スピアーからしてみれば、己が過去に殺した者など、興味が湧かないすぐに忘れてしまうものでしかない。
だからもちろん、自分が殺したベイリーフは覚えているかと問われても覚えているわけがなかった。
己の前に立ち睨み付けているのは、頭に葉が生えている、四足歩行のポケモンだった。
どうやらこの小さいポケモンは、そのベイリーフというものと関係があるらしく、スピアーの発言に顔色を憎しみに変え、襲おうとした。
ここでやっと、どうでもよかった存在に食指が動いた。このポケモンは、己が殺そうとしたらどうなるのだろう。
そのまま自分を襲え。自分が襲ったのに、返り討ちにあったら、どんな顔をするのだろうか。そう期待して楽しみに待っていたスピアーだったが、後方にいた人間に制止され、そのポケモンは我に返ってしまう。
『オイオイオイィィ、なんだよかかってこねーのかぁ?』
踏みとどまってしまったことに不満を抱いたスピアーはそのポケモンを煽る。また激情に駆られ、こちらに向かってこい。下劣な笑みは隠しきれず、顔が歪む。
「どうやら戦う気になったみたいね」
『あぁん?』
人間は何の感情も乗せていない凪いだ眼差しでスピアーを見つめていたが、一度その琥珀色の瞳を閉じて再び開くと、その中心に真摯な炎を灯した瞳へと変貌した。
「行くわよチコリータ!」
「チコッ!」
「【マジカルリーフ!】」
虹色のオーラを放つ葉が、スピアーを襲う。
こんな葉を避けることなんて造作もないと余裕の表情で躱すが、通りすぎた葉は意思を持っているかのように翻して方向を変え、振り向いた頃には遅く、その葉はスピアーの身体を切りつけた。後ろからは次々に虹色の葉が飛んでくる。しかし、むしとどくタイプであるスピアーに、くさタイプのマジカルリーフは効果がいまひとつだ。
小さい痛み続くと、鬱陶しいもので。
沸点が低いスピアーは怒りに任せ、【ダブルニードル】で反撃した。マジカルリーフを出していたチコリータに、スピードのあるその攻撃は避けられるわけもなく直撃する。
「チコリータ、草木に隠れて! 落ちている石を草木に向けて蹴り、撹乱して!」
効果抜群の技を食らい傷を負うも、まだチコリータは動ける。痛めた患部を庇いつつ草木に隠れ、指示に従いスピアーを騙す。
『おぉ~い、隠れてねえで出てこいよぉ。正々堂々真っ向勝負しなくていいのかぁー? あは、そっかぁ。それでオレサマに勝てねえから隠れて戦うのかぁ。
わりぃわりぃ、
「何を言われているのか知らないけれど、ムキになっちゃだめよ、チコリータ!」
『チッ……うぜえなあの人間……』
この人間のせいで、チコリータが正気に戻ってしまうのが気に入らない。スピアーは、その金の髪の女に向けてダブルニードルを繰り出した。しかし、針が女に突き刺さることはなかった。女が出したポケモンによって、2つの巨大な針がピタリと静止してしまっているのだ。
「スピアー、あなたは今、チコリータと戦っているのよ。私じゃなくてチコリータだけを見なさい。それとも、私がいるというだけであなたはチコリータを上手く挑発できないのかしら?」
女は先程スピアーがチコリータを煽った時のような言葉遣いで挑発する。
「サーナイト、ありがとう」
『う、ううん……お母さんの役に立てて嬉しい』
『エスパータイプか……クソ、わぁったわぁった。あのチビだけ見てりゃあいんだろ?』
女が出したポケモンであるサーナイトが、はにかみながら主人である女の傍へ行き、お互いに微笑みあう。そんな光景は捻くれた性格のスピアーにとってものすごく気色悪いもので、顔を歪め耐え兼ねたように顔を逸らし、早々に攻撃することを諦めた。