スピアーが素早くチコリータのもとへ飛び、鋭く頑丈な針で突き刺そうとする。
今まで状況についていけていなかったベイリーフの頭の中では、危険信号が警報を鳴らしていた。
動け、動け。
今ここで動かなかったら、自分は一生後悔する。大切な自分と彼女の子供が死んでもいいのか。
息子を失うかもしれない恐怖に苛まれ、ベイリーフの体は自然と動きだした。
スピアーの前に立ちはだかり、全身全霊のマジカルリーフでスピアーの技を相殺する。
『なんだよぉ、いいところ邪魔しやがって……』
『お前の相手は俺だ』
『おとうさん!』
自分は臆病だ。だからバトルには向いていないと野生に戻った。
けれど一家の大黒柱である以上、家族を危険に晒すわけにはいかない。
足が震え冷や汗が頬を伝うが、そんな情けない姿は息子には見せられない。
大地を踏み締め、ベイリーフは恐怖を振り払うようにスピアーを睨み付けた。
『……プッ、アハハハハハ、なぁにそれぇ? 家族はオレが護るとか言っちゃうかんじかぁ? 敵に襲われ、家族を護るため命をかけて戦い、敵を倒してめでたしめでたし。なぁーんて甘っちょろい夢物語みたいなこと、この現実で本当に起こると思ってんのかよぉ?』
『いいか、チコ。アイツはお父さんが引き付ける。そのうちに、チコはお母さんを連れて住み処まで逃げるんだよ』
『そんなっ! ボクもおとうさんといっしょにたたかう!』
『おぉーい、聞いてんのかぁ? 無視かよぉー』
自分のすぐ後ろにいる息子にスピアーに聞き取られないよう小声で作戦を話すが、チコリータはその作戦を受け入れられなかった。
自分も一緒に戦って、母を護りたい。父を置いていくなんてできない。
しかし状況が切迫しているなか、そんなことを言っていられる場合ではないのだ。
『いいかい? よく聞いて。アイツは今余裕そうに声を上げているけど、プライドがすごく高そうだから短気そうだ。下等だと見下しているお父さんが攻撃したらすぐに怒りだすだろう。そうなったらお父さんはチコ達とは反対の道に走る。大丈夫だよ、アイツは絶対にお父さんを追う』
『だめだよ! おとうさんだけきけんなめにあわせられない』
『チコ、お父さんの言うことを聞くんだ。はっきり言ってお父さんはそこまで強くないから、お母さんとチコを護りつつ戦える自信がない。だから、誰にも邪魔されない一対一の状況で戦いたいんだ。その間、お母さんを守れるのはチコ、君しかいないんだ』
『おとうさん……』
我儘を言っている。チコリータは分かっていた。
けれど、今ここで父と別れたらもう二度と会えないような気がして、なかなか頷くことができない。
『お父さんがいない間、お母さんを頼んだよ』
大丈夫、ちゃんと帰ってくるから。
ベイリーフはそう告げて渋々頷いたチコリータの首もとを甘く噛んで持ち上げると、妻のチコリータのところへ放り投げた。
『あなた……!』
それからベイリーフはエナジーボールをスピアーに当て、緑色の光が辺りを照らす。
『今だ! 行け!!』
その一言で理解した妻のチコリータは、歯を食い縛って夫の傍にいたいという思いを振り切り、息子のチコリータと一緒に木々の中へと走り出した。
『おぉ~……ちょっといてて。けど、これだけじゃ全然効かねえぜぇ? って、はぁ? 嫁とガキはどこ行ったぁ? なんでお前だけなんだよぉ……もしかして、逃がした?』
『あぁ、そうだよ。お前の相手は俺だって言っただろう?』
『おぉいおいおいおい、何だよなんだよ! こちとら最後に遊んだの3ヶ月前だぜぇ!? お前だけじゃ足りねぇよ!! せっかくいっぱい遊べると思ったのにこれじゃあ全然遊べねぇじゃねーか! なぁおい責任とれよお前のせいで楽しみが減っちまったんだぞぉ!?』
耳障りな羽音を大きくさせてぶんぶん飛び回るスピアーに背を向け、チコリータ達が逃げた方とは逆の方向へ逃げる。
完全に頭にきたスピアーはそれを逃がすはずもなく、ベイリーフを絶対に痛めつけて嬲って殺そうと怒りを滲ませた怪しい笑みを浮かべ、近からず遠からず一定の距離を保って後を追う。
――――そして、ベイリーフはスピアーに殺された。
もう二度と、家族のもとへ帰ることはない。