インフィニット・ストラトス~The Lost Rabbit~   作:ヌオー来訪者

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24 Wolf eyes

 ISの機動力であれば十数キロ程度大した距離ではなかった。

 問題の現場に居るのはいつもの四脚型が3機現場の銀行周辺を脚部のローラーで走り回って警戒している。

 大手の支店だ。それなりの金が動いているであろうことは想像に難くはない。テロの資金供給のつもりだろうか。一夏が真っ先に飛び出そうとした矢先、玲次は慌てて手で制した。

 

「迂闊だ」

 

「なにをッ!」

 

「先ずは状況を確認してから突っ込むとこでしょ。状況もまともに分かってないのに突っ込む奴がいるかい」

 

「そんな事やってる時間はッ――」

 

 制止を振り払い、真っ先に突っ込んでいく一夏に置いてけぼりにされ玲次は「ったくもー」と悪態を吐いた。索敵モードに移行し、市街地内で暴れまわっている自律兵器の数を確認すると、そこまで数は居なかった。目視で確認できる3機の他に、やや離れた位置で1機確認出来る。

 流石に強盗なだけ小規模だ。ただ問題が一つあった。支店にもう1機自律兵器の反応があるという事であった。

 

 慎重に行動しなければ余計な犠牲を出す恐れがある。先行した一夏に玲次は、その敵の数と状況を連絡し、店内の自律兵器には後回しと釘を刺した後行動を開始した。

 

 

 ◆◆◆

 

 一夏が表で暴れまくって注意をあちらに引き付ける事が出来ているという事と、索敵を入念に行い自律兵器を意図的に避けていったのが功を奏し、支店付近までの接近は滞りなく成功した。

 銀行強盗の成功率は今時低い。仮に成功したとしても紙幣番号を調べられれば割り出されてしまう。だからそうされないように資金洗浄(マネー・ロンダリング)を行うのだが、その手間を考えるとそうそう出来る事ではない。

 しかしその手間をかけてまでやる事となるとそれは――

 

 あの白騎士事件を上回る惨劇がまた起きるという最悪の展開が玲次の脳裏を過る。想像した瞬間寒気がした。

 白騎士事件、1999年にて起こった戦後最大規模のテロ事件だ。白騎士の出現が無ければ東京は火の海と化していただろうと声高に叫ばれる、かの惨劇。

 あの事件の再来など冗談じゃない。何としてでも阻止はしたいと玲次は思う。

 

 

 ……本題に戻ろう。現状最大の問題が一つ。

 仮に人質が居る場合、迂闊な立ち回りをしてしまうと人質に危害が及んでしまう可能性が十二分にある。

 道中には人の亡骸が幾つも転がっていた。レーザーで焼き切られた誰かの腕、どこの部位なのかわからない肉片、燃えた衣服。

 相手は無抵抗な人間相手の殺しに躊躇いはない事を雄弁に物語っていた。

 

 玲次は舌打ちしながら、建物の陰に隠れて索敵モードで内部の様子を見る。出入口は随分と乱雑な侵入をしたらしく、透明なガラスの自動ドアはかなり乱暴に破られてしまっていた。

 他の窓ガラスは指示によるものなのか、カーテンで覆われていて外の様子は見えないようにされている。しかし索敵モードのハイパーセンサー相手では役者不足だ。内部は見え見えだ。

 

 内部ではかなりの人数の人が伏せられている。数名ピクリとも動かないのは死体だろうか。

 その中でひときわ大きな熱源反応が動き回っていた。ここはプロに任せるべきか。しかしこのまま悠長に待っていればそれこそテロリストに資金を持って行かれ、今後犠牲が増える事を思うとあまり待ってはいられない。

 

『玲次、聞こえるか?』

 

「どした」

 

『こっちはもう片付けた。今からすぐ行く』

 

「あー、ストップ、ストップ。現状待機。でもいつでも動けるようにスタンバっといて」

 

『何でだ』

 

「こっちに考えがある。現在依然として犯人は籠城中。ただこの状況で出ない訳にはいかないって状況に追い込めた訳だ。必要あったら呼ぶから。それともう一つ。おれが居る事を悟られないように」

 

『お、おう』

 

 困惑気味な返答をする一夏を他所に玲次は通信を切った。今玲次には電磁迷彩という手札がある。しかし使い時を誤れば地獄絵図と化す諸刃の剣だ。

 一夏が手ひどく暴れてくれたお陰でテロリスト連中は慌てている事だろう。

 

 このまま犯人が行う選択肢は2つ。

 籠城作戦。増援が来る前の強行突破。前者は悪手だ。それも隠した脱出手段が見つからなければただの時間潰しに終わる。自律兵器を使う以上多少強気に出る事は可能と思われる。多少無茶し、領域を離脱した後犯人に金を運び、役目を終えた所で自爆なりして証拠隠滅を働くのがベターと言えよう。

 仮に前者を選ぼうと電磁迷彩で強行突入を行うのでどっちにしろ彼らには詰みという結果しか残らないだろうが。

 店から出るのは時間の問題だ。

 その時、自律兵器が出入口に向かおうとし始め玲次は咄嗟に身を隠した。

 両サイドにアームが付いており、職員の女性が一人ずつ拘束されていた。加えて動きが速い。脚部に付いたローラーを回転させ、放置された乗用車を避け乍ら猛スピードで走っている。ぼやぼやしていると戦闘領域から早々に離脱されるのは時間の問題だ。

 

「一夏、出番だ。犯人は人質2名を抱えて南西の方角に逃走を開始。多分金も持ってると思われる」

 

『何だって!?』

 

 慌てる一夏に玲次は抑えた口調で続けた。

 

「人質が居れば下手に立ち回り出来なくなるし、人質を生かしてかつ、犯人を潰すというのは難しくなるだろうね。まず一夏には先回りして足止めをしてほしい。おれに考えがある」

 

 

 

 ◆◆◆

 

 玲次の指示通り逃走中の自律兵器の進行方向に先回りしていく手を阻んだ。雪片弐型の切っ先を逃走中のそれに向けて止まれと敵対の意志を露わにする。

 

「そこの自律兵器、止まれ!」

 

 すれ違いざまに一刀両断される事を恐れたか自律兵器は減速を始め、ブレーキをかける。捕まった女性は走行にかかったGに耐え切れず片方は失神し、もう片方は完全に恐慌状態に陥り意味不明の言葉を辺りにまき散らしながらもがいていた。あんな尋常でない速度で振り回されては鍛えていない人間が平気でいられるはずが無いのだ。

 

『君は――織斑一夏か?』

 

 自律兵器から機械を通した男とも女とも判別がつかない音声が発せられた。この機体は作戦の要だからかモニターしていたようだ。

 

「あぁそうだ。その二人をはやく降ろすんだ」

 

『それは出来ない。君も男であるならば道を開けろ』

 

「この状況と性別が一体何の関係があるって言うんだよ」

 

 男であるならば。その物言いはどうも好きにはなれなかった。自分への戒めや奮い立たせるニュアンスであれば幾らでも使うが、他人に言う台詞としてはどうも気に喰わない。一夏の眉間が僅かにしわを作った。

 

『……君は可笑しいと思わないのか。この女尊男卑というふざけた世界に疑問を持たなかったのか? かつて男尊女卑を声高に批難し、男女平等を謳っておいて今や立場が逆転しただけ、いや、それより劣るような有様にしてしまった事を国ぐるみでやっているこの惨状を見ろ。男女平等を盾にして好き放題やったバカ共のやった事を知らない年齢ではあるまい』

 

「今の時代がおかしいかろうがおかしくなかろうが、こんな事が許される訳がないだろ、罪もない人を平気で殺して……お前らこそ何も思わないのか……!」

 

 確かにあの音声の言う通り、一夏はこの世界はおかしいと思いはしていた。けれどもそれは虐殺を正当化する理由には決してなりはしない。

 彼らはその越えてはならない一線を平気で踏み越えている。

 女尊男卑に対して思う事があるという点では確かに同じではあるが、何故平然と罪のない人間を殺せるのか一夏には理解が出来なかった。

 この街にも命だったものが転がっていた。機銃で全身に穴を開けられ血だまりの布交じりの肉片と化したナニカ、レーザーで焼き切られ、人肉が焼かれた特有の悪臭を漂わせる物体。先ほどまで物を考えて必死に今を生きて来た者を、ただの物言わぬ、考え得ぬ肉片にした事が一夏にはただただ許せなかった。

 

『この世界を享受した軟弱もの共に罪が無いとでも言うのか。あんな立ち上がりもしない無能(クズ)など死んで当然だ。……心配するな、この死を切欠に立ち上がる新たな同志も現れるだろう。この死を以て生き延びた者達に切欠を与えてもいる。これを機に生き延び、我々の下へとくるのであれば歓迎するつもりだ。現に支店内の人員は半数以上敢えて生かしたし警告もした』

 

――狂っ(イカれ)ている。

 

 底知れぬ不気味さと悍ましさを感じた。それが人間のやる事なのか、と疑いたくなるほどに。

 同時に彼の言葉で一夏の中で何かが切れた。

 

――あぁ、こいつらは許しちゃいけない奴だ。放置してはいけない奴だ。

 

 超えてはならない一線と言うモノがあるのだ。彼らはそれを正当と唱えていた。死んで当然、と。

 そんな事で殺されるなんて冗談じゃない。殺された彼らにも今日や明日に予定があった筈だ。それを平気で奪って、ぶち壊す権利があるのか。そちらの勝手な都合で。何が考える機会だ。ただ反感を生んでいるだけだろうに。余計な憎悪を増やしているだけだろうに。

 

「冗談じゃない……あんたらの勝手な都合で殺されるなんて、冗談じゃない。お前たちのやってる事は余計な憎しみを増やしてるだけだ」

 

『ISに乗れるからという特権意識で女どもと同じようになったのか!』

 

 無機質的な合成音声に感情が乗った。操り主の怒りと怨嗟がひしひしと伝わって来る。

 しかし怒りたいのはこちらの方だった。

 

「何が特権意識だよ……」

 

 一夏は一歩踏み出す。すると自律兵器の装備した機銃が一夏の足元目掛けて火を噴いた。

 

『来るな。こちらに手を出せばこの女も無事では済まない。……人質は2人。1人死んでもさしたる損失はない』

 

 なるほど。だから人質が1人ではないのか。相手が往生際悪く引き下がらないのであれば見せしめに一人殺す事も出来る。相手は殺す事に躊躇いは無いのは間違いない。一夏の心情としては、2名とも救い出したい。故に相性の悪い相手であった。

 一夏一人でどうにかなるような状況ではない。

 

 こんな時セシリアや鈴音が羨ましくなる。セシリアは手数が多くBT兵器を持っている。鈴音は見えない弾丸を放つ事が出来る。こんな時二人のISのような力があれば、と少し思うも、所詮は無い物ねだりだ。

 一夏の白式には得物一本だけ。それしかないのだ。

 

 

 その時、玲次から通信が入った。

 

『一夏。そこを動かず静かに聞いてほしい。一夏には、(ライトアーム)女性(ヒト)をアームを叩き斬って助けてほしい。おれは(レフトアーム)の方を助ける。タイミングはおれがカウントダウンをするからそのタイミングでね』

 

「……!」

 

 一体玲次は何処に居るのだろうか。センサーには一切反応が無い。一夏は気になったが、今この状況で詮索しても仕方が無かった。玲次に何か考えがあるのは間違いないが。

 

『じゃ、いくよ。3、2――』

 

 カウントダウンが始まり、一夏は息を呑む。今は玲次を信じるしかない。

 雪片弐型を握る手が震える。タイミングを逸すれば人が死ぬのだから当然だ。今、自分の背中には人の命が重くのしかかっている事を再び実感した。

 

『さぁ、武器を捨てろ。さもなくば』

 

『1、GO!』

 

 さもなくば。その先の言葉を聞くより先に両方のアームが本体から外れた。否、正しくは斬られたと言うべきか。一夏がライトアームを斬り捨てたのだ。一方レフトアームは一夏が切り落とすまでもなく綺麗に寸断された。

 

 ライトアームに捕縛されていた女性を地に落ちる前に受け止め、一夏が受け止めなかったレフトアームに捕縛されていた恐慌状態だった女性は何故か宙に浮いていた。既にその女性も疲弊したのか失神している。

 よく見ると宙に浮いている女性の周りの世界がやや歪んで見えた。……誰かが、いる。目を凝らすと人型のナニカが女性を抱えていたのだ。ハイパーセンサーには何の反応も無い事からこの人型のナニカの正体を察するのは容易い事だった。

 人型のナニカは自律兵器が反応するより先に動き、自律兵器を蹴り飛ばした。

 自律兵器は4脚型でローラーもあるので安定性は高いはずだった。しかし、脚部のローラーが停止していた事もあって受けた衝撃を逃がせずガシャン! と喧しい音を立てて転倒した。

 

「さもなくば――何さ?」

 

 人型のナニカが問う。その声でその正体は一体何者なのかという疑念は確信へと変わった。

 女性を浮かせた透明のナニカが徐々に正体を顕していく。機械造りの黒と紫の装甲。そして装甲の無い部分から見せる私服、そして、能面のような表情と化した

 

「玲次……!」

 

「お待たせ」

 

 軽快な物言いながらも顔は一切笑っていなかった。

 玲次は建物の陰に女性を隠し、倒れた自律兵器を一瞥した。起き上がる手段を喪った自律兵器は姿勢制御用のサブアームを展開して起き上がろうとした矢先、玲次の容赦ない時雨による射撃が脚部を1つ砕いた。バランスを損ねた自律兵器は再び転倒し、玲次はそれを見下ろした。

 その隙に一夏も抱えた女性を同じ場所に遠ざける。

 

『お前は篠ノ之玲次か⁉︎ 諸悪の根源篠ノ之束の……』

 

 ガチャリ、と音を立てて格納されていた機銃の砲口が玲次に向く。しかしそれから先の言葉を紡ぐ時にはもう時雨の銃口に硝煙がたゆたっていた。

 完全に再起不能になるまで機銃と脚部に鉛玉を撃ち込み、先の言葉が銃声と破砕音とノイズにかき消される。静かになった時には既に自律兵器の表面装甲は無残な姿となっていた。

 

「お前らが奪った金、返してもらうよ」

 

 刀にこびりついた血をやゴミを払うように時雨を一振りして硝煙を払った。後は自衛隊なりが中身を解析するなり、金を取り出すなりすれば解決だ。

 と、油断したのがいけなかった。

 大破した自律兵器が突如、内側から爆ぜた。

 

「――ッ」

 

 ――自爆ッ!?

 

 爆発の規模は小さかったとは言え、鼓膜が破れかねない音が一夏と玲次を襲い、思わず守りの体勢に入る。幸いISの防護機能が働いたから良かったものの、生身なら聴力を失っていただろう。幸い生身の人質2名は若干離れた距離に居た事もあって難を逃れた。

 機械の破片と先ほどまでは札束だった紙片があちこちに飛散する。

 

「現金吹っ飛ばしたのかあいつら……」

 

 ひらひらと舞う紙片を被りながら一夏はボヤいた。証拠隠滅の為の自爆だろう。やられる側からすれば迷惑極まりないが。ロストした金は事件後ちゃんと補てんされるのだろうかと若干どうでも良い事を思いながら深く溜息を吐いた。

 

「これで終わり……なのか?」

 

 一夏が肩の力を抜こうとした矢先だった――

 

「ッ――一夏伏せろ!」

 

 気付けば白式がアラートをやかましく鳴らしていた。玲次の叫びが耳朶を打った所で間髪入れずに身を低くさせた。玲次は時雨の引き金を一夏の頭があった場所目掛けて引く。一夏はそのまま玲次のもとへ駆け、後ろのナニカから距離を取る。

 

「――吸血鬼(ヴァンパイア)

 

「一夏チャン、玲次チャン、おひさー」

 

 背後から襲い掛かったナニカが誰なのか。

 忘れる筈も無かろう――あの高速道路で現れた女だった。手をヒラヒラと振っている。

 このタイミングで現れるとはテロリストと組んでいるのか。いや、それは些かおかしな話だ。ISを毛嫌いしているような連中がISを戦力とするのかと言われれば疑わしい話だ。

 単純に間が悪いだけなのか。

 まだ気絶している生身の人間が近くに状態で迂闊に戦えば巻き添えを食うのは目に見えていた。一夏の脳裏には高速道路での惨状が鮮明に甦って来る。

 

「一夏、おれが隠した人も連れて逃げろ」

 

 玲次のいつになく真面目な口調に戸惑いながら一夏は問う。

 

「お前はどうするんだ」

 

「おれはコイツとやり合ってる。足止めは必要でしょ? 慎重になり過ぎてサボった分は仕事する」

 

「死ぬ気か?」

 

「死なないよ。どうせ死ぬなら畳の上だ。……おれたちが死なないようにするには全力で戦う必要がある。まず丸腰の人を戦闘領域から離さないと。巻き添え喰らわせたいなら話は別だけど……ね?」

 

 確かに、2名とも自力で逃げる事は失神している都合上無理だろう。

 理屈は分かっても納得は出来ない。それは玲次を見捨てるようで我慢がならなかった。加えてあの女から逃げるというのも非常に癪だ。それでもなお、玲次は頑なに引き下がらない……引き下がる気は無いと玲次の背が雄弁に物語っていた。

 

「ッ……分かった」

 

 これ以上何を言っても無駄であると一夏は悟った。

 不本意ながらも了承し一夏は背を向けた。どっちにしろ生身の人間はIS対ISの戦闘の足枷だ。それぐらい一夏だって分かる事だ。それでも納得しがたい衝動のようなものが湧いてくる。

 その衝動を無理矢理振り切るように2名を両脇に抱えてから一夏は戦火の届かない場所目指して飛び去った。

 

 

 ◆◆◆

 

 

「おっと、ここから先は通行止めだ」

 

 吸血鬼が一夏を追うのは目に見えていた。先読みした玲次は時雨で追撃を封じる。狙い通り数発被弾した吸血鬼は脚を止め、両手に3本ずつ投げナイフを引き抜く。玲次も迅雷を一本抜刀した。

 本来ならば引き撃ち安定だが、足止めをやる以上あまり距離を開けてしまうのは悪手だ。

 

「あーあ、一夏チャン逃げちゃった」

 

 吸血鬼は不満を漏らしながらも、身体は機敏に動いていた。ナイフを3本玲次に投げつけた。

 咄嗟に上半身を逸らすことで回避する事は出来たが、回避成功時には既に吸血鬼が次の行動に映っていた。残り3本を指の間に挟み動物の爪のように持ったナイフで斬りつける。玲次はそれを時雨を持った腕の装甲で受けとめ、迅雷で突きを放つ。しかし吸血鬼が新たに呼びだしたナイフで突きを止めた。

 

 このまま取っ組み合いをやっても埒があかないと判断し、蹴り剥がそうにも吸血鬼が先を読んで後退して空振る。挙句、蹴りの隙を突かれて吸血鬼が6本丸々ナイフを投げつけ、玲次にヒット。ボンッ、と爆ぜた。

 

「――爆発ッ!?」

 

「まだまだあるよ――」

 

 新たに出現する投げナイフ――改め爆弾投げナイフを前に玲次は舌打ちした。当たり所次第ではあるが、1発でも数%シールドエネルギーを持って行かれる。それが6発直撃したものだから86%にまで落ちていた。

 

「フフフ……弾切れを狙っても無駄だよ。これはね、ISのエネルギーを物質化させたもの。望めば幾らでも造れるの。コアの力が許す限りはね」

 

 消耗戦。そんな玲次の発想も容易く打ち砕かれてしまう。

 一夏はどれだけ遠くに行けただろうか、と一瞬気がそぞろになった途端吸血鬼は玲次の直ぐ目の前まで距離を狭めていた。

 

「チィッ!!」

 

 後方に跳び避け時雨の引き金を引く。銃弾は全て吸血鬼が投げナイフを持った両手を眼にも止まらぬ速度で振るい、全てを弾き飛ばす。そして跳び避けた代償に玲次の背中が地面に触れる――より先にPICを作動させ身体を浮かせ、姿勢制御を行い無理矢理体勢を立て直した。

 

――生半可な射撃じゃ一発も入らないか……

 

 実力差は依然として開いたまま。あの無尽蔵に湧いてくる投げナイフが非常に鬱陶しい。3方向に飛来するナイフは彼我の位置によって回避距離を調整しなければ中心のナイフを避けたと思いきや左右どちらかのナイフが刺さるというアクシデントも起こる。つまり中心を避ける事に躍起になって大雑把に動けば別方向の一発を貰いかねないという事だ。

 避け辛い。挙句動きも速い。

 黒鉄の特殊能力は既に使い切っているので、電磁迷彩で闇討ちをかますという手は使えない。

 

 しかし見得を切った以上それなりの結果は出さねばならない。加えて及び腰のままでは、逃げられる危険があるので攻める必要があるというのは厄介な話だ。

 格上の動きを止めつつ、逃げられないよう攻めもする。この両方を要求されている以上保つ時間は防戦一方より短くなるのは必然だった。

 

 玲次は地面を蹴り、吸血鬼へ一気に距離を詰める。

 

 逆手持ちにした迅雷をアッパーカットの要領で振るい、横に避けられた次の瞬間、追撃の一発に回し蹴りを放った。

 

「おっと……」

 

 また防がれる。しかし衝撃は殺しきれず、吸血鬼の脚が地面を滑った。玲次は黒鉄のスラスターに火を吹かせて時雨の引き金を引きつつ追撃を開始。弾丸の行く先は吸血鬼の手元そのものであった。

 

「……つッ!?」

 

 予想外の狙いで意表を突かれた吸血鬼の手からナイフが零れ堕ちる。この瞬間こそがチャンスだ。

 打ち込み、抉るように。順手持ちに直した迅雷を吸血鬼の腹部に渾身の力を込めて叩きつけた。

 

「かはっ⁉︎」

 

 吸血鬼の表情が初めて苦痛に歪んだ。

 確かな手応えを感じる。迅雷の切っ先が吸血鬼の腹部にめり込み、搭乗者を守るべく作動したシールドとブレードが削り合いを始め、血の代わりに火花を散らす。ここで欲張れば手痛い反撃が飛んでくるのは目に見えた。証拠に吸血鬼は既に新しくナイフを精製している。

 これ以上の深入りは危険だと判断した玲次は即座に迅雷を引っこめ、バックステップで距離を取る。予想通り吸血鬼は反撃に投げナイフを投げ付ける。冷静に玲次はアンカーを鞭のように振るって悉く弾き飛ばし、弾かれたナイフたちは地面に次々とアスファルトの上で爆ぜた。

 

「まずは一発……!」

 

 先程の一撃は時間こそ短かったものの深く刺さった。それなりにシールドエネルギーを削る事は出来たハズだ。その確信を持っていた玲次は確かに実力差が以前よりは多少埋まっている実感があった。

 しかし、吸血鬼は余裕綽々の態度を崩さずにいる。

 

 やはりあちら側からしたら雑魚がもがいているだけなのかもしれない。しかし――

 

「油断してたなぁ……でも鴨が葱背負って戻って来たしいっか。今から本気出せば良いし」

 

――鴨が葱を?

 

 吸血鬼(こいつ)は一体何を言っているのか一瞬玲次は分からなかったが、黒鉄が白式の再出現を報せた時に吸血鬼の言葉の意味を理解出来た。――一夏が戻って来たのだ。

 

 チャンスでもあると同時に、出来れば自衛隊でも他の代表候補生でも良いから援軍も欲しかった所ではあった。しかしそこまでの判断をしろというのも些か酷な話というもので一夏を責める気にはなれなかった。

 それにしてもセシリアと鈴音は一体何処で何をしているのだろうか。自衛隊だって対応が幾らなんでも遅すぎる。

 

――()()()()()()()()()()()()()()()

 

「お帰り、一夏チャン?」

 

 それはヒトと言うにはあまりにも動物的な獰猛な笑みであった。喩えるならば好物を目にした肉食獣めいている。その狂気の孕んだ吸血鬼の笑みは玲次の背筋を凍て付かせるには充分過ぎるほどだった。しかし今の一夏の背筋を凍てつかせるには不充分だった。今の一夏は煮えたぎっている。

 

「あの時の借りは返させてもらう……!」

 

 零落白夜を起動させた雪片弐型を構える一夏を他所に玲次はセンサーを確認した。

 

 民間人を逃がし切れた今、増援が来るまで耐えて、数の暴力で袋叩きにするのが最善だろう。しかしその作戦を今の一夏が聞くかと言われればNOだ。もちろん、一夏を見殺しにするという発想は論外だ。

 加えて自衛隊やセシリアなど増援の兆しは依然として無い。期待するだけ無駄だとでもいうのか。

 玲次が今この瞬間すべき立ち回りは一つ。一夏の隙をカバーする事だった。

 

 迅雷を納刀し、代わりに烈火を呼び出す。時雨と烈火の二丁で仕掛ける。

 地面を蹴り、吸血鬼に向かって走り出す一夏の後方で射撃のチャンスを伺った。

 

「ハァッ!!」

 

 まずは一夏が水平に薙ぎ払うようにして雪片弐型を振るう。しかし吸血鬼は身を低くしてやり過ごし、返す刀に新たに精製した大型ナイフで一夏の腹部に狙いを付ける。

 

 玲次は横殴りに時雨を吸血鬼に撃ち、その攻撃をキャンセルさせる。咄嗟に吸血鬼がバックステップで避け、一夏との距離が空いたところで烈火の引き金を引く。グレネードの弾丸が山なりに吸血鬼に向かって飛んで行き、咄嗟に投げナイフで着弾前に爆破させた。

 しかし爆風まではどうにもならず、爆煙と共にその身が流された。

 

「前よりはやるようになったね。よーし――そろそろ本気出すね?」

 

 爆煙を突き抜け、吸血鬼はニタリと笑う。

 こんな状況でもニコニコ笑っていられる彼女に一夏は苛立った。

 

限定(リミット)解除(ブレイク)

 

 詠うような宣言と共に軽く投げられた6本以上の投げナイフが()()()()()()()()()。そして弾丸の如く玲次目掛けて()()()()()()()()()()()()()()

 全弾回避しようにも、軽い追尾をするので回避がままならない。

 仕方がないので射角に気を付けつつ時雨で狙い撃ち、弾き飛ばす事で漸く無効化にまでこぎつけた。弾かれたナイフたちは地面を転がって爆発四散して消えていく。

 

「――BT兵器擬き……舐めプだったというのかい……!」

 

 玲次は苦虫を噛み潰したようにしかめっ面になる。相手はまだ手の内を隠していた事実が玲次たちに絶望を叩き付ける。いつもの飄々とした雰囲気は最早見る影もない。

 一夏も玲次同様、焦りを見せている。

 

「良い顔だね。もっと! もっと見せて!」

 

「お前は……!」

 

 一夏が飛び出す。吸血鬼は一夏の斬撃を大きな動きで悉く躱しながら、空へと飛翔し挑発を繰り返す。

 

「こっこまでおいでー」

 

「ふざッけるなァ!」

 

 一夏が吼え、追撃を掛けていく中、吸血鬼がどさくさに紛れて何かを放り投げている事に玲次は気付いた。吸血鬼が居た地点に3本ずつナイフが浮遊している。

 

――置きナイフという奴か!?

 

 吸血鬼の意図に勘付いた玲次は浮遊しているナイフ目掛けて時雨で撃ち落とす。しかし全て撃ち落とすより先にナイフが先に動いた。大半の狙いは一夏。そして数本程度が玲次を狙っていた。

 数本で玲次の足止めをしつつ、大半のナイフで一夏に致命傷を負わせるつもりなのだろう。

 

 一夏は頭に血が上っているからか、置きナイフに全くと言って良い程気付いていない。このままではやられるのは時間の問題だ。

 

「させるかッ――」

 

 足止めのナイフたちをアンカーを振るって弾き飛ばし、一夏を狙うナイフたちも落とすべくロックオンをしようにも如何せん数が多すぎる。全て落とす事は不可能だろう。

 既にナイフの切っ先が一夏に向き、動き始めている。ここから先やるべき行動は――

 

 アンカーを振り回しつつ、時雨で狙い撃つ。正確性は度外視した戦法で可能な限り被害を減らしつつ残りはこの身で攻撃を受けた。

 

「――玲次ッ!?」

 

「ちっとは後ろに気ィ配ってくれないと……身は一つしかないんだから何でもかんでもカバーはし切れないって」

 

 ぼやきつつ被害状況を確認。管制システムがアラートを鳴らしていた。黒鉄の量子回路が数か所ダメージでショート。おかげで四肢が重く、レスポンスもワンテンポ遅れている。戦闘開始時と同じようにするには些か時間がかかるようだ。

 内部だけではない。外部のダメージも甚大だ。

 煤に塗れた黒鉄の装甲が所々爆発で欠損しており、シールドエネルギー残量も10%を切っている。

 

――多少出し抜いたからって思い上がるものじゃないな……!

 

 一夏が吸血鬼と鍔迫り合いを行う中玲次は自嘲の笑みを浮かべつつ黒鉄をゆっくりと地上へ降下させた。このまま戦闘続行した所で一夏の脚を引っ張るだけだ。実質的な戦闘不能状態であった。

 

◆◆◆

 

――何をやってるんだ! 俺は……!

 

 煙を上げ離脱していく黒鉄を見て一夏は我に返る。

 吸血鬼を倒す事だけに拘り過ぎた結果、周囲の状況確認がおざなりになっていた。その結果が黒鉄の大破だ。加えて一撃も相手に叩き込めていない体たらくだ。

 

「くそッ……!」

 

 悪態を吐くより先に新たに投げられたナイフが一夏を襲う。既に行動が分かっていた一夏は雪片弐型で弾き飛ばしつつ可能な限り躱すが如何せん数が多すぎて捌き切れない。白式が耳の保護の為に掛けたフィルター越しで、耳をつんざくような爆発音を聞かされながら一夏は苛立つ。

 

「ほらほらほらほら! もうお仕舞い!? つまらないなぁ!」

 

――こんな所で

 

 飛来するナイフたちは一夏の前方にだけでなく背後からも、上方からも、下方からも襲い掛かる。喧しく鳴り響くアラートから間もなく、バスケットボールを勢い良くぶつけられたような衝撃が一夏の全身を襲った。

 吸血鬼は縦横無尽に舞うように飛び回りナイフを仕掛けていく。物量で攻める吸血鬼と白式の相性はすこぶる悪かった。

 

――こんな所で俺は

 

 足、腹、胸、腕、顔、背中。四方八方から襲い来る物量の暴力はようやっと収まりを見せると、とうとう白式のバランサーが狂い、PICが切れて地上へと敢え無く堕ちた。

 幸い、シールドエネルギー残量が完全に切れた訳ではないが、残量は僅かしか残っていない。

 零落白夜の分を合せると、これ以上ダメージは絶対に受けられない。

 

「本気出して損した。こんな程度かぁー」

 

 心底つまらなそうに吸血鬼が爆煙と粉塵の向こう側で嗤っている。あの女を叩き斬らないまま俺は終わるのか。――否、断じて否。

 あんな奴に負けたまま終わる等絶対に出来ない。したくない。姉ならばきっとこんな終わり方はしない。――まぁ、姉ならそもそもこんな風に追い詰められたりしないだろうが。

 たった一人も守れないで、何の意味がある。仲間という代償を支払ってでも負けるなどやってはならない事だ。

 この白式は一体何のためにある。

 

――守る為だろう? 

 

 元々仲間という代償など払ってはならぬものだ。あの無人機との戦いでも鈴音や玲次に大きな負担を掛けた。

 

――俺が皆を守らなければならないのに

 

――俺は織斑千冬(ブリュンヒルデ)にならなければならないというのに

 

 むくりと起き上がり、ふらりと幽鬼の如く一歩踏み出す。全身が鉛のように重かったが、不思議と思考だけはクリアだった。次に何をするべきか、何となく分かる気もする。黒々とした爆煙を抜け一夏は雪片弐型を構えて振り絞るように言葉を紡いだ。

 

「まだだ……まだ、終わっていない……ッ!!」

 

 

 

 その時――破損した黒鉄を立て直していた玲次には、一夏の瞳は禍々しい金色に書き換わっているように見えた。




 久々の金目登場。前回は一瞬ではありましたが今回はちゃんと戦闘します。


 篠ノ之 束 
性別;女性 
年齢:推定20代
 機械工学、生物学、そのほか様々な分野に精通した所謂天才
 玲次、箒の姉であり、ISの生みの親。
 性格は絵にかいたような変人であり、奇天烈な衣装を身に纏い、加えて好き嫌いが激しい事で有名。当然友人も少なく、千冬は彼女の数少ない『友人』と言えるものだった。
 1999年、東京に出現した自律兵器の無差別破壊を前にISをけしかけ、東京壊滅という最悪の結末(だいさんじ)を未然に防いだことで白騎士事件の英雄と評された。しかし行き過ぎた評価もあるのも事実であり、女尊男卑を加速させてしまう一因となってしまっている(本人にその気があったのかは不明ではあるが)。
 2006年の静岡県某所の研究所にて発生した大規模な爆発事故により消滅(バニシング)する。


 一夏の瞳は禍々しい金色に書き換わっている
関連話:11話、24話
 玲次との戦闘時と、吸血鬼の戦闘時に発動した現象。一夏の瞳の色が黒から金色に書き換わっており、凡そ人間の瞳とは思えない禍々しい光を放っている。
 白式独自のシステムではないかと玲次によって推測されているが真相は不明。当人の一夏には僅かながら頭の中がクリアになったなどと言った自覚こそあるがあまり大きな事としてとらえてはおらず、ゾーン体験みたいなものと切り捨てている節がある。

 ナイフ爆弾
関連話:24話
 吸血鬼が使用した武器。着弾(つまり刺さる)と爆発を起こす仕組みとなっている。
 リミッターを切ると軽い追尾機能まで付いている上に浮遊機能まである為、いわゆる置きナイフといったトリッキーかつ物量に任せた戦法が可能である。

 自律兵器(オートマトン)
関連話:1、2、7、8、20、24話
 本作のオリジナル要素。
 AI制御によってあらかじめプログラミングされた行動を行う機動兵器。人的損失が無く搭乗者が居ない為乗員の安全性度外視した行動が可能。1994年のとある紛争にてその姿を現した。
 加えて安価なためIS登場以前は最強の兵器として君臨していた。しかし1999年の白騎士事件にて最強の名は返上させられる憂き目に遭う。
 AI制御の都合やコスト面の問題もあり、四脚型や小型戦闘機タイプなど非人型のシルエットが主流。
 現在IS登場後使用の規制が国際的に働きかけられたものの、それを拒否している国家も少なくなく、テロリストの主力としても現役で使われている。日本国内のテロ件数の爆発的な増加はこの兵器によるものと言える。

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