戦い…命をかけたたたかい。
映像が止まり、闇に包まれた空間でレイカは震える拳を強く握り直した。
虫酸が走るほど最悪な過去で、こんなにも中身が腐ったポケモンがいるのかと嫌悪する。
同じスピアーでも、昔レイカが旅をしていた時に会ったスピアーは心優しい性格だった。上手く木の実を取れない他のポケモンのために取ってあげたりしていたのだ。
どうして同じ種族なのにこうも違ってしまうのか。
やはり、前世の世界の動物達とは違って、ポケモンには色々な性格や個性があるからなのだろうか。
ポケモンには人間のような感情があり、だから人間のようにプラスの感情やマイナスの感情を抱き、優しいポケモンになったり悪いポケモンになったりするのだろう。
何か理由があってスピアーはあの性格になってしまったのかもしれないが、それを言い訳に他のポケモンを殺していいなんて、そんなこと赦されるわけがない。
命の重さや誇りは個人が決めることであって、その他の者が軽んじて魂を穢すことなど、絶対にしてはならないのだ。
「ふぅ……、ありがとう。私にあなたの過去を視せてくれて」
少し気持ちを切り替え、冷静になろう。詰めている息を吐き出すと、光の粒子が少しずつ実体を現す。その正体はベイリーフで、ベイリーフは悲哀を含んだ笑みをレイカに向けていた。
『本当は、息子にはもう二度とアイツに会わせたくないんだ』
この夢の中では、ラティアスのテレパシーがなくてもポケモンの言葉がしっかりと理解できる。
ここで理解できるのならば潜在的にポケモンの言葉を理解しているのではないかと、現実世界で試行したことがあった。しかしどうやら理屈ではないらしく、何度も失敗に終わっていた。
なぜ理解できるのか。その謎はどうしてレイカには霊を視ることができるのかという謎と同じくらい難しかった。おそらくこの謎は幻想的な力によって与えられたものなのだろうから、謎は謎のまま、解明されることなく終わるのだろう。
『けど、息子があなたのもとへ来るまでの数日間の闘いを見ていたら、もしかしたら仇をとってくれるんじゃないかって……。させたくないのに、アイツへの恨みを晴らしたいという思いが消えてくれないんだ……!』
俺は父親失格だ、と相反する思いが交差し苦悩する父親の姿を、レイカはただ見守ることなんてできずに抱き締めた。
「ベイリーフ、あなたは心がとても強いポケモンだわ。もし私があなたの立場だったら、私怨に囚われてチコリータを止めたいなんて思わないかもしれない。恨みに身を任せずに息子を思えるなんて、簡単にできることじゃないわ」
夢の中だからなのか、ベイリーフが霊だからなのか、温もりは感じない。けれど、感触は確かにある。
レイカはベイリーフの頭を撫でながら自分の気持ちがしっかり伝わるように、心をこめて言葉を紡ぐ。
「あなたは自分を臆病だと卑下しているけれど、あの時あなたは逃げることなく息子を庇い、自分の意思で戦うために命懸けの戦地へと足を踏み入れた。それはとても勇気のいること。だから、あなたは自分を誇っていいのよ」
抱き締めている腕の力を少し緩めると、ベイリーフがレイカを見上げる。その瞳には涙が溜まっていて今にも零れそうだ。
涙でゆらゆら揺れる瞳を見て、レイカは自然と笑みが浮かぶ。
「大丈夫よ、チコリータは絶対死なせずにスピアーを倒してみせるわ。だって、ポケモンドクターであるこの私が一緒に戦うんだもの」
お茶目にウインクを決めたレイカを見て見開いたベイリーフの瞳から、ポトリと大粒の真珠が落ち、闇に溶けた。