インフィニット・ストラトス~The Lost Rabbit~ 作:ヌオー来訪者
IS学園敷地内の整備区画の一室に黒鉄が鎮座しており、工具を携えた整備員が忙しなく動き回っている。
ブースターが若干ダメージが入っているのでその修繕を行い、交戦データの回収を行うのが目的だ。
「何だったんだ……アレ」
玲次は呟く。
何だった……と言うのは交戦した所属不明のIS搭乗者の事だ。
動きからして相当な手練れ。悔しい話だがこちらの攻撃が悉く通用しなかった。思考に入ろうとした矢先近くで声がした。
「少なくともそれなりの数の自律兵器を率いている辺り何かの組織に属している可能性が高いと思われます」
「うおぁッ!?」
「ひゃぁっ!?」
玲次が驚きの余り飛び退いたのと同じタイミングで声の主も飛び退いた。
「や、山田先生ですか……びっくりしました」
「お、驚かせてごめんなさい!」
「いやそんなこっちがボケボケしていただけですんで謝らんでください!」
山田先生は肩を縮こまらせ、玲次は急いで謝る。そんな妙な光景が1分程続いてから、コホン、と落ち着きを取り戻した山田先生が咳払いし玲次は大きく深呼吸して一つ間を置いてから山田先生は再び口を開いた。
「えっと、今後の予定についてですが……予定通りクラス代表決定戦に関しては行う事が決定しました。理由としては割ける時間が無かった事と、3人とも診断結果は正常である事が分かったから、という事です」
延期とまでは行かなかったようだ。仕方のない話だろうけれども。
「さいですか……」
残された時間は3日間のみ。一夏をピンポイントで狙って来た以上自分で自分の身を護る手段は確実に必要となって来るだろう。
「戦闘の疲れも色々あるかもしれませんが、その、ごめんなさい」
「いえ、おれは大丈夫です。勝手に戦いに行ったようなモンですし」
そう言って玲次はふと黒鉄に視線を向けた。
自分もきっと何かに狙われる可能性があるだろう。己が身を護る為には黒鉄の力が必要不可欠となって来る。
「……それに益々気張って行かないと取り返しが付かん事になりそうなんで、尻に火が点いているくらいが丁度良いかもしれませんからね」
「前向きなんですね、篠ノ之君は」
「単に危機感が無いだけですよ、おれは」
山田先生の言葉に玲次は苦笑いする。
玲次自身切羽つまっているが、一夏ほどではないのだ。一夏が白式に慣れなければならない一方玲次は黒鉄に多少慣れている。
整備が終わったらすぐに射撃訓練やマニューバの演習に入ろう、こちらとてウサギと亀のウサギにはなりたくはないのだから。
整備が終わるまでは……準備運動にグラウンドを走ろうと思い立ち、「ちょっと走りに行ってきます」と言い残して山田先生と別れた。
//
パシン、パシンと竹刀がぶつかり合う音が道場の中引っ切り無しに響いていた。
そこには竹刀を持ち、防具を身に纏った二名が居る。片方は……一夏は有無も言わさぬ猛攻を放ち、もう片方、箒はそれを軽々と捌いて行く。そして隙を見つけた途端反撃に入りあっという間に猛攻を放っていた方は一本取られてしまった。
「まだだッ!」
「来いッ!」
それでも挑みかかる一夏に箒は応える。
箒としてはただ嬉しかった。一夏がここまで意欲的な事に。昔、一緒に剣道をしていた頃を思い出す。
だが、この後も箒の勝利で終わり、一夏は15戦0勝という悲惨な結果だった。
3年もブランクがある一夏がずっと剣道を続けている箒に一朝一夕で勝てる訳が無かった。
「今日はここで終わりだ」
「あぁ。終わりなのか」
「もう夕食の時間も近いからな」
箒の終了宣言に一夏は糸の切れた人形の如くへたり込み尻餅をついた。
この15戦の前にランニングや筋トレ、素振りとやれる事は沢山やった、体力だけはあるが衰えた技量は中々取り戻せはしない。
こうして打ち合う度にそんな思いが箒の胸の内に大きくなっていく。
「本当に、辞めてしまったのだな……」
箒は少し寂しげに呟くが、疲労が蓄積し切った一夏には聴こえる事は無かった。
もう箒には一夏が剣道を辞めた事を怒る気は無かった。どうして剣道を辞めてしまったのか問い詰めても一夏は教えてくれなかったし、現在はこうして一緒にまた剣道をしている、今はこれで充分だ。
今の一夏の気迫は相当なものだ。そこに技術は伴っては居ないがこれから付けて行けばいい。
「今日もありがとな、箒」
面を外した一夏の礼に少し、どきりとする。
修練後の一夏を見ているとどうも、表現し難い何かを感じる。
「れ、礼を言っている暇があったら先にシャワー浴びてこい!」
反射的に箒はそっぽを向くが、一夏は首を横に振った。
「箒が先に行けよ。俺はちょっとここで休んでる」
疲労困憊と言わんばかりに床に寝そべる一夏に、流石に突っぱねられなかった。
女子校のシャワー室の性質上仕切りがあっても、完全に隠せる訳では無い。
一瞬、邪な想像を仕掛けて全力で振り払った。
「箒、どうした? 熱でもあるのか?」
それが少し奇異に見えたのか一夏に怪訝な顔で問われて半ば反射的に一夏に竹刀を振るっていた。
「うわぶねッ!?」
咄嗟に一夏は横に転がって回避し、空ぶった竹刀は地面を強く叩き道場に音が響き渡る。
「ハッ、すまん!」
ハッと我に返った箒は脱兎のごとくシャワー室へと駆けこんで行く。別に一夏に非がある訳では無い。自分が迂闊なだけだったのだ。
背を向けていたので顔を確認は出来なかったが間違いなく一夏は茫然としているに違いない。
――いやいや待て待て、不意打ちに対応出来たという点では修練の賜物、喜ぶべき事ではないか。あぁそうだ、そうだともははははは……はぁ
シャワー室に駆け込んだ後、自己嫌悪で盛大な溜息が出た。
//
それからというもの、時間と言うのはあっという間に過ぎていくものでクラス代表決定戦当日にまで至ってしまった。
その間に一夏は白式に馴染むよう玲次と機動テストを行いつつ箒と修練を積み。一方で玲次は一夏のサポートをしつつマニューバの取得や射撃の命中精度を上げるよう努めていた。
これらがセシリアとの戦いで活かされるかどうかは分からないが、一応出来る事はやったつもりだ。
「おれが先に行くよ」
アリーナのピット内でISスーツに着替えた玲次は切り出した。
「えっ、何でだ」
一夏は疑問符を浮かべる。
「そらもう、時間稼ぎ。その間に観察なりなんなりすれば多少何とかなると思うし」
「負ける事前提か……」
「んな事ァ無い。もしおれが勝ったらそん時はそん時さね」
「でもシード扱いってのはなぁ」
引き攣った一夏の心境は玲次にも何となく読み取れたが、白式の性質上セシリアに勝利出来る確率は無きに等しかった。何故ならば白式には飛び道具が無い。
純粋に相性が悪いのと同時に白式に積まれていた
「おれが負けたら後は頼みますわ。あの光の剣でズバッと頼む」
「無茶言うな。お前が無理だったら俺も無理だ。で、あるのか」
「何が?」
「策、みたいな奴」
問われて玲次は少し考え込む。一応ブルーティアーズの戦い方は、自分が手に入るレベルの既存のデータとこの目で視たものをかき集めたので大体は理解している。
「基本としては取り敢えず奴の銃口と軸は合せない。これは絶対だ。まぁあっちが合せて来るだろうから割とキツイけど」
「あの勝手に飛び回る砲台は」
「無理。砲台……要はビットに気を取られている内に本体に狙撃されたら死ぬ」
あっさりと無情な現実を言い放たれ、一夏はガックリと気落ちした。飛び道具がある玲次が駄目ならばこっちはどうすれば良いのだ。飛び道具は無く刀一本しかない自分はどうすれば、と。
白式の出力で無理矢理突破して一撃を叩き込む手段しか思い浮かばない。現状白式の武器は純粋なカタログスペックと
「まぁこっちには、ちょっとした電気ビリビリマジックがあるからなるようにはなるさね。あの時は使う余裕もなかったけど」
「電気?」
一夏が怪訝な顔をすると玲次は「そ、電気」と軽く答えたものの詳細は教えてはくれなかった上に「当たらなきゃどうしようもないけど」と不穏なひと言まで呟いた。
「それにお前も教師倒したんでしょ? ならそれなりに行けるでしょ」
「いや、それが……」
一夏はとても言い辛そうに言いよどむ。気になった玲次は半ば興味本位で追求してみた。
「何」
「あれ、教師が自滅したんだよ……勝手に突進してきて、俺が横に避けたら壁にズドンッ! て勢いよくぶつかって……」
「伸びちゃった、と」
「おう……」
それって勝ったと言えるのか。いや、判定としては勝利となるのか。教師が多少手を抜いている可能性から鑑みてもあまりにも予想斜め上の一夏の勝因に玲次の顔が一気に引き攣る。
「ま、まぁなるようにならぁね、うん。そうに違いない」
間違いなくヤケクソであろう話の切り上げ方だったがそんな反応になるであろう事を想像していた一夏にはダメージは無かった。
そんなこんなでアホな話をしているとそこに箒がやって来た。
「まだ始まって無かったんだな」
「いや、もうそろそろ開始時間。じゃ、おれ行くわ」
玲次は一夏と箒に軽く会釈してからカタパルト前に立つと黒鉄を呼び出す。今の黒鉄の装備は前回の戦闘と同じだ。ハンドガン、グレネードランチャー、後は固定装備だけ。
「――勝って来い」
箒の言葉に玲次は「全力は尽くすよ」と返した。
勝てる確証など無いしこちらの手札が何処まで通用するかは分からない。だがやるしかない。
脚部アーマーをカタパルトに接続する。接続を確認したらこちらが発進する為の指令をISを使ってカタパルトのコンピューターに送ると30秒後に射出に入るという仕組みだ。
深呼吸する。射出に掛るGはそこまででも無いが気が抜けた状態だと何が起こるか分かった物では無い。数メートル先のゲートが開き、その先には蒼穹が広がっていた。
【3、2、1、ready】
カウントが0になった途端、脚部に接続したカタパルトが火花を散らしながら凄まじい勢いで出口に向かって直進し、玲次と黒鉄を外へと向かって運び、射出する。
脚からカタパルトが離れて、足場を失った玲次。玲次は咄嗟にISの基本システムであるPICを作動させ、センサーに意識を向ける。するとそこには――
「あら、逃げずに出て来たようですわね」
既にブルー・ティアーズを纏うセシリアが少し高い高度から玲次を見下ろすかのようにして待っていた。そんなセシリアの言葉に玲次は見上げ、怖じ気る事なく返す。
「数日前いっぺん撃たれましたんでそのお返しに、と」
「なっ、アレはわたくしは……」
玲次の返しにセシリアは慌てる。別にセシリアに非がある訳では無い。盾にした所属不明の女が全面的に悪いのであって。
「いやこれは冗談。……このまま逃げたら奴隷にされちゃうし全力で戦う事にした」
セシリアにとってはあのわざと負けたら奴隷する宣言は本気で言っていた訳では無かった。怒りのあまりの勢いもあった。だが全力で戦って来るのならばそれはセシリアにとっては都合の良い事だった。
無論、勝ちは見えている。技量差はセシリアの方が上なのだという事実は覆しようがない。
だが態と負けられるのは気分が悪いし腹も立つ話だった。セシリアは先ほどの狼狽を振り切って気を取り直した。
「えぇ、そうですわ。わざと負けようものなら――!」
玲次はセシリアと同じ高度まで上昇し、所定位置まで移動する。一触即発の状況下両者は戦闘開始。
そしてアナウンスが流れた。
『これよりセシリア・オルコット対篠ノ之玲次によるクラス代表決定戦を開始します。生徒の皆さんは安全の為、席に着いてください』
ISバトルのルールはこうだ。先に敵のシールドエネルギーを0にした方の勝ちという至極単純なルールだ。場合によっては制限時間などの制約が付くが今回は無し。
『開始まで……3、2、1、はじめッ!』
始まりのコールと共にセシリアは携えていたレーザーライフル『スターライトMk-Ⅲ』の銃口を玲次に向け、一方で玲次はハンドガン『時雨』をセシリアに向ける。
ほぼ同タイミングだった。両者とも相手が初手で銃撃を放つ事は読んでいた。
玲次は咄嗟に上体を逸らし、セシリアも同じく横に機体をブーストさせて弾丸を避けた。
「……ッ」
だがレーザーの弾速は馬鹿には出来なかった。僅かに回避が遅れて肩部アーマーが僅かに焦げ付いていた。一方でセシリアは完全に回避しておりダメージはゼロだった。
そして後退しつつ次の射撃を放つ。
――引き撃ちかッ!?
両腕の装甲を盾にしてセシリアの引き撃ちを防ぐも、そうしている内にセシリアは後退していき距離が開いて行く。
無論、時雨の有効射程距離はIS専用な為に通常のハンドガンを凌ぐ射程を持つためまだ有効射程の範疇だが、距離が開けば開くほど精度も落ち、そして読まれやすくなる。どっちにしろ不利な事には変わりはしない。
「さぁ踊りなさい! わたくしセシリア・オルコットとブルー・ティアーズが奏でる
「盆踊りしか踊れないけどねぇ!」
幸いレーザーライフルしか使っては来ないので近づく前に落ち着いて軸を合せないように照準をブレさせる事が先決か。
不規則に左右に機体をスライドさせるように動き始める。それにセシリアは食らい付こうと撃ち続けるが、直撃を当てる事は困難を極め5発に1発は命中する程度となった。
それでもまだ当てられる辺り厄介以外何でもない。
「ッ、苛立たしいですわね!」
セシリアは言葉の通り苛立しげに言う。このまま弾切れを狙う事は多分無理だ。
レーザー兵器を売りとしたブルーティアーズがそう簡単にガス欠になるとは思えないし、その前にこちらのシールドエネルギーをゼロにされてしまいかねない。
あのレーザーの一発一発が地味に痛い。
申し訳程度にハンドガンで応戦しているが同時にセシリアの射撃を避け廻っている為、照準がままならず明後日の方向へと飛んで行ってしまう。
初手で躓いたのが不味かったか。玲次は歯噛みしていると――一瞬だけだが射撃が途切れた。
「ッ!」
流石にリロード時間は発生するのか。1秒後直ぐに射撃が再開されたが、活路は見えた。
グレネードランチャーを取り出し、持つ手に少し力を込める。
そしてその手から紫電が奔った。
じりじりと削られて行くシールドエネルギー。全ては躱し切れない、それどころかどんどん命中率が上がってきている。第2波を避けている内に黒鉄の残量シールドエネルギーが65%を切っていた。対してセシリアのブルーティアーズは100%。
申し訳程度にハンドガンで反撃し、こちらの考えを悟られないようにする。準備が出来、条件がクリアされるまで、回避に専念する。
反撃の手立てを思いつかない馬鹿を演じるのだ。
「このまま避けているばかりで終わるおつもりですかッ」
「…………」
セシリアの挑発には乗らない。スターライトMk-Ⅲの
とにかくチャンスを――待つ。
//
篠ノ之玲次機、黒鉄のデータがあまり公開されていないことからして、まだ何か武器を出し惜しみしているのではないかとすらセシリアは思ったが全くと言っても良い程何もしてこない。
だが先ほど行った新しいアクションはグレネードランチャー呼び出しのみ。
ハンドガンより当たらないではないか。命中精度でも、射程距離でも劣るような武器で何をしようと言うのだ。
それにスターライトMk-Ⅲだけで充分事足りてしまっている現状、使う必要は無いのかも知れない。
このままでは本気を出さずとも完封勝ちは目に見えている。
――こんなものですか……
失望と同時に侮蔑の感情が湧いてくる。もしかしたらあのアンノウンだって自分なら仕留められたのではないかという思いすら湧いてくる。
トリガーから手ごたえが無くなり、ハッと我に返りスターライトMk-Ⅲの
だが、彼がその瞬間を待っていた事を彼女が知る由も無い。
「ブーストッ!!」
「な――ッ!?」
リロード時間は1秒程。だがその1秒が命取りであった。
玲次が機体をブーストさせて詰め寄って来た。目に見える形で二丁の得物を携えて肉迫してくる。
「ですがッ!!」
スターライトMk-Ⅲの
何かされるまえに追い払う。
後方に下がろうと思い立ったのだが、気が動転したか対応がやや玲次の方が速く、IS専用グレネードランチャー『烈火』の銃口を向け、迷う事無くその引き金を引き、一つの大きな弾丸が放たれセシリアに接触する――
が――それが破裂したはしたのだが小規模な爆発と同時に紫電が飛び散っただけだった。
「行きがけの駄賃だ。コイツも取っとけ!」
追撃に時雨の銃口をこちらに向けて来るのだが、これ以上受けてやる理由など無い。
「そこまで受けて差し上げる理由など有りませんわ!」
スターライトMk-Ⅲの銃口を玲次に向ける。当てるというより追い払う目的だ。
一発照射されたレーザーを玲次は時雨の発砲を取りやめて上体を逸らす事で脇腹を掠める形で直撃を免れ、即座に後退していった。
「全く、脅かせますわね……」
グレネードによるシールドエネルギーにダメージは大してなく97%も残っている。
だが僅かなリロード時間を縫って肉迫して来る辺りを想定していなかったのはある種篠ノ之玲次と言う男を侮り過ぎたか。
敵機シールドエネルギー残量26%
だがもう決着は付いたに等しい。こちらの次の
もう一度引き撃ちを再開しようとした矢先――
「……?」
違和感を感じた。
まるでISと自分自身が剥離しているというか、まるで纏っているような感覚だ。何時もならばISは体の一部のような感覚で動かしていたのだが、今は何故か――距離のようなものを感じると同時に、
「ハイパーセンサーが、機能低下を起こしている……!?」
その違和感が形となって表れ、セシリアは悟ったのだ。
罠に掛ってしまった、と。
明確な説明は次回、千冬さんたちでお送りします。
あと事件後報告もちょこちょこと。