インフィニット・ストラトス~The Lost Rabbit~   作:ヌオー来訪者

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 セシリアがどうしてこのVR空間にいるのか。その理由を問うのは後だ。

 ラファール部隊は既に戦闘態勢に入っており、青いラファールがクロスボウを構えて照準を玲次とセシリアに向けていた。

 

「――ッ」

 

 咄嗟の反応で玲次はビルとビルの隙間に入り込んで、弾丸の雨を避ける。セシリアもスターライトMk―Ⅲで迎え撃ちながらビルの影に隠れて青いラファールの射撃をやり過ごした。

 連戦ではあるが玲次機の武器弾数やエネルギーは芝崎の手によって回復している。

 

 補給の必要が無く、消費カウンターをリセットすれば終わり。VRの強みと言うものをひしひしと感じる。

 ――成程便利な教材だ。

 ゲームで使われるようになれば面白い事であろう。それはいつになるのかは分からないのだけれども。

 

「流石に3世代級が2機居ても数の暴力はきっついな……あまり欲張らず各個撃破で楽にして行こう」

 

「ブルーティアーズならば纏めて倒す事も可能ですわ。このままじっくりとやるのは些かジリ貧にされていくというもの」

 

「いやぁ、欲張るのは危なくない? ――ってうぉ!?」

 

 作戦会議中水を差すが如く、足元にコロコロとパイナップル状の金属が転がって来て、玲次は全身から血の気が引くような感覚を覚えた。――手榴弾だ!

 慌てて手榴弾から離れようと、跳び退く。爆風に流されつつ表に出ると前後に2機のラファールが得物を携えて待ち構えていた。

 赤と青だ。

 

 赤は鞭型の武器を、青はクロスボウ型のライフルを持っている。

 赤い奴は鞭型の武器を玲次の右手に巻き付け、青はクロスボウの照準を玲次に向けた。

 

「やっば!」

 

 腰部装甲から飛び出した迅雷の柄を、玲次は引き抜こうと手を伸ばす。しかしこうしている内に青がトリガーを引こうとしている。

 

 間に合わない。

 

 被弾を覚悟したその時、一筋の閃光が青の背中に刺さった。レーザーだ。赤、青両者は次の被弾を避けるために回避に入る。青の攻撃の止まった事をチャンスだと判断した玲次は赤を巻き付けられた右手の鞭を利用して逆に引き寄せ、カウンター気味に迅雷を閃かせた。

 

 一撃。

 通り抜けざまに打ち込んだ一発は直撃と言うべき手応えを感じ、すぐさま踵を返してもう一閃放とうと試みた。

 が、

 

 空から何か黄色い物体が玲次の頭上目掛けて落ちて来た。黄色いラファールだ。

 追撃に利用しようとした右腕に巻き付いた鞭もいつの間にか解けていて腕にはもうない。黄色いラファールは柄の長いハンマーを持っていた。カラーリング通りパワー担当らしい。

 

 慌ててバックステップするも、黄が振り下ろしたハンマーの衝撃波が玲次を吹っ飛ばした。玲次の身体が宙を舞い、空中で無理矢理体勢を立て直して着地、並び立つ黄と赤を一瞥した。

 

「まったく、やってくれるね……あの手榴弾投げて来たのが桃で、緑はもしかしてブーメランか?」

 

 元ネタが元ネタならばそうなるだろう。

 当のセシリアは玲次の言っている事が分からず混乱しながらも青と撃ちあっていた。ジグザグに後退しつつスターライトMk-Ⅲの引き金を引き続けるセシリアとそれを追ってクロスボウの引き金を引く青。性能面ではセシリア側に分がある、しかし技量と言う観点では無駄のない人工知能が操るラファールの方が上であった。それでいて連携力はあちらの方が上なのだ。

 セシリアが単騎で始末しようとしており、玲次は味方を利用して倒そうと考えている。この思考の差異は状況によっては危機を招きかねない。

 

「――ッ」

 

 待ち伏せしていた緑色のラファールが、ビルの陰から飛び出して、後退するセシリアの横からブーメラン状のブレードを投げつける。

 

「あぁぅッ!?」

 

 確かにセシリアのBT兵器は1対多でも通用する、そういう風に出来ているのだ。しかし、展開する隙が与えられなければそれどころでは無くなってしまう。その上、BT兵器展開中は本体の身動きが取れなくなってしまう弱点があるのだ。

 現状、この事もあってBT兵器の展開どころでは無くなっていた。

 ブーメランブレードの直撃を喰らい、セシリア機がバランスが崩し慣性のままに道路の上を転げ落ちた。

 

 セシリアのアシストに向かおうとするも後ろ上空から桃色のラファールが玲次の真上を飛び二丁のグレネードランチャーを構えていた。

 

「ちょっとちょっと! シミュレーターの癖に殺意高いよ君たち!?」

 

 何時の間にか眼前にいた他のラファール達はどこかに逃げていた。この歩道上に居るのは玲次とセシリアだけだ。つまり――サッと全身から血の気が引いて行くのを感じた。同時に身の毛もよだつような感覚が襲う。奴は諸共グレネードで吹き飛ばす気だ。

 瞬時加速をセットし、玲次はセシリアに向かって走り出す。

 

 瞬時加速発動にはチャージから発動までにタイムラグが発生する。しかし、敵はこちらの事情なんて考えてはくれないのだ。着実にこちらへと迫ってグレネードと鉛弾の雨を降らせてくる

 それから逃げるように――いや、実際に逃げているが――走り、瞬時加速の発動までの時間を稼いだ。

 

 しかし距離は着実に詰められている。爆風と熱風が綯い交ぜになった何かが背中に当たり始める。通常形態ならばもう少し早く動けるハズなのだが、今の黒鉄がプランGなのでやや動作が重いのだ。それが玲次を焦らせる。

 

 数秒間の時間を要してようやっと瞬時加速でスラスターが点火し玲次の背中を力強く押した。

 セシリア目掛けて瞬時加速で突っ込んでくる玲次とそれを追う桃色の爆弾魔(ボンバーマン)。あまりにも強烈な光景にセシリアの表情が恐怖に染まった。

 何をする気だと無言で訴えかけるセシリアの疑問は直ぐに払拭された。

 

「オルコットさん! そこを動かないで! おれが運ぶ!」

 

「えぇッ⁉︎」

 

 ヤケクソ気味に瞬時加速の勢いのままセシリアを抱えて瞬時加速の効力が切れるまで飛び続けた。効力が切れた所で着地し、大きく溜息を吐く。

 これで体勢を立て直して仕切り直せるはずだ。

 

 ハイパーセンサーを索敵モードに切り替える。敵はフォーメーションを組み直しているのか桃を中心に集まってきている。

 

「……いい加減降ろしていただけませんか? それに一体何処触ってるんですか!」

 

「ん? ……あぁ!? ちょっ、ごめんすんません!」

 

 抱えられ続けていたセシリアが痺れを切らし、不満を口にすると玲次はハッと気づいて手元を見る。セシリアを抱えていた装甲に覆われた手はどう見てもセシリアの豊満な胸を触っている状態だ。元々黒鉄自体細身の機体で他のISより手が細めなので覆っているようには見えないのだ。それに気が付いたところで玲次は「しまった」と言わんばかりの表情で慌てて降ろし、謝り倒した。ISの装甲に覆われていたので胸を触っていた事など分からなかった。

 素手じゃなかった勿体ないと、一瞬邪念めいたナニカが過ぎるのは悲しいかな野郎の性か。蜂の巣にされるのは目に見えているので当然口にしないし顔にも出さない。それに関係を悪化させてまで自ら触りに行く程玲次は馬鹿ではない。

 

「まったく……」

 

 セシリアが明らかに怒ってますよと言わんばかりにギロリと玲次を睨み、玲次は両手を上げて無実を訴える。

 

「事故です」

 

「本当でしょうね?」

 

 威圧込みの質問をしたのち、問い詰めてももうしょうがないと悟ったか、セシリアは大きく咳払いした。

 

「コホン! ……まぁ、お陰で助かったのは事実。その点だけは感謝しますわ。それに話は――」

 

「アレをなんとかしてから、か」

 

 セシリアがビットを展開させる。恐らくアウトレンジからビットによる射撃で撃破していく腹積もりなのだろう。玲次は遠雷を展開し、発射用意に入った。

 

「さぁ――お行きなさいッブルー・ティアーズッ!!」

 

「ターゲット・ロック」

 

 4基のビットが主の下を離れ、近くで遠雷を構えていた玲次はスコープに映る世界の中心でハンマーを持った黄に狙いを付けていた。

 黄は距離が空いている内に決着を付けたい。それ以外は接近戦でもなんとかなるがあの黄だけは接近前に始末を付けなければあのハンマーでぶん殴られかねない。

 

 引き金に指を掛け、狙撃のチャンスを伺う。

 チャンスは有限、今この瞬間を最後と思え。

 

 そう、己に言い聞かせながら狙いを取りそして――引き金を確かめるように力強く引いた。

 

 銃口の先端が爆ぜ、そして弾丸が一直線に標的目掛けて飛んでいく。流れる風を斬り裂き、先行したビットも追い越していく。

 黄が避ける前に阻むシールドバリアに深々を突き刺さった。弾の衝撃で黄色いISが怯み、ビットが隙ありと4基とも群がって一斉にレーザーを放つ――が、その前に他4機のISがセシリアのビットを追い払った。

 

「……くっ」

 

 歯噛みするセシリアに、玲次は唸る。

 次の一発が命中するとは限らないのだ。遠雷の直撃を貰ったのを皮切りに5機の動きが警戒態勢に入って遠距離射撃を警戒し始め、ビルや建造物を盾にし始めた。

 

 4基のBT兵器たちは道路上で、不意打ちに備えるように動き回っている。

 

「……まずはあの黄色いのを倒そう。大分弱っているだろうし。こっちもうまく連携しないと相手は倒せない」

 

「仕方ありませんわね。どう戦うおつもりで?」

 

セシリアは不本意ながらも玲次の提案に耳を傾けた。

 

「理想としては距離を保ったまま奴を倒したい。なんせあのタイプは接近戦やるとパワー差の暴力でペシャンコにされかねないし」

 

「では、ビットを御伴させますわ」

 

「あー、それなんだけど……半分は敵を散らしてもう半分は黄色い奴を仕留める事に役割分担出来ない?」

 

 連携を可能な限り封じて、こちらに有利な状況に運んでいく。

 敵の数が減れば減るほどこちらが有利になるのは誰だって分かる事だ。問題はその解に行き着く過程をいかにして作って行くか、と言う事に尽きる。

 

 セシリアはビットの操作がしやすいように空高く上昇し、ハイパーセンサーを索敵モードに切り替えた状態で天から地を見下ろすように状況を確認する。

 

 黄色いラファールは迂回してこちらに近付いていた。

 玲次は事前にリロードさせた遠雷をいつでも撃てるようにスタンバイさせてから黄の前に飛び出す。すると黄を庇うように青が立ちはだかり、クロスボウの銃口を玲次に向けた。

 

「うっ」

 

 咄嗟に上半身を逸らす事で弾丸を回避するがこのままでは照準前に黄に詰め寄られてハンマーで殴り飛ばされる事請け合いだ。しかしこちらには強力なバックアップがいる。

 青の照準を2基のビットが放つレーザーで妨害しダメージも確実に与えていく。

 

 玲次は遠雷を構え、黄に狙いを付ける。

 落ち着け、動きは鈍重だ。黄が横道に逃げて建造物を盾にしようとしているがそうはいかない。先に撃ち貫く。

 

 引き金を引き、遠雷が火を噴いた。

 

「くっ――外したッ」

 

 玲次は派手に舌打ちした。遠雷の弾丸は標的を失い虚しく街の果てへと消えて行き、黄はビルの陰に再び隠れた。

 嘲笑うように青が上空からクロスボウで玲次を狙い撃つ。

 

「こいつも中々邪魔だな……!」

 

 2基のビットが射撃で青いラファールにダメージを着実に与えている事もあって、幸いクロスボウが命中する事は無かったが、厄介な事には変わりがない。

 遠雷のリロードを開始し、片手を青目掛けて突き出し、アンカーを飛ばした。

 

 アンカーで片脚と捕縛し、玲次はそれを引っ張り付近のオフィスビル目掛けて派手に叩きつける。3階ほどの高さで窓ガラスをぶち破り、ガラス片がバラバラと音を立てて道路に落ちて来る。そして玲次はオフィスビルに叩き付けられた青にリロード完了した遠雷を構え、ビットと共に一斉射撃を放った。

 

 2筋のレーザーと強烈な実弾を一斉に叩き込まれた青が無事でいられる訳が無く――

 

 青は完全に沈黙して、オフィスビルのフロア奥の壁に磔になったままぐったりとしていた。

 

「1機!」

 

 玲次が叫ぶ。黄色いラファールを探していると、突然ビルから飛び出して来た黄がハンマーで玲次を殴り飛ばした。

 

「っだァッ!?」

 

 きりもみしながら墜落し、黄が追撃を掛けるがセシリア操るビットがそれを許さない。行先をレーザーで阻み、玲次が立ち上がる隙を作る。

 

「全弾――持ってけッ!」

 

 セシリアの目論見通り立ち上がった所で、マイクロミサイルを展開しありったけ発射し、全弾黄色いラファールに叩き込んだ。

 耳をつんざく爆発音と共に爆煙が黄を中心に巻き起こる。しばらくすると物言わぬ鉄人形と化して道路に落ちた。

 

「2機!」

 

 残るは赤、緑、桃だけだ。

 少し離れた場所から爆発音が聞こえて来た。

 

 残り3機がセシリアを狙っていると察した玲次は直ぐに引き返した。それを証拠に今まで助けてくれた2基のビットは先ほどまでの機動が嘘のように空中で静止していた。

 間もなくして爆発音のした場所へと向かうと、本来居た場所のから墜落したのか道路上でセシリアが苦虫を噛み潰したような表情で、3機を睨みつけていた。

 

 BT兵器は発動中身動きが取れないという欠陥を抱えていた。その隙を突かれていたのだろう。

 

 緑色のラファールが両手に持った2本のブーメランブレードをセシリアに投げつけ、それを最低限の動きで回避する。続けて赤が追い打ちに鞭を振るう。

 そこで玲次がセシリアの前に出て、迅雷で切り払った。

 

 

 桃色のラファールが上空から再び爆撃をかけようとしていた。先に気付いていたセシリアがスターライトMk-Ⅲの銃口を上空の桃に向けていた。

 つまり赤と緑をやれと言う事か。

 

 このままではセシリアは緑と赤の攻撃を受けて狙撃が出来なくなる。そのために玲次が赤と緑の妨害を掛ける。

 

 緑が回収したブーメランブレードで斬りかかり、玲次は遠雷を投げ捨て、2本の迅雷で対抗に入った。パワーあらば黒鉄の方が上だ。じりじりと玲次が押していたが、敵はなにも緑色だけではない。赤色もだ。

 横から赤が鞭を振るい玲次の左腕を縛り付け、引っ張る。

 

 あらぬ方向に力が加わった事で、パワー差は逆転した。緑が左手の迅雷を弾き飛ばし、玲次の片腕が留守になった事をいいことに斬撃を浴びせた。

 

「チィッ!」

 

 反撃に膝の仕込み刃を膝蹴りの要領で打ち込む。しかし直ぐに左腕に巻き付けられた鞭によって引っ張られて膝蹴りのダメージは浅く終わった。

 黒鉄のシールドエネルギー残量68% 先程のハンマーが相当痛かったようだ。

 鞭の高周波振動で巻き付けられている間にもごりごりとシールドエネルギーが奪われて行く。

 

 だが、玲次は何故かにやりと笑った。

 

「使い時かな――これがッ!」

 

 左腕から紫電が奔り、鞭の上を奔る。そしてそのまま赤に伝播して、ガクガクとバグを起こした機械のような挙動を始めた。

 

 

 

 

 一方でセシリアは桃が上空から投げつける手榴弾を前に上昇しつつスターライトMk-Ⅲで放つレーザーで手榴弾を着地前に撃ち貫き、破壊していた。桃は爆発物のエキスパートだ。しかし、空戦に持ち込めばこちらのものだ。

 

「残念でしたわね。ここで堕ちて貰いますわ!」

 

 セシリアが同じ高度まで上がった所で桃が慌ててグレネードランチャー2丁に切り替えて、発砲を掛ける。しかしそれでも全てセシリアが迎撃、グレネードがセシリアの身に届く事は無かった。

 更に貫通したレーザーが桃の装甲を削って行く。

 

 右脚、右手、左脚、左腕。

 

 順に撃ち貫き、グレネードも狙撃によって破壊された桃は敢え無く地上に向かって墜落爆発四散した。

 

「3機目ですわ!」

 

 間髪入れずに別の敵機に視線を移すと、赤が玲次に紫電を流されて機能不全を引き起こしていた。緑色のラファールがブーメランブレードで玲次に背後から斬りかかる。

 邪魔はさせない。これで2対2。性能面ではこちらの方が上――勝ちは確定したも同然だが、油断はしない。

 

 緑を狙撃し玲次からセシリアへと注意を逸らし、その間に玲次は自分を拘束している赤に肉迫して抉るように迅雷を深々と突き立てた。そして一度突き立てた迅雷を引いてから、膝の仕込み刃も膝蹴りの要領で叩き込み、逆手持ちに切り替えて両手で持った迅雷を振り下ろした。

 

 血飛沫代わりの火花が夥しい量で散り、赤も抵抗をしようとするが、玲次は冷静だった。

 

「――ブーストッ」

 

 瞬時加速で押し出し、ガラスをぶち抜き、ビルに突っ込んでコンクリート製の壁にめり込ませた。

 

「4機――最後はッ」

 

 完全な沈黙を確認してから玲次はビルから外に出て、緑を探す――既に上空で緑とセシリアが戦闘を繰り広げていた。

 緑色のラファールが一本だけブーメランブレードを投げつけ、セシリアがそれを回避――している隙に緑色のラファールが接近を仕掛ける。

 

「――インターセプターッ!!」

 

 咄嗟に近接武器の名前を叫ぶも、展開に手間取って斬撃を叩き込まれて、戻って来たブーメランブレードがセシリアの背後に直撃した。

 

「うぅッ――このッ」

 

 遅れて展開したインターセプターを一閃させる。次に反撃を受けぬよう後退してスターライトMk-Ⅲで引き撃ちしつつ、ブーメランブレードの投擲を受けないように緑を中心点とした円を描くように動きつつ行動不能になるまで撃ち続ける。

 

「これで5機……」

 

 シールドエネルギーがゼロになり墜落を始めた緑を見下ろしながら、セシリアは確かめるように呟いたのち、着陸して大きく溜息を吐いた。

 

「はぁ……これで全部、ですわね?」

 

 玲次も戦闘終了を確認した後、迅雷を納刀し、肩の力を抜いた。安心感と虚脱感が同時に雪崩の如く押し寄せて来る。偽りの空間であるとはいえ、感じた緊迫感は紛れもなく本物だ。

 

【状況終了:勝利条件達成】

『二人とも流石ね。もうちょっと手こずると思ってたけど。そろそろ疲れて来てるだろうし解除するわ……』

 

 芝崎の合図と共に精密に作り上げられた空間が細かいブロック型データへと分解されてゆき、消滅していく。

 セシリアは色んな感情が綯い交ぜになったような顔持ちで消滅していく仮想世界の消滅を見届けた。

 

 

◆◆◆

 

 本日のVRによる模擬戦はここで終了となった。

 芝崎によるとエネミーデータの調整はまだ完全ではなく、作成者の趣味も前面に出ていたと語っていた。あのゴレンジャー擬きもどうやらエネミーデータ製作者の趣味によるものらしい。

 

 

 施設から出た所で玲次はふと空を見上げた。

 VRで見た空とこの空にどんな違いがあるのか、分からなくなりそうだった。

 どれが本物でどれがVRなのか。限りなく現実へと近づき過ぎた仮想世界なんてそれは最早本物と差異はないんじゃないのか。

 

 一瞬そんな危ない思考が脳裏をかすめた。

 

 ゲームと現実には隔たりがある。例えばテレビやゲーム機という隔たりだ。

 それは正常な人間であればだれでも分かる事。しかし精密に近づき過ぎた場合は、その隔たりが薄くなるのではないか。

 しかし隔たりが薄いサバゲーはどうなるのか。やっている人間皆がゲーム外の人間を撃つ行為に出るかと言われたらそれはNOだ。実際何度か友人の付き合いでサバゲーをやった事はあるがそのONとOFFの切り替えぐらいは出来る。なら大丈夫なのか。

 

――こんな事を考えるおれが馬鹿なだけか。あーバカバカしい、やめだやめだ!

 

「……ちょっと聞いていまして、篠ノ之さん?」

 

「ん?」

 

 知らない内に思考にふけっていて、外の声をシャットアウトしていたようだ。我に返った玲次は声をかけてきていたセシリアの方を向いた。

 

「どした?」

 

「心そこにあらずといった顔をしていましたが……大丈夫ですか?」

 

 怪訝な表情で玲次に問うと、玲次は首を横に振った。

 

「いや、VR凄いもんだったなってさ」

 

「そうですわね……現実と差異を殆ど無く再現できるのは驚くべき事ですわ」

 

「……そう言えば何であそこに?」

 

 ラファール戦隊と戦い始めた時に訊きそびれた事をふと思い出して訊いてみる。

 

「前々からそう言ったお誘いがあったのですわ。代表候補生の意見が聞きたい、と」

 

「成程、本命はそっちってことか」

 

「?」

 

「いや、こっちの話」

 

 セシリアの話を聞くに玲次がVRシミュレーターに誘われたのは恐らく序でであったのだろう。タイミングとしては非常に丁度良い話だったし、ついででも充分にありがたい事だったのでこれ以上あれこれ言う事はないが。

 勝手に自己解決されてセシリアは不思議そうな顔をしていた。

 

「……ってそれはそうと、話を戻しますわ。まったくこんな事二度も言わせるなど……」

 

 先ほどのきょとんとした表情から一転し若干し、何故か玲次から目を逸らした。

 

「わたくしの胸に軽率に触れた事に関しては偽りの空間でしたし不問としますわ。ですが2度はありませんわよ?」

 

「上手く拾えなかったおれの責任だしね……改めて、すみませんでした」

 

 反省している。無論、後悔もしている。セシリアが気分を害しただけだ。ようやっと多少打ち解けて来たのにここで印象が初対面以下になるなんて後味が悪いではないか。

 

「これでも――貴方の腕は悪くはないと思っています。貴方のサポートもあって勝ちに持ち込めたのは紛れもない事実ですわ。そして今回撃墜数では貴方の方が多かった……次こそは――負けませんわ」

 

 彼女の負けず嫌いな気質が垣間見えた気がした。

 それと同時に高飛車な雰囲気からどこか厳かな気迫のようなものもひしひしと伝わって来る。先ほどまで事故についてキレていたのが嘘のようだ。

 今度は負けるかも知れないというおそれめいたものも湧いてくる。しかし、別に負けて何かしらペナルティがある訳ではない後腐れない果し合いならば望むところだ。

 

「おれだってそう簡単に負けてやるタイプじゃぁないよ」

 

「それでいいですわ。手を抜かれて勝った所で価値などありませんもの」

 

 両者が睨み合い、間で火花が散り始めた所で腹が鳴った。それも一人ではない二人ともからだ。恥ずかしながらほぼ同じタイミングだった。セシリアは赤面して「こほん」と咳払いし、玲次は顔色一つ変えず

 

「そろそろ夕飯の時間だし食堂行きますかね……」

 

「ですわね……」

 

 今日は妙に体力を使ったような気がする。二人はとぼとぼと食堂へ赴いた。




 キャラが勝手に動くとはこういう事なのかと痛感するこの頃。

 連携に関しては黄色いラファールにぶん殴られて半ばご破算になった辺りまだまだという事ですね……

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