転生食堂と常連達   作:かのそん

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基本的に15日を予定で進めていました。
間に合わなかったけど。


17話 混乱と新作

 ~0~

 

 沈黙ってのはいいものだ。

 黙っていれば無能な事もバレないのだから。

 

 事態の好転もまた、ありはしないのだけれど。

 

 

 ◇

 

 

「それであの人がな、ーーーーーなったんだ。そうしたら何て言ったと思う?ーーーーーだってさ。」

「へぇ、そうなんだな。」

 

 俺は今、彼女を落ち着かせようと抱き寄せた状態のままでいる。

 そのままの状態で彼女の身の上話を聞いていた。長い時間話していたが、ただ捲し立てるだけではなく、所々にきちんとオチや緩急を付け、話の仕方が丁寧で上手だった。

 

 捨て子だった事。魔人でありながら人の国で過ごしていた事。その為姿を公に出来なかった事。役に立ちたくて隠密行動を練習した事。それを活かして影ながら護衛に従事していた事。友人がいなかった事。変わり者でお喋り好きな育ての親の事。

 

 最初はポツリポツリと、しかし今まで親い人が居らず吐き出さずに貯めてきた想い、そして言葉は。一度紡ぎ出してしまえば止まらず。

 塞き止めていたダムが決壊した濁流の如く。正の感情も、負の感情も引っ括めて一緒くたに溢れ出てきた。

 

 

 

「で、、あの人ーーーーーとか言うんだ。あの人おかしくないか?な?」

「ふふっ、確かに少し変わってるな。」

 

 一通りの言いたいことも、愚痴も不満も全てが吐露し終わったのか、身の上話も終了し。平静を取り戻した様に見える。現に今は町中で出会ったときみたいな月並みな雑談に興じていた。

 

 

「まあ、店主もなかなかだかな。ふぅ・・・。」

 

 お喋り好きな彼女の身体は、抱き締めてみると意外な程に小さくて。大きな蜘蛛脚の存在もあるのだろうが、想像していたより収まりが良く、スッポリと胸元に収まった事で少々面食らった。

 彼女が落ち着き話が終わるまでは気にならなかったのだが、ここで今更ながら1つの問題が浮上した。

 

 

 これ、いつ離すのが正解なの?

 

 

 

「・・・。」

「ん・・・。」

 

 時間が経つにつれ、気まずくなってきた。

 先程まではそこそこ普通に話せていたと思うのだが、今はパッタリと会話も無くなり、腕の中で身動ぎ1つせずにいる彼女も、恐らく同じなのだろう。

 

 経験豊富の人ならスッ、と自然に離して、当たり前の様に次の行動に移せるのだろうが。悲しいかな、俺には経験が足りなかった。

 

 それに最初は抵抗。と言っても、そう呼べないくらいの弱々しいものではあったが。それをしていた彼女は今、両腕と蜘蛛の脚。合わせて8本もの手足を俺の背中へと回し、こちらの身体をガッチリと絡め取っている。

 だいしゅきホールドもビックリの拘束力。

 

 

 加えて、とても柔らかいモノが俺の腹部から胸部にかけての位置に当たり変形している。気にしてなかった時は大丈夫だったのに。一度気が付いてしまうと。それは、もうどうあっても、無視できない魔性の果実。やぁらかい・・・。

 

 

 ソレを意識しないように、腕の中の彼女を見やる。取り乱した不安定な彼女を放っておけなくて、勢いだけで行動してしまった結果こうなり。

 長々と雑談を交わし、今では大分落ち着いたと言えるだろう。

 だが、未だに目尻には涙が滲んでいる。

 

 その涙を見て、ミラや妹が小さかった頃の姿が脳裏に掠める。そしてすぐに安心してくれた、愚図ってしまった時の宥める方法を一緒に思い出し、それをそのまま実行に移す。背中に回した手の平で、背中を一定のリズムでポンポンと叩いてやる。

 

 

「ッ! ふふっ・・・。」

 

 一瞬全身を強張らせたが。2回、3回と繰り返す内に、どうやらお気に召したらしい。小さく笑うとコテン、と頭を俺の胸元に当て身体を預けてきた。

 

 

「ぁ・・・!」

 

 この時、俺に電流走る・・・!!!!

 

 

 ポンポン、ふにょんふにょん。

 

 ポンポン、ふにょんふにょん。

 

 

 

 意識を逸らせ、頑張れ俺、現実逃避するンだ!

 例えば今の状況を客観的に見るとか。うん、蜘蛛の脚も使ってピッタリと密着されているこの構図。

 あっ、なんか捕食されてるみたいで違う意味でもドキドキしてきた。

 

 ク、クソがっ!落ち着け心臓!

 この程度の事で取り乱してんじゃねぇ!!

 止まれっ!!

 

 ザキ!ザラキ!!レベル1デス!!

 

 

「ッ!!?」

 

 と、自らの臓器に対して理不尽な要求をする程の大混乱を起こしている俺に気が付いたのか。

 バババッ、と突然勢い良く離れる彼女。

 

 

「どどど、どうした!」

「なっ、なんでもない!」

 

 なんでもなくはないんだろうが、ここで踏み込むとお互いにダメージを受ける事請け合いだ。下手すると恥ずか死しかねない。

 

 恥ずか死。異性経験が足りないと起こる。

 効果。激しい運動をしておらずとも心臓が通常の仕事を放棄し、下手すると不整脈に近い症状に陥る。混乱(大)付与。

 

 直す方法。経験値が足りません。

 

 

 

「ぁー、その。」

「・・・。」

 

 1つの影が2人分に別れ。妙な空気が場を支配する。

 内心、気が気じゃないを俺は、互いにドギマギとして視線を合わせることすらも出来ない状況に戸惑う。

 良い歳した男女が2人でいると言うのに、こんな状況では、自分はまるで役に立たない。

 それこそただの案山子にすぎない。

 うん、作物を守ってくれてる案山子に失礼な話だった。

 

 中学生並の経験値が憎い。

 前世は男子校。今世は半ば村八分状態からの、妹と共に冒険をしていて、それどころではなかった。

 前世は行動しなかった自分のせいだが。今世は、冒険から落伍し、ハーフに店を構え、それの借金を返そうと必死に働き。恋愛する時間がなかったのです。

 

 言い訳完了。なお、納得は出来ない模様。

 

 

「じゃ、じゃあ。これからよろしく頼む!」

 

 そんな空気を破壊し、場を進展させたのはチキン野郎な俺ではなかった。

 パン!と、両手を打ち合わせ、良く通る音を部屋に響かせ、それを機に仕切り直した。

 

 

「ああ、わかった。なら早速明日から頼もうかな。」

「~ッ!」

 

 妹にやるみたいにポンポンと頭を撫でる俺。固まる彼女。再び訪れる静寂。

 何故俺は自分から空気を悪化させてるんだろう。こんな状態では何かをしたとしても全て悪手にしかならないんだろうなぁ。と、他人事の様に言ってみる。

 

 

 守護者よ、俺を守りたまえ!

 そうゆう能力じゃないけどね・・・。

 

 しかしまあ、ちょうどいい位置に頭があるもんだ。さっきの抱き締めてた時も思ったけど、アイツと身長同じぐらいなんだな。

 

 そんな全く別の事を考えながら、頭にやっていた手を動かし、同時に髪の毛を手櫛で梳く。これをやっていると、不思議と変に高揚していた波が引いていくのを感じた。

 1分程これを繰返し、密着し少し崩れてしまった髪型を撫でて直し終わる頃には、俺のスッカリといつもの調子を取り戻していた。

 

 

「よし。」

「よしじゃないが。」

「あー、すまん。昔からの癖でな。」

 

 まあいい、そう言って外方を向いてそのまま店から出ていく彼女を見送る。そのまま閉まるかと思ったドアが少しだけ開き

 

 

「ありがと、これから世話になる。」

 

 最後に照れが残った笑顔を見せながら彼女は帰っていった。

 

 

 また動悸が・・・。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 次の日の早朝、厨房で朝の仕込み中。

 

 

「あー、朝からなんかムラムラする。」

 

 集中できず遅々として進まない作業を行いつつ、そんな独り言を呟いていた。断って置くが、今回に限ってはこの台詞。性的なあれではない。その原因は1つしかないのだが。

 昨夜、最後に見せられた、あの笑顔が脳裏に焼き付いてしまって、いつもの調子を取り戻せないでいる。その本人が今日から、この狭い店で一緒に働くと言うのに、コレではいけない。

 

 

「っし!」

 

 パンパン、と頬を両手で叩き思考を無理矢理切り替える。こんなときは、なんか新作でも試して気を紛らわすに限る。

 

 

 今うちにあるものは、と・・・。

 トマト、腸詰め肉、乾酪、米、麦、魚、玉葱、茸、スパイス各種等の調味料。

 そして・・・。実験的に作ったコレ。

 

 本物とは味も風味も違うが、こと辛さと言う一点に絞ればかなり良い物が出来たと自負している。

 

 タバスコモドキ。

 赤唐辛子の、ヘタを取り除き。ミキサー・・・はないから手作業で細かく切り刻み、塩と酢を混ぜてペーストにしたもの。これを約2ヶ月寝かせた物。そうすると透き通った赤い、紅い液体になる。

 

 単純に辛さを求めてカレーを作るのなら、スパイスの分量を弄ればそれで構わないのだが。ちみっこの様な辛いものが苦手な人の為に、俺がカレーを作るときは二種類作る。

 で、辛さが控え目なカレーが残った時、その辛さを調整するために個人的に作ったもの。だから量は少ないが。

 

 これならいけそうだ。アレ、出来るか?

 

 

「っと、オッケー。」

 

 そうして、いつもの様にトマトをメインに使った煮汁。それに乾酪。まあつまりチーズだ。コレを溶かしていき、煮詰めてドロッドロの濃い目のペーストを作る。

 

 薄めに切り分けた腸詰め肉とキノコ、さっきのペースト、もう一回出番が来る乾酪、最後にタバスコモドキ。これらをきちんと取り分け、持ち運ぶ為にビンや、鍋に移動させてゆく。

 

 そして、準備を終え。それらを手に持ち仕上げの場所へと向かう。店の前に準備中の看板を立て、鍵を閉める。

 

 

 そう、うちには窯がない。だから、不本意ながらアソコへと向かう。目の保養には良いんだが、高いんだよなぁ。あのパン屋・・・。

 

 

 

 ◇

 

 さて、やってまいりました。ハーフに居を構える人達の中でもとびっきりの変わり者が営む店。

 

 パン屋『ブスクス』

 

 

「あらぁ?いらっしゃーい。」

「よう、景気はどうだい?」

「まずまずねぇ。」

 

 サキュバスの語源スクブス、ここから名前を借りて作ったこの店は、本来食欲が稀薄な筈の淫魔が経営している。

 

 赤ワイン染みた濃く深い色の髪を、営業中の今は1つに纏めて結い上げ。服装は淫魔特有の肌面積が異常に大きく、所々に貴金属の様な物でワンポイントの装飾が施された、水着でいう所の黒ビキニの格好に、エプロンとバンダナ。

 

 そして、この前掛けがまた面積が大きく、際どい衣装の上に着ている今の状態だと、まるで裸エプロンみたいで。初めてここを通り掛かった時は三度見くらいした、俺は悪くない。きっと誰だってそうするし、俺も当然そうなった。

 

 初見の時は、淫魔が営むパン。

 その想像出来ない味が気になり、そのついでに目の保養を求めて来店し食事。食べたその日の内に朝食セットの御供として契約を結んだ。それぐらいに焼き加減が上手く、美味しかった。

 

 ウチの食堂では、今でこそ米があるが。それまではパンを主食にしていた為、頻度は少々減ったが、今でも頻繁にお世話になっている。

 

 

「今日はなぁに?随分と急だけど、朝食セットの分かしらぁ?」

「いいや、今日は窯を借りに来たんだ。今空いてるかい?」

「今は使用中よぉ。もう少しで焼き上がるから、そうしたら使ってもいいわぁ。貴方の、私は好きよぉ♪」

「そうかい?ああ、あと生地も少し分けてもらえると助かる。ここの生地にはどうやっても追い付けなさそうだしな。一応ウチから持ってきたのと食べ比べがしたいんだ。」

「あら、誉めても何にも出ないし、料金もまけないわよぉ?」

 

 そんなしっかりした言葉と共に手招きされ。裏の部屋へと引っ込んでいく背中。自分もその後を追う。

 そして後ろを歩けば自然と蝙蝠に良く似た羽、そしてピョコピョコと動く尻尾を視線に入り、目で追いかけてしまう。

 前世では良く敏感な場所として書かれる事の多かった箇所だが・・・。

 

 いや、煩悩退散させるため、ひいては気を紛らわす為に新作を試しているのにこれでは不味い。

 

 

「はい、これでいいかしらぁ?」

「おう、助かる。」

 

 寝かせてある生地の1つをテーブルの上へと出して貰い、自分で用意してきた物と並べる。それを潰し薄く延ばしていく。

 直径25㎝くらいの円形に薄く延ばし、それが終わった所で、端を少し盛る。具材を落とさない様にするために。これを持ち込みの生地で3つ。貰った生地で更に1つ。計4つ作る。

 

 

「変わった形ねぇ?」

 

 出来立てのパンを取り出しながら、不思議そうに覗きこんでくる姿を視界の端に捉える。やはり裸エプロンにしか見えない。そんな際どい姿に少し戸惑うが、それを隠しつつ次の作業に移る。

 

 作った生地を窯の手前側へと入れ、トマトと乾酪を混ぜて作ったペーストをたっぷりとパンに塗りたくり、等間隔で腸詰め肉、茸の薄切り、玉葱を乗せ。最後に再び乾酪を細かく刻んだ物を隙間を作らない様に振り掛ける。

 

 

「これでよし、っと。」

 

 本当ならピーマン的な物があれば、見た目的にも更に良かったんだが。まあいいだろう。

 

 

「生地が薄め、でも具材が多目だし・・・。」

 

 先程までのやり取りとは違い、片目を瞑り、1本だけ立てた人差し指を柔らかそうな下唇辺りに当てつつ、焼き上がりの時間を計算しているらしい、その表情は真剣なものだった。

 焼き加減に関しては余計な口は出さずに本職に任せた方がいいだろう。

 

 俺はその空いた時間で厨房を借りて、狼の魔人に米と一緒に送ってもらっている麦。これを煮出して麦茶を作る。

 

 今回作るものは結構重いたいから、個人的に飲む為にお茶を用意する事にした。

 

 

「これで大丈夫だと思うけど、初めてのものだし。実験も兼ねてとりあえず1つだけ焼くわぁ。何かあったら呼んでねぇ?」

 

 そんな事をしていると、釜の中にピザとは別のパン生地を次々と入れていき、隙間が少なくなると窯を閉じる。

 最後にそんな言葉を残して、店先に呼び込みへと出ていってしまった。

 返事を聞くことなく行ってしまった不用心な彼女に軽く笑い。出来上がった麦茶を一杯。

 

 はぁ、お茶が美味い・・・。

 

 やはり日本人はお茶で和む機能が付いているんだろうか?身体はもう日本人じゃないけど。

 そんな阿呆な事を考えながら出来立ての麦茶を店先のサキュバスへと持っていく。

 

 

「おーい、呼び込みで喉渇かないか?」

「あら?ありがとぉ♪」

 

 休憩がてら通り沿いに設置した、店備え付けの椅子に並んで座り、2人でお茶を飲近い。

 句読点を入れ損なうぐらいの衝撃!

 

 わざわざ距離を離す必要はないのだけれど、流石にこれは近いっすよ。人との接触の多いであろう余裕なサキュバスと、焦る俺の差が如実に現れる。

 

 

「最近ねー、とあるお得意様からの要求が少なくなって寂しいのよねぇ・・・。」

「あー、うん。」

「ね、どう思う?」

 

 飲食店をやっている以上、爪を延ばさずキチンと手入れされた人差し指を立て、俺の太股辺りをツツツ、と撫で上げてくる。あふん。

 

 

「最近は新しい受注先が増えたんでな。」

「あら?誰も貴方とは言ってないわぁ?」

「ぁー。」

 

 グッ・・・!やりにくい・・・!

 簡単に言質を取られ、手玉に取られ、文字通り掌でコロコロと自在に転がされ、踊らされている感じがして。

 

 

「あー、わかったわかった。最近は隔日だった注文を、来週は全部頂くよ。とりあえずは、それでどうだ?」

「ウフフッ、素直な男の人は好きよ♪」

 

 でも引くところはキチンと引いてくれる。だから全く不愉快なやり取りではなくて。双方の顔には笑みが浮かんでいる。

 

 

 そうこうしている間に、時間が来たのか彼女は離れて裏へと引っ込んでいった。

 次に現れたときは、具材にはきちんと火が通り、上に乗ったチーズは熱々でちょっぴり焦げが付き、ピザの耳はカリカリに焼き上がると言う。絶妙な物が出来上がり。

 

 

「あん♪垂れちゃう。」

「・・・。」

 

 蕩けチーズを溢さない様に、口を開き軽く舌を伸ばして食べる姿に妙なエロスを感じたり。

 

 

「そ・れ・なぁに?」

「かなり辛いが味のアクセントにとっても役立つもんだよ、勿論お手製な。」

「また変な物を作ったのねぇ。」

 

 途中俺が自分の分だけに使っていたお手製のタバスコを彼女も使いたがったり。

 

 

「あっ、それはかけすぎ・・・!」

「大丈夫よ、結構辛い物は得意よ。それに貴方のところでカレーだったかしら?あれも辛口でーーー!?辛ッ、いや、コレ、痛い!!?」

「あーぁ・・・。」

 

 初めて使うそれによって口内にダメージを受けたりと。

 軽い一悶着あったものの、味見と称したそれによって、瞬く間に2人の胃袋へと消えていったのだった。

 

 二人でギャアギャアと店先で騒ぎつつ美味しそうに食べているそれ。

 

 ピザ。

 

 

「これは試作品よぉ。残念だけど私達だけの分しかないわぁ♪」

「そんな、ひどい。」

「あらおいひぃ♪」

「そんな、ひどい!」

 

 通りがかった何人もの人達に質問と注文をされ、その度に目の前で独り占めする彼女はとても楽しそうな笑顔をしていた。

 

 

 ◇

 

「じゃ、今回はこれ1つ貰うわねぇ。」

「たっか!!?」

「今日の貴方は他にパン生地持ってないみたいだけど?」

 

 町のパン屋に一般市民がパン生地を焼いてもらう場合、大体は25個とか20個につき1つぐらいの割合で現物支給を行ない、窯の代金として持っていかれるのが普通だ。

 

 だが今回は4つの内の1つ、税率25%!味見部分を含めるならば、なんと驚きの37.5%

 窯の代金としてこれは重税すぎませんかね?

 

 

「それに今も唇が・・・。これは間違いなく初めての時より痛かったわねぇ・・・。」

「それは自業自得だろうが。つーか酒も入ってない昼間に平然と何言ってんの!」

 

 ぷっくりとした柔らかそうな唇を、指の腹でプニプニと押したり撫でたりしながら、批難めいた視線で卑猥な話題を振ってくるサキュバス。

 その自然に振る舞っている筈の仕草は、やはりどこかが艶かしい。

 

 

「あら、夜ならいいのかしら?」

「揚げ足をとるんじゃないの。そもそも淫魔は初めてだろうが何だろうが痛くないらしいじゃん!」

「あら、男なのに詳しいのね。えっち。」

「うるせぇ!」

 

 そんな軽口を互いに叩いている今現在。

 先程の言っても聞かなそうな女の子のお客さんにお引き取り願い、残りのピザを焼く準備を終えたところだ。

 

 

「はいはい、タバスコの件は確かに俺も悪かったよ。でも最初に注意したのに聞き入れなかったのは、一体どこのお姉さんだったかな?」

「ふぅ、それにしても。お腹一杯になったお姉さんは、いやらしいことがしたくなったわぁ。」

「話題の逸らし方が雑っ!はぁ、焼き上がったら1つ持っていっていいから。そしたら俺も帰るわ。」

「あら、残念♪」

 

 クスクスと笑う彼女とそんなやり取りを終え、呼び込みに戻る彼女と窯の前に陣取る俺。

 

 

 

 

 数分後・・・。

 

 

 今だッ!!

 さっきお茶を作りながら数えていた、焼き上がりまでの時間をそのまま頭の中で数え、時間になったので勢い良く窯を開ける。

 

 

「ぬわー!!?」

 

 もうもうと立ち込める煙と良い香り。

 その煙の勢いに咄嗟に変な声を出してしまう。

 

 

「あらぁ?具材が多目のものを一気に3つも焼いたらかしら?それに少し開けるの早かったかもねぇ。」

「そっ、そっか。」

 

 論点ずらしとしてではなく、物理的に煙に巻かれて軽く咳き込みながら彼女の言葉を聞く。普段はおちゃらけているが、人に物を教えているときの彼女は親切で真剣だ。

 

 続けて要点を話ながら焼き上がったばかりのパンを持ち運び用のトレーと、1つの盆へと移していく。

 

 

「やっぱりシンプルなのが売れるわねぇ、貴方が考案してくれた塩パンとっても良く売れてるわぁ。少し妬けちゃうくらい。」

「考案ってか、俺が記憶を頼りに適当に作ったものを、完璧な形にしたのはキミだから、これはキミのものだよ。」

「あら、嬉しいわぁ。さて、もう帰るのでしょう?申し訳ないけど最後にお茶を一杯分けて貰える?それと腸詰め肉のパンとっても相性が良さそうだわ。」

「おっ、お客さんか。ついでに配膳するよ。」

「ありがとぉ。助かるわ。」

 

 お金は使えないから、せめて気を使ってるんだよ。

 声に出して相手に伝えてもそこそこ笑いの取れる行為をしつつ、注文されたと言う商品を合計3つ盆に取り分けそれを運ぶのを手伝った。

 

 そうして、そこにいたのは。

 

 

「て、店主!?」

「あれっ?アル?」

「あらぁ?知り合いかしらぁ?」

 

 昨夜、俺が新作を作り出し始めるくらいに平静を掻き乱していった。件の彼女、アルケナだった。

 




ついに名前が出ましたね。

基本的に登場キャラ達に名前が出ないのは初期の構想の名残です。

活動報告にて、この作品について色々と喋り倒す場所が出来ました。気になる方がいたら見てやってください。


では、読了ありがとうごさいました。

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