インフィニット・ストラトス~The Lost Rabbit~ 作:ヌオー来訪者
「――へぇ。一応、
吸血鬼もまた、一夏の変容には気付いていた。知らぬ気付かぬは変容した本人のみ。幽鬼の如く立ち込める煙から現れた一夏は金色の双眸に吸血鬼を映しながら、雪片弐型を構え――駆けた。
速い。先ほどまでの動きが嘘のようだ。
一瞬にして詰め寄った一夏は雪片弐型を振るい、紙一重で吸血鬼は避ける。
回避した次の瞬間、一夏の姿は消えた――否、吸血鬼の背後に回り込んでいた。
何故ここまで速くなったのか。
ISが性能向上を起こすのは搭乗者の状態とISそのものがシンクロした場合だ。本来ISとは人間と二人(?)三脚で稼働するマシンなのだ。
なぜこのような事になったのか。考え得る可能性は2つ。
白式が一夏に合わせようとした。順当に考えればこの発想に至る。しかし白式には外見的変化は一切ないのが些か引っ掛かる。
もう一つの可能性はその逆、一夏が白式に合わせるようにした。
あの金色の眼を見るのは2度目だ。いずれも急に動きが変わったのは同じだ。白式の変化が見当たらない事実を踏まえると、そう言った推測が出来る。
無論この考えにも反論できる要素はある。玲次が知らない力が白式に元々内蔵されていた――とか。
……いずれにせよ白式をバラして調べなければ不毛な話になるだろう。
無論、無断の解体を倉持技研が――一夏本人が許すとは到底思えないが。
一夏の斬撃を避ける吸血鬼、見るからに追い詰められているのにも関わらず表情は明るく、目は爛々としていた。得物の刃渡りは一夏の方が上、加えて動きに隙が無くなったとなると吸血鬼のほうが圧倒的に不利だ。だのに何故、この女は追い詰められているような表情を見せないのだろう。
一夏は切っ先で石ころを掬い上げるように雪片弐型を斬り上げ吸血鬼がバックステップ躱そうと試みるもワンテンポ遅れて胸部を掠めた。
しかし一夏の背後に浮遊したナイフが隙を伺っていた。背後から狙い撃つつもりだ。
既に気づいていた玲次は時雨で狙い撃った。
「――させるか」
次々と浮遊していたナイフがあらぬ方向へと弾き飛ばされて地面に落ちていく。
しかし上空にもまだナイフたちは残っていた。しかも時雨の射程外だ。玲次では手の打ちようがない。雨のように一夏に落ちるナイフの群れ。しかし――一夏は脚を動かす事無く、雪片弐型を天に掲げた。零落白夜で発生した光刃の切っ先が輝き、一体何をする気かと思えば、刀身を扇風機の如く回転させ、降り注ぐナイフの雨を弾き飛ばした。
「――ッ!」
吸血鬼は続けてナイフを一夏目掛けて投げつけるが、雨を防ぎ切った一夏は物怖じせず次なる行動に移った。襲い来るナイフに向かって走り、雪片弐型の刀身で防いでいく。
先程の戦闘までの行動からは想像もつかないような正確無比な動きで再度吸血鬼に肉迫し、接近時の勢いに任せて突きを放つ。
「甘いよ!」
軽々と横に避けられる。既に読んでいた一夏は間髪入れず掌底を吸血鬼の顎に叩き込んでいた。大きく体を逸らせ怯む吸血鬼に一夏は容赦なく雪片弐型を振り下ろした。
ザシュッ、と雪片弐型の光刃と吸血鬼の絶対防御が衝突し合い、派手に火花が散る。
――まだ浅い!
確かに直撃したが、寸前で吸血鬼が反応し上体を無理矢理動かした事で致命傷を避けたのだ。それでも大ダメージになったのは事実だ。更に次の行動に入ったのは一夏の方が先になる。
一夏がもう一撃加えようとしたその時――
雪片弐型の割れた刀身の合間から伸びていた光刃が――――
消えた
「――くそっ、間に合わなかった!?」
振り下ろすより先に消えた光刃を苦々しげに睨む。
しかし睨んだ所で消えた光刃は戻りはしない。
「ッ!?」
吸血鬼が振るうナイフを咄嗟の反応で避ける。絶対防御が無くなった今、掠っただけでも致命傷は避けられない。一目散に後退した後、実体剣状態の雪片弐型を構える。しかし勝算はゼロだ、最早手詰まりと言う他無い。
「ふーん、もうエネルギーは無いんだ。じゃぁ、あたしと一緒に来てよ?」
「――誰が来るものかよ」
あんな平気で人を殺せるような奴に降伏するなど真っ平御免だと、一夏はあくまで拒絶の意志を示す。
そんな中玲次は神妙な表情をして時雨の銃口を吸血鬼に向けつつ、呟いた。
「うん。確かに行く必要はない」
どうしたんだ――と一夏が問うより先に大きな弾丸が空から吸血鬼目掛けて飛来した。咄嗟に吸血鬼は後退する事で躱すも地面への着弾によって発生した衝撃波に吹き飛ばされた。
土煙が舞い、吸血鬼の姿が見えなくなる。
思わぬ横槍によって集中力を切らされ一夏の瞳は金色の輝きを失い黒の色に戻っていった。
それぞれのISがその弾丸を撃った者の情報を報せに来る。
「軍人さんが来たみたいだ。生憎、自衛隊じァゃないみたいだけどね」
ISのハイパーセンサーを利用してその弾丸を撃って介入して来た者の姿を確認した。
蒼い空に――黒い機影が一つ。
漆黒の四肢、右肩部に大型のカノン砲が付いている。背中には二基の非固定浮遊部位が浮いている。恐らくあれがスラスターと思われる。
ドイツ第3世代型IS――シュヴァルツェア・レーゲン。それが介入者のISの名だった。
搭乗者は流れるような長い銀色の髪を持つ小さな体躯の少女だった。それ故に――左目の黒い眼帯が異彩を放つ。怪我でもしたのだろうか。
銀色の髪の少女は一夏の前に降り立ち――
「危ないッ!!」
一夏が叫ぶと同時に立ち込める土煙を突き破って幾つものナイフたちが少女目掛けて飛んできた。このままだとこの少女も自分たちを同じように致命傷を負いかねない。しかし少女は――動かなかった。
「無駄だ」
少女のその短い一言に絶対的な自信が籠っていた。ナイフたちは少女に突き刺さるより先にピタリと空中で静止した。それも一本や二本ではない、今飛んできたもの全てだ。全てのナイフ達が動きを止めた所で、カランカランと音を立てて地面に落ちた。
「なっ――」
一夏は驚愕の余り喉の奥から声が出る。玲次も「うっそでしょ……」と目の前で起こっている事実に納得出来ずに呟いていた。確かに増援が来たのはまぁ良いとして飛んでくるものの動きを止められるような奴が来るとは思わなかった。
「うっわぁ……ドイツのアレか……あぁいうの苦手なんだよなぁ……」
土煙が晴れ吸血鬼の姿が目視でも分かるようになる。その吸血鬼の表情はやや苦々し気に見えた。いけると玲次は確信を持てた。他力本願も良い所だが、藁にも縋る状態なのでこの際手段は択ばない。
あの吸血鬼が嫌な顔をするほどの相手であれば信用出来る。
「――撤収か。仕方ないなぁ……一夏チャン? またね!」
吸血鬼は新たに生成したナイフを大量に投げつけ間髪入れずに瞬時加速で戦闘領域から脱兎のごとく逃げ出した。
追おうにも無数のナイフが飛来してきてそれを先に捌かなければ追おうにも追えない状態であった。
しかし――
「無駄だと言っただろう」
少女に悉く止められ、アスファルトに投げナイフの山を乱雑に積み上げた。
想像を絶する防御力に玲次は言葉を失った。まるであの少女を中心に見えない結界でも貼られているようだ。
ふと空を見上げると数機のラファールに乗った自衛隊員が編隊飛行で吸血鬼の後を追っているのが見えた。あとは自衛隊に任せて自分たちはこれでお役御免だ。
アスファルトに積み上げられたナイフたちは持ち主が遠く離れてしまった事で形を維持出来ず、弾け飛び、消えた。
戦闘の終わりを確信した一夏は構えていた雪片弐型を降ろす。
「……危ない所だった。誰だか知らないけれど、有難う」
一夏は銀色の髪の少女に礼を言う。事実彼女の介入が無ければどうなっていたか分かりはしない。
しかしそれに少女は答える事無く、振り返り、冷たい眼差しを一夏にぶつけた。
「その程度であの人の弟など――笑わせるな」
怒り、それとも憎しみか。一夏は思わずたじろいだ。あの人――恐らく彼女は千冬の事を言っている。
息をつけない。まるで空気が凍っているようだ。少女の小さな体躯から発せられる威圧感に気圧されていると、遠くからでも穏やかじゃない空気を察したのか玲次がやって来た。
すると、少女の視線は一夏から玲次の方へと向いた。
「――シュヴァルツェア・アイゼン。なぜ貴様が持っている。何処でその設計データを手に入れた」
「は?」
「とぼけるな。アレは計画初期段階で――」
今度は玲次に詰め寄り、玲次は2、3歩後ずさる。身に覚えのない事を聞かれても困るだけだ。そもそもこの機体の名前やOSからして和製のISだ。ドイツのものではない。
「ちょっと待って。これはね、黒鉄つってシュワルツェネッガー・アイゼンとか言うのじゃないの」
慌てて説明するも少女は納得していないのか疑いの眼で玲次を睨み続けた。
睨まれ続けると玲次でも何か自分が知らぬところで悪い事でもやらかしたのではないかと錯覚してくる。それでも知らない物は知らないのである。16年間の人生を見届けて来た脳みそが一番良く知っている。
玲次はたじろぐのを止め背筋をピンとして疚しさを感じさせるような空気を振り払う。
――それにしてもこの人どっかで見た事あるような……
「シュヴァルツェア・アイゼンだ。まぁ良い――問い詰めるのは今度にしてやる」
律儀に名前の間違いを訂正してから少女は背を向け何処へと飛び去って行った。それを追うような体力は玲次にも一夏にも残ってはおらず茫然としていた。
「何だったんだ――アレは」
「それはおれも知りたいよ」
一夏が呆気に取られながら去りゆく銀色の髪の少女の背を見ながら思い思いの言葉を口にし、玲次は力なく返す。もう今日は泥のように眠ってしまいたかった。
全身を襲う虚脱感に襲われながら玲次は大きく溜息を吐いた。
◆◆◆
十数分後、IS学園が寄越したヘリコプターに玲次と一夏は拾われた。
ヘリには既にセシリアと鈴音が疲労困憊と言った状態で座席に座っていた。
「どうしたのさ二人とも……」
玲次が問うと鈴音が気だるげに答えた。
「アンタがあそこでごたごたしている間に別の場所でテロが発生してたのをあたし達が何とかしてたのよ……」
「まるで打ち合わせでもしていたかのようにほぼ同じタイミングで自律兵器を利用してATM及び銀行、宝石店を襲撃。金品を奪って逃走……当然わたくしたちも自律兵器の破壊を行い防ぎに掛ったのですが、身は一つしかないものですから全て破壊して防ぐ事は敵いませんでしたわ……」
鈴音の説明にセシリアが補足し、状況を察した玲次は額に手を当てた。
――やられた。
ISは確かに圧倒的性能を持つが如何せん数が少ないのは知っての通りだ。広範囲でかつ物量に任せた作戦をやられると流石のISでも完封という訳にはいかない。
通りで増援が中々来ない訳だ。
同乗していた山田先生がタブレット型端末を片手に今回の事件の説明を始めた。
「山田先生が篠ノ之君と織斑君が対応した地域を合せて16か所と広範囲に渡る自律兵器を使用したテロが発生し、IS学園の上級生や自衛隊との連携でそれの排除に当たっていたんです。助けに行くのが遅れてしまって……ごめんなさい……」
山田先生は俯き、謝罪する。
しかしこれは山田先生の落ち度でもなんでもなく、責めるべきはそのテロを起こした組織だ。
「資金洗浄や物資調達などで時間がかかるでしょうけれど……これから大きく出るのは明白ですわね……」
セシリアの言葉で一夏は拳をぎりと固めた。このまま握りつづければ内出血を起こしそうなほどに。
「あんな奴らの為に、誰かが死ぬのか……ふざけるなよ……」
一夏の声は震えていた。世直しの為にこんな罪も無い人間まで無駄に死んでいくのが我慢ならなかった。鈴音とセシリアはそんな彼の姿に気圧され、玲次は座席に凭れぼんやりと窓に映る外の景色を眺めながら吐き捨てるように呟いた。
「……全部機械がやってくれるし自分で顔を晒す事もないから誰かを画面越しで殺ってるって実感も罪悪感も、誰かに殴られるかもしれないって怖さも無い――――いかれてるよ」
これからも良心の呵責もなく十字架を機械の人形に押し付けるのだろう。そして壊しつくしていく。
……玲次は窓の方を向いていたのでどんな今どんな顔をしているのか一夏にもセシリアにも分からなかった。
窓の向こうで雨がぽつぽつと降り始めていた。玲次は所在なくガラス窓に流れる雨粒をただただ漫然と眺めていた。
◆◆◆
「やっぱりハヅキ社製のやつがいいなあ」
「え? そう? ハヅキのってデザインだけって感じしない?」
「そのデザインがいいの!」
「私は性能的に見てミューレイのものがいいかなぁ。特にスムーズモデル」
「あー、あれねー。モノは良いけれど高いじゃん」
事件から一週間後――
あの同時テロについての報道はお気楽なものだった。自律兵器のテロを見事にISが撃退、などうまい具合に編集した映像がお茶の間に送り出された。しかしその中に玲次や一夏、吸血鬼の姿は一切無かった。
映っているのは自衛隊やセシリアと鈴音だけ。
吸血鬼に関しては吹聴が禁止されているのは要らぬ混乱を招くからであろうか。金品を大量に持って行かれた報道はゼロに等しかった。
吸血鬼とあのテロリスト集団との関係性は依然として不明のまま。追撃に当たった自衛隊のラファール部隊は敢え無く吸血鬼に撒かれ、挙句2機は大破してしまったのだという。
今のところ進展ナシ、それどころか状況は刻々と悪い方向へと突き進んでいる。
「しのれーが着てるのってどの奴だっけ~」
IS学園教室にて――緩い水を浴びせるような間延びした声がガールズトークを他所に自分の席で教科書を適当に斜め読みしていた玲次を呼んだ。しのれー、篠ノ之玲次を縮めたアダ名らしい。
そう呼んだのはクラスメートの布仏本音だった。サイズでも間違えたのかだぼだぼの制服(実質的に萌え袖標準装備)を身に纏っており、全体的にスローと言うか緊迫感と一切無縁そうな娘だ。
本音が見せてきたのは、ISスーツのカタログだ。様々な企業の製品のスーツとそれを見に纏うモデルが写っている。それがまたモデルのスタイルは良いわ胸もそこそこあるわ以下省略と、思春期の野郎どもには目に毒だ。尚、このカタログを欲しがる野郎は中学時代には割と居た。……まぁ男の哀しい性なので察して頂きたい。
玲次の使っているスーツはどれにも該当しない特注品である。何せ元々女性用しかなかったものだから当然である。
「ん? あぁ、そう言えば分からないなぁ……一夏の奴のシロモノとは見てくれがちょっと違うし、学園側からポンと渡されたモンだから一体何処が作ったのやら……」
その手のメーカーに関しては知識はない。中学時代のクラスメートが、よく◯◯社のエロくね? とかと言う話をしていたのはよく聞いていたのだが。勿論そんな話をしたらドン引きされかねないので黙っておく。
「んー、何処のだろ。AT社かな……」
話に混ざっていた清香が疑問符を浮かべつつ、玲次とカタログを交互に見ていると、手持ち無沙汰な谷本が爆弾を投げつけてきた。
「じゃぁさ、篠ノ之君と織斑君ってどの奴が好きなの?」
「「は?」」
声がダブった。玲次と、今さっき教室に入って来た一夏の表情が引き攣る。言えというのか。谷本の発言は要するに性癖を暴露しろと言っているようなものだ。
「あ、一夏君ちょっとおれ用事を思い出した。あとはヨロシクゥ!」
「逃げるな。お前も道連れだ」
「おのれぇ!」
一夏は立ち去ろうとする玲次の首根っこを掴み、逃亡を封じる。玲次が嘘を吐いている事は容易に解っていた。「なんでそう言うのは察しが良いのあんた」と毒づきながら玲次は観念してカタログにざっと目を通した。
――うーん、目に毒だ。
迂闊な返答をすれば自分のイメージダウンに繋がってしまう。流石にそれだけは避けたい。しかしここでベターと言える答えはあるのだろうか。しかし、だ。あまり露出が少ないものを選ぼうにもボディーラインがくっきりしているものだから別の意味で厄介だ。
――アレ、詰んだ?
当の訊いて来ている本人はにこやかで悪意のようなものは微塵も感じない。その笑顔が逆にプレッシャーとして玲次と一夏の背中にのしかかる。
玲次も一夏も答えに困って無言を通し続ける事約30秒。
「今日は些か早いが席に着け」
千冬の声が教壇からこの教室に響き渡った。これは地獄に仏と言う奴だ。いや、正しくは鬼と言うべきか。――ふと、壁に掛けられた時計を見るとまだ朝礼の時間より5分早かった。
いつもなら時間丁度にやって来るはずなのだが。その疑問の答えは千冬の口から語られる事になる。
「諸君に重要な話がある」
理由は分からないが――嫌な予感がした。
・シュヴァルツェア・アイゼン
登場話:25話
突如玲次たちの前に現れた少女が口にした機体名と思しきもの。詳細は不明。