インフィニット・ストラトス~The Lost Rabbit~   作:ヌオー来訪者

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18  ふたりとひとり

 突然の闖入者に教師陣も当惑していた。

 ピットの監視ブロックにて、今までリアルタイムモニターで試合の状況を見ていた山田先生は、慌てて他教師陣に連絡するものの、どの教師も想定外の展開に対応が後手に回りきっている。

 

 この学園を襲った所属不明のIS2機は学園にあるモノではないのは間違いない。玲次をはじめとした専用機持ちを数名抱えているが、いずれも該当する形状を持ったISは居なかった。そして学園内に併設された研究施設も『覚えがない』と言っている。ISコアも移動した形跡も無くアリバイは十二分にある。

 

 

 山田先生は襲われている3名が逃げられるようにゲートの解放操作を試みた。――しかし

 

『ロック、解除出来ません』

 

「そんな……!」

 

 ならばアリーナのバリアを解除すれば良いと、ふと考え付く。しかし避難する生徒たちの姿が見えてそれは出来なかった。そんな事をすれば悪戯に被害を増やすだけ。

 流れ弾が無防備の生徒に直撃でもすれば死を免れない。

 

「更に――流れ弾を防ぐために発動された遮断シールドのレベルが緊急事態に備えて用意された出力レベル4に強制設定されている。試合するだけならレベル3以下で充分なのにも関わらず、そして悉くロックされたゲート……外部からの不正操作(クラッキング)である事には違いあるまい」

 

 付け足すように千冬が状況を説明し、置かれた状況があまりにも絶望的だという事を再認識させられた。

 ゲートも流れ弾による被弾を想定していてそう簡単に破壊出来ない。

 

 3人は今、脱出不可能な空間に閉じ込められてしまっている。

「山田先生、管制棟に連絡は取ったか」

 

「今問い合わせます………………返答来ました。そちらの操作も受け付けないと――」

 

「チッ、用意周到と言う事か……」

 

 千冬は苦虫を100匹丸ごと噛み潰したような顔で画面に映った2機の敵機を睨みつけた。

 3人が居るフィールドに部隊を突入させるには相応の時間と、ゲートをぶち抜くか開くための用意が必要だ。それまでに3人が持ちこたえられている可能性は限りなくゼロに近い。

 

「救援も向かえない――そう言う事なのですか」

 

 一連の会話をしっかりと聞いていたセシリアが悔し気に言う。彼女もクラスメートがどこの馬の骨とも分からないISにやられて行くのを看過出来なかった。

 

「なに、ゲートの解除か遮断シールドの解除さえ出来ればすぐに突入部隊を仕向けるさ」

 

「でしたら是非ともわたくしをその部隊に!」

 

「駄目だ」

 

「何故――」

 

 セシリアが解せないと訴えかけるが、千冬は畳みかけるように続けた。

 

「では、対ISの連携訓練はしたか? その時のお前の役割(ロール)は何だ? ビットをどのように扱う? フレンドリーファイアしない確信は? 味方の機体構成は把握しているか?」

 

 答えられる訳が無い。これまで主に相手にしてきたものは自律兵器と1対1のISによる戦闘のみ。このような敵味方入り混じった乱戦を行った経験はあまりない。

 そしてフレンドリーファイアと言う単語で、ヴァンパイアとの戦闘で玲次にレーザーを当ててしまった失態を思い出す。

 

「そ、それは……」

 

「行けない事を気に病む事は無い。経験はこれから積んで行けば良いだけの事だ。今は大人たちに任せて待ってくれ」

 

「わかりました……」

 

 ここまで言われては引き下がるしか無かった。

 今はクラスメートの無事をただただ祈るしかない。そんなセシリアの心境を表すかのように爪が掌に深く食い込んでいた。

 

 

 

 

「一夏、玲次……」

 

 箒はモニターを見ながら幼馴染と家族が命の危機に晒されている事を改めて思い知らされていた。話だけならば何度も聞いている。ただ、こうして自分の目で確かめた事は初めてだ。試合では無い純然たる殺し合い。負ければ死だけが待っている。

 

 紅い2本の刀を持ったISと戦う一夏と、黒い異形のISと戦う玲次。

 

 誰も助けに行けない極限の状況下、生き延びようと必死に戦っている。紅いISは2本の刀を振るい、有無も言わせぬ連撃で一夏を攻め立て、黒いISは見ているだけでも強力だと分かるビーム砲で玲次を近付けない。

 玲次と一夏が遠い所へ行ってしまっているように思えた。

 

 物理的距離は大してない。話す事だって出来る。

 それでも何処か隔たりのようなものが確かに存在しているのだ。それは、力を持つ者と、持たざる者の――

 

『うわっ!?』

 

 圧倒的に剣捌きが上の紅いISに蹴り飛ばされた一夏が落ちていく。その姿を見て耐え切れず箒は出口に向かって駆け出した。行先は中継室だ。

 

 

 ◆◆◆

 

 ――最悪だ。

 

 玲次は舌打ちした。

 アリーナの状況は既に山田先生が通信で教えてくれた。逃げられない上に、助けも来ない。

 天を覆う光の壁と、堅牢なゲートと分厚いフェンスが逃げ道を塞ぎ、このフィールドは最早牢獄と化している。

 

 鈴音と一夏は既に紅いISと交戦を開始している。これで敵戦力は2分されて格段に戦いやすくなったが、一夏と鈴音を戦闘に巻き込んだのは手落ちでしかない。

 本来なら()()()()()()()2()()()()()()()()()()()

 

 迅雷を左手に逆手持ちで、右手に時雨を持つ。近接、中距離同時に対応出来るのでこれが基本スタイルとなっている。

 

 黒いISが両腕を上げる。見るだけでも分かる。射撃の体勢だ。

 あのISはビーム砲を4門装備している。両腕だけじゃない、両肩にも1門ずつ装備している。更には巨大な両腕そのものを武器とした格闘戦も得意なパワーファイターだ。

 

 実際フィールドに吹っ飛んだのはあの黒いISのパンチの所為だ。……あれは痛かった。

 パンチが入った自身の腹が今でもズキズキと痛む。

 

「先ずはゴリラ君から――」

 

 負けるわけにはいかない。自分がこいつに倒されたら鈴音と一夏が生存する可能性が一気に落ちる。ただでさえ両者は試合で疲弊しているというのに負担を増やせばどうなるか分からない玲次ではない。

 

「黙らせるッ!」

 

 手始めにの黒いISから倒す。

 状況の説明時、教員たちの救援まで待てと言われたが、いつ来るかと山田先生に質問したら黙り込んでしまった。

 ……いつ助けに入れるか分からない。それが答えなのだろう。

 

 ならいつ助けに来るか分からないままジリ貧にされるより勝ちに行く方が確実だ。アリーナは言う程広くはないし逃げ回ってもいずれ捕まるだけなのだから。

 

 

◆◆◆

 

 

「模擬戦用のリミットは切るわよ」

 

「えっ」

 

 驚く一夏に鈴音が溜息を吐く。

 

「当たり前でしょ。相手は明らかに殺しに来てる。リミッターは付いてない殺傷設定よ。下手したらあたしたち、パワー差で殺されるわよ」

 

 一夏にはあのISには人間が居るのではないかと言う疑念があった。あの高速道路上で襲撃してきた女とは違って分からない事が多過ぎる。

 

「ISを持ち込み、問答無用の武力行使。どんな理由があったとしてもただのテロリストでしかないわよ。仮にうっかり殺したとしても正当防衛も成り立つ」

 

 リミッター解除は気が進まなかった。あの女なら怒りのまま容赦無く斬り伏せてしまいたかった衝動に駆られただろうが、このIS乗りが何を企んでいるのかさっぱり分からない以上、殺してしまうと何か取り返しのつかない事になるんじゃないかという恐れめいたものもあった。

 

 同じテロリストであるあの女との違いはまだ誰も手にかけていない事に尽きるであろう。その違いが一夏を躊躇わせる。

 しかしこのままでは自分も鈴音も殺されるという危機感も確かにあった。何より現に玲次が危険な目に遭っている。それに他の生徒が危険な目に遭わない保証はどこにもないではないか。

 

「……教員からの許可は」

 

「要らない。そりゃ勝手に切ったら始末書出せとは言われそうだけど、情状酌量の余地くらいはくれるでしょ」

 

「情状酌量って犯罪者みたいだな……」

 

「ここで間抜けに殺されるよりずっとマシよ」

 

 ばっさり切り捨てる鈴音だが、一夏としてもこのまま殺されたくはなかった。

 

「……あたしも奴が何を企んでるのか色々知りたいから殺さない程度にはやるわ」

 

 その付け加えられた一言が一夏の迷いを断ち切らせた。

 

「あぁ……!」

 

 

 

 

 が、リミッターを切ってもパワーは紅いISの方が上を行っていた。スピードも、技量も何もかもが一夏や鈴音の上を行く。

 

「はぁッ!!」

 

 紅いISの動きを一夏が鍔迫り合いに持ち込む事で止め、上から鈴音が双天牙月を振り下ろす。

 が、咄嗟に一夏から離れる事で回避。鍔迫り合いの相手を急に失い、勢い余って前のめりになった一夏は勢いよく落下して来た鈴音と衝突。2名とも地上へ墜落した。

 

「痛たたたた……あんた何やってるのよ!」

 

「鈴がぶつかって来たからだろ!」

 

 口喧嘩しながらも二人は立ち上がった。既にリミッターを切って10分程経つ。白式のシールドエネルギー残量は30%を切っている。鈴音の甲龍も紅いISに軽くいなされ60%台だ。

 

「しっかしたった刀2本で何なのよあの紅いの……衝撃砲もまるで当たんないし」

 

 たった2本だけの何の変哲も無い刀でここまで鈴音と一夏を一蹴してしまうとは。搭乗者は只者じゃない。

 一夏はあれと、黒いISをまとめて相対してしれっと生き延びられている玲次が少し恐ろしく思えた。

 

「一夏、アンタもう下がってなさい。あとはあたしがこいつを抑える。こっちはまだシールドエネルギーが残ってるから」

 

 鈴音が一夏の前に出る。

 彼女の言う通り残量は鈴音の方が残量が2倍近くある。だからと言って――

 

「馬鹿を言うな。幼馴染を放っておけるかよ」

 

 一夏がそれに納得する訳が無かった。誰かを守ろうと戦う事を、強くなる事を択んだのに大事な幼馴染を見捨てるなど本末転倒以外何でもない。

 

「アンタねぇ……」

 

「俺は戦う。そして、お前も、玲次も皆を――護る」

 

 この瞬間、鈴音がある感覚を覚えた。

 ときめき? 違う。尊敬? 違う。

 

 恋心とかそのような甘美なものでは決して無い。

 

 ……恐怖。

 否定された感情は少なからず鈴音の心に浮かび上がりはした。けれどもそれは恐怖と不安に押し流された。

 

 その時、鈴音は一夏という幼馴染に生まれて初めて恐怖を覚えた。

 ハイパーセンサーから見える背後の一夏の鬼気迫る表情。何かに焦っているようにも見える。

 

「何がアンタを駆り立ててるのかは知らないけど、死んだら何も護れないわよ」

 

「分かっている」

 

 分かっている、そう言っているのに一夏は再び鈴音の前に立つ。分かっているなら下がるはずなのに。

 もう何言っても一夏を止める事は出来ない、そんな確信が鈴音の中に出来ていた。

 

「ったく仕方ないわね。最後まで付き合うわよ。トーシロのアンタ一人じゃ命が幾つあっても足りなさそうだし」

 

 いずれにせよいつ増援が来るかすら全く分からない現状、勝ちに行くしかないのだろう。逃げているだけだといつ玲次がやられてしまうかは分からない。

 あまり話した事はないが、玲次にも死なれては目覚めが悪い。それに彼が死んだら一夏はきっと悲しむに違いない。一夏が悲しむ顔など鈴音も見たくなかった。

 

 鈴音は双天牙月を、一夏は雪片弐型を構え直して切っ先を紅いISへと向ける。

 紅いISは二人の出方を窺っているのか、ゆっくりとにじり寄っていた。

 

「じゃ――仕掛けるわよ」

 

「あぁ!」

 

 龍咆の発砲準備に、2つの球形の非固定浮遊部位がガチャガチャと音を立てて開かれ、発射装置が露わになる。

 恐らく龍咆は避けられてしまうのは目に見えている。それでもけん制にはなるはず。

 

 2つの球形の非固定浮遊部位圧縮された空間から衝撃が紅いIS目掛けて放たれると同時に一夏も、機体を走らせた。

 

 龍咆の制度はそこまで高くはない。相手の練度を考えたら当たればラッキー程度に考えて置くのが吉だろう。一頻り撃ってから横殴りに一夏が一太刀を振り下ろし、それを紅いISが防いだ隙に鈴音は双天牙月を投げ付けた。紅いISは一夏を蹴り剥がして飛んできた双天牙月を回避。したのだが直後に一夏が突っ込んできた。

  瞬時加速を利用して無理矢理体勢を立て直して突っ込む。余りにも無茶過ぎる戦法に紅いISは明らかに混乱している様子で、反撃がワンテンポ遅れた。

 

 ザン、と零落白夜の刃が紅いISの絶対防御がぶつかり合う音が響く。

 

「浅いッ」

 

 踏み込みが足りない。寸前で紅いISが後退した所為で直撃とは言い難かった。

 それでも一発入れられたのは収穫だ。

 紅いISの残量は公式戦ではないので数値は分からないが見た所30%程は持って行けたと思われる。

 

 一夏が急いで間合いから離脱し始めた所で紅いISが反撃に追って来る。次の瞬間ブーメランの如く戻って来た双天牙月が紅いISに直撃してバランスを崩し墜落、轟音と共に派手に土煙を上げた。

 

「け、計算通りねっ!」

 

 引き攣ったドヤ顔で言い張る鈴音に、これはただの偶然だったんだなとなんとなく察して、一夏の胃の辺りが不安のあまりずきりと痛んだ。

 

◆◆◆

 

 反撃のチャンスを伺い始めてから数分ほどの時間が経過した。

 距離を保てば高出力のビームが飛んできて、距離を詰めればビームマシンガンを撃って来るか、直接その剛腕で殴りつけて来る。このパンチが中々強烈で掠っただけでも体の一部が吹っ飛ばされるような感覚を覚えてしまう。正直な所高出力ビームの直撃よりぶん殴られる方が怖い。

 

 高出力のビームが肩を掠めながら玲次は舌打ちした。

 

「ちょっと卑怯じゃないの!? 器用なマッスルなんて!」

 

 文句垂れつつ、状況を脳内で整理する。

 幸い一機が一夏の方へと行ったので戦闘開始時よりはまだやりようはある。……とか言いながら数分間ずっと逃げ回っているのは内緒である。

 シールドエネルギー残量は50%程度。この後紅いISを相手どらなければならないので被弾は極力避けたい所だ。しかし敵機の性能と技量は思った以上に高い。

 

「――こうなったら」

 

 些か無茶をやってみよう。相手の性能が高いなら落とせば良い。それを成すだけの力が黒鉄にはあるのだ。

 地上へ向けて機体を急降下させる。黒いISは突き出した両腕を下へと向けて、立て続けに高出力ビームを撃って来る。真下まで行った所でアンカーを射出した。アンカーは思惑通りに黒い異形のISに絡みつき、振りほどこう砲口をワイヤーに向ける前に力一杯に引っ張る。

 

「ずぉりやァ!!」

 

 ガクン、と黒いISが玲次によって地上に引きずり降ろされ、勢いよくフェンス際に叩き付けられた。黒鉄からワイヤーを通じて電気を流し込まさせた。バチバチと音を立てて、黒いISがガクガクと動く。

 悲鳴の一つも上げないとは余程鍛えられているのか、それとも――

 

「チッ、切れたか」

 

 先程までピン、と張って居たハズのワイヤーがだらりと垂れ下がった。ワイヤーを排除し、時雨と烈火を持ってありったけの弾丸を撃ち込んだ。グレネードによる爆炎が黒い異形を覆う。ここで出し惜しみすれば、使うタイミングを逸する。撃っている最中に熱源反応の増大を察知、高出力ビームが飛んでくる寸前で一斉射を中断し、一旦離脱。目標を見失った高出力ビームが空を切った。

 

 崩れたフェンスの瓦礫を押しのけて、ゆらりと体勢を立て直した黒いISはギロリと玲次を睨む。その様は怒っているように見えた。まぁあのようにアンカーで投げ飛ばされ、電撃まで流されては怒りたくなる気持ちも分かるのだが。

 

「シメだ……!」

 

 構わず玲次は腰部にマウントされた迅雷を引き抜き、構えを取る。4問のビーム砲が放たれた瞬間、玲次は身を低くして、これを回避。瞬時加速を発動させた。

 

 黒いISは咄嗟に迎撃行動に移る。しかし――遅い。

 

 抉るように迅雷を打ち込み、火花が散る。振りほどこうと黒いISが玲次に手を伸ばす動きには先ほどまでのキレが損なわれており、回避は容易。一旦蹴り飛ばしてその勢いで距離を取りながら、残ったもう一本のアンカーで黒い異形の片足を拘束、再びそれで地を引き摺り、フェンス目掛けて再び叩き付けた。

 

「ラストッ!!」

 

 爪先の仕込み刃を展開してから瞬時加速を発動。時雨を発砲しつつ急接近、跳び蹴りの要領で仕込み刃を打ち込む必殺の蹴り、ブレードキックをヒットさせ、尚も弾丸を撃ち込む。

 黒いISが抵抗を示すも、時すでに遅し。

 ビーム砲を光らせるより先に糸の切れた人形の如くその動きを完全に停止させた。

 


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