1
日が暮れ、肌寒くなった薄暗い森の中を、息を荒らしながらも必死で駆け抜ける。
後方からゆっくりと、だが確実に自分に近づいてくる恐怖に挫けそうになるけれど、今自分がアイツを引き付けなければ次に狙われるのは愛する家族だ。
笑うように震えだす足に、歯を食い縛って力を入れる。
少しでも遠くへ逃げられるようにと願いながら、ただただ前を向いて走る。
まだだ、もっと遠くへ。
こっちへ来い、ついて来い。走れ、もっと速く、走れ。
そんな必死な自分を嘲笑うかのように、アイツは距離を段々と縮めてきた。
背後に気を取られ小石に躓いて地面に倒れてしまう。
すぐに体勢を直そうと起き上がるが、もう、あの不快な羽音がすぐ側まで来ていた。
相手とのタイプの相性は最悪で、自分はこれまでなのだと死を覚悟する。
今まで気合いを溜め続けていたのか、ニヤニヤと目を細めていた敵は一気に自分へと飛び、その巨大な針で自分を貫いた。
その針は迷うことなく急所を突いたため、自分は動くことすらできない。
毒が身体中を侵食していく。
熱くて、苦しくて、痛くて。
もう、愛する妻や子供に会えないと思うとやるせなくて。
悔しい。もっと彼女と笑いあいたかった。子供の成長を見守りたかった。
力がゆっくりと抜けていく自分に興味をなくしたのか、敵は去っていった。
大切な彼女達が、どうか安らかに暮らせますようにと祈ることしかできない自分が腹立たしいのに、気持ちとは裏腹に視界が霞み何も見えなくなっていく。
薄れゆく意識の中で、彼女達の泣き顔が見えた気がした。
……ずっと一緒にいてやれなくて、ごめんな。
そして、今、一つの命が終わりを迎えた――。
神が悲しみ涙したような激しい雨が降り続くなか、来客を告げるベルの音と、ドアに何かがぶつかるような音が聞こえ、レイカは店の奥から顔を出した。
ドアをゆっくり開けると、そこにはカントー地方ではあまり見ないチコリータが顔を赤く染め、息苦しそうに倒れていた。
「チコリータ!」
優しく抱え上げるとチコリータは高熱を出していて、身体中傷だらけだった。
傷が処置されておらず、このどしゃ降りの雨の中、1体でここを目指して来たのだろうか。
「お願い、ハピナス。【いやしのはどう】」
ボールからハピナスを出し、ハピナスは暖かな視認できるピンクの波動をチコリータに向けると、チコリータの体力が少し回復し熱も下がってきた。
「ありがとう、早速治療室へ行きましょう」
店の奥にある治療室へと迎い、治療台へゆっくりと寝かせ傷の具合を見ていく。
その間もハピナスには【いやしのはどう】を出してもらう。
顔の赤みがなくなり解熱するも、チコリータはまだ目を覚まさない。
レイカは治癒力を高める照明機器でチコリータを照らしながら、傷の消毒を行う。
この照明機器はポケモンセンターにもあるもので、この器具を販売しているイルミネートカンパニーというところからオーダーメイドで頼み、ここにあるものは通常のよりも大きめだ。
ポケモンの生命力は人間の何倍もあるため、この器具で治癒力を高めれば短時間で回復する。
見る見るうちに傷が治ると、チコリータの瞼が震えた。