グラシデアの雫   作:Noche

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「……チ、コ?」

 

「ああ、よかったわチコリータ、目を覚ましたのね」

 

目を開けると、目の前には眩しい色の髪の人間がいた。

 

どうして、自分はこんなところにいるのだろう。自分は父親と別れた森にあともう少しで着くからと、雨の中を走っていたはずだ。

 

状況が読めず人間を警戒していると、人間の傍にいたポケモンがチコリータに話しかけてきた。

 

『こんばんわ、チコリータ。私はハピナスで、こっちの人間は私のマスター。あなたが雨の中倒れているのをマスターが見つけて、治療していたところだったのよ』

 

『そうだ……! ボクは身体が熱くって、疲れてて、倒れちゃったんだ』

 

そんな自分を、この人間が助けてくれたのか。

 

チコリータは警戒してごめんなさいという謝罪を含めて小さく鳴き、人間に頭を下げた。

 

その人間は何となく2体のポケモンの会話の内容を察したのか、目線を合わせるように屈み、そっとチコリータの頬に手を近づけ安心させるように撫でる。

 

母親以外の温もりなのに心が落ち着く。

 

まだ会って間もないというのに、どうしてこんなにも心が安らぎ、心地いいのだろう。

 

 

「初めまして、チコリータ。私はレイカよ。あなたが元気になってよかったわ」

 

「チコリ……」

 

「よかったら、あなたがどうしてこんなに激しい雨の中ひとりでいたのか聞かせてくれないかしら? よっぽどどこかへ行きたかったのよね。もし、私に教えてくれたのなら力になれるかもしれないわ」

 

どうかしら? と優しく微笑む姿に、気づけばチコリータはここへ来た理由をハピナスに話していた。

 

 

 

数日前、やっと技を4つ覚えることができたチコリータは、忘れもしないあの日殺された父親の仇を取るべく、母親に必ず帰ってくると別れを告げ、父親と別れた森へと目指した。

 

数ヶ月前のあの日、父親を追おうとする自分を引き止めるために押さえ込んだ母親の身体を必死にどかそうともがきながら、涙で滲む視界で父親の背中を見つめていた。

 

何もできなかった自分が嫌で嫌で仕方なくて、チコリータは必死に力をつけたのだ。

 

絶対に、アイツを赦さない。

 

復讐心を燃やしたチコリータは、山を越え林を抜け、他のポケモンに喧嘩を売られたり等トラブルはあったものの、もう少しであの森に辿り着くという時に雨が降りだし、ポケモンバトルで負った傷から菌が入り込み熱が出て倒れてしまった。

 

『かいつまんで話すと、そういうわけなんだ』

 

ハピナスに事情を話し終えると、ハピナスはレイカに向き直り、レイカも分かったというように小さく頷きモンスターボールを出した。

 

「お願い、ラティアス」

 

「ひゅああん!」

 

「チ、チコリ!?」

 

チコリータは突然現れたラティアスのその巨体に一瞬驚くも、ラティアスとハピナスが額を合わせるのを見て何かをしようとしていることに気づき、邪魔をしないように黙視する。

 

レイカのポケモンであるラティアスは、人間の言葉を理解し、テレパシーで気持ちを通わせることができる。

 

そのためチコリータに事情を聞いたハピナスがラティアスにそのことを伝え、ラティアスがレイカに伝えるということができるのだ。

 

ラティアスと額を合わせたレイカは事情を把握し悲しそうに目を細める。しかしそれは一瞬のことで、そのことに気づいたのはラティアスだけだ。

 

『レイカ、だいじょうぶ?』

 

『ええ、大丈夫よ。心配してくれてありがとう。今日はもうゆっくり休んで』

 

口に出さずともテレパシーで想いが通じ合う嬉しさと、大好きなマスターであるレイカの感謝の言葉に、ラティアスは嬉しそうに目を細めモンスターボールの中に戻っていった。

 

 

「チコリータ、事情は大体分かったわ。けれど、今日はもう雨は止みそうにないから、明日、そこへ行って決着をつけましょう」

 

『でも……!』

 

「分かってる! けれどお願い。絶対に、力になってみせるから」

 

レイカは納得がいかないという顔をするチコリータを抱き上げ、顔をその身体に埋め懇願する。

 

そう、今では駄目なのだ。まだしっかり分かっていない状態では。

 

 

レイカには視えていた。治療室の開いたドアから色んな感情が交ざってできる歪んだ笑みを浮かべ、こちらを静かに見つめるベイリーフの姿が。

 

全てが明らかになるのは、今夜か。

 

 

レイカの力強く発せられたその声は信用できるもので、チコリータは小さく鳴き、早く決着をつけたいという復讐心を押さえつけるのだった。


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