外れると盗賊が襲い掛かってくる事がある。彼等も生きようと必死なのだろうが、襲われる側としては溜まったものではない。

 俺は昔とあるメンバーと旅をしていたこともあって、そこそこ強い。だが寝ているときに襲われればお仕舞いだ。いくら身に付けようとしても面倒事が起こったときに即座に反応できる様な、浅い眠りを習慣つけられなかった。

 だから戸締りはしっかりとしている。開店になるまで基本的に合鍵を持っている、ミラぐらいしか入れない店内に、転移魔法使って入ってくるのだから。俺にはお嬢ちゃんは止めようがなかった。

 朝起きて一人で仕込みをやって居る時に、背後の野菜を手に振り替えったら、誰もいないはずの部屋の中、しかも自分の背後に突然人が現れる。

 初めてそれをやられたとき思わず二度見するわ、変な声出るわで我ながらみっともなかった。

 ホラー苦手やねん、辞めてよ。

 

 

 で、この前の蠍事件の後。うちのトマトスープを飲んだ彼女はコレを大層気に入ったらしく、最初の時は蠍の素上げを3人で完食した後で、三杯くらいおかわりしていた。

 

 あれ以来、最初は1ヶ月に1度くらいの割合で通ってくれていたが、段々と間隔が短くなっていった。

 1ヶ月が2週間に、2週間が1週間に、そして今では週に2回くらいの頻度で顔を出すまでになっていた。

 

 

「ああ、今回はこれをベースにするんだ。だからトマトスープは出ないぞ」

「!!」

 あ、めっちゃ凹んでる。

 普段あんまり表情が動かないけど、最近は少しづつ分かるようになってきた。

 まあ、これは露骨に表情に出てるから誰でも分かるだろうが。普段は動かないけど眉根が下がっているし、完全にショボーン状態である。

 

 

「そんな殺生な・・・。」

「あー、わかったわかった。途中までは作るの一緒だから特別に一杯だけ出してやる」

「ほんとに?マスター、ありがとう」

 なんかこっちが悪いことしてるみたいな気がしてきてそう提案する。すると、先程までの残念そうな顔は既に微塵も面影がない。

 そして、こいつが感謝の言葉を出すときは決まって相手の目を真っ直ぐに見詰めてくる。

 

 じーっ、とこちらを見つめてくる一対の視線を、いつも気恥ずかしくなって、こちらから目を逸らしてしまう。

 ミラも何度かこの視線に晒されていた事があるらしく、二人で笑いながらそんな話をしたことがある。

 

 ところで、こいつが俺の事をマスターと呼び始めた件だが。

 ここに通い詰めている他の常連達からいつの間にか伝播していたらしく、気が付いたらこう呼ばれるようになっていた。

 決して餌付けしてご主人様になったとか、俺の趣味だとか、変な契約を結んだとか、俺の趣味だとかではない。

 2回繰り返したが、大事な事なので仕方ない。

 

 

 小さく咳払いをして、料理に意識を戻そうとする。すると読書を辞めた彼女が俺の手元を視ている事に気が付いた。めっちゃ見られている、少しやりづらい。

 ジャガイモと人参を煮ている鍋の吹き零れが無いことを確認して、弱火にして。とりあえずトマトスープを作ることにする。

 

 とは言っても、後は味を整えるだけだ。トマトを煮詰めて、その煮汁で玉葱と鶏肉を柔らかくなるまでじっくりコトコト煮る。

 手が空いたので、簡単に今手元にあるものでサラダを用意して。ドレッシングを作るのも面白いかもしれない。

 よし、やるぞー。

 

 

 魔法使いのお嬢ちゃんからの視線を一身に、それらの調理に没頭し少し時間がたった頃。

 

「随分長く煮込むのね」

「ぁー、本当は1日とかじっくり煮込む方法のがいいんだがな」

「それは、本当に長いわね」

「まあ、俺が我慢できないし今日はそろそろ終わりだがな。だが人によっては3日くらい煮込む人もいたな」

 そんなに・・・!と絶句している彼女のレアな表情に自然と自分の頬が緩む。作業再開。

 味見味見っと。鶏肉の柔らかさを確認。OK。玉葱。OK。塩を入れ少し薄味くらいのスープ。OK。

 ブラックペッパー、黒胡椒だね。

 これを粗挽きにしたものを鍋の中身に振りかける、塩とのバランスを取りもう一度味見をする。OK。

 

 

 ほい、完成ー。

 煮潰したトマトにコンソメを溶かして、ベーコンを入れればそれだけでそこそこの味が出た転生前と比べると、若干手間は掛かるものの、鶏肉から出た旨味でこれはこれで結構美味い。

 

 待ちきれないぐらいお腹が減ってるのだろう、妙にそわそわしてる目の前のお客様に少し多めに盛り付けて配膳する。

 

「さっきも言ったけど、今回はおかわりは無しな?こっから手を加えていくから」

「うん、わかった。」

 あと今回は塩気も控えめだから、物足りなかったらこれ足してくれ。と伝えながら、塩と胡椒の入れ物を渡した。

 

 これが後に少し残念なことを引き起こす事になるのだが、それを今の俺が知るよしもなかった。

 

 

 

 ◆

 

 今日のマスターは変だ。

 私は今やすっかりお気に入りなった出来立てのトマトスープを啜りながら彼を観察し思う。

 

 いや、今の言葉の使い方では語弊がある。彼は変じゃなかった事がない。そう、いつも変だ。そもそも味が気になるとかで魔物やら毒物を食べる人が普通な訳がないのだが・・・。

 しかし、今日はいつにも増して変に見える。なんと言うか、楽しそう?

 

 サッ、サッ・・・。

 味がちょっと薄い、受け取った容器の中身を少し振り掛ける。

 

 

 マスターが、細かいオレンジ色の豆をトマトスープの鍋に大量に投入している。聞いてみると、これはとてもよく水分を吸い膨らむ少し特殊でレンズ豆とか言うのだそうだ。

 それを一緒に煮て水分を吸った豆を潰してとろみを付けるらしい。

 それをかき混ぜながら待っている間にもうひとつの鍋を確認しているのが分かる。

 ほくほくになったジャガイモ、人参。そしてもう一方の鍋から玉葱、鶏肉を一口サイズに取りだし。

 私が見たことのない調味料を使って味見してる。ずるい。

 

 サッ、サッ・・・。

 

 小さい方の鍋の火を消した。どうやら満足いく出来だったらしく、小さく頷いている。

 それが終わると、見たことのない色々な種類の種子の様なものが大量に並べられ、それらを次々と潰して粉末状態になるまで細かく()いてゆく。

 すると、色々な香りが一気に部屋中に広がってゆく。独特な甘ったるいもの、香ばしいもの、香りはそれほどでもないがとても黄色いもの、とても赤いもの、黒いもの。

 様々な色、様々な香りが充満する。あの黒いものが胡椒だと言うのは手元にあるのと同じなので分かるが、他は何なのだろう?

 

 

 サッ、サッ、サッ・・・。

 

 ああ、でも、とっても良い。

 

 それらの種子みたいなものを全て混ぜてフライパンで炒め始めた。それまででも充分に良い香りだったものが、炒めることによって部屋全体に一気に広がった。

 

 サッ、サッ、サッ、サッ・・・。

 

 よい香りだ・・・。

 

 

「おい、大丈夫か?それ胡椒使いすぎじゃ・・・」

「ークシュッ‼」

 部屋全体に広がった香りを吸っていると手元にあった胡椒に粘膜を刺激され、暫くの間くしゃみが止まらなかった。

 

 

 ◇

 

 胡椒にやられたか、あれ結構キツいんだよなぁ。

 くしゃみが止まらなくなったお嬢ちゃんは、状態異常回復の魔法を大盤振る舞いして、無理矢理治していた。治るんだ・・・。

 すげぇな、魔法。ってかあれ状態異常だったんだ。

 まあ、俺の好きだったゲームにホームシックとか風邪とかの状態異常もあったけども。ぽえーん。

 

「マスター、新作はまだ出来ないの?」

「や、もうすぐだよ。さっき炒めて香りを強くしたやつを豆でとろみを付けた鍋に混ぜていって。別の鍋で煮たジャガイモと人参を入れれば、それでほぼ完成だ。」

 さっきの胡椒が沢山使われたスープはしっかりと飲み干した後、まだお腹が減ってるらしいお嬢ちゃんから訪ねられる。

 ふっふっふっ、よくぞ聞いてくれました・・・。

 

 

「さっきの・・・。スパイスだっけ?」

「そーなんだよ!このスパイス各種手に入れるのにどれだけ苦労したか!まずトマトみたいに流通してるかどうかすら分からんし。そのトマトだって最初の頃真っ赤っかだから毒とか疑われるし、果ては観賞用になってたこともあった。それに例え流通してても俺の知ってる名前と違う可能性とかあるし。人参見つけた時にも思ったね、なんだよ湖羅葡(こらう)って名前は、どう見ても人参なんですけど!?馬鈴薯(ばれいしょ)はどっかで聞いたことあったけどさぁ。色々苦労したんだよ。具は割りとなんでも合うんだが、やっぱ肉は外せないな!牛でも鳥でもいいね。スープカレーでも良かったんだけど、やっぱりカレーはとろみがあってなんぼだな。レンズ豆に似た豆類を手に入れるまで待って良かったわ。そんで出来るのが、カレーって言う俺の大好物でさ。色んな具材から溶け出した旨味とスパイスの辛味が混じりあってすげぇんだ!一見合わなさそうな具材でも美味かったりするし、残ったやつを1日置いといて寝かせるとまた味に深みが出て美味いんだよ!!」

 ああ、本当にお久しぶりです、カレー様!

 トマトをメインに作ったスープこれが既に旨味の塊みたいなもんだ、そこに肉の様な別の旨味の出る他の具材をぶちこんで煮る。これで美味くないわけがないのだ!

 今回のは名前的にはチキン豆カレーってところかな。

 

 よしよし、カレーももうすぐ完成だし。今日は俺も食うぞー!

 暖かい飯をたっぷり食うんだ!

 

 若干引き気味のお嬢ちゃんが居るが、久しぶりの好物を前にした俺のテンションは些かも揺るがない。あんなに露骨な表情初めて見たかも分からんね。

 それにしてもスパイスの香りってのは本当に食欲を刺激するな。

 よし、じゃ最後にアレを、用意、し、て・・・。

 

 

 ぁ

 

 

 

 

「マスター、どうしたの?」

 俺はとてつもない思い違いをしていた。今更ながらそんな考えに行き当たった。

 確かにカレーは完成した、正直今すぐにでも口一杯に頬張りたい。だが・・・。

 

 

「足りない・・・。」

「?」

 完成だと言っていたのに何を言ってるんだこの男はみたいな視線が突き刺さる。

 俺はこの時、食べる準備をしているときになって初めて、決定的なミスを犯していた事に気が付いた。そう・・・。

 

 

 

「米が、なかった・・・。」

「コメ?」

 この世界で俺はまだ米を見たことがないのだった。

 




前回の後書きで、次回は営業中と言ったな。
すまん、ありゃ嘘だった。

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