インフィニット・ストラトス~The Lost Rabbit~   作:ヌオー来訪者

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 11巻の情報量で一時期どうすればいいのかわからなくなりかけましたが私は元気です。
 一応その要素も適度に取り込みつつ独自路線で行こうと思います。シャルの両親絡みとか。


23 男はつらいよ

 6月の頭、日曜日。

 梅雨の季節が始まって間もない頃。じめじめとした空気が少し気持ち悪かったが、今の玲次と一夏にとっては関係ない事であった。

 

「あぁ~シャバの空気がうめぇぜ。ムショにおってほんま長かったからのう……」

 

 玲次が唐突に深呼吸してから渋い顔でそんな事を言い出すものなので一夏は噴き出した。

 

「お前は出所したヤクザか何かか!? まぁ、似たようなもんか……ムショだよな、ある意味」

 

 今の二人は久々にIS学園の島から出て、とある東京の下町に訪れていた。

 こうして何事もない状態で島から出るのは2か月ぶりだ。左右の古びたブロック塀が懐かしく感じる。IS学園島は妙に近未来感があるのでこのようなものは見かけないのだ。妙に小洒落ているというか下町特有の無骨さがない。

 

「よし、ここだ」

 

 IS学園から専用のモノレールで本島に降り、それから電車を乗り継いで、その間に懐かしの織斑宅に寄った後、とある駅から1キロほど迷路のように入り組んだ下町を歩いた後、ようやく目的地へと辿り着いた。出入口に『食事処 五反田食堂』と書かれた暖簾が下げられている。何処をどう見ても食堂だった。

 

「それにしても……この眼鏡ほんと違和感というか着心地悪いな……」

 

 一夏はぼやきながら掛けていた眼鏡をはずす。視力Aなのがちょっとした自慢である一夏である。こうしてまともに眼鏡を掛けたのは産まれて約16年初めてだ。……伊達眼鏡だけれども。

 玲次も被っていた帽子を軽く上げた。

 

「そりゃ仕方ない。変装した方が邪魔が入らなくて助かるというものさね」

 

「分かってるけど……」

 

 提案したのは玲次だ。事実、玲次も一夏も数か月たったとは言え時の人だ。この女尊男卑の時代に一石を投じるような存在。報道で顔を晒された以上、この顔を知らない者は居ない。下手すれば騒ぎになり足止めを喰らいかねない可能性がある以上玲次の変装案は非常に効果のあるものであった。

 

 目的地まで辿り着いたのでこれでお役御免だ。一夏は伊達眼鏡を玲次に返す。

 この変装用伊達眼鏡は元々玲次のものだ。

 

「ここが噂の五反田君の家か」

 

 一夏は頷く事で肯定し、ぐるりと裏口に回ってからインターホンを押した。

 

「おーい、弾、来たぞー」

 

 気の抜けた一夏の声に応えるように、どたどたと音が近づいて行き、ドアが開かれ、赤いロン毛をバンダナで纏めた少年が顔を覗かせた。

 

「おー、来たか。で、後ろに居るのが噂の……」

 

「はい。篠ノ之玲次と申しますー。突然お邪魔してしまってすみません」

 

 玲次のあまりにも営業用(?)スマイルの入った挨拶に一夏は凄まじい違和感を覚えた。一瞬お前そんなキャラだったかと思いもしたが初対面相手にあんな何時もの物言いなのもまたおかしな話だ。

 

「いや、いいよいいよ。硬ッ苦しいのはナシだ。コイツ(一夏)が世話になってるようだし。俺は五反田弾だ。よろしくな篠ノ之」

 

「どもども」

 

 案外早く打ち解けたようで一夏は安心した。

 まぁ何やかんやで一夏の見立てではこの二人は似ているように思えたのであまり心配は無かったのだが。こうして見るとやはり安心はするものだ。

 

「まぁ、立ち話もアレだ。上がってくれ」

 

◆◆◆

 

「だぁぁぁぁッ、一夏てめっグルグル回ってんじゃねぇぞ!」

「ちょっとォ! 漁夫の利を狙うなんて卑怯じゃないのかい一夏君! そういうのはおれの専売特許じゃないの!? てかちょっとメタナイト速過ぎない!?」

 

「あっ、わり……いやでも俺が操作に慣れるまでそっちのけでお前らがCPUと乱闘始めるし、突っ込むにはこうするしかないかなって」

 

 成り行きで格ゲー……厳密にはスマブラを始めて数分後、弾と玲次を中心に阿鼻叫喚の地獄絵図が出来上がっていた。二人とも一夏に場を荒され、キャラたちが無情にも人数稼ぎのNPCと一緒に場外に吹き飛ばされて行く。

 それから似たように一夏が美味しい所を持って行くわ、性能と一夏持ち前のセンスに任せた蹂躙が始まったものだからついに弾と玲次の怒りは爆発した。

 

「一時休戦だ篠ノ之……アイツは潰す」

「あいよ……! シリーズ初心者っつーんだから多少ハンデを与えたおれたちが間違っていたようでねぇ……!」

 

「待て! 2対1とか卑怯じゃね!? えっちょっおまっ!?」

 

 かくして阿鼻叫喚の2対1が始まった。しかし一夏は思いの外強かった。

 阿鼻叫喚の地獄絵図は戦闘終了まで続き、勝者は数合わせのCPUという何とも言えないオチで終わった。

 

 

 

 

「で?」

「で、って何だよ」

「だから、女の園の話だよ。さぞかし良い思いしてんだろ? お前(一夏)のメール観てるだけでも楽園じゃねぇか。なにその天国(ヘヴン)招待券とかねぇの?」

 

 試合後、麦茶を飲んで休憩していると弾が切り出した。

 

「だから、実際聞くのと住むのとじゃ違うって言ってるだろ。周囲の視線を常に気にしなくちゃいけない辺りホント気の休まり様がないし話し相手も限られるし居心地悪いったらありゃしない」

 

 玲次としても同意見だった。

 元々性格が性格故男女分け隔てなく接する事が出来るので、一夏ほど消耗はしていないが、見えない所でじわじわと、確かに摩耗している。お陰で何もない日は図書室か研究所に入り浸っている事が気を休める貴重な場所となっている。

 

こいつ(玲次)は多分ウハウハでハーレム状態なんだろうが……」

 

「ちょっと待った一夏? おれを何だと思ってるの」

 

「篠ノ之玲次だろ」

 

「おうおう、言うじゃないか……」

 

 一夏が急に矛先を玲次に向け、玲次は抗議の声を上げた。弾も気になったか玲次に矛先を変えた。

 

「……篠ノ之、お前はどうなんだ」

 

「いやぁ、可愛い子一杯だし入れ食い天国だぜヒャーッハハハハハハハハッ! ……って、言うのは冗談として……うーん真面目な話、迂闊に手を出したら校内の派閥争いが酷い事になるしそこまでして手を出すなんてしたかないよ。女子と恋愛無しで付き合おうにも常にアンテナ張らなきゃいけないのは疲れるものよ。女子間の情報はほんと速いし多いし、生々しいし。聞いていて苦痛だよありゃ。でも聞いてなきゃこの先生きのこれないのがねぇ。下手こいたら社会的に殺されるよありゃ」

 

 単純に女子が多いやったー、だけで済まされないのがIS学園というものなのだ。加えて女尊男卑という状況下、立ち回り方を誤ればそれこそ社会的に殺されかねない。セシリアとの一件だって、下手すれば入学早々取り返しのつかない事になっていたであろう。

 IS学園に在籍せずに完全に宙ぶらりんな状態でいるよりはマシとはいえ、現実というものはそうそう玲次や一夏に安息の地をくれたりしないのだ。

 

「かーッ! 俺そう言う台詞一度は言ってみてぇなぁ……」

 

 弾は全然理解していなかったようだが。

 玲次は渇いた笑いを浮かべながらがっくりと項垂れた。当事者と第三者の壁は分厚い事だけを思い知らされた。

 

「つうかアレだ。鈴が転校してきてくれて助かったよ。話し相手がホントに少なかったし。玲次も居なかったら更に面倒な事になってそうだし」

 

 一夏が気の抜けた声色でぼやいていると、弾がニヤニヤに近い表情で聞いていた。

 

「何だよ、弾」

 

 そんな顔をされると一夏も気になる訳で若干不機嫌気に問う。

 

「ところで、お前鈴の事は――」

 

 弾が鈴音の話題に入ろうとした矢先。バン、とドアが乱暴に蹴り開けられる音によって遮られた。

 ビクリ、と玲次の肩は跳ね上がり、一夏と弾は特に驚く事無く出入り口の方を見ると、とても不機嫌気な少女が姿を見せた。

 

「さっきからずっとお昼出来たって言ってんじゃん……さっさと食べに――」

 

 何故か言葉が途中で途切れた。そして不機嫌気な少女の身体はフリーズしたロボットの如く微動だにしなくなった。

 

「あ、久しぶり。邪魔してる」

「どうも、お邪魔してます。篠ノ之という者です」

 

「あぁ、どうも篠ノ之さん。弾の妹の五反田蘭です……って一夏さんまで!?」

 

 入って来た少女の名前は五反田蘭。

 成程確かに兄妹だと玲次は思った。髪の色といい色々似ている所がある。玲次と箒の場合あまり似ていない所があるので少し新鮮に見えた。

 一夏と玲次を見た途端蘭が慌て始める。それもそうだ何せ彼女は相当ラフな格好をしており、長い髪をバンダナとクリップで纏めただけの状態。服装もショートパンツにタンクトップだけという、機動性重視の恰好だ。IS学園で見慣れた格好とは言え、あまりじろじろ見るものではない。

 

「いやっえっと、その……き、来てたんですか? 全寮制の学園に通っていると聞いていたんですけど」

 

「今日はちょっと外出。家の様子見に来たついでに寄ってみた。ほんとなら鈴も来る予定だったんだけど、急用で駄目だったみたいで。代わりに俺の友達連れて来たんだ」

 

「そ、そうですか……」

 

 蘭の一夏に対する態度を見る限り彼女もホの字かと思うと玲次の胃が痛くなって来た。一夏の鈍さは女子のそんな態度に幼少期から慣れ切ってしまったのだろう。贅沢な男である。

 

「蘭、お前なぁ、ノックくらいしろよ。恥知らずな女だと思わ――」

 

 ぎろり、と蘭の眼光が咎める弾を刺す。何となくこの家の人間関係というかパワーバランスが見えて来た気がして面白い。蛇に睨まれた蛙――あるいはダメージを受けたマリオの如く縮んでいく。

 

「なんで言わないのよ……それにまさか他の男の人まで居るなんて……! しかも篠ノ之って……篠ノ之博士の弟さんじゃないの!?」

「いや、言ってなかったか? そりゃ悪かった。聞かれなきゃ答えられねぇや。ハハハハハハ……」

 

 再び蘭はぎろり、と弾を鋭い眼光で貫く。死に体と化した弾を置いてそそくさと部屋を出て行き、部屋と廊下を隔てる壁に首から下を隠すように、ひょこっと顔だけ出した。

 

「あ、あの良かったらお二人もお昼どうぞ。まだ、ですよね?」

 

「あー、うん。いただくよ。ありがとう。玲次、お前もまだ昼飯食ってないだろ?」

「お、おう」

 

「……それではちょっと待っててください!」

 

 一夏の返答辺りで赤面し蘭は、ばたん、と音を立ててドアを閉めた。

 そしてとてとてと木製の床を走る音が遠くなっていく。

 

 音がしなくなった所で一夏はとても困り切った表情で口を開いた。

 

「――それにしてもアレだな。かれこれ3年近くの付き合いになるけど、まだ俺に心を開いてくれないのかねぇ……」

 

「「ひょっとしてそれはギャグで言ってるのか!?」」

 

 玲次と弾、考えがシンクロしたのか、台詞とタイミングまで被ってしまった。それを気にする程両者に余裕はない。二人とも自分の家族が一夏に惚れているという状況だ。しかも本人が言わずとも端から見てバレバレなのもまた同じ。

 

「ギャグな訳ないだろ。ほら、なんかよそよそしいしさ。てかお前ら直ぐ仲良くなったよな。あいつともそんな風になりたいんだがねぇ……」

 

 もうなっとるっちゅーの。――という玲次と弾の心の叫びも一夏には届く訳も無く、心の底でぐるぐるとのたうち回って自然消滅していく。

 

「――家族絡みで苦労しているのはおれだけじゃないようで……五反田氏」

「篠ノ之氏、お前もか……」

「うん姉がね……」

「友人が家族になる可能性なんて、考えたかァないな……」

「なろうがならなかろうが、おれはどっちでも良いけど、絶対妙な空気になるよねぇ……ま、当の本人が気づかなきゃそれ以前の問題だけどさ」

「ハハッ、違いねぇ」

 

 今後とも家族絡みで悩まされそうだ。そう思うと二人の気は重たくなる一方であった。

 

◆◆◆

 

 弾の部屋から出て一度裏口からでて再び表口に回って、引き戸を開ける。弾の話によると家の構造上そんな面倒な回り道をせざるを得ないようだ。

 食堂に入ると、今では珍しくなりつつある箱型テレビがワイドショーを流していた。客も疎らに黙々と昼飯を食べている姿が見られる。

 

 片隅のテーブルに玲次、一夏。向かいの席に弾と蘭で着く。既にテーブルには定食4人分が用意されており、野菜炒めの匂いが食欲をそそった。

 

「――そういや、蘭さぁ」

「は、はひっ」

 

 一夏が切り出すと蘭がしどろもどろになる。

 

「着替えたの? どっか出かけるのか?」

 

 一夏の指摘通り蘭の恰好はラフなものから一転して、髪をしゅるりと降ろし、ロングストレートの髪が照明を反射していた。服装も妙に息苦しい湿度の6月なので半袖のワンピース。裾からは白い脚が伸びている。僅かにフリルのついた黒いニーソックスと言い女の子女の子した格好に玲次は大体察した。

 

――あーこりゃ、対一夏用装備か。

 

 競争率は思いの外高いようだ。鈴音も箒も前途多難というべきか。

 まぁ、その問題の一夏が気付かなきゃまったくもって何の意味もないのだが。

 

「あぁ! デートか!」

 

 想像通りの反応に玲次も弾も呆れる気も湧かなかった。

 ムキになった蘭が反射的にテーブルを叩く。そら怒るわ、さもありなんと玲次は軽く肩を竦めた。

 

「違いますッ!!」

 

「ご――ごめん。無神経だった」

 

 蘭の迫真の訴えでにたじろぐ一夏。

 ハッと我に返った蘭が気を取り直して姿勢を改める。そして念押しするように一夏のデート発言を否定した。

 

「あ、いえ――兎に角違いますからっデートとかそんなんじゃありませんからっ」

 

 一夏が気付くのはいつになるのか、そして誰の想いに気付くのか。

 自身の家族が絡んでいる事もあって気になる所だ。しかし永遠に気付かない可能性が一瞬脳裏を過ったので玲次は考えるのをやめた。

 

 話が終わった所で弾が手を合わせ、玲次と一夏、蘭も続いて手を合わせた。

 

「「「「いただきます」」」」

 

 

 

 

 

 

 

「……ちょっとうますぎませんかね」

 

 ――と業火野菜炒めなる名物メニューを口にした玲次はボソリと感想を漏らした。

 一人暮らしの頃世話になった即席ラーメンやカロリーメイトの比ではない。そもそも比べる事自体が間違いだ。IS学園の食堂も悪くは無かったが、これは良い穴場を見つけたかもしれない事を思うと、こうして一夏の誘いに応じたのは大正解だったと胸を張って言える。

 立地的にはあまり何度も通える所ではないのが些か残念ではあるが。

 業火野菜炒めを作っていたであろう男性の姿がここから見える厨房で見える。筋骨隆々の男性であり、弾の話によると五反田食堂の大将らしい。

 

「でよう、一夏。鈴と、えーと、誰だっけ。件の篠ノ之の姉貴と再会したって?」

「あぁ、箒な」

 

「――ホウキ……? その人とはどんな関係で?」

 

 一夏と弾の会話に蘭が怪訝な表情で割って入る。

 

「ん? 幼馴染。でもまぁ、お前らと知り合う前に引っ越しててさ久々に会ったって訳だ。こいつ(玲次)は箒の双子の弟にあたる」

 

 一夏の説明に蘭の頬に冷や汗のようなものが伝う。明らかに焦っている様子だった。そして恐る恐る蘭は口を開いた。

 

「その、箒さんってどんな人なんですか?」

 

「カタイ、コワイ、ツヨイ、ミス・ブシドー」

「うん、大体あってるな」

 

 玲次の雑な説明に一夏はうんうんと頷く。恐らく蘭の脳裏には、仮面を付けた筋肉モリモリマッチョマンなゴリラめいた女がイメージされているであろうが、たちの悪い事に現実は蘭にも勝るとも劣らない美貌である。

 しかもIS学園に居るかいないかの差を考えると蘭には酷な話だがはっきり言って不利だ。

 だからこれ以上語るのは蘭に絶望を突き付けかねないので黙っておく。真実が常に人を幸福にするとは限らないのだから。

 

 

 場所は変わってIS学園の道場。仮面を付けた筋肉モリモリマッチョマンのゴリラのようなイメージを持たれた噂の女がくしゃみをした。

 

 

 

「そ、そうなんですか……」

 

 安心したのかホッと胸を撫で下ろす蘭の姿に玲次は複雑な気持ちになった。正直箒には悪いとは思っている。しかしこの恋する乙女に残酷な現実を突きつける程玲次とてサディストではない……多分。

 もしかしたら3年耐え切れば可能性が米粒レベルであるかも知れない。

 

 

 

「――決めました。私、IS学園を受験します」

 

 突然この人は何を言い出すのか。玲次と一夏、そして弾は蘭の宣言に目を丸くした。

 

「えっ、いや……そうは言っても筆記時点で倍率高いし、女性なら誰でもって訳じゃないんですよアレ。あとそもそもIS適性とか――」

「適性については大丈夫です!」

 

 玲次のツッコミに対して蘭は一切怯まなかった。それどころか自信満々な態度だ。前々から宣言する気だったのかポケットから何重にも折り畳まれた紙を取り出して弾に突きつける。

 弾は渋々その紙を開くとIS適性試験結果と書かれた文字列が姿を見せた。

 

「――マジかよ」

 

 内容を観て青ざめた弾が一夏と玲次に慌てて渡すと二人も驚愕の色に染まった。

 

「判定A……」

「まじでか……」

 

 前言撤回。

 もし一夏が1年間気付かないままであったら蘭にもチャンスがある。一気に可能性が上がったという事だ。ランクAとなるとSランクという規格外(ブリュンヒルデ級)を除外すれば実質最高ランクだ。

 その時、IS関連の人材発掘の一環として希望者への適性検査を政府主導で行っていた事を玲次はふと思い出した。

 弾はあれこれ文句を言っているが蘭は聞く耳を持たない。弾の文句によるとどうやら蘭の今通っている中学校(今は中学3年生のようだ)は大学までエスカレーター式でそれも他の学校には疎い玲次でも知っているレベルのネームバリューを持つ名門校だった。

 窮した弾が食べ終えた所で一夏のもとへと近寄ってから肩を掴んだ。

 

「――お前、すぐに彼女作れ! すぐにだッ!」

「あ? いや、なんで俺がお前に言われて彼女を――」

「これは指図でもなんでもない、切実な願いだッ!! 作ってくれ! 今年――今年じゃ遅い、今月中にだッ!」

「――無茶言うなァ!」

 

 玲次は弾に心底同情した。

 IS学園のネームバリューも相当ではあるが、今居る名門校を蹴ってまで行く所ではない。それに今IS学園が置かれている状況は――

 一夏は意を決して真剣な顔で蘭に向き直った。蘭は何を言うのか期待半分不安半分で耳を傾ける。そして重々しく口を開いた。

 

「ここ最近物騒だからなぁ。あの学園、防衛システムがあるとはいえテロの標的だし、この先何が起こるか分からない。まだ時間はあるんだからよく考えろよ。自分の命にも関わる事だから」

 

 男尊女卑の回帰を図るテロリストからすれば、悪の総本山とも言えるのだ。

 そして得体のしれない無人のISが襲い掛かって来る今を思えば、玲次も一夏もIS学園入学を蘭に勧めはしたくはなかった。折角名門校にいるというのに。あの無人機事件は既に部外者への吹聴は禁じられているのでどうにかして訴えたかったが、やんわりと言う以外一夏にはネタがなかった。

 

 

 その時――著名人のゴシップを下世話に取り上げていたワイドショーの上画面で突如、緊急速報のテロップが流れた。

 

『13時14分東京都A区のB銀行X支店周辺にて自律兵器が出現、一帯を占拠――』

 

「「!?」」

 

 報じたのはこの下町そう遠くはない場所だった。電車で行くならば2つ先の場所。ISならひとっ飛びで辿り着く。一夏はテレビに映っていた情報をしっかりと目に焼き付けてからこの五反田食堂から飛び出した。

 

「お、おい一夏!? 何処行くんだ!」

 

 弾の制止の声が一夏の耳に届く事は無かった。蘭は呆気に取られ、続いて玲次も立ち上がる。

 

「ちょっとあいつ追いかけて来る、すぐ戻るから! それとご馳走様でした! お代置いときます!」

 

 そう言い残して玲次は財布から引き抜いた1000円札を4枚机に置いて一夏を追い五反田食堂を飛び出した。お釣りを受け取る余裕はない。

 一夏が向かう先は考えるまでもなかった。




 当事者と第三者とじゃ感じる事も色々違うもの。

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