涼やかな風が森を靡かせ、きらきらと木漏れ日が地を照らす。本日は雲一つない快晴である。
こんなに素晴らしい洗濯日和はいつぶりだろうかと空を仰いだレイカは、確か自分が生まれた日もこんな清々しい空だったと思い出す。
レイカには、前世の記憶というものがあった。
ここではないポケモンのいない世界で生まれ、ポケモンに似たような生き物の怪我を治療したりする獣医という職に就いていた。子供が生まれ孫が生まれ、家族が見守るなか、齢89の春に往生した。
そんな違う世界からこの世界に転生するだけでも奇々怪々な出来事なのだが、更にレイカはこの世のものではないものが見える特異体質だった。人間の形をしたものや、他の生き物の形をしたものを視ることができ、会話をすることもできる体質を、転生した時に記憶と一緒に受け継いでいたのだ。
しかしその事実が明確になるのは数年後になる。
この世界に生を受けレイカという名を与えられてから5年経過すると、レイカは自分の家が裕福なのだということを知った。
それからの行動は速かった。両親におねだりし、一流のポケモンドクターやポケモンブリーダーを家に招待すると、その職業の知識を教授してもらい貪欲に吸収していった。
次々と知識を吸収していく様を見ていた両親や大人達が天才だなんだと持て囃し、煩わしい思いを抱いていたレイカは、そんなもの前世の記憶がある分当たり前だと声を大にして叫びたかったが、そんなことを叫んだとしても頭の心配をされるだけなので黙って勉学に励み続け、5年。
一流のドクターとブリーダーの知識を学びきり、10歳になりポケモン取り扱い免許証を取得したレイカは、心配する両親を背に軽やかに旅立った。色々なポケモンに触れ、実技を学ぶ為だ。
最初に目指すは隣町であるシオンタウンのポケモンタワー。
そこへ行くことによって、本当に自分が体質を受け継いでいるのかどうかがはっきり分かる。
タウンマップを見ながらシオンタウンを目指す間、レイカは前世を回顧していた。
前世では、この世界のことは不思議なことにゲームになっており、よく息子や孫に一緒にやろうとせがまれたものだ。
ゲームはシリーズものとなっており、今自分がいる地方が舞台となっているゲームはそのシリーズの初代であり、ポケモンを育成するのが最も困難なゲームで、やりこんだ記憶がある。
息子や孫達との懐かしい思い出が込み上げてくる。シオンタウンに到着して流れる音楽に息子は怖がっていたなとか、ゲームの中に入れたらいいなと孫が夢見ていたなとか、そんな優しい思い出が。
しかし、もう自分は前の自分ではないのだと、死んで生まれ変わり違う人間になったのだと頭を振り、新しい人生を歩むのだと過去を振り切った。
シオンタウンに到着しポケモンタワーに入ると、やはりレイカは色々なものが視えていた。
墓参りに来ている人の横に寄り添うように隣に座っている透明なポケモンや、墓の前で抱き合っている透明なポケモンと人間が。
ポケモンタワーを後にしたレイカは、それから色々な地方を巡った。
カントー、ジョウト、ホウエン、シンオウ、イッシュ、カロス、オーレ、フィオレ、アルミア、オブリビアという地方、オレンジ、デコロラという諸島を長年かけて回り、色々なポケモン達と出会い17歳で帰郷する。
帰郷してからは近くのポケモンセンターで研修を受け、20歳になるとセキチクシティから東北の方の少し離れた森に、ポケモンの何でも屋を構えた。
森の中だが開けた場所に建てた何でも屋は、ポケモンと人間のカウンセリング、ポケモンの育成、ポケモンバトル、ポケモンの治療等々、様々なことを承る。町の掲示板にチラシを貼らせてもらい、口コミで広まりそれなりに繁盛しており、そして現在に至る。
日の光を浴びながら長く瞑っていた目を開き、店に戻ると、そこにはポケモンを抱えた少女が佇んでいる。
「いらっしゃいませ、本日はどのようなご用件ですか?」
少女が振り返った先には、金色の髪を緩く三つ編みにした白衣を着る女性が、優しくこちらに微笑んでいた。
これは、特異体質を持つ、ポケモンを愛する心優しき女性の物語。
さてさて、そんな彼女はこれからどのようなポケモンや人間と関わっていくのか。
――――物語が、今始まる。