転生食堂と常連達   作:かのそん

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今回は食堂出てきません。


本編
1話 side魔法使い


 ~0~

 

 それはただの気まぐれだった。

 

 

 ◇

 

 

「ふぅ・・・。この本も終わり。」

 

 読み終えた魔道書をパタン、と小気味いい音を立てて閉じる。未読の本の山から新たな1冊を抜き取り、読み終えた書物は1ヶ所に纏められ、積み上げられなくなると新たな山を、そうして日に日に、新しい既読の本の山を作り出されていく。

 繰り返される日常。いつもの様に自分の拠点兼自宅に籠り、ひたすら知識の積み重ねる行為に傾倒する日々。それは、誰かに披露するわけでも誇るでもなく。

 ましてや、世のため人のため。そんなことでは決して無い。

 求めるのはただ己の為。

 どれだけ新しい世の理を詰め込んでも、新しい魔法を覚えても足りない、満たされない。

 

 基本的な魔法、地水火風は程度の差さえあるものの、不自由なく使いこなせる様になった。

 

 

『モット、モット・・・。』

 何か耳鳴りがした気がした。

 

 

 知識欲と言う、もはや自分では抑える事の出来ない。

 そもそも微塵も抑えるつもりが無いのだが。

 己の中にある概念。それが新しい可能性を渇望し、未知の魔法を希求する。

 

 魔王が統治する領内に忍び込み書物を漁り、人間の王が取り仕切る国への道すがらモンスター相手に魔法の実験を繰り返す。

 最初は基本的な魔法を単体で行使していたが、その内組み合わせたりもした。

 モンスターを発火させ、風でその勢いを増す。大気中の水分を集めて浴びせ雷を落とす。疾風の刃で軸足を刻み、バランスを崩し転倒する先に地面から岩石の槍を出現させる。

 自分の思い描いたままに効果が得られた時には心が踊った。

 

『欲シイ・・・。』

 最近耳鳴りに加えて慢性的な軽い頭痛がある。

 

 

 移動が面倒になってきた

 そんな考えから、燃費が悪い事を理由に習得を見送っていた。空間移動の魔法を身に付けた。

 使う度に距離に比例して、身体に脱力感、倦怠感が押し寄せる。魔力を大量に消費した証拠だろう、だが移動に時間が掛からなくなったのは大きい。

 

『マダ、マダ・・・。』

 幻聴が聞こえた気がした。

 

 

 王国では読破した蔵書を次から次へと積み上げてゆく。そこから得た情報の取捨選択を繰り返し、脳に刻み込む。

 時には自分で作った紙を纏めて乱雑に紐で括っただけの物に書き殴る。

 恐らく私以外の誰にも読み解けないだろうが、私の知識は私だけのものだ。

 それで不都合が無いのだから構わなかった。

 

『足リナイ・・・。』

 明らかに体調が優れない。だが私には、こんなところで止まってる時間はない。

 

 

 人の脳と言うものは睡眠中に記憶の整理をしている。

 しばしば睡眠も食事も疎かにしてしまいがちな私ではあるが。

 過去に意識の覚醒を促す魔法を埋め込んだ魔道具を作成。

 身体も脳も酷使して強制的に活動を続けると言う暴挙を行い、最終的にはその魔法の覚醒効果を振り切って意識を失った。

 そして、気がついたのはキッカリ3日後。

 

 その作業効率と、あまりにもお粗末な成果に辟易し。魔道具は倉庫の奥に投げ捨てるかの様に封印。破壊しようとも思ったがその気力すら湧かない程に衰弱したのを覚えている。

 

 

 そうして、知識だけで知っていた事柄を。睡眠が脳に与える影響を身をもって知った私は。

 知識をより効率良く詰め込むため睡眠だけはキッチリと取る様にしている。

 

 

 逆に

 それとは反して、私にとって食事とは睡眠に比べると然程重要視していなかった。体内の隅々まで魔力を行き渡らせ生きるために必要な物を練り上げ、食料を取らずにそれらを手に入れてゆく。

 最初は上手くいかないこともあったが、今では慣れたものだ。片手間でもそれが可能になった。

 

 

 

 

 家出同然に飛び出した私は、まず生きる為に知識を欲した。

 やがて女である自分の非力な身体に辟易し男の身体に嫉妬した。

 少女から女へと、移り変わりゆく身体では。どうあっても男に一歩も二歩も劣る能力が憎かった。

 

 

 そうして、その差を埋める様に更に知識を求めた。

 己の中にぽっかりと開いた深い深い底無しの闇。そこに片っ端から知識を放り投げる行為に没頭した。

 いくら詰め込もうとも際限なく欲し、全く底が見えない。

 

『モット、モットダ。』

 頭痛が酷い・・・。作業を続ける・・・。

 

 

 

 軍属の中に限定して見たとしても、魔法を使う人間は通常の兵に比べ、もって生まれた才能が関係してくる為。その絶対数は兵士に比べると少ない。

 だが、それでも軍の中に魔法部隊が確立する程にはいる。

 

 だとしても、人間としての生き方を捨て去る。

 

 "種族としての魔法使い"は驚くほど少ない。

 

 

 

『マダマダマダマダ、モット、モット・・・!』

 頭の奥がじくじくと痛む・・・。痛みを忘れようと作業に意識を集中する。

 

 

 

 

 最初からそうだったのか。

 途中から変わっていったのか。

 今ではもうわからない。

 

 

 

 やがて、生きる為の知識ではなく。

 

 

 

 知識を得るために生きる様になった頃。

 

 

 

 私は人間の様なモノ。

 

 

 

 魔法使いになった。

 

 

 

 なってしまった。

 

 

 

 

 ◇

 

 その日の夜、まるで最初から無かったんじゃないかと疑うほど、頭痛がきれいさっぱり消えさっていた。

 

 そして魔法使いになっても、私の日常は変わらなかった。

 ただただ探求心の命ずるまま、知識欲を満たす。

 

 

 でも・・・。

 

 

 

 食事が。

 他人が。

 自分の知識欲以外の万物に対して無頓着に、興味を失っていくのがわかった。

 

 元々の興味が薄かった事柄とは言え。己の身体が、淡い色が強引に真っ黒に塗り潰され変質してゆく様は、ハッキリ言って気持ち悪かった。

 

 それは自分の生き方とて例外ではなく。

 他の全てと協調せず、また決して折れない。

 

 人間の三大欲求の内二つを蔑ろにして。

 

 

 置き去りにして。

 

 

 忘れ去ろうとして。

 

 

 だが、それでも私は人間なのだろう・・・。

 

 

 私の心が人間であったことを忘れない様にする為の自衛行為なのか。

 

 月に一度の割合で、身体が我慢できないレベルの欲求を訴え始めるようになった。魔法ではどうしようもない、それこそ他の何も考えられなくなる程の強い飢餓感。

 初めてこの欲求に襲われた時は、暫くの間、身体が何を求めているのか理解出来ず。ただ床に倒れ伏した。

 

 私が倒れた際にぶつかったらしく。あらゆるものが乗っかった机から色々な物が転がり落ちた。立て掛けられた杖や、珍しい鉱石、書物や走り書きのメモ等が床に散らばる。

 そして。初めて見たと言う理由で摘み取って来ていた茸が目の前へと転がり落ちた。

 

 自らの欲求を理解しないまま、倒れた体勢の身体を無理矢理よじり、必死に手を伸ばし、それを掴み取り。それと同時に茸に齧り付いた。

 たどたどしく咀嚼し、弱々しくコクりと嚥下する。それは毒キノコだったけれど、胃の中に物が入る事が重要だった。胃が食道が口内がそれの二口目を拒絶する。きっと拒絶反応なのだろうと思う。吐き気を催す。逆流するそれを、途方もない飢餓感で抑え込み、強制的に飲み込む。

 

 

 ・ ・ ・ 。

 

 

 

 

 どうやら満足のいく食事をすれば今まで通りの生活に戻れるらしい。その日、私は数年振りに食事をした。

 そして、同時に数年振りに行った自炊の出来は酷く、その失敗を繰り返す気もなく。その事件以降、どこか適当な町を歩いて気の向くままに。

 

 一度は捨てかけた食欲を存分に満たす。

 それが私が魔法使いになって。

 唯一変わった。新しい日常。

 

 

 

 ◇

 

 さて、そんなこんなで、もう少しで一ヶ月。

 小腹が空いて来た気がする。身体が本格的な空腹を訴る前に行動に移る。流石にもう毒キノコだなんだと言ったキワモノを食べたくはない。

 

 最近は少し日差しが強い。身体を動かすと暑いし、薄手の淡い紫色のワンピース。それの上に日焼け避けに紺色ローブを羽織る。

 食事をするのには適さない大きな杖はいつもの場所へ。沢山の書物、鉱石、走り書きのメモ、色々な物が錯乱している机に寄せる様に立て掛ける。

 自衛と空間移動の魔法を使うため、ローブの内側に作ったポケットに入るサイズの、動きの邪魔にならない。小さなステッキを取り出す。

 

 切るのが面倒で腰まで伸びた、金色の髪は青いリボンで適当に纏めて。

 ドアの横にあるラックに掛けてある。ローブの色に合わせた紺の鍔の広い大きな三角帽子を被り、準備完了。

 軽く深呼吸をして、転移魔法を唱えた。

 

 

 

 

 今回向かった場所。

 人間の王国の民と、魔王の領地の民が入り乱れる交易が盛んな中継地点。

 そこに新たに出来た町。

 

 戦争で行き場を無くした人にとって、王国も魔王も関係なかった。

 例えそれが明らかに人間とは違う。蛇の身体を持つラミア、身体が小さく大きな羽を持ち鋭利な鉤爪を持つハーピィ等々。動物の身体を半分持つような民

 

 "魔人"だったとしても。

 

 

 人間と魔人。

 互いに違う体を持つ2つの種族がお互いを理解し歩み寄るのに少なくない時間が掛かった。

 

 多数の種族が集まり交易の中心となっていた中継地点の町が基盤となった為。

 資材の確保は容易。

 いがみ合っても仕方がない、と。意志の統一が取れてからは早かった。

 体力や力に劣るがそれを補うために捻り出した知恵を人間達が提供し、身体能力が優れる魔人達が中心になって土木作業。

 

 

 お互いの法では差別や罪の重さに違いが出る事から、軍属の者達を排除。自警団の設立。

 争いが起こった場合はよっぽどの事がない限り当事者達とその現場に居合わせた者達の裁量によって解決がなされた。

 2つの国を隔てる国境付近に鎮座し、両国に『我々はいかなる戦争、紛争に対しても不干渉を貫く』との中立を宣言。大それた武力を持たない、たった1つの街。

 そんな所が中立を宣言した所で両国とっては痛くも痒くもない。

 だが、もし危害を加えた場合。物資の流通の要の1つである街が相手国を贔屓にするかも知れない。

 

 そんな懸念を元に、干渉もしなければ進んで手を出す事もしない。と言う。暗黙の了解が生まれるのも、そう遅くはなかった。

 

 

 そして、そこは戦争孤児を中心に、行き場のなくなった者達を優先して受け入れる方針がなされた。

 子供が集まり、自立させるための施設があり、資金は多数訪れる商人達からの積荷の関税を取り立てる事によって賄われた。

 行商人達から最初反発はあったものの、大量に行き交う物資への魅力を捨てきれず。関税を取るときの積荷のチェックが入ることにより偽者を掴まさせる事の減った町への信頼性。それらを理由に段々と反発は消えていった。

 

 

 そして、孤児の子供達は働き、夫婦になり、家庭が出来、また子が生まれる。

『交易都市ハーフ』は大きくなるのに然程時間は掛からなかった。

 

 

 

 真新しいものを探し歩く。

 人付き合いの煩わしさを嫌う私は、賑わっている大きな店は避ける。

 魔人の中には夜行性の者も多く、昼は魔人達を、夜には人間達が中心に飲み明かす為。ほぼ24時間営業している酔っ払いの様な面倒事が跋扈する酒屋も素通りする。

 

 大通りを歩く。喧騒の中に居ても聞こえてくる活力溢れる呼び込みの声を背景に歩を進める。

 

 長年経営している店よりも露天の様な売りきりタイプの店の方が、珍しいものが多い。

 見慣れないものを見掛けたらとりあえず買う。

 蛇の様な何かの姿焼き、貴重な砂糖の使われた小さな飴細工、固めの黒パンに肉と野菜を挟んだもの、デカイ肉塊を火の上で回し焼けた表面を削り取ったもの、積み上げられた多数の果実、それ単体では食べられない調味料、ありふれた食べ物、見慣れない食べ物。

 

 

 

「うー・・・。」

 

 普段からたっぷりと休ませ満足に動かしてない、少しの買い食いですぐに満腹になってしまう小さな胃袋。

 ケプッと満足感と共に口から息が漏れた。

 

 

 もう帰ろうかなぁ。

 歩く道すがらそう考えていると。途中見た事の無い赤い物が積み上げられているのが目に入った。

 

 そこのラミアのお姉さんに聞くとなんでも水分を大量に含んでる野菜なのだそうだ。そのままでも美味しいらしいが。

 ここから少し歩いた所に。それを煮潰して、塩、黒い粒を粉末にしたものを混ぜ味を整え。そこに口に含んだだけでほどける様に崩れるまでトロトロに煮込んだ鶏肉加えただけの簡単な。

 

 しかし、酸味が効いてさっぱりする美味しいスープが売っているらしい事を教えてもらった。

 最後にそれを頂き今回は帰ることに決めた。

 

 

 

 少し食べ過ぎかもしれないけど。どうせ月に一度なのだから。たっぷり食べてから帰ろう、そうしよう。

 

 先程の赤い果実にも見えた野菜を売っていたラミアに小さく会釈して先を急ぐ。

 距離にして20メートルくらいだろうか、すぐに「トマトスープ」の字が書かれた旗を見付けられた。どうやら先程の赤い野菜はトマトと言う名前らしい。

 

 流行る気持ちを抑え、正面に回ると。残念ながら既に売り切れているらしく。

「ありがとうございました」の看板がテーブルに鎮座していた。

 

「・・・。」

 

 

 ◇

 

 不完全燃焼。

 そんな言葉を頭に浮かべたまま、ハーフから外へと出る。月一度の食事を終え自宅に帰ろうとローブに手を差し入れ、ポケットからステッキを取りだして

 

「・・・。」

 再び元あった場所へと戻す。

 

 

 うん、帰り道は転移しない。それほど遠くないし道すがらモンスター相手に魔法の実験でもしようかな。杖を使わない魔法がどれくらい威力が減退するのか実験もしてみよう。

 

 うん、別に怒ってない。

 第一、私は食べなくても生きていける化け物

 魔法使いになったのだから。

 食べ物に関する出来事に対して怒り。そんな高度な感情を抱けるわけがない。

 

 ただの気まぐれだ。

 

 うん。歩いて帰ろうとした事と締めのスープが飲めなかったのとは一切合切関係ない。

 大体私はお腹一杯だった訳だし

 

 うん。関係ないし怒って等いない。怒る理由がないのだから

 

 

 つらつらと頭の中でいろんな事をとりとめもなく考えていると。ふと私の前に人影を見付けた、数は1。

 

 別段急ぐことなく、ゆっくりと街道を歩く。

 やがて距離が縮まったことにより、道端に座り込み何かの作業中なのが分かった。

 自分の事を最優先する私にとって、他人が何をしていようが基本的に気にも止めない。今回だって、ただ男が1人視界に入っただけだ。

 横目でそれを一瞥し素通りしようとして

 

 

「よいしょっ、と」

 

 出来なかった。

 近くに来て分かったが、この男。この辺りではメジャーな毒持ちの魔物である(さそり)を倒した後なのか解体、部位の剥ぎ取りを行っている様だった。

 それだけならば特におかしな事ではない。毒を溜め込んでいる部位はそのまま武器に狩猟の補助にと用途は多岐に渡る。

 矢じりに塗り込めば即席の毒矢になるし、言わずもがな刃物全般へも使える。

 外骨格の有用な使い方などもあるのだろう。単純に町へと持ち込めば、それなりの値が付く。

 

 だから おかしな事ではない、その解体作業自体は冒険をしていれば。ありふれた光景だ。

 

 

「ふんふんふーん」

 

 男の手元。モンスターの解体している獲物が包丁でさえなければ・・・。

 

 

 

 ◇

 

「それ・・・。」

「うん?」

 不意に声が出ていた。

 もう戦闘は終わっている、見ていても答えは得られないだろう。と判断して自分から話し掛けていた。

 

「あなたの武器?」

「あー?いや見ての通り包丁だよ、調理器具」

 あまり人と関わらない生活をしてるせいで、自分の観察眼に自信はないが。

 パッと見た所、整えられてはいるが顎に髭を生やしている三十路くらいの男が解体の手を止めずに答えてくれる。

 

 サクッ、スー。

 サクッ、スーップチッ

 

 随分と手慣れている様に見える。殻と殻の隙間に刃を入れて次々と解体してゆく。

 3体目が終わったところで作業が完了したらしい。危険部位とそうでない部位に分けて包んでいる。

 

 

「あなたがそれを倒したのでしょう?」

 農作業で生きている農民達特有のマメが出来て潰れる。それを繰り返した末のゴツゴツした固そうな手

 

「まあ、そうだな」

 解体作業とは言え、包丁捌きには迷いがなく。また無駄もなかった。料理人なのだろうか?

 

 

「その魔物に刃物は効果的ではないと思うのだけれど?」

 しかし、もしそうだとしたら。町から出た街道に1人でモンスターと戦う料理人なんているのだろうか?

 

 

「いやー、こいつら想像以上に固いわ、毒飛ばすわで参ったよ。」

 そう言いながら。ハッハッハッ、と軽く笑った。参ったとか言う割りには目立った外傷は見られない。そこそこ腕も立つらしい。

 包丁に付着した体液をボロ布で拭き取り納刀し、答える男。

 

 農民にしては着ている服も、顔も小綺麗に整えられている。

 身体はそこそこ鍛えている様にも見えるし、手に持つ獲物は槍でも鎚でもなく。少し刃渡りの長い包丁。

 比較的弱いとは言えここの魔物を外傷無しで倒す戦闘能力。

 

 随分とちぐはぐな印象を与える男だ。

 

 

「こんなところで何を?」

「貿易都市への帰りの道すがらもう少しってところで襲われたんだよ」

 ほれ、と言いながら男が指差し答える。

 その指先を辿って前を見ると、確かになにやら小さい建物が見える。

 

 そこは町から町へと移動する際の、休憩場所みたいなものらしい。普段転位してばかりだからこんな建物知らなかった。

 

 

「そうなの。ところでお願いがあるのだけれど・・・?」

 男が荷物を背に歩き始めた。まだ確認したいことがあるので、私も付いて行く。

 

「おう、なんだい?」

「さっきの蠍が欲しいのだけれど、大丈夫かしら?お金もあるわ」

 さっきの蠍の毒はきちんと保存しないと、その毒性が時間と共に失われてゆく。

 見た所、先程解体していた物は新鮮そのもの。死に立てホヤホヤだ。

 毒薬の錬成と抽出は私もいつかやってみたかったので、訪ねてみた。

 

 

「うーん。」

 男が休憩場所へ到着し、荷物を地面に下ろしながら唸る。

 

 

「ちゃんと適正価格で買い取るわ。見た所新鮮みたいだしそれなら毒性も強いだろうから、色も付ける」

 重ねて交渉してはいるものの、別段今すぐ欲しいわけでもない。

 これで渋られたり。見た目が若いからと値段を吹っ掛けられたら、それ以上の交渉はせずに帰ろう。

 

 そう考えていたら。

 

 

 

「いやー、でもこいつまだ食ったことないからなぁ・・・。」

 

 

 

 

 

 

 ・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 は・・・?

 

 

 

 

 

 

 

「おーい、どうしたお嬢ちゃん。固まったりして」

「ぇ、っと。」

 理解不能。

 

 

「えっ、食べられるのコレ?」

 ああ、もしかしたらこの男は日常的にこれらを食べているのだろう。悪食にも程がある。勝手にそう辺りをつけて訪ねる。

 

 

「知らん」

 理解不能。

 

 

「だって貴方も戦ったし知っているでしょ?こいつ毒を持っているのよ?」

「知ってるさ。

 だが食ったら旨いかもしれないだろ!」

 とても良い笑顔で即答されてしまった。

 理解できない、こんな人は初めてだ。毒性、用途別の素材として魔物の部位と、その利用方法を考えるのが馬鹿らしく思えてきた。

 

 

「そ、そう。私も今回は諦めるわ、好きにして」

「そうさせてもらおう。

 あぁ勿論、こいつの毒袋の場所とかは知ってるし。だから多分、大丈夫だろ」

 どうやら本当に確証も経験も無いらしい。

 

 

「そうね、せめてあと二日ぐらい保存しとけば毒も少しは弱くなるんじゃない?」

「馬鹿言うな、新鮮な方が美味いに決まってるだろ」

 毒持ちの魔物を相手に全く物怖じせず、その食に対するまっすぐな探求心が。私の知識欲と被って見えて、少し好感が持てた。

 

 

 

 

 

 

「くそっ!毒だ!!」

 

 

 考えなしの馬鹿みたいだけど。

 

 

「ふふっ、くそじゃないわよ・・・。」

 

 

 

 久々に・・・。

 

 

 

 

 ああ、久しぶりに笑った気がする・・・。

 

 




感想とか貰えたら凄く喜びます。

初のオリジナルファンタジー故におかしな描写が散見されるかもですが。
何はともあれ、ありがとうございました。

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