インフィニット・ストラトス~The Lost Rabbit~   作:ヌオー来訪者

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 千冬さん登場回。
 デレ成分ちょっと多いかも


03 世界最強『だった』女

 

 有り得ない。

 所属不明(アンノウン)のISを見た瞬間、セシリア・オルコットは言葉を失った。

 

 ヘリから降下し自分に与えられた専用機であるブルー・ティアーズを纏い、現場に急行したものの既に状況は始まっていた。

 自衛隊が既に赴いているという情報は無く、戸惑いつつ六十七口径特殊レーザーライフルのスターライトmkⅢによる狙撃で所属不明機と交戦している自律兵器を手早く始末したのだが、所属不明のISはこちらに仕掛けて来る事は無く、ただ茫然とこっちを見上げている。

 

 ここまでならば、まだ驚く要素は無いのだが、搭乗者があまりにも特殊だったのだ。

 

【戦闘モード状態のISを感知。登録操縦者:ネットワーク未登録。機体名:ネットワーク未登録。コアナンバー不明】

 

 コアは有数だ。それも467基しかない。だから搭乗者やコアそのものの管理も厳重になされているハズだ。それなのに未登録? どういう事だ。

 しかも女性と言うには首を傾げてしまうような風貌だったのもある。

 男性的な女性は居ない訳ではない。だからセシリアは念の為に質問を投げかけた。だが返って来た声は明らかに男性のものだった。

 

 有り得ない。

 男性がISを操縦できるなんて、有り得ない。

 

 じゃあこの男の纏っているのはISでは無いに違いない。なんて発想がセシリアの脳裏に浮かびこそしたがブルー・ティアーズのシステムは既にそれを否定している。

 じゃあ変声機か、変声機でも使っているのか。

 

 だがそんな事をして何の意味がある?

 冷静になって考えてみればそんな結論に行き着く。意味など無い。

 

「貴方……何者ですの?」

 

 銃口を向けたまま問うと、男は返した。

 

「おれ? えっと、篠ノ之玲次。一応一般人なんだけどちょっと変な事になってて。助けてくれて、ありがとうございます。お陰で助かりました」

 

――シノノノ?

 

 聞いた事のあるファミリーネームだ。と言うか明らかに特殊なファミリーネームなので直ぐにISの開発者の血縁であることが分かった。と言うか9機も自律兵器を粉砕しているのか。それに比べてこちらは遠距離から5機を仕留めただけ。

 セシリアの眉間に軽くしわが寄る。

 

 篠ノ之と言うのだから何かISに細工したとかそんなのではないのかと思い至ったがどうやら玲次と名乗る男はかなり困り切っている表情をしている。

 

――困っているのはこっちの方ですわよ……!

 

 初陣で華々しくデビューを飾るかと思ったらいつの間にかポッと出の所属不明ISに、それも男に滅茶苦茶にされているなどとセシリアとしては些か不愉快な話だった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 篠ノ之玲次とは関係のない、自分の昔の事を思い出してセシリアは苦虫を噛み潰したような顔で篠ノ之玲次を見下ろしていた……。

 

 

//

 

 

――何で睨まれてんのおれ?

 

 玲次は困惑していた。そんなに男がISに乗る事が気に入らないのか。

 ISを絶対的に神聖視する危ない頭の人は居ない事は無いのだが、セシリアと言う人はそんなタイプなのか。

 何故睨まれているのか分からない。銃口も既に下げられていたが怖い事この上無い。何か文句言ったらまた銃口向けられて撃たれるんじゃないかとすら思ってしまう。

 両者が無言のまま対峙していると、上空からヘリが近づいてきた。それにセシリアと玲次の注意がそちらへと向く。

 そしてそれがセシリアと玲次の前に着陸すると、中から女性がドアを開けて降りて来た。

 

 黒のスーツにタイトスカート、すらりとした長身、少し鋭い目つきで黒い髪の女性が。そんな彼女に玲次は見覚えがあった。

 

「……千冬さん?」

世界最強(ブリュンヒルデ)!?」

 

 玲次は名前を、セシリアは彼女の異名を呼ぶ。

 

「玲次か……こうして顔を合せるのは3年ぶりだが随分と妙な物を纏っているな」

 

 千冬は呆れたように言う。玲次は千冬と言う女とは面識があった。

 織斑千冬……玲次の姉である束の数少ない友人であると同時にちょっとした有名人でもある。それはセシリアの『世界最強(ブリュンヒルデ)』と言う言葉に集約されている。

 

「あー、話せばちと、ややこしい事になるんですが」

 

 どう説明すればいいのやら。玲次はちょっと困った顔をしていると、千冬は一切顔色変えずに切り出した。

 

「分かった。その前に私と同行して貰う。オルコット、入学前ではあるがご苦労だった」

 

 千冬はセシリアに労いの一言投げてから踵を返しヘリに再び向かって行く。それに玲次は付いて行く。3年ぶりの再会で更に突然過ぎるものであったが、知らない人に連行されるよりはまだ信用は出来る。それにセシリアの反応から分かるようにISの界隈では名の通った人間であり、話しが分かる人であるのには違いない。

 

 が、千冬はヘリを前に振り向いて溜息を吐いた。

 

「ISに乗って物騒な得物を持ったままヘリにでも乗るつもりかお前は」

 

「あっ」

 

 言われてみればISを纏い、物騒な高周波ナイフを持ったままだった。

 千冬の突っ込みに玲次はあたふたし、セシリアは、なんなんだこいつはと言わんばかりに益々眉間にしわを寄せた。

 

「あの――どうやって解除するんですか」

 

 そんな玲次の問いにセシリアは盛大に溜息を吐き、千冬は軽く頭を抱えた。

 結局、解除方法は千冬から教えて貰う羽目となったのは余談だ。

 

 

//

 

 

 ヘリに乗り連れられた先はIS学園……つまり箒の入学先だった。

 IS学園の位置は東京湾に浮かぶ人工島にある。一般的なアクセス方法は船かモノレールしかない。ヘリに関しては最早特例だ。そもそも一般的では無い。

 

 無論、監視システムもある為にそう簡単に侵入は出来ないだろうし、噂だとCIWSとかバリアとか装備しているらしい。まさに要塞か監獄島(アルカトラズ)だと玲次は思った。

 まぁ、CIWSやバリアについてはネットに書き込まれているようなソース不明の噂話なので信用は出来ないのだが。

 

 だがそれくらいの装備はしていないと強力な兵器と人材の溜まり場であるあの場所を維持は出来ないだろう。ただでさえテロが昔より簡単に出来てしまう時代だというのに。

 無論、モノレールに乗るには許可証が要るので通常は一般人が乗れないようになっている。

 

 そんなIS学園に上陸する事になろうとは数時間前の自分じゃ想像も出来なかった。

 

 

「で――突如現れた機体に乗って自律兵器を9機程撃墜した、と」

 

「えぇ、でもよくよく考えたら滅茶苦茶ですよ。まるでロボットアニメか特撮だ」

 

 IS学園の島に設立されている研究施設らしき場所まで連れられて、何もないまるで取調室のような所まで連れられた玲次が自分の置かれた状況を一通り説明すると、玲次の向かいに座った千冬は要領を得ない顔をした。

 

「黒鉄に関してはこちらが調査中だ。これで何かしらは分かるだろう。だが、あれは未登録コアだろうな……」

 

「467機しかないコアがそうホイホイとおれ如きをピンポイントで来る筈は普通有りませんからね……」

 

 机に置かれたコーヒーカップの中の黒々とした液体に映る自分の顔は明らかに不安混じりの表情をしていた。当然だ、常識で有り得ないものが存在するなどと、あってはならない事なのだから。

 

 ISの欠陥は女性にしか扱えない事だけでは無く、ISを形成するのに必要不可欠なコアユニットであるISコアが467機しかない事にある。

 じゃぁ、作れば良いじゃないかと思われるかもしれないがそうは問屋が卸さない。

 

 何故なら()()()()のだ。

 

 ISコア自体ブラックボックス化されている上に、推測されている必要な資材が入手困難なレアメタルと謎の合金で、他にも必要な資材は沢山あるのだが判明されていない部分が大部分を占めている始末だ。束曰くISコアの生成には相応の時間を要するらしい上に、ISコアの作り方を知っている肝心の束は――

 

「男がISを稼働させられる事は想定外だった。だが、名指しで呼ばれた以上作為的な物だろう。後程様々な検査を受けて貰うからそのつもりでな」

 

「まさか……モルモットになるんですかね、おれ?」

 

「あぁ、そうなるな」

 

 ばっさりそう言い放つ千冬に玲次の顔は真っ青になった。玲次の脳裏には手足を拘束されて改造手術を受ける某特撮主人公めいた光景や、脳だけになって培養液漬けになった己の姿が浮かぶ。我ながら悪趣味な発想に寒気がした。

 

「いっ……か、解剖ですか?」

 

「流石に貴重なサンプルを無碍に扱えまい。世界のパワーバランスを再び書き換えかねないものを下手に弄れはせん」

 

 とは千冬には言われたが不安は消える訳が無い。そんな玲次にトドメを刺すように千冬は続けた。

 

「だがまぁ、男がISを動かしたとなると世界中は大騒ぎだろうな。しかも正体不明の未登録コアもセットに付いてきた。……男女のパワーバランスを再び書き換えかねない存在を人々は放っては置かんだろう。喩え強行手段を使ってでも、な」

 

 強行手段。その単語はどう見ても穏やかな話では無かった。特にテロ件数が増加した昨今、説得力は段違いだ。

 

「気分の良い話では無いですね。常に見知らぬ誰かに狙われているとびくびくしなきゃならないのは流石に……」

 

「あぁ、それに日本政府も放ってはおかんだろう。貴重な外交カードに成り得るからな……だが、己が身を、立場をある程度守る唯一の方法ならある」

 

 あるのか。玲次の顔が少し明るくなる。国すらも守ってくれないのなら誰が守ってくれるというのだろうか。そんな都合の良い救世主が居るなら是非とも紹介して欲しい。

 

「なんです?」

 

 ずい、と身を乗り出して聴く玲次に千冬は何の事も無くさらりと答えた。

 

 

 

 

「お前がIS学園に入学する事だ」

 

 

 

 

「…………はい?」

 

 斜め上の回答に玲次の眼が点になった。それと同時に自分の耳を疑った。時間が停止したかのように玲次の動きが止まり、十数秒後に我に返ってしどろもどろになった。

 

「いや、ちょ、あの、女子校じゃないですかアレ?」

 

 玲次の取り乱しように反して千冬は冷静だった。だが、玲次は気付かなかったが、少し眉間にしわが寄っていた。常時仏頂面なのだから気付きにくいのだ。

 

「あぁ、ISの性質上な。入学条件がISの操縦が出来る事前提だからな。お前はその条件をクリアしている、と言う事だ。それに規則上男が入学してはいけないという規則は無い」

 

 つまり規則の穴を突けば入学できない事は無い、と言う訳だ。だが、玲次の存在など異物でしかない。学園施設そのものは男性が居る事前提では無いハズだ。

 

「まぁ、その事を念頭に入れておくと良い。まだ確定事項では無いからな」

 

 まだ、と言う事はいずれ確定事項に成り得るという事だ。

 この男が生き辛い世の中で女ばかりの環境に放り込まれれば碌な事にならないのは眼に見えていた。マグカップの中の黒い水面には引き攣った玲次の顔が映って居た。

 

「あのー、おれの受験は?」

 

「こうなったら取り消しだろうな」

 

「…………」

 

 開いた口が塞がらない。少し前までは少し手を抜いていたとは言えど、箒に叱られてしっかりしようと思った自分は何だったのか。酷い話もあったものだ。と言うかぶっちゃけふざけるなと文句の一つ二つは言いたい所だ。

 生と死の境界線に立たされた挙句、世界から望まぬ注目を受ける挙句、女子校に放り込まれるなんて悪い夢であって欲しかった。けれどもこれは現実で――

 千冬の容赦ない通告に愕然としていると、千冬の携帯の着信音が鳴った。

 

「すまん。少し席を外す」

 

 千冬はそう言い一旦部屋から出て行った。そして間もなくして戻って来た。

 

「準備が出来た、今から検査を行う」

 

「あっはい」

 

 もうなるようになれ。半ばヤケクソになった玲次は千冬の案内に従い検査を行うべく然るべき場所まで赴く。

 箒にはどう報告すれば良いのだろうか。箒は間違いなく良い顔はしないだろう。益々束に対しての反感が悪化するに違いない。そんな事を想像してげんなりしつつ診察室のドアを開けた。

 

 

//

 

 玲次が診察室に入り、廊下で待つ事になった織斑千冬は一人、壁に凭れていた。

 

――468機目のIS、か。

 

 有り得ない存在だった。それにそれが玲次が乗っていたとなると驚きも動揺もする。玲次の前では一応冷静であろうとしたが。そう見せる事が出来たかの自信は無い。自分は役者じゃないのだ。

 ISは467機しかない。それを新たに造れるとなるとそれは束しか居ないのだが、その()()()()()3()()()()()()()()()()()()()()()()()筈だ。

 

 事は3年前に遡る。

 当時は自分が現役から引退した辺りの時期か、ドイツへと出向する前ぐらいの時期だ。

 

 篠ノ之束と言うISを造った女は世界が放って置くような存在では無かった。故に日本政府の監視下で研究をさせられていたという。日本国内の様々な研究所と渡っていた筈なのでずっと同じ場所に留まっている事は少なかった。

 

 静岡の研究所でIS関連の性能向上などの研究をしていたらしいが、その研究所で突如爆発事故が発生したという。爆発の規模は相当なものだったらしく、研究所が原型をとどめないほどに消し飛んだという。

 そこに居た約50名ほどの人員はその爆発に呑まれてしまったようだ。死体は原型をとどめない程に吹っ飛んでおりどれが誰の死体なのか判別も出来なかった。その場に居合わせたとされる者の生存者はゼロ。

 

 篠ノ之束と言う人材を喪う事を恐れた日本政府は血眼になって彼女の生死を確認しようとしたが確認は取れず。敢え無く死亡と断定された。

 

 それを知った時、千冬は己が目と耳を疑った。

 篠ノ之束と言う女とは友人、のつもりだった。束本人は顔を合わすたびに過剰レベルのスキンシップを要求して来るので千冬はそれを些か乱暴な手段で跳ねのけていたが。

 

 きっと生きているに違いないと携帯で何度か掛けてみたが、応答は無かった。3年間ずっと。

 それが生きているかも知れない。千冬はふとそんな希望を少しだけ抱いたが、自分も自分なりの方法で束の生死を調べた。だが、爆心地(グラウンド・ゼロ)を調べて見つかったものは束がいつも着ていた風変りな衣服片だけ。転がっていた死体はどれも鑑定不可能な状態だった。

 

――期待はするだけ無駄、か

 

 もう自分には()()()()()()()()()()()()()。今は唯一の家族も、友人の家族も守る事ですらままならない体たらく。

 

「私も落ちたものだ」

 

 自嘲気味めいた声色で呟く。

 

「なぁ、お前はこんな私を見たらどう言うだろうな」

 

 それは分からない。千冬は束が一体何を考えているのかずっと分からなかった。千冬だけじゃない、箒も、玲次も、両親も、彼女を理解する事は恐らく出来ていない。

 

「やれる事は――やるか」

 

 でも、こんな自分でも出来る事はある。3年前持っていた力を無くしても何もしない言い訳にはならないのだから。せめて己が身を守るだけの方法ぐらいは教えたい。千冬はそう決意した。

 

 

 

 

 ――それから月日は流れ

 

 

 桜舞う季節へと時は流れていった。

 

 




 次回から原作に足突っ込んでいくよ。
 でもちょっとIS学園生徒は原作よりちょっと厳しめだから野郎どもにとっては些かハードモードかもしれない。

 本作の千冬さんやセシリアは原作と異なる点が幾つかあります。あと束さんは原作より性格は丸いかと。

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