ひとしきり空が泣き、もういいだろうと風が雨雲を帰らせ夜が明ける。残る雲の隙間から差し込むやわらかな朝日は、鬱々としていた雨の空気を清涼なものに変えた。
ポッポの鳴き声で、チコリータは目を開ける。
眠ってはいなかった。沸き立つ気持ちが抑えられず、武者震いしながら眠れぬ夜を過ごしていたのだ。
後ろから身じろぎし布が擦れる音がする。この部屋の主であるあの人間が目を覚ましたのだろう。
「おはよう、チコリータ」
「チコ……」
「その様子じゃ、どうやら眠れなかったみたいね」
苦笑いを浮かべながらレイカはベッドを降り、窓際で寝ていたチコリータを抱き上げ部屋を出る。
廊下からリビングの扉を開ける。その向かいの左奥にある扉を開けると廊下に出て、どうやら自分が倒れた店の扉に繋がるようだ。
レイカはそれとは違う右にあるもうひとつの扉に入ると、そこは柵に囲まれた庭だった。
「私はポケモン育成を頼まれることがあって、ここは小型から中型のポケモンを育成するところよ。大型のポケモンは外で育成することになってしまうけど」
そこでチコリータを降ろし、持っていたモンスターボールからポケモンを出す。
出てきたのは昨日会ったハピナスとラティアス。それにベトベターと、知らないポケモン9体。どうやら12体のポケモンを持っているようだ。
「ラティアスにラティオス、ハピナスにサーナイト、カラカラにムンナ、それからダークライにルカリオ、タブンネにベトベター、デスマスにミロカロス。みんなおはよう」
挨拶されたポケモンが鳴いて、嬉しそうにレイカへの元へ集まった。
レイカもそれに笑顔で応え、必ずそれぞれの身体に触れコミュニケーションを図っている。触れられたポケモンはくすぐったそうに身を捩ったり、気持ち良さそうに目を細めたり、もっと触れと身体を手に撫で付けたりと反応は様々。
その光景を、チコリータは一歩下がった位置で羨ましげに見つめていた。
心に影がさす。どうしてボクは、ここにひとりでいるのだろう。
決まっている、あのポケモンを倒すためだ。だから、羨ましいだなんて感情、持たなくていい。そんなこと、思っている暇なんてないんだ!
「チコリータ、大丈夫よ」
ふわり、一瞬の浮遊感と、顔に感じる温かさ。チコリータはまたレイカに抱き抱えられていた。
「あなたがどれほどの覚悟をもってそのポケモンを倒そうとしているのか、ちゃんと解っているわ。けど、それだけを必要としないで。そんなに思いつめていたら、いざというとき倒れてしまう」
ゆっくりと、背中を優しく撫でられる。その温かな手は、不安を取り除こうとしているようで、強張っていた身体はだんだん解れていく。
「それに、戦う前だからこそ、気分を落ち着かせるのが大切なのよ。だから……」
瞳が自然と潤み、ぽたりと零れた温い水滴はレイカの上着に染み、色を変える。
「まずは美味しいもの、いーっぱい食べようか!」
いつの間にか、空は雲ひとつない快晴となっていた。
レイカは朝食を作っていたらしく、折り畳み式のテーブルとイスを設置しトレーに皿を乗せて持ってきた。
自分のと人型ポケモンであるルカリオ、体型が人型に似ているサーナイトに、ハピナスとタブンネの分はテーブルに、それ以外のポケモン達のは地面に置く。チコリータのも用意されており、食べてもいいのかとレイカを見上げる。
「どうしたの? 食べていいのよ、チコリータ。……ああ、これがなんだか分からなかったのね。それはポフィンよ。お菓子のようなもので、あなたに合うものは何かと思って色々作ったから、いっぱい食べて?」
許可をもらい、恐る恐るフードを口に入れ噛み砕いていく。
「チコ!」
美味しい! 食が進む。今まで木の実以外食べたことがなかったため、最初は抵抗があったがこんなに美味しいものは初めて食べた。お母さんにも食べさせてあげたい。素直にそう思った。