インフィニット・ストラトス~The Lost Rabbit~   作:ヌオー来訪者

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 セシリア戦後半


10 vsセシリアⅡ

「遂に使ったか……」

 

 モニター越しで玲次とセシリアの試合を観ていた千冬は呟いた。

 その呟きを耳にしていた一夏と箒は反応しモニターから視線を千冬へ移し、まず箒が口を開いた。

 

「あの自衛隊に配備されている型のIS専用グレネードランチャーに何か仕掛けでも?」

 

 玲次が先程使用したグレネードランチャーは自衛隊では正式採用されているIS専用のタイプと何ら変わらなかった。打鉄が使用する副兵装の一つだ。使用する人間は武器の性質上かなり少ないが。

 これぐらいの知識は箒でも持ち合わせていた。

 

 だがグレネードにしては爆発範囲は狭く、プラズマが奔っただけ。

 

 

 が、その直後動きが目に見えて鈍っていた。狙撃の精度も落ち、玲次はそれから全く直撃は食らっていない。

 

 何かをグレネードに仕掛けでもしたのではないかと考えるのが自然だった。

 だが、千冬は首を横に振る。

 

「いや、グレネードへの仕掛けは火薬などの中身を減らしただけだ。発射装置は確かに自衛隊正式採用のIS専用のソレだが、あのオルコット機への異変の根本的な原因は篠ノ之弟が搭乗している黒鉄の力によるものだ」

 

「……まさか!」

 

 答えに行き着いた箒が声を挙げ、一方一夏は要領が得ないのか、首を傾げていた。

 

「え、どう言う事だ?」

 

 一夏の質問に箒は神妙な表情で推測を口にした。

 

「単一仕様能力だ」

 

「え?()()()()()?」

 

 鳩が豆鉄砲を食ったように一夏は驚いた顔をし、モニターに映った玲次を観た。

 単一仕様能力と呼ばれる技能については、一夏はつい最近知った事だ。ISとの相性が極限まで至った場合に発生する、特殊能力のようなもの。

 本来は第二形態から発生する筈の技能だがこれは一体?

 

 だがそれを千冬は否定した。

 

「正確には単一仕様能力としてはカウントはされない。単一仕様能力に極めて近く、限りなく遠いものだ。あの機体は電磁迷彩を搭載しておりそれを武器に転化した訳だ」

 

 千冬の説明に一夏は玲次の言っていた『電気』がなんなのかの答えが出て、胸の奥につっかえていた何かが無くなりスッキリした。だが電磁迷彩の能力を攻撃に転化するとは随分と無茶な発想をするものだ。

 

「が、黒鉄が単一仕様能力の芽を持っているのは事実だ。あの特殊な電磁波精製能力はコアナンバー468と黒鉄の組み合わせだからこそ作り出せたものだ」

 

「……しっかし最初から使えば良かったのにあいつ、出し惜しみしやがって……」

 

 一夏は大きく溜息を吐く。

 

「最初から最後までずっと使えれば苦労してはいない。織斑、()()()()()()()()()()()()()()な。それにあれは単一仕様能力未満の単一仕様能力もどきだ。それに電磁迷彩も完全では無いのだからな」

 

 千冬はその一夏の台詞に指摘を入れた。

 言われてみればたしかにそうだと一夏は納得する。だが、その機能を正常に作動させる事が出来たという事が意味する事は――

 

「――が、これでこの勝負は分からなくなった。正体不明のISである事を利用した篠ノ之弟の作戦勝ちだが、ここから先篠ノ之弟に上手く転ぶとは限らん。オルコットとて一方的にやられるような案山子ではないからな」

 

 ここまで持ち込めたのだ、どうせならば華々しく逆転勝利して欲しいとすら一夏は思っていた。

 

//

 

「一体グレネードに何を仕掛けたのですか?」

 

 状況を半ば理解したセシリアは努めて冷静な表情を保ちながら玲次に問い掛ける。玲次はグレネードランチャーの烈火を収納(クローズ)してから両腰部にマウントされた高周波ナイフ、迅雷を一本引き抜き、近距離中距離両方にも対応できるように構えを取る。

 

「企業秘密――でもそれがおれの切り札さね」

 

 玲次は再び機体をブーストさせセシリアに再び接近する。

 千冬の言う通りセシリアとて案山子では無い、焦りスターライトMk-Ⅲによる射撃で迎撃を行うが動きがセシリアの要求とは少し遅れてブルーティアーズは反応する。その結果玲次が射線上から外れるように立ち回るお陰で直撃は一つも無くなった。

 

 侮っていた。

 

 セシリアは迎撃しながら歯噛みする。

 この男が隙を伺っていた事を何故考え付かなかったのだろうか。

 

 決闘なのに手の内を隠していた事に文句の一つや二つも少しは言いたくなるのだが、これを責める事は出来なかった。自身が玲次を侮っていた事実も間違いなく起因している。

 

 玲次の猛攻が始まった。かすめ取るように玲次が通り抜けざまに一閃を放ち、時雨を発砲しながら後退しつつアンカーを射出してセシリアの位置を固定、そしてセシリアを中央に円を描くように動き回りながら撃ち続ける。主にスターライトMk-Ⅲを狙って主武装を封じようとしており、玲次の思惑通りスターライトMk-Ⅲの銃身は暴発の危険があるとして発砲する事は危険だとISが判断するまでに至った。

 

 既にセシリアのブルー・ティアーズのシールドエネルギー残量は30%を切っている。

 ここまでやられるとは思いもしなかった。突然の機能低下に些か頭がパニックになっていたのが大きいだろう。

 

「インターセプター!」

 

 真正面から接近して斬りかかる玲次に対し、セシリアは武器名をコールして展開させるという素人のやり方で唯一の近接武器であるインターセプターを使って自身を絡めていたアンカーを断ち切ってから玲次の斬撃に応戦し、辛うじて玲次の斬撃を防いだ。

 

 機体そのもののパワーは互角。だが近接武器の取り扱いは玲次が圧倒的に上だった。セシリア自身近づかれる前に撃破するというスタンスを基本的に取っていたため、このようなことは不測の事態である。

 インターセプターを弾き飛ばされ、再び迅雷による一閃を叩き込まれた後追い打ちに時雨による射撃。

 

 ここは既に玲次の距離だった。

 

 セシリアは両腕を盾にしてダメージを軽減させるが軽減できるダメージなどたかが知れている。

 ここからどう巻き返そうか、そうセシリアは必死に防御しつつ模索している内に時雨の残弾が切れたのか、射撃が止み、カチッカチッと弾切れを告げる空虚な音が響いていた。

 

「カートリッジ! ……ッ」

 

 玲次は窮した表情で再装填を開始しようとするが時間が経っても弾丸は飛んでは来なかった。弾切れか。やはりハンドガンだけでISを撃墜する総火力は持って居ないようだ。実際斬撃で削られたシールドエネルギーの量の方が多いし、ブラフの為の無駄撃ちとスターライトMk-Ⅲを破損させるのに相当な弾数を使ってしまったのも大きいだろう。

 今がチャンス。一気に後退してから、BT兵器の射出準備に入る。

 

「このわたくしをこうにまで追い詰めたのは貴方が初めて、褒めて差し上げますわ。ですがわたくしには手札が残っていますわ。では――閉幕(フィナーレ)と参りましょう」

 

 本来の稼働は出来ないにせよ、残っている武器がそれしかないのは事実だった。インターセプターは地面に突き刺さっており、実質ロストしたに等しい。

 残るはBT兵器『ブルー・ティアーズ』だけだ。

 

//

 

 玲次も時雨は弾切れを起こし、アンカー1門もセシリアに断ち切られてロストしてしまっていた。使える武器は迅雷×2と、アンカー1個。グレネードランチャーの烈火、四肢の仕込みブレードのみで更に接近しなければならない事態になっている。

 

 グレネードもそう簡単に当たる代物でも無いし、連射も出来ない。そして玲次自身グレネードを当てるのが苦手だった。何故そんな苦手なものを搭載したのかと言うと電磁波を収束し叩き込むのに最適な武器だった、それだけなのだ。

 あのアンノウンと戦う際に使わなかったのは、グレネードが間違いなく命中しないという諦観と、電磁迷彩によるかく乱が一夏から自分へと注意を引く事を要求される状況に適さなかったからだ。

 

 状況を確認している1秒間に、セシリアがBT兵器『ブルー・ティアーズ』を射出する。それを見た玲次は歯噛みした。

 

 射出されたのは4基。先にスターライトMk-Ⅲを破損させられ、精度を落とす事が出来たのは僥倖だった。だが現状4方から狙い撃ちにされる可能性を考えると、危険な事には変わりはない。

 

 両手には2本の迅雷を持つ。順手持ちだ。

 

――隙が見つかった次の瞬間が勝負だ

 

 この勝負、別に乗り気では無かったつもりなのだが、やっている内に楽しくなってきていた。互いに手札を出しつくし全力で戦う事が。先の高速道路上での戦闘とは違って純粋な殺し合いでは無い事も大きいだろう。

 

 己の周囲を取り囲み如何にも「逃げ場はもうないぞ」と言わんばかりのビットのフォーメーションに玲次は眉を顰めつつ、照準が合わないように機体を不規則に動かし始めた。

 

 

 4つの別々の位置からはしり、交錯する射線の上に行かないという行動は至難の業だった。それ程の集中力を玲次は未だに持って居ない。それにセシリアも機能が低下した状況に次第に順応してきている。射撃は四方から態々位置を変えて自分の背後や頭上を狙って来る辺りが本当にいやらしい。

 早期に決着をつけなければ勝ち目は無い。

 

 

 玲次機のシールドエネルギー残量は既に19%、セシリア機も28%だ。

 

 それまでにチャンスを見つけなければならない。幸い、思ったほど弾幕は酷くは無い。それに態々反応が遠くなる所ばかり狙って来る事に薄々玲次は勘付いていた。

 背後、真下、などと言った死角ばかり狙って来ている。

 

 だが同じ事ばかりもされれば、()()()()()()()()()

 フェイントの気配は無い。身動き一つも取っていない、もう武器が無いのか。

 

 頭を働かせる。だが残された時間はあとわずかだ。多分あのグレネードを当てなかったらとっくの昔に沈められていただろう。パターンはある程度掴めたので避けては居るのだが掠ったりしてじわじわと削られて行く。下からの攻撃はやや苦手なので玲次は咄嗟に低空飛行を行う。

 

「考えましたわね……ですがそれだけでブルー・ティアーズからはッ!」

 

 しつこく追いすがるビットに玲次は舌打ちしつつ、少しずつセシリアに距離を近づける。後退する様子は無い。

 

 これは賭けだ。

 機体をブーストさせる。これ以上待てばビットのエネルギー切れより前にセシリア機の機体エラーが直り、玲次にトドメを刺しかねない。その事を考えると最早猶予はあるまい。

 

 思い切って機体をブーストさせる。と、同時に直ぐ後ろでレーザーが4方から交錯していた。タイミングは上々。左右の景色が流れ、目指すは上方で見下ろすセシリアのみ。

 だが、背後からビットによる追撃のレーザーが玲次を襲い、じりじりとシールドエネルギーを削って行く。

 

――間に合えッ!!

 

 が、セシリアは怖気づく事無くにやりと笑う。

 そして玲次は悟ったのだ。

 

――やはり何かを!

 

「おあいにく様、ブルー・ティアーズは6機あってよ!」

 

 両腰部のスカート状のアーマーが動く。エネルギータンクと思しき白い筒の先端が玲次に向きそこからミサイルが放たれた。

 それがブルー・ティアーズの持つ5機目と6機目だった。ミサイルが放たれる。

 

「くッ!」

 

「避けたッ!?」

 

 幸いいち早く反応する事で被弾は免れたが、そのミサイルは背後でUターンして此方に迫って来ている。ブルー・ティアーズと呼ばれるだけあってこれは操縦者の意志で動くホーミングミサイルか。機能低下を起こしていなければ真正面から当てられて潰されていた所だった。

 更に後方で追撃を掛けて来るビットの砲撃も容赦なく降り注ぎ、退路を奪われた玲次はセシリアにそのまま突撃を仕掛け、念の為にロストせずに残った一つのアンカーを放つ。

 近距離な事もあって腕を拘束されてしまい、セシリアの表情は恐怖に染まった。

 

「でぃぃぃやぁぁぁぁッ!!」

 

 雄叫びと共に、二本の迅雷による刺突がセシリアに命中し、凄まじい勢いでセシリアのシールドエネルギーを奪っていく。無防備だった。恐らくビットとミサイルの操作に集中しなければならなかったが為に無防備となっているのだ。だから、今が勝機。

 

 火花がまるで血飛沫のように散り、セシリアはミサイルと自身への巻き添えも覚悟の上でこちらにミサイルとビットを仕向ける。

 こちらが削り切るか、背後からの攻撃が命中してしまうが先か。

 

 最早玲次には次に投じる策は無かった。後はもう押し込むしかない。

 

 玲次の黒鉄のシールドエネルギー残量は背後からのレーザーでゴリゴリと削られ、15、14、13と玲次の敗北を秒読みするかのように%が減少していく。無論、セシリア機もだ。セシリア側の方がもろに直撃を貰っているのでシールドエネルギーが減るテンポが玲次機よりやや速い。

 

 観客席が白熱した戦闘に一部は湧き、一部は男がここまで接戦に持ち込んだ事に対しどよめく。

 ミサイルとレーザーが迫る、一方高周波ナイフが押し込まれる。

 

 その時間は10分にも30分にも感じられた。まるでミサイルは何時まで経っても着弾しないように、もしかしたら不調でも起こしたんじゃないのかと錯覚してしまう程に。

 やっとハイパーセンサーがミサイル接近による警告を放つ。まだか、まだかと、玲次は焦りつつ迅雷を持つ両手に力を籠める。セシリアの表情は火花のせいで視えず分からなかった。

 

 

 そして間もなくして背中への強烈な衝撃が玲次を襲った。まるで鉄パイプでぶん殴られた時のような衝撃だった。それと同時に閃光が玲次とセシリアを呑み込んでから爆煙が巻き起こる。

 

 そんな事などお構いなしにビットたちは玲次を潰すべく引っ切り無しにレーザーを放つがガス欠となったのかレーザーを放つ事を止め、喧しかったアリーナ内の戦闘領域は一気に静まり返った。

 

 観客席で戦闘を見ていた生徒たちはどよめく。

 決着はついたのか。どっちが勝ったのか。どっちが負けたのか、と。口々に思った事を言い放つ。

 

「直撃……篠ノ之君も背中から当たったしただじゃすまないよね……」

「多分これまでのダメージとかから見ると多分もうシールドエネルギー残量は残っていない筈なんだけど」

「でも先に篠ノ之君が削り切っていれば……」

「男如きが代表候補生に勝てる訳が無いんだから、馬鹿言わないで」

 

 あれこれ観客のクラスメイトたちが言い合っている内に爆炎が次第に治まり、にわかに、両手に携えた2本の迅雷をセシリアに突きつけた玲次の姿が見えた。火花は散っては居ない。

 

 とても静かだった。

 先程の戦闘が嘘のように、静かだった。

 

 両者ともシールドエネルギー残量は0となっていた。

 お互いまるで彫刻の如く動かない。玲次の表情は何時もと想像がつかない程に鬼気迫る形相をしており、一方でセシリアは恐怖の色に染まっている。

 

 

 そして――

 

『オルコット機、篠ノ之機ともにシールドエネルギー残量0。0.2秒の誤差によりセシリア・オルコット対篠ノ之玲次による模擬戦は篠ノ之玲次の勝利となります』

 

 ブザーが鳴り響き、山田先生によるアナウンスが流れた。

 

「……そんな」

 

 絶句するセシリアを他所に、玲次は試合終了のアナウンスを聞いた途端、玲次の全身から力が抜けた。突き出した高周波ナイフを下げ、両腰部に格納してから、セシリアの方を見ると、彼女は下を向いていて表情は分からなかった。

 

「あの……大丈夫……?」

 

 反応は無い。万が一の事もある。絶対防御が守ってくれるとは言えど不慮の事故が起こる可能性はゼロじゃない。白い肩が少し震えているように見えた。

 

「怪我とか……」

 

「ありませんわ。ですから、先にピットに戻ってください」

 

 声が少し震えているような、そんな気がした。

 彼女は一体何を思っているのだろうか? いや、一々考える必要などありはしない。

 

 そしてこちらが何か言ったり行動した所で死体蹴りにしかならない事は、玲次とて心得ていた。

 だから玲次は機体を180度ターンさせ自分のピットへと機体を進ませた。

 

『織斑一夏対篠ノ之玲次のクラス代表決定戦は翌日の放課後の1700に行います。後の連絡は翌日の朝礼にて追って連絡します』

 

 山田先生のアナウンスを聴きながらふと、空を見ると太陽はもう沈みかけており、オレンジ色に染まっていた。そんな夕暮れが目に痛く、玲次は眼を細める。

 次の対一夏戦は翌日。その事が少し玲次にとっては救いだった。

 

 

 

 緩やかにピットに降り立つと一夏と箒、そして芝崎が待っていた。

 

「まさかマジで勝つなんてな……やったな!」

 

 一夏も些か驚きながらも黒鉄を解除した玲次の背中を軽く叩く。

 

「あー、うん。まぁほぼ相討ちだけど判定的におれの勝ちみたい。やばい、もう何か持ってる引き出し全て出し切った気がするわ」

 

 セシリアに勝った喜びより圧倒的に心身の疲れが勝り、身体が重くヤケクソ気味にコメントしつつ待機状態の黒鉄を芝崎に手渡した。

 

「芝崎さん、修理どうですかね」

 

「まぁ翌日までには間に合うと思う。損傷レベルもそこまで深刻でも無いし。それより貴方の方がボロボロなんじゃない?」

 

 芝崎の指摘通り玲次の顔はやや憔悴しており目が死んでいる。

 

「返す言葉もごぜーません……」

 

 もう床の上でもいいから倒れてしまいたい気分だった。体力はまだある筈なのだが緊張の糸が完全に切れてしまっているので全身に中々力が入らない。

 今はIS学園側の技術者たちの技術を信じて今日は休もうと、

 

「取り敢えず、一夏。次はお前だからなー翌日は覚悟しろー……うはははは……」

 

 全く声に覇気も勢いもない宣戦布告に一夏は苦笑いし軽く肩を竦め

 

「おう、お手柔らかにな」

 

 と、努めて何時もの調子を保ちつつ返した。

 一夏としては相手がどっちであれど嫌な予感しかしなかった。玲次の場合、セシリアと比べて技量と総火力は劣るが件の電磁波を放って来る可能性や策を持っている事を想定すると厄介な事には変わりないのだ。

 

 

//

 

 シャワーノズルから熱めのお湯が噴き出し、瞬く間に湯気が浴室に立ち込める。

 水滴は肌に当たっては弾け、ボディラインをなぞるように流れていく。

 白人にしては珍しく均衡のとれた身体と、そこから生まれる流線美はちょっとしたセシリア・オルコットの自慢だ。

 

 しゅっと伸びた白い脚は艶めかしくも、スタイリッシュと言えるもので、そこら辺のモデルやアイドルには引けを取らないどころかむしろ勝っている。

 胸は同い年の白人女子に比べると幾分つつましやかに見えるが、逆にそれが全身のシルエットラインを整えている要因でもあるのでセシリア本人としてはやや複雑な心境である。

 

 が、これは白人女子基準であって、日本人女子と比較すれば充分通り越して大きい程だ。

 

 シャワーを浴びながらセシリアは自身の頭をクールダウンさせていた。

 日本の諺で言うなれば窮鼠猫を噛む、とでもいうものだろうか。最初の油断がこの敗北の遠因となったが言い訳にはならない。結局負けた事実には変わりはない。

 

「…………」

 

 認識を改めなければならない。少なくとも、篠ノ之玲次と言う男は確かに。一方で織斑一夏と言う男がどのような人物かはまだ分からないが、次の試合やこれからの行動で確かめる事にする。

 男とか、贔屓による入学などと言う色眼鏡は無しだ。織斑一夏と篠ノ之玲次と言う人物を見極めよう、と、考えつつシャワーの蛇口を捻り、シャワーを止めた。

 

 相手を侮って敗北する遠因を作ってしまった愚かな自分自身が単純に許せないのもある。それに少しだけ、ここまで食い付き、追い詰めて来た玲次にほんの少しだけだが興味が湧いた。

 




 次回 11話『斬り裂け、奴よりも速く』

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