インフィニット・ストラトス~The Lost Rabbit~   作:ヌオー来訪者

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 今回は通常の2倍ほどの分量でお送りします。


28 ま が い も の

 本日分の授業を終え自室に戻った一夏は今月末提出予定の白式の報告書の製作のために真っ先にノートパソコンを開いた。

 今月前半分の提出を最近終えたばかりだが、提出日に一気に仕上げるようでは間に合わないし、それに記憶が鮮明な内に書いておくものだ。

 簡単な報告書とはいえ書くのは少々面倒だ。玲次は簡単に短時間で書き上げてしまうが一夏にとってはそうでもないのだ。学生の天敵、読書感想文を書かされているのに近い。

 理路整然とした文章を書くのが苦手だ。直感的にISを操縦しているのもあって尚の事説明もしにくい。

 

 それでもこんな好きでもない事でもやっていると、今日起こった出来事を忘れて居られそうだという一種の現実逃避も含んでいた。

 

 

 昼、玲次とは別に屋上で箒と鈴音、シャルルと昼食を取った時、急に両者が睨み合いを始めたりと誘ったシャルル共々妙に居たたまれない思いをしてしまったのもあって今日は妙に気が重い。

 なお、箒や鈴音の作って来てくれた弁当はとても美味しかった。実は箒も料理が出来たのには非常に驚いた。腕はお世辞にも良いとは言えないが真剣に作ったのであろうことは分かる。作りつづければいずれもっと美味しくなっているに違いないとは思う。一方鈴音の料理は、中学時代から変わらずの美味しさで安心した。

 いつか二人が仲良くなれる事を心底願ってやまない。二人とも何処か似てるような、そんな気がするのだ。

 

 自分自身に向けられたラウラからの憎悪も気になって仕方がない。

 

――俺は、確かにあいつに恐怖していた。

 

 玲次は何となく察していたようで、反射的に「なんでもない」と言ってしまったが玲次の顔は疑っている人そのものだった。それでも引き下がってくれたのは玲次なりの配慮なのか。

 朝、ラウラに睨まれた感覚を思い出そうとしたが、頭の何処かがそれを拒否してそれが叶わなかった。

 一夏の『本能』が絶えず叫び続けている。「あいつには近づくな」「近づけば取り返しのつかない事になる」と。一夏の理性もまた、ラウラに近づきたいとは全く思ってはおらず、関わると面倒になるというジャッジを下していた。

 

 今日起こった出来事は一夏の気を重くさせるのには充分過ぎた。こうやって報告書を書いていると気がまぎれる。特に自室に居ればラウラという少女に出くわす事はないのだ、少なくとも。

 携帯電話が鳴り始めた。――通知を見ると矢川からの電話だった。

 

「――はい、織斑です」

 

『やぁ、織斑君。元気かい? 白式の調子はどうだい?』

 

「元気です。白式も大丈夫です。現時点では動作不良とかは起こしてません。ちゃんと、動いてます」

 

 白式の燃費の悪さで何度追い詰められたか。玲次やセシリア、鈴音との模擬戦では引き撃ちでしょっちゅう嬲り殺しにされるわと散々な目に遭っている。燃費の面でも吸血鬼戦で勝っていた可能性を思うと時々呪いたくなる時もある。

 それでも最近は玲次たち相手に白星も増えてきているので腕の上がり様を実感出来ている。姉はこれと同じ力で世界一を取ったのだ。もっと強くなる事は不可能ではない筈だと一夏は踏んでいた。

 

『でも――燃費悪いと、思った事はないかい?』

 

「――気付いていたんですか」

 

 単一仕様能力は一夏本人以外では発動は不可能。そんなものだから実際に一夏が動かして稼働データを送り付けないと分からないというのは中々タチの悪い話だ。――起動してみなければ分からない。そんなもの兵器としてどうなのかと一夏でも思う。しかしそれは絶対的攻撃力と防御力の前にその疑問は灰塵と化す。

 

『稼働データを送ってくれれば分かるよ。昔、君のお姉さんが使っていた暮桜と同一の単一仕様能力だと分かった時、何度か上層部に直訴してみたんだけど――』

 

「だけど?」

 

『あっさりと蹴られたよ。織斑千冬の弟さんなら使いこなせるはずだって。所長もノリ気でデータが取れるから現状維持だ、と。白式には黒い箱(ブラックボックス)がある。それが白式の容量を異常なまでに圧迫している。そのうちの一つに単一仕様能力の強制起動とかが仕込まれていると思われるんだけど、あれさえ排除出来れば、白式は普通のISのように動けるハズなんだ』

 

「大丈夫です。姉が使いこなしたこの力、使いこなせず逃げるのは――出来ません」

 

『しかし――ッ』

 

 反駁する矢川に一夏が遮る。

 

「実際模擬戦では少しずつ勝てるようになってきてるんです。だから俺は――箱を捨てません」

 

『……前にも行った通り白式は元々匿名の人間が送り付けた設計図を基に作り上げたものだ。素人が送り付けたものにしてはえらく精密でかつ僕らが到底思いつかないものでね。添付されていた黒い箱もその設計図通りに積み込んだものだ。最初は凄いものが出来たって舞い上がっていた。けれども君が白式を使い、実戦で戦い、箱が開かれるたびに僕らは怖くなって来た、これでいいのか、と。戦闘中突然マニューバが2度程別人のように変わったりするのも恐らくは黒い箱によるものだろう。ここから先、何が起こるか分からない。加えて自律兵器のみならずISを使用したテロリストが君を狙っているとなると、そうはいかない――その力のせいで、君が死ぬ可能性だってある』

 

 やはりマニューバの変化も気づかれていたらしい。矢川から見るとどうやら別人のように変わっているようだ。矢川の言う通りこれは自分自身の力では無いのかも知れない。けれども、その力はまだ悪さをしていない。自分自身を助けてくれている。

 千冬の代わりに護らねばならないのだ。同質の力であれば尚の事捨てる訳にはいかない。

 

「でもまだ、その力に助けられてます。黒い箱が無ければもしかしたら俺はもうとっくに死んでいたかもしれない。だから、大丈夫です。白式は、俺の味方だ」

 

『……分かった。けれども、報告はこれまでより多くやって貰うよ。……いいね?』

 

「はい」

 

 半月に1度のペースで送っていた報告書が更に増えるとなると些か気が重かったが、黒い箱とやらを今手放したくはない。

 何せ単一仕様能力が被る確率は非常に低く、宝くじで数億当てるぐらいの確率だ。だから、白式が姉の機体と同一の単一仕様能力が発動出来たのはきっと何かの縁に違いないのだと一夏は信じていた。姉の代わりに人を守るチャンスを積み重なった偶然(カミサマ)がくれたものだと。だからおいそれと手放したくはない。

 

『――人を裏切ってまで目新しいからと言って手を出したものがパンドラの箱かも知れない代物で……君にも、()()にも本当に申し訳なく思うよ』

 

「彼女?」

 

『あぁ、いやこっちの話だ。白式の謎より君の無事が最優先だ。それを忘れないでほしい。無茶だけは絶対にしないで。……いいね?』

 

 念押しするような物言いに一夏は「はい」と返すものの、約束が出来るものではなかった。いずれまた無茶をする事になるであろうことは目に見えていた。あの吸血鬼や赤い奴(レッドフェンサー)と戦う以上自分の実力以上のものは必ず要求されるのだ。

 挨拶を交わし、電話を切った所で一夏は報告書の製作を再開した。それから間もなくして自室の扉が開き、玲次が入って来た。

 

「おーい一夏君、ちょっと取り込み中悪いけれど、3分くらい時間貸して」

 

――今度は玲次か

 

 現実逃避の邪魔をされて、ちょっと苛立たし気に一夏は振り向き、玲次は一夏の苛だたしげな反応に呑気な物言いを止めて神妙な表情に切り替わった。

 

「あー、タイミング悪かったっぽい? 出直すよ」

 

「いやいい。3分だけだろ? カップ麺が出来る時間くらい貸すさ」

 

 別に玲次に罪がある訳ではないし、これではただの八つ当たりになってしまう。気を取り直し平静を作りながら玲次の話を訊く姿勢に入った。

 

「タイミング悪くて悪いね。――本題に入ると部屋割りの件の話になる。本日野郎が3名になった訳だけど、1部屋に2人という制限の都合と、シャルル君右も左も分からんだろうという織斑先生の配慮によって、今からシャルル君と入れ替わりで、新しくこさえた部屋に引っ越しする人を決めろという命令が下った」

 

「――突然だな」

 

「本当に突然だよ。どっちにしろここでお別れだという事は決まっているからじゃんけんで決めない? 勝った方が残留、負けた方が出て行くという形で」

 

「あぁ、いいぜ」

 

 玲次の提案を受け入れた一夏は握り拳を出し、玲次も同じく握り拳を差し出した。ここで拒絶する理由もないのだ。

 一夏にとって結果はどうだって良かった。玲次ならシャルルと同じ部屋でも丁寧に教えてくれる事であろう。故になにも考えずに無心でじゃんけんを始めた。

 

「「最初はぐー、じゃんけんほい」」

 

 一夏が出したのはパーだった。

 玲次もパー。じゃんけんをやる以上あいこという僅かな遅延リスクを抱えるのは重々承知の上だ。もう一度一夏と玲次は手を引っ込めてから改めて出した。

 

「「あいこでほい」」

 

 グーとグー。またあいこだ。

 

「「ほい」」

 

 またグーとグー。こういう事もあるのか。

 

「「ほい」」

「「ほい」」

「「ほい」」

「「へい」」

「「そぉい」」

「「ふぉい」」

 

 同じことを繰り返すたびどんどん雑になっていく。決着が中々つかない所為で一夏は若干苛立ち、玲次も「なんだこりゃ」と言わんばかりの脱力したような表情になる。

 そして10回目でようやっと決着が付いた。

 

「あ、負けた」

 

 玲次が10回目に出した掌を何の感動も感慨も無い声で呟いた。

 一夏はチョキを出した手を引っ込めながら「じゃぁ俺残るぞ」と言ってから報告書の作業を再開する。

 

「……あぁ、それと」

 

 そんな中思い出したように玲次は口を開いた。

 

「今日転校してきたラウラ・ボーデヴィッヒさぁ。アレ、放置しておくと拙い気がする――多分」

 

「――――」

 

 荷造りを始める玲次の口から放たれたタイムリーな言葉に一夏は返す言葉を喉に詰まらせた。玲次の声もいつもより低く尋常ならざる空気がこの部屋を支配する。玲次は重々しい空気に構わず続けた。

 

「あいつがこれからどんなアクションをかけるかによっては、なんか色々状況が動くような気がする」

 

 目を背けるな。現実は既にこちらへ牙を剥いている。玲次は暗にそう言っているように聞こえて、一夏は無言を貫いた。しかし玲次のシリアスモードはそこで途切れて何時ものノリに戻り――

 

「まぁ黒鉄に因縁つけられただけでビビッている野郎の戯言はこの辺にしといて――言いたい事はそれだけ。それじゃシャルル君をよろしくー」

 

 喋りながらてきぱきと荷物を纏め、いつもの声色に戻った玲次は新しく用意されたという部屋へと向かって出て行く。一人残された一夏は大きく溜息を吐いてから「理解はしても実際にちゃんと対峙出来るかって言われたらまた別の話になるよな……」とぼやいた。けれども玲次の言う通りでもあるのだ。避け続けても相手はこっちの事情なんて考えてはくれないのだ。

 それなのに何故、『俺』は恐れているんだろう?

 ラウラ・ボーデヴィッヒに対する得も言われぬ忌避感の正体が掴めないのが妙にもどかしく、深く考えようとすると脳がねじれるような痛みが襲った。

 

「一夏? 何処か調子が悪いの?」

 

 どれだけの時間悶々としていたのだろうか。

 気付けば、テーブルに上体を伏せ頭を抱えた一夏の後ろにシャルルが心配そうに覗き込んでいた。未だ頭の痛みが残るが無用な心配はさせられまいと、平常を装う。

 

「あ、あぁシャルルか。俺は大丈夫だ、問題ない」

 

「顔色悪いけど……」

 

 顔を近づけて来るシャルルに一夏はひょい、とシャルルから離す。妙に中性的というより女性的な顔だ。玲次も顔が整っている方ではあるが何処か根本的なナニカが違うよう気がする。

 シャルルには悪いが妙に居心地が悪いというと語弊があるが、些か遠慮めいたものが出てしまう。

 

「何でも無い。本当に大丈夫だ。よく来たな、これからよろしくな、シャルル」

 

 頭痛も苛立ちも振り切るように手を差し出し、シャルルもまたにこやかにその手に応え握手した。

 

「こちらこそよろしく、一夏」

 

◆◆◆

 

 玲次が一夏の部屋を去ってから数時間後。既に時計は21時を回っていた。

 そんな中アリーナにて玲次が纏う黒鉄・玄武が夜空を飛び回りながら次々と四方八方から現れるホログラフのターゲットを遠雷で次々と狙い撃つ(というより撃ち砕くと言った方が正確か)。狙うは当然中心点。ホログラフも宙に止まっているだけでは無く上下左右に動き、命中難度を上げている。それが玲次の手を焼かせていた。

 

 当然中心を撃ち抜けば満点な訳だが、動くターゲット相手の精密射撃や、慣れない遠距離武器の扱いも相まって狙いが逸れる。

 地上でISスーツ姿のセシリアは真剣な目で玲次の動きや射撃を目で追い続けていた。

 

 結果、100点中68点。素人にしては及第点とは言えるだろう。しかしセシリアからすればあまりにも不十分かつ不出来な結果であった。

 

「やはり動きが鈍い……こう、違う戦い方を無理にしている風に見えますわね。あまりわたくしの真似はしない方が賢明ですわ」

 

 ターゲットを全て落としてセシリアの元に着地した玲次は遠雷をマウントしつつ大きく溜息を吐いた。思うように動けない、というのが正直な感想である。セシリアの真似をしようなら何処かで綻びが生まれてしまう。

 遠雷とスターライトMk-Ⅲの性質が違い過ぎるのだ。弾丸の性質、及び連射性能、破壊力、それを操るコアの性格も。

 黒鉄コアの性格は器用かつ柔軟性はあれど突出した要素が皆無なのに対し、ブルー・ティアーズコアの性格はどうも射撃や索敵が得意なのだ。

 

「しかも素体がスピード主体、こっち(玄武)は防御攻撃主体。全く違う動きを要求される訳だ……慣れない事はするモノじゃないか。とはいえど総火力と防御力は間違いなく高いから使いにくいからって無視は出来ないんだな、これが」

 

「確かにあの素体では決め手に欠けるのは事実。様々な状況に対応出来る能力は確かに重要とも言えますが、とはいえど役割がそのまま同じ後方支援(バックアップ)同士が組むのは些か問題がありますわ……」

 

 何を思ったかセシリアは顎に白く細い指を添えて何か考え込む。それからずっと数分間ぶつぶつと何か難しい単語で構成された独り言を呟きはじめ、流石に心配になって来た。

 一体何を悩んでいるのかと訊こうとした矢先だった。

 

「――ねぇ、アレ。ちょっとアレ」

「ドイツの第三世代機?」

「確か開発延期になったって聞いてそれっきりだったって聞いたけどなんで――」

「ねぇねぇ、ちょっとあれ篠ノ之弟君の機体にちょっと似てない?」

 

 黒鉄が拾った生徒(ギャラリー)たちの声。普段なら無視するであろう所であるが、タイムリーな話題となると無視は出来なかった。噂のドイツの三世代機――シュヴァルツェア・レーゲン纏うラウラはカタパルト先端に立って玲次たちを見下ろしていた。

 

「……大変気分の良いものじゃないね。仮にもうちの友人にあんなあからさまな殺気を向け、こっちにも因縁つけて来るんだから」

 

 玲次は目を細め、敵愾心を込めてラウラを睨む。

 

「因縁か……廃棄物(ウェイステッド・ナンバー)擬きを使って置いて良く言うものだ」

 

 吐き捨てるラウラ。地上から彼女を見上げ睨みつける玲次という構図から険悪な空気が作り出され、観戦に来ていた生徒たちも息を呑んだ。このまま戦闘が始まるのではないかという野次馬根性の期待半分とシャレにならない事が起こりそうだという不安半分が混じっているようだ。

 

「コピーコピー言うけどおれだって知りたいんだよねぇ。黒鉄(こいつ)が一体何なのか。寄越して来た奴が一体何者なのか。寧ろあんたらの方が詳しいんじゃない?」

 

「フッ――」

 

 ラウラの両腕アーマーから桜色のプラズマ刃が奔る。あからさまな戦闘態勢に玲次は身構え、玲次の後ろに居たセシリアもブルーティアーズを展開する。ラウラ機は既に準実戦状態に入っており、答えるように玲次とセシリアも同様の状態に移行する。

 

「そいつが何なのか、知りたいなら私と戦え。コピーの力を私に示すがいい」

 

「なんで黒鉄が何なのか知る為に戦わなきゃならんのさ。……やだねと言ったら?」

 

「拒否権など無い事を貴様の身に刻み付けるまでだッ!」

 

「さいですか」

 

 ブーストで接近、両腕のプラズマ手刀をクロスさせて玲次の元に迫る。セシリアがスターライトMk-Ⅲを銃口を迫りくるラウラに向ける。それを玲次は手で制した。

 

「オルコットさん、待って。こうなったらおれも実際に確かめたい事がある。だから今回は一対一で」

 

「ですが――ッ」

 

 反駁すると同時に、ラウラのプラズマ手刀が玲次目掛けて振り下ろされた。咄嗟にそれを両腕の仕込み刃で受け止める。衝突した途端火花がおびただしく散り、玲次の表情に焦燥が現れる。

 

「クッ――」

 

 パワーはあちらが上という事を即座に理解した。このまま正面から斬り合うのは不利なのは確定的だ。じりじりと腕が押されてプラズマの刃が刻一刻と近づいて行く。

 膝アーマーの仕込み刃が飛び出し即座に膝蹴りをラウラに叩き込む。命中した瞬間即座に後退されたため、当たりは浅く、与ダメージは軽微に終わる。

 微量でもダメージはダメージだ、それに一度距離を取る事は出来たので喜ぶ事にしよう。

 

 さて、一対一の戦闘開始に持ち込んだ訳ではあるが、単純な出力はあちらのほうが上であるという事実と、スピード面では玄武という拘束具を加味しても此方の方が有利であろうという推測はついた。

 肩部のレールカノンからして分かりやすいパワータイプだ。しかし問題が一つある。

 

――あのバリアみたいなものが厄介になりそうだな

 

 以前吸血鬼が使った投げナイフを完全に無力化させた謎の能力らしきものがネックであった。

 

「なら――小手調べだ」

 

 格納していた陽炎と時雨を取り出す。

 前回は陽炎の弾数で失敗したが今度は時雨の弾数で陽炎の弾数をカバーする方針で固めた。

 

 肩部のレールカノンが火を噴き、玲次は右にスライドする要領で避ける。超高速で飛んできた弾丸が裂いた風が遅れて玲次の肌を撫で、玲次の頬に嫌な汗が流れた。

 口径は一目見ただけでも遠雷のそれより大きなものだ。当たれば致命傷は避けられないだろう。

 

 返す刀で距離を保ちつつレールカノンの射線に注意して時雨の引き金を引く。いとも簡単にラウラはそれを最低限の動きでひょいひょいと避ける。時雨を連射し、ラウラのマニューバの癖を読み取って行く。そうだ時雨は牽制だ。

 本命は――陽炎だ。

 

 

 陽炎の銃口が火を噴き、鉛色の弾丸が空中を動き回るラウラを襲う。

 動く先は既に読んだ。そうそう外せるものではない――筈だった。

 

「無駄だ」

 

 残り30㎝。あの長い定規が一本分入るか入らないかの距離で勢いよくラウラに向かって飛んで行った陽炎の弾丸はピタリと停止した。即座に時雨と陽炎も両方の引き金を引き、追加の弾丸がラウラを襲うもそれらすべてが初撃同様ピタリと着弾前に制止した。

 

「弾も防ぐ!?」

 

 歯噛みする玲次を見て、悦に入ったかラウラは見下すように笑う。停止した弾丸は見せつけるようにパラパラと音を立てて地面に落ちて行き、完全に無効化されてしまった。

 

「AIC……完成していたでもというのですかッ!?」

 

 セシリアが何か知っている様子で声を上げる。AICとは一体何なのか詳しく話を聞きたい所ではあったが、そんな余裕は今のところない。

 

「停止結界を前に玩具の鉛弾など無意味と知れ」

 

 まるで、見えないバリアを張っているようだ。恐らく遠雷も同様に防がれるであろう。であるならばもう一度接近戦に持ち込みヒットアンドアウェイで挑むのが最良か。

 遠雷とシールドをパージさせ、瞬時加速を発動。一機に接近に持ち込んだ玲次が陽炎を入れ替わりに引き抜いた迅雷を振り上げ、ラウラ目掛けて一閃!

 

「篠ノ之さん! 駄目!」

 

 セシリアの制止の声。だが時すでに遅し。

 振り降ろした腕が――動かない。刃先はラウラのすぐ近くまで迫っていたと言うのに。

 力を入れても、腕が震えるだけで一閃すらままならない。腕が見えないつっかえ棒で動きを止められてしまっているようだ。

 

――どうした? どうして身体が動かない?

 

 もしや停止結界というものは身体すら封じてしまうとでも言うのか。己が失策に玲次は後悔のあまり眉間に皺が寄った。レールカノンとは別に後ろ両肩部に装備された非固定浮遊部位からワイヤーで繋がれたブレードが一本ずつ顔を出す。

 

――まだ武器を持っているのか、この機体は

 

 どんどん玲次の表情が険しくなる一方でラウラは涼し気であった。

 

「この程度か……所詮は素人、本気を出すまでもない」

 

 舐められたものである。本職の軍人相手なので技量差はあれど、こちらとて素人なりの意地というものがある。ここまで虚仮にされたからには2、3発ぐらいは手痛い一発をお見舞いしたくなるのは人情というものだ。玲次は険しくなった表情を取り直し、作った含み笑いで返した。

 

「どうかな?」

 

 まだ右腕は動く。時雨の銃口を引き気味に発砲した。

 

「小賢しい!」

 

 時雨の弾丸は例によってラウラの力で停止するものの、迅雷を持つ玲次の腕の拘束は消え失せていた。

 その隙に後退し、間合いを再び取った。追いかけてくるワイヤーブレードはアンカーを鞭のように振るい弾いてから、パージさせた遠雷とシールドのもとへと後退、しかしラウラもこのまま追撃でレールカノンを玲次に直撃させる。

 

「ガッ!?」

 

 強烈な衝撃が胸から四肢へと伝播し、衝撃に押されて地面の上を派手に転がった。転がっている間にもレールカノンの弾丸は襲い掛かって来る。これ以上悠長に転がっていればシールドエネルギーを完全に刈り取られかねないので、無理矢理立ち上がりラウラの追撃を避けるべく距離を更に取る。直撃を貰ったおかげでシールドエネルギーがごっそりと持って行かれた。100%から70%まで低下。

 

――やられたッ

 

 玲次は歯噛みしつつ、構え直す。

 

「篠ノ之さん、停止結界――AICに実体兵器は効果ありませんわ! あれは物質を任意に強制停止させる事が出来る能力――このままでは」

 

「分かってる」

 

 あの停止結界というものが搭乗者の意志に基づき発動するもので発動は任意。常時張っている訳ではないという事は既に初撃で証明されている。

 しかし停止結界に弱点はあるのか――

 

 強いて言えば、停止結界発動時に動きが多少鈍るという事くらいか。

 ISは搭乗者の思考に強く影響されるマシンだ――とすれば停止結界発動時に思考リソースが割かれてしまっているのではないかという推測に入る。ブルーティアーズも同様にBT兵器使用時に操縦者の思考リソースがビット操作に割かれてしまい本体が動けないという欠陥を抱えている。

 なら、そうさせる時間を長くすれば巧く行くのではないだろうか? 例えば――マイクロミサイルとか。

 

 しかし動きを止めただけでは意味がない。確実に本体に一撃を加える手段が必要なのだ。

 今この瞬間、確実に無視が出来る光学兵器が欲しい。

 思考している内にラウラも攻撃体勢に移行しており、レールカノンの弾丸が次々と飛んで来ては黒鉄の装甲を掠めていく。もうこれ以上思考に入る事は不可能だ。玲次の表情に焦りが出る。

 

 そんな中、思わぬ助け舟が差し出された。

 

「黒鉄?」

 

 黒鉄のコアが何かを言いたさげに一部ハイパーセンサーが勝手に地面に転がっている遠雷を捉えている。例の能力の発生も同時に主張するように玲次に見せる。

 黒鉄が一体何が言いたいのかいまいち理解は出来ないが、こうして自分を進んで助けてくれるのは初めて出くわした時以来である。

 こうなれば黒鉄に賭けるだけか。

 

「ッ!」

 

 ラウラがレールカノンを発砲した瞬間、着弾地点から飛び退いた。

 衝撃波に押され、転がりながら時雨を発砲し、マイクロミサイルも1秒の遅れを作ってから発射。時雨を棄て、入れ替わりに「遠雷を拾い上げ、発射準備に入る。

 

 時雨は全て躱されるが、ラウラが回避に専念させているのが幸いしてお陰でマイクロミサイルが途中で撃墜されたり、振り切られたりするという懸念が消え失せた。

 マイクロミサイルは狙い通り、停止結界によって動きを止めた。

 しかし発射装置依存で推力を得ているハンドガンなどの弾丸とは異なり、ミサイルの場合ある程度用意された燃料で推力を得ているのでそうそう停止結界を解除させる事は叶わない。停止結界に抵抗するようにミサイルの後方部分は火を噴き続けている。今停止結界を解除すれば再び推力を持ったマイクロミサイルがラウラを襲うのは確実だ。

 

「ミサイルで動きを止めたか。素人にしては(さか)しい事が出来るようだが――そのスナイパーレールガンで停止結界を抜く事は――」

 

「どうかな?」

 

 精一杯のハッタリを吐く。恐らく相手もハッタリと思っている事だろう。

 遠雷のグリップを確かめるように強く握りしめる。すると砲身に紫電が奔り、メタリックパープルの装飾が加えられた。――その瞬間、玲次は黒鉄の新たな力を『理解』した。

 

 理解している内にFCSがラウラを捉える。

 

――勝てる

 

 理解を終えた頭は勝手にそんな確信をしていた。

 これ以上ロックに時間は掛けられない。一次ロックを完了した所で間髪入れずに引き金に掛けた指に力を込めて――引く。

 するとドフッ――と遠雷が引き金を引く音に似つかわしくないような雄叫びを上げた。遠雷から放たれたモノはレールガン専用の徹甲弾という生易しいものでは無く、砲身が到底撃てないような極大な紫色の光芒。

 ラウラからすれば全くの想定外の事態に今まで散々見せて来た威圧的な表情が消え、驚愕の顔を見せた。

 

「何だとッ!?」

 

 避けようにも、今ラウラのシュヴァルツェア・レーゲンはマイクロミサイルを食い止めている真っ最中だ。

 停止結界を解除すればマイクロミサイルの餌食、このまま留まろうものならプラズマ砲の餌食になるだけである。想定外の事態に冷静さを欠いたラウラが待っている運命は――停止結界を解除できないままプラズマの奔流に呑み込まれるという事であった。

 

「げっ、やり過ぎた!」

 

 気付いた時にはもう遅い。尋常ならざるプラズマの奔流を吐き出し切った遠雷は力を使い果たして、緊急冷却フィンを全て開きそこからもくもくと黒い煙が立ち込める。どう見ても壊れた武器のソレだ。銃口も当然の如く溶けていた。

 

 当然、後ろで戦闘を見守っていたセシリアの口が盛大に引き攣っていた。そんな武器があったなんて聞いてないぞと言いたげな顔をしている。

 玲次本人だって今知った。代償として遠雷を駄目にしたが。

 

「貴様――」

 

 プラズマの奔流が消え失せた跡には損傷しし黒煙を上げるシュヴァルツェア・レーゲンと、怒気の籠った表情をしたラウラの姿があった。玲次の砲撃の影響か眼帯が取れ左目が露わになる。眼帯をしている以上何かしらの傷を負っていると考えるのが普通であろう。しかし、その問題の左目は玲次にとって見覚えあるもので――

 

 言葉を――喪った。

 人間の目とは到底思えぬような金色に妖しく光る瞳――それは()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言える程に瓜二つのものだった。

 

「――!」

 

 ハイパーセンサーが捉えたラウラの左目に気を取られている内に、黒鉄のハイパーセンサーが停止し、ISに搭乗していない肉眼の状態に戻った。

 何事かと我に返った玲次は慌てて状況を確認すると、四肢が全く動かず遠雷も異常に重く感じて咄嗟に手を離し、ズシンと音を立てて遠雷は地面に落ちた。そしてバランスを崩し手と膝を地面に着く。

 

 このままでは重量で黒鉄に押し潰されかねない。

 ISを慌てて解除し、腕時計状態に戻った黒鉄から機体状態(ステータス)を確認した。

 

 ――システムダウンを起こしている。ハイパーセンサーは言わずもがな、量子回路が()()()()()()()()、普段ならば軽々と動くハズのアーマーは、四肢に数十キロの重量を持つ手枷足枷ただのプロテクターのカタチをした鉄塊(鉄屑)と化している。

 唯一動いているのは操縦者の安全を守る為の絶対防御と、体勢を立て直すために起動した緊急修復プログラムやステータス確認機能程度だ。最早こんな状態で戦闘など不可能だ。

 が、それはラウラとて同じ事で、プラズマ砲の直撃を受けたシュヴァルツェア・レーゲンのPICもダウンし墜落。同じくISを緊急解除していた。

 

「機体システムダウンにより戦闘続行不可能……チッ、些か遊び過ぎたか。今回の勝負は預けてやる……!」

 

 ラウラが踵を返し、アリーナから出て行こうとする。追おうにも玲次の疲労は限界を来たして脚が動かず、去りゆく彼女の後ろ姿をただただ見送るばかりであった。

 次は手加減しない、そう彼女は言っていた。軍人に本気を出させられた事を喜ぶべきなのか、本格的に軍人に敵意を向けられたわが身の危険に嘆くべきなのか……この際どちらでも良いのだろう。

 

「篠ノ之さん、一体何がどうなって……」

 

「さっきのプラズマ砲、あれが撃った側にも回ってしまったんだ。代償は負荷によるメインシステムダウン。加減しなきゃこれ、道連れの一発だわ、うん……」

 

「そうではなく、廃棄物の贋作ってボーデヴィッヒさんが仰ってましたが、あれは一体」

 

「……あぁ、それね。オルコットさんには離してないんだっけ。黒鉄の事、あいつは知っているような口ぶりだった。曰く、黒鉄もといシュヴァルツェア・アイゼンって元々ドイツのものだったというのがあちらの言い分だ」

 

「え? コアは未だ新規に作る事が出来ないのでは……」

 

「ん。多分外装(ガワ)の部分の事だとは思う。あちらさんもコアが作れるなんて主張するほどバカじゃない筈だしね……」

 

「確かに属性は異なりますが手刀に、有線式の中距離兵装……それに四肢の部分は似ている箇所もそれなりに見受けられましたわね。所謂デザイナーの癖、とでも言うべきでしょうか?」

 

「デザイナーの癖?」

 

「はい。洋服を選び続けていると何となく誰がデザインしているのか分かる、それと同じようなものですわ。そこから見るにその人に強い影響を受けたか、若しくは同一人物による設計かそこまで細かい所まで来るとわたくしには答えかねるというものですけれども。特に脚部の形状の癖が明確に出ていまして――」

 

「なるほどね、大体分かった」

 

 サブカル的表現で言うなればキャラクターを見てデザイナーが分かるような要領だ。特に絵や音楽みたいに視覚や聴覚に訴えるものはその人特有の癖というものは必ず滲み出て来る。その癖からデザイナーの持ち味が出て行き、持ち味の違いで多種多様な作品が世に産み落とされて行く。

 ISにだってデザイナーが居る。ISは仕様上(特に専用機の場合)形状変化を何度か行うとはいえ基本的に原型は保ち、デザイナーの癖は何かしらのカタチで残る。

 

「第三者がそう言うなら、尚の事気をつけてみるよ。多分今回で最後じゃないだろうしね」

 

 ラウラの後ろ姿が全く見えなくなった所で玲次は自分の気を落ち着かせるべく深呼吸した。一夏が見せたあの眼と同じ色のもの――あの少女が何か鍵を握っている事は見えた。

 

「それとさ――」

 

「何ですか?」

 

「閃いた気がする。――おれなりの、玄武の使い方が」

 

 

◆◆◆

 

 

「転校生、急に玲次の奴に襲い掛かるとはどういう事だ! 説明して貰おうか……ッ!」

 

 戦闘後、ピットに戻ったラウラを待っていたのは箒だった。箒は険な表情でラウラに詰め寄り、ラウラはそれを最初から興味がないかのように素通りする。

 

「一夏――いや、織斑にも出会いがしら殺気を向けたりと流石に見過ごせん……一体どういうつもりだ!?」

 

 気炎を上げている中横を通り過ぎたラウラの肩を掴んだ。

 

「何か言ったらどうだ……!」

 

 このまま逃がすつもりは無い。自分の手の届かない距離は兎も角出来る範囲であれば出来る事はしたい。蚊帳の外に立たされている自分自身への苛立ち、単純なラウラに対する怒り。いろんな物が綯い交ぜになった感情を込め、掴んだ肩に力を籠める。

 

「――――ッ」

 

 理性より先に本能が反応した。ラウラは瞬時に振り払い、箒もまた追撃を警戒して距離を取る。彼女が軍人であるという事は既に玲次に教えてもらっている。

 

 軍人が何故玲次に攻撃をしかけたのか、一夏に露骨なまでの殺意を向けたのか。察するに穏やかな話ではない事は容易に察しが付く。とはいえ、相手が軍人だからとてここで理不尽に引き下がる事を箒の性分が許すものか。

 ラウラが構えを取り、箒もまた迎撃姿勢に入る。

 

 先に動いたのはラウラだった。

 右手に形作った拳が、箒の腹部狙って襲い掛かる。読み通りだと一直線に飛んでくる拳を敢えて寸前の所で躱し、右手首の動きを封じてから脇にまで詰める。

 

「――アイキか……!」

「篠ノ之流だッ」

 

 ラウラが苦々し気な表情を一瞬見せたものの、直ぐにそれがフェイクだと察した。ラウラは音も無く脚を運び、箒の脚の身動きを封じてからそのまま転ばせ――

 

「しまっ――」

素人(アマチュア)の遊びで軍人(プロフェッショナル)に勝てると思ったか――!」

「遊びだとッ――」

 

 断じるラウラに、これまでを否定された箒の全身の血が頭に昇る。ただただ腹が立つ。この女は一体何をしたいんだ、自分の周囲を滅茶苦茶にして一体何を。

 拳を箒の眼前に突きつけたラウラの脛を力一杯に蹴り、振りほどき立ち上がる。

 

 そして双方が走り寄った次の瞬間――

 

「そこまでだ」

 

 割り入った何者かによって箒の腕を掴まれた。それはラウラもまた同じ。そして身体が宙を舞い世界がぐるりと一周した。背中から鈍い痛みが奔る。その時箒は自分に置かれた状況を理解した。――投げ飛ばされたのか。

 それはラウラも同じ。背中をしたたかに打ち付けた直後、予想外の展開に鳩が豆鉄砲を食ったように状況を慌てて身を起こした。

 流石は本物(ぐんじん)というべきか。復帰が速い。

 

「模擬戦なら幾らでも死なない程度で勝手にやってろ。私は止めん。が、喧嘩の殴り合いを看過する訳にはいかんな」

「教官!?」

「教官じゃない、先生だ」

 

 乱入して二人を投げたのは千冬だった。こうも簡単に二人とも片手で投げ飛ばしたという異常事態に驚く余裕は箒にもラウラにも持ち合わせていない。特に箒にはそれよりも気になる事があったのだ。

 まただ――またこのラウラという少女はまた千冬の事を教官と呼んだ。どういう関係なのだろうかこの二人は。疑問を挟み込む余地は無情にも――

 

「今回は反省文で見逃してやるから感謝するがいい。後で用紙をくれてやるから3日以内に提出しろ」

 

 七面倒な通告を突きつけられて雲散霧消した。

 

◆◆◆

 

 反省文とはいえど所詮400字程度の原稿用紙一枚分だ。

 PC打ちの下書きと原稿用紙に直接書く清書をこなせば一週間も不要だ。反省文を1日で済ませた箒は昼休み、原稿用紙を千冬の待つ職員室のデスクに赴き、それを提出した。

 

「今度やろうなら倍にするか、トイレ掃除をやって貰うぞ」

 

 提出の直後マイルドに言うなれば次はないぞ的な忠告をされてから、箒は「はい」と返しそのまま千冬と彼女のデスクの前に立ち尽くしていた。千冬は反省文をざっと読んでから

 

「帰っていいぞ。もう昼休みだろう」

 

 このまま帰れば昼食にありつけるだろう。しかし箒は指示に従わず口を開いた。

 

「織斑先生……ボーデヴィッヒが先生の事を教官、と呼んでいましたが一体彼女とはどのような……?」

 

 IS学園は兵器を取り扱う教育機関の割にはゆるい所があり、それゆえラウラの異質さは尚の事目立つ。教官と呼ぶのもそうだ。普通の生徒なら先生と呼ぶ所だ。千冬が既に『もう昔の事だ』と返している以上何も無かったなどとは言わせない。

 

「お前には関係の無い事だ」

 

「いえ、あります。幼馴染として、姉としても。あのような状況を看過する事など――出来ません。奴は一夏に明確な殺気を向けていた、その事も先生も気付いているハズ」

 

「…………」

 

 箒は千冬を睨みつけるように問い詰める。千冬は黙して語らず箒の目を凝視し双方の睨み合いが1分程続いた。永遠とも感じられる1分が過ぎ、先に折れたのは千冬であった。千冬は溜息を吐いた。

 

「3年前、私が引退した直後の事だ。とある件でドイツに借りを作り、その見返りに教官としてドイツに出向した」

 

 千冬の語りに箒は神妙に耳を傾ける。

 3年前は箒も玲次も一家離散していた状態だ。引退の報道こそ目にすれども千冬がドイツに出向していた事は初耳だった。

 

「ドイツに……?」

 

「あぁ。その時の教え子だ」

 

 箒は千冬が引退した理由はドイツに出向したからなのかという考えに至るが、引退する理由にしては弱すぎるものだった。戻った時に復帰すればいいだけの事なのだ。

 恐らく裏で色々厄介な事があったのだろう事は想像に難くなかった。

 

「その教え子が何故一夏に襲いかかり、果ては玲次までをも襲う!? 一体どういう事ですかッ」

 

「それ以上は話せん。確証も無く機密事項も混ざっている以上、深く話せば些か面倒な事になるのでな。それにしてもおかしなものだな、反省している側がこちらにまくし立てるとは」

 

 千冬に詰め寄り(まく)し立てる。唾が飛びかねない程の勢いに関わらず千冬は気圧されもせず何時ものどっしりとした構えを崩さなかった。それが箒を余計に苛立たせる。

 自分のかつての教え子が今の教え子や弟に殺意を向けている事に何も思わないのか。

――何故そう冷静でいられるッ……!

 苛立ちのあまり、爪が掌に深く食い込み、歯も今ならあずきバーだろうが余裕で噛み砕けそうな程に歯噛みする。結局は自分で知り、どうにかするしかないというのか。

 

「失礼します」

 

 これ以上話しても無駄だと箒は確信した。簡単に挨拶をしてから踵を返し足早に出口を目指す。そんな中千冬の声が後ろから聴こえてくる。

 

「お前の愚弟もうちの愚弟も、お前が思う程ただで転ぶようなタマではないさ。そして――」

 

 最後の部分が聞き取れなかった。続きの言葉は気になったが引き返して聞き直すのもあまりにも間抜けな気がして、そのまま職員室の出入口を潜った。




 シャルの扱いが微妙に空気なのは、ラウラがキーキャラであるのと本筋にあまり関わりが無いという部分もあります。
 今後シャルの出番がない訳でもありませんのでご安心を。あの人間武器庫みたいな機体を使わない理由が無いし個人的にも使いたいですし、シャルの話もちゃんとやるつもり。

 原作以上に精神が摩耗している一夏、ドイツ軍人と喧嘩の売り買いをしてしまった篠ノ之姉弟。
 彼らの明日は、どっちだ。

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