インフィニット・ストラトス~The Lost Rabbit~   作:ヌオー来訪者

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 お待たせしました。

 かなり久々ですが……30話も既に完成していますので少々お待ちください。


29 噂

「篠ノ之君」

 

「はい」

 

 ラウラとの対決から翌日、早朝IS学園島内のいつもの研究室にて玲次はリノリウムの床の上で正座していた。それを見ていた研究員は「お気の毒に」と言わんばかりの憐みの眼で見て来るが同情するなら助けてくれと玲次は心の中で悲鳴を上げる。

 正座している玲次の前に仁王立ちしている芝崎は不気味なまでににこやかだった。しかしそれを前にすると得も言われぬ圧が玲次の心臓を掴んでいた。このままハートキャッチ(物理)されてしまいそうな程の圧が玲次を襲い、背がピンと伸びた状態でカタカタガタガタと震えた。

 

「これはなに?」

 

 あるものに指をさす。指さした先を眼で追うとハンガーに鎮座している黒鉄と破損した遠雷の姿。

 

「えっと、黒鉄玄武と遠雷?」

 

「折角新しくロールアウトした早々これは一体どういう事かしら?」

 

「あっはい、必殺ビームをぶっ放して壊しました」

 

「報告は事細かにするって約束だったわよね? そんな能力あるなんて聞いた事無かったけど?」

 

「イレギュラーな事態で唐突に発動しまして。所謂アレです、ポケモンが戦闘中に新しい技を覚えた的な状態です、はい」

 

「なんでイレギュラーな手段を精査せずにホイホイと使ったの、まったく折角作った遠雷をこうも無残な姿にしちゃって……ねぇ?」

 

「すみません迂闊でした許してくださいなんでも……は出来ませんけど出来る事ならやりますから」

 

 土下座し額を白い床にこすりつける玲次をゴミを見るような目で見下ろす芝崎。

 今回黒鉄の新たな力で窮地を潜り抜けたが、後々の事を考えると迂闊ではあった。まさかここまで芝崎にこってり絞られるとは昨日の玲次は思いもしなかったのだから。加えて黒鉄も反動で機能停止を起こしてしまっている有様だ。

 芝崎は滲み出る威圧感をフッとなくしてから、デスクのPCに取り掛かり玲次を横目で見ながら口を開いた。

 

「もういいわ。壊したものはしょうがないし、研究協力費からさっ引いとくから。今気にするべきは先ほどの力の正体と如何にして早く黒鉄を復活させるか。トーナメント、近いんでしょ?」

 

 しれっと減給処分を食らい玲次はがっくりと肩を落とす。そして幽鬼の如くゆらゆらと力なく立ち上がっているとPCの操作をしている芝崎が説明を始めた。モニターには黒鉄の戦闘記録が表示されていた。

 

「昨日黒鉄玄武の撃ったプラズマキャノン、便宜上玄武砲と呼ばせて貰うわ。恐らく黒鉄のコアが玄武の追加装備(パッケージ)にコアが学習、試しに撃ったものと思われるわ」

 

「コアが玄武に合わせようとした?」

 

 玲次が芝崎の後ろからモニターを覗きつつも疑問符付きで声を上げる。

 まるでコアが生物か何かのようだ。事実ISコアは搭乗者に合わせられるだけの高性能な学習能力を持っている……となれば黒鉄のコアが玄武に合わせようとする事も理にかなっている訳だ。

 

「そう。黒鉄のコアは思いの外従順で、取り回しの効く武器こそ好むけれど、あまり好き嫌いは無いというか、こちらの要求に柔軟に応えてくれている。何というか、搭乗者を守る為に進んで様々な手を使うって思考というか……」

 

「そりゃまた良い子ですね……」

 

 最初玲次の命を救ったのも自律稼働していた黒鉄だった。その事を思い出しながら黒鉄の方を見ると、疲れているのかなんだかこの機体が従順なメイドか何かに見えた。

 

――なーにアホな想像してんだ気色悪いぞおれ。

 

 即座に自分の妄想を斬り捨てる。

 

「どした篠ノ之君?」

 

 玲次の様子を不審に思った芝崎に、玲次は死んだ目で返した。

 

「最近疲れてるなぁ、って自分で」

 

「まぁ慣れない事の連続だものね。そりゃ疲れる。でもね……玄武の件チャラにはしないわよ」

 

「その件はほんとすみませんでした……」

 

 ギロリと玲次を睨みつけ玲次は蛇に睨まれた蛙の如くその身を硬直させ震え上がらせる。謝罪の言葉に芝崎は「ケッ、こちとら残業確定なのよ」と冗談交じりにグレたように呟く。しかし芝崎たちに仕事を増やさせてしまったのは本当に申し訳なく思い「すみません」と玲次は芝崎に震え上がる自身の気を落ち着かせ深々と謝った。

 モニターは芝崎の操作で黒鉄の図面データに切り替わった。

 

「もういいわよ。いずれこうなる事は覚悟していたし。……話変えるけどそう言えば、ドイツの娘(ラウラ・ボーデヴィッヒ)、黒鉄をシュヴァルツェア・アイゼンと呼んだんだっけ……?」

 

「あっはい。それとオルコットさんの指摘もあってほんとに似てるのかなぁと」

 

「交戦データと公式で公開されているレーゲンのデータと、黒鉄のデータで照合してみたけど――搭乗者に合わせて多少の差異こそあれど基本装甲に関してはレーゲンの設計思想というかクセが偶然とは言えない程に似ていたわ。()()()()()()()()()()

 

「彼女の言っていた事は本当……っぽい感じか現状は」

 

 となると黒鉄を寄越した人間はドイツ人という事になるのだろうか。もしくはドイツから技術を盗用した何者か。

 もしくはドイツ側のマッチポンプという可能性だ。

 以前のIS学園襲撃時、流れるような銀の髪が見えたのは覚えている。あれがラウラだとしたら……だがしかし何故玲次がISに適合する事を知っているのかという事が分からなくなる。黒鉄と出遭うまで適合検査は一度も……いや、10年前一度念のために受けた覚えはある。

 しかし記憶が正しければ当時起動出来なかったはずでは……

 

――妙だ。何故今になって適合した?

 

「彼女が言っていた事が正しいとしても、コアは完全新規ドイツのものとは記録されていない。ドイツにこいつを譲渡してやる理由にはならないわ。良いわね?」

 

「心得てます」

 

「よろしい。他は知らないけれど私や織斑先生、山やんは貴方の味方だから。……ね?」

 

 芝崎は説教時の殺意の籠った表情が嘘のような屈託のない笑みを見せる。多分、本心なのだろう。

 玲次もつられて笑顔で「ありがとうございます」と返した。

 

「玄武と遠雷をさっそく壊したのは許さないけどな……ふぅ、もっと丈夫に作っとくべきだった。ったくもー残業込みで頑張って直すわ」

 

 もういいと言っておきながらやっぱり恨みタラタラで頭を掻きながら、スタッフたちの手による整備が始まった黒鉄に目をやる。

 暫くは芝崎には逆らえなそうだと玲次は頭を垂れた。

 

「所で、山やんって……山田先生の事ですか?」

「あーそっか言って無かったっけ。学生時代同期だったんだけど」

「えっ」

 

◆◆◆

 

 民間人(玲次)軍人(ラウラ)に勝利した。そのような噂が飛び交うのも時間の問題だった。厳密には相討ちだというのに、第三者からすればそんな事はどうだっていいのだろう。

 ラウラに対する女子生徒の評判はよくない。

 曰く、自分たちを見下しているようだ。

 曰く、愛想が無い。

 

 半ば事実、半ばいちゃもんに等しいそれは、玲次の活躍などラウラからマウントを取る為のきっかけというか叩き棒でしかないのだ。

 ラウラ本人が彼女らを歯牙にもかけていない為、尚の事ラウラを良く思わない生徒たちの悪口は加速する。

 

「篠ノ之君も災難だったねー。なんか噂によるとボーデヴィッヒさん、篠ノ之君のIS狙っているらしいよ」

 

 善意でそう玲次に語り掛ける生徒もいる。こちらからすればラウラ叩きの為の叩き棒にされるのは迷惑千万な話だ。そんな醜い排斥行為の肩棒なぞ担ぎたくはなかった。

 そんな噂話を早朝耳にした玲次。心情が表情に出ていたか、教えて来た女子生徒の表情が戸惑いに変わった。

 

「ど、どうしたの?」

 

「……っ!? あぁ、ごめんね。最近色々あって疲れてるから……怖い顔してるかも知れないけど気にしないで。因みに――実はおれは勝ってないよ、相討ちだよ」

 

 訂正してから、たじろいだままの女子生徒を他所に自分の席に着く。

 流石に自分のクラスの仲間をあまり嫌いになりたくないのが本心だし、迂闊に敵を作ればその分一夏も自分も箒も動きづらくなる。

 1時間目の授業の教科書をバッグから取り出して机に並べていく。

 

「篠ノ之さん、黒鉄の様子はどうですか?」

 

 玲次より速く教室にやって来ていたセシリアが訊いてくる。最近席替えで隣になったので割と相談がしやすくなった。

 

「整備班が残業込みで頑張って直すって厭味全開で言われた」

 

「……ご愁傷さまですわね」

 

「こういう時菓子折り持って行けば良いんだよね……何が良いと思う?」

 

「知りませんわよ……っていうか菓子折りって何ですか……」

 

 しまった。イギリスに菓子折りという文化は無かった。怪訝な表情で質問してくるセシリアに机に突っ伏し脱力する玲次は停止寸前に陥ったゾンビの唸り声みたいな声で答える。

 

「簡単に言うとお詫びの品……?」

 

「成程。そういう事ですか……律儀な事は良い事ですわ」

 

 玲次のやろうとしている事が少し気に入ったのか感心したように微笑む。

 

「整備班に恨まれたらおれの命が危ないし……うん。あと玄武とか陽炎とか、おれを助ける為に本来造らなくて良かったものなのに造ってくれたしここでぞんざいにするするのはなんか……後味悪いし」

 

「ふふっ。後味悪い、ですか」

 

 何がおかしかったのかセシリアは口を抑えて上品に笑う。玲次は口を尖らせ露骨な不満気な表情で抗議を込めて訊く。

 

「何かおかしかった?」

 

「なんでもありませんわ。放課後菓子折りとやら一緒に探しましょうか?」

 

「そりゃ有り難い。女子の意見も聞きたいトコだ。別に正式なものって訳でもないし……整備班とか研究班が喜びそうな奴を選びたいな」

 

「ではわたくしの国でお世話になっているお店があるのですが……」

 

 セシリアとお菓子の話をしながらふと、ラウラの方をさり気なく見る。

 彼女はいつも通りクラスメイトの他愛のない世間話にも一切耳を傾けず、ただただ席に着いて微動だにしていなかった。

 遠目から見ても近づく気になれないほどに見えない壁を作っているように見える。同時期のシャルルとはまるで正反対の彼女ではあるが、シャルルもシャルルで何処か不審な点がある。

 

「篠ノ之さん?」

 

 暫く考え込んでいると不審に思ったのかセシリアがこちらの顔を覗きこんでいた。ハッと我に返った玲次が慌てて謝った。

 

「――あ、あぁ。ごめん、ちょっと色々考え事してた」

 

「最近何処か変ですわよ? 何か考え込んでいてうわの空……のように見えますわ」

 

 セシリアの鋭い指摘に玲次は口を噤む。

 普通では居られない出来事が玲次をおかしくさせる。ISに適合してしまったこの謎体質、所属不明のISに自律兵器を悪用したテロリスト連中、謎の脅迫事件、ラウラ・ボーデヴィッヒ、シャルル・デュノアという2名の転校生――

 胃の痛くなりそうな要素はゴマンとあり、そこら辺の高校生が抱えられるキャパシティーを余裕で超えてしまっている。さっさとこの場から逃げだしてやりたい所だ。だが出自不明の黒鉄や篠ノ之束の弟という鎖がそれを許さないし玲次自身も逃げる事を許さなかった。

 

「いつまで駄弁っている。さっさと席に着け」

 

 気付けば既にSHRの時間を回っており、千冬が仕切り始め、セシリアは姿勢を正し他の生徒たちも即座にSHRの為に着席していく。玲次はやや緩慢な動きで姿勢を正した後ぼんやりとした不安を抱えながらSHRをやり過ごした。


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