胸騒ぎがした。
風に吹かれはためく葉によって辺りがさざめき、葉と葉が擦れる音に不安を掻き立てられ、焦りが募る。
自分は何がこんなにも不安で焦っているのか。自分の心情を正確に把握できないことで苛立ちも混じり、更に焦る。
ベイリーフは心の奥底では、ちゃんとその答えが出ていた。けれど、そんなことがあるわけない、きっと自分達なら大丈夫だと、どこか浅いところで楽観的に構えていた。
これが平和ボケだということに気がつかないまま。
ベイリーフは、今己が生きている世界を忘れていた。
ここは野生の世界で、飼育された生温い世界ではなく、弱いものから消えていく厳しく残酷な、しかしとても単純な自然選択の世界なのだということを。
バトルすることをやめたからだろうか、ベイリーフの内なる牙は尖ることを忘れ、すっかり丸くなっていたのだ。
これでは肉も噛めなくなるのだろうと、そんな情けない未来を想像するのは容易かった。
不信感と焦燥感が喉奥につかえていることから無意識に目を逸らしたベイリーフは、スピアーの後を歩き続け、そんな彼を妻と息子は心配そうに何度も視線を向けるが、違和感が作り出す底知れぬ恐怖に怖気づいてしまって何も言い出すことができず、ただ傍にいれるように後を追った。
『いくらなんでもおかしい! いくらあるいてもたどりつかないじゃん! おとうさんはこいつにだまされてるんだ!』
その後、我慢が限界を迎え、息子のチコリータは震えながらもスピアーを睨みつけた。
『なんのことかなぁ?』
『そうやってとぼけるのもいまのうちだぞ! ボクがやっつけてやる!』
『……っく……ふふ』
勇敢に立ち向かおうとチコリータが前に出て打倒宣言をするも、スピアーの様子が著しく変化し、悪寒が走る。
冷たいぐらいだった風が、今は生暖かく肌を撫でた。
『アーッハッハハハハ!! こりゃあ傑作だぜ! テメェみてーなガキが、このオレサマを倒そうってかぁ!?』
果物を潰して染み込ませたかのような赤い吊り上がった目が、ぐにゃりと歪み嘲笑っている。
目は口ほどに物を言うとは正にこのことで、どこまでも嘲謔しているその目をレイカは赦せず、できないことは充分に理解していたが、踏み潰してやりたくなった。
滲み出る愚弄の空気に一瞬怯むが、チコリータの雄としてのプライドが引き下がることを拒む。
『オレサマとテメェのレベルの差が、いったいどれ程か知ってるか? まだ生まれて間もない技もしっかり覚えられてねぇ格下が、このオレサマを倒そうなんて考えてて、これが嗤わずにいられるかっつーんだよぉ……。そういう身の程知らずが壊れるまで遊ぶのが、オレサマは大好きでだぁいすきでたまらないんだぁ。だからさぁ……』
スピアーが言葉を区切った瞬間、突然襲った激しい風がチコリータの頭の葉を揺らす。
その風が止んだ瞬間。
『みんな遊んでコワシテやるよぉ』
スピアーの背後に見られていた美しい茜色の世界は、一瞬で闇に呑み込まれた。