オリ大名をブッこんでみた。   作:tacck

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今回から原作6巻の内容に入ります。


第五十二話 大坂へ

 昭武と桜夜は結ばれた。

 しかし、すぐに祝言を挙げられる訳ではない。むしろ、挙げてはならないのだ。

 

「なぜなら雷源様の四十九日の法要が終わってないからよ。知ってるだろうけど、四十九日が過ぎるまでは忌中とされていて、お祝い事への出席や寺社への参拝は控えるのが礼儀なのよ」

 

 二人が結ばれた翌日。琴平別邸に今度は左近が来訪して昭武と桜夜に今後の予定を説明していた。

 

「まだ親父が死んでから三週間ぐらいしか経っていないからな。致し方ない。だが、向こうはこっちの都合に合わせてくれるはずもない。この四十日間で必ずや何かしてくるだろうな」

 

「とはいえ、法要を疎かにすることはできません。昭武どのと優花どのは桜洞城に居てもらわなければなりませんよ?」

 

「そう。だから何かをやるにしても私たち家臣がしなければならない。私の案だと宗晴どのを旧内ヶ島領に派遣するつもりよ」

 

「宗晴をですか?それはやめた方が良いかと。彼自身はそのつもりはないですが、わたしの弟だという肩書きは効き過ぎます、かえって一揆勢に担ぎ上げられるかもしれません」

 

 左近の案に桜夜は否定的だった。

 というより、にゃんこう宗に対してはこの二人の考えは多少のズレがある。

 左近はにゃんこう宗を純然たる国内の敵対勢力と見ており、武力を用いることにさして抵抗感はない。一方で、桜夜はにゃんこう宗を一勢力ではなく、領内の不満分子として見ている。あくまで味方として見ているために武力を用いることには否定的だった。

 

(オレと桜夜が許婚になった時点で、一揆衆は旗頭を用意できなくなった。だが、それは未然防止にもなるが、抑えきれなくなった場合は散発的に起こるようになることも意味する。これで星崎家が倒れるなんてことはなくなるが、恒常的な膿となる。……一長一短だな)

 

 昭武の基本的な思考は桜夜よりである。どうにも民に刃を向けるつもりにはなれなかった。

 

「本猫寺と関係を結べないだろうか?能登はその限りではないが、にゃんこう門徒にとって本猫寺の当主の言葉は絶対。当主と話をして停戦を引き出せれば、そも蜂起が起きないんじゃないのか?」

 

「昭武どの、それは少し厳しいかと……」

 

「それが出来れば、苦労はしないわよ……」

 

 どちらも選ばずに代替案として出した昭武のこの策だったが、二人の反応は辛辣だった。

 それもそのはず、熊野家は雷源が加賀で玄仁と決別したという経緯がある。それでも、雷源本人が門徒であり、国主にまつりあげたのがにゃんこう門徒だったために一揆衆の一派としてかろうじて扱われていたが、門徒ですらない昭武が当主となり「星崎家」となった今ではただの大名家に過ぎない。

 

「だがな、武力をもって抑えると必要以上の反発を招く。そう言ったのは左近、お前だ。それに最近、本猫寺の当主が変わったと聞く。方針の転換がもしかするとあるかもしれない」

 

 先代の本猫寺当主はしょうにょといい、加賀に尾山御坊を築き、畿内の戦乱にも積極的に介入するなど、教団による天下制覇を強烈に推し進めた当主だった。なお、本猫寺一族に次ぐ格を持つ下間姓の人物を抑えて杉浦玄仁を加賀衆の頭領に据えたのも彼女である。

 

「わかりました。そこまでおっしゃられるなら、一度交渉を試みてもいいかもしれません」

 

「けれど、大坂本猫寺までは遠いわ。とても立て込んでいる四十九日の間に向かえる場所じゃない。四十九日が終わるまでは飛騨にいる必要がある」

 

「その間は、一義に任せる。一地域の守備にあたっては一義に並ぶものはいないからな」

 

 かくして、星崎家の当座の方針は定まり、その後の話し合いで使者は昭武と桜夜に決まった。

 

 ********************

 

 ようやく雷源の四十九日が終わり、昭武は行動の自由を得ることが出来た。

 案の定、四十九日の間に旧内ヶ島領で蜂起が起こらんとしており、今のところは一義と内ヶ島領近辺に所領を持つ山下時慶がどうにか宥めすかして武力衝突にはなっていない。

 しかし、一度武力衝突が起きれば際限なくそれは続き、飛騨は姉小路良頼の代のような戦乱の時代に逆戻りするだろう。

 

(そうさせるわけにはいかない。それだけは防がねば。でなくては、良頼公に顔向けできん)

 

 かつて三木直頼から家督を継いだ良頼は、まず古川・小島・向姉小路の三家を打倒したという。力を持たねばどうにもならなかったと嘆じた良頼は初めこそは必要な武力を備えていたのだ。ただ、それも外部からのさらなる力には取るに足らず武田家の飯富源四郎や、それに通じた江馬時盛に攻め込まれ、一時は平湯村周辺を江馬に割譲させられた時もあった。

 結局のところ、良頼には外部からの干渉を跳ね除け、自力で統一するだけの力量はなかったのだ。だから、飛騨はそれぞれの思惑に振り回され、乱が治まらなかった。

 今の飛騨の勢力は主なところが星崎家容認派で強硬的なにゃんこう派や反上杉派は往時に比べると少なくなったが、それでも外部から干渉されやすい情勢にある。故に昭武は今回独力でその内憂を抑え、中央集権を図ることによって飛騨の綻びを取り繕わなければならないのだった。

 

「御前様。大坂に至る前に京にお立ち寄り下さい。近衛様からの左衛門中将の叙任と今川幕府からの飛越両国の守護の補任がございます」

 

「ああ、わかった。……それにしても、御前様か……。やっぱり聞き慣れないな」

 

 どうにもむず痒くて、昭武は馬上で身震いしてしまう。あれから一月ほど経つが、未だ桜夜と夫婦になったという実感は乏しい。

 

(だが、いつかこのなんとも言えない感覚にも慣れていくのだろうか)

 

 

 岐阜、佐和山、大津、京と東山道を進んで行き、昭武と桜夜は大坂の町にたどり着いた。

 大坂の町もまた堺と同様に南蛮貿易が盛んで街路には多くの往来があった。だが、堺と異なることに旅人だと明らかに分かる者以外は大抵猫耳と猫しっぽを着用していた。

 

「大坂本猫寺は一種の公界を形成しています。つまりはにゃんこう門徒であれば、誰でも庇護を受けられ、生活を保障されるのです。渡辺町をはじめとして北陸にも公界は数多ありますが、かなり毛色が違いますね」

 

 街の入り口で買った大判焼きを片手に桜夜が辺りを説明していく。桜夜もまた猫耳猫しっぽを着用しており、その姿を昭武は一度も北陸にいる間、見たことがなかった。

 そのことを問うと桜夜は苦笑いを浮かべながら答えた。

 

「そうですね。北陸ではこれは慣習としては存在しているのですが、あまり実行する人はいません。畿内と違って北陸のにゃんこう教団はより実戦的な方向に発展しています。なので、装飾というよりは定満殿のように兜の前立など武具に猫耳や肉球をあしらう人が多いのです」

 

「北陸と畿内。どちらも同じ神を戴いているはずなのに、こうも違うか……」

 

 大坂の町を興味深げに昭武は眺める。

 喧騒が辺りに響き、人々の表情は明るい。それは北陸のものとは対照的なものであった。

 

(親父から家督を継ぐ以前に、旧内ヶ島領にある公界の一つを見たことがある。その時は飛騨が統一されたばかりだというのに、絶えず何か怯えたような様子だった)

 

 思索と比較をしながら昭武は歩き、桜夜はそれを見守りながら大坂本猫寺の正面門を目指して進んでいく。

 そうしてたどり着いた正門の前では、六人の猫尼僧が待ち構えていた。

 下間一族からなる五虎大将軍と比較的組織的な戦に不慣れな畿内のにゃんこう門徒を調練するために西上してきた杉浦玄仁であった。

 

「にゃにゃにゃ!よくぞここまで来ましたね。わたしは下間仲孝!総州からきた、漫才一筋の猫尼僧です!最近は、ちょくちょく商売に手を出しましたが、ことごとく失敗して首が回りません!名君名高き星崎どの!わたしにお金儲けを教えて下さい!」

 

「ワタシは下間らいりぇんだよ。頼りぇんじゃなくて雷りぇんだから、能登に走った背教者と一緒にしないでね〜」

 

「……頼龍よ。大……猫…の風……当よ。…平……か……の……りなら…を…るこ…ね」

 

「うちが、下間頼旦ですねん。ようわからんが根性でいつのまにか成り上がっとった!まあ、教義は知らなくともやっていける!ほんに大事なのは根性や!根性さえあればいいんやで!」

 

「すまない。本当に他の大将軍の灰汁が強過ぎてすまない。私が下間頼照だぞ。越前担当だ。ああ、怒り眉だからそう思えないかもしれないが、私は本当にすまないと思っているぞ?」

 

 以上が本猫寺が誇る五虎大将軍。序列で言えば、当主一族に次ぐ高位の者たちである。……全くそうは見えないが。

 

「私はいいわよね?勝定の息子なら知らないわけがないだろうから。正直、この中に混じって名乗るのが辛い」

 

(それな。本当にこいつらなんでこんなに癖が強いんだろう?)

 

 姦しく騒ぐ五虎大将軍の隣で、玄仁はこめかみを抑えている。その姿を見て、昭武と桜夜は潜在敵のはずの彼女に密かに同情するのだった。

 ちなみに玄仁も桜夜と同様に慣れない猫耳と猫しっぽを着けている。玄仁の容姿は二十代後半にしてはだいぶ若作りだが、それでも隣にずらりとうら若き乙女達を並べられるとどうにも老けているという印象が拭えなかった。

 

「あなたたちの来た理由は分かっているわ。不戦協定よね?普通の寺院や武家ならば、私達が立ちはだかる理由はないけれど、されどここは天下の笑いの総本山。

 門徒ならざる者、試練を受けずして入寺するべからず。

 この掟には従ってもらうわ」

 

 五虎大将軍を放って玄仁が本題を切り出す。

 

「試練?なんのことだったか……。昔聞いた覚えはあるが」

 

「それはですね星崎どの、笑わない門と笑わせる門。このどちらかを突破することです!今回は桜夜どのがおりますのであまり交渉には問題ないんですが、昭武どのも入りたいのであらば、この試練を受けてください!」

 

「なら、笑わない門だな。正直、北陸と畿内の感性は違すぎる。到底オレじゃ笑わせることは無理だ」

 

 そう昭武は決断し大きい方の門をくぐる。一方で桜夜は門徒であるためにその必要はない。

 

 この時、昭武は身をもって知ることとなる。大坂の笑いがどれだけ徹底されたものだということを。

 




読んで下さりありがとうございます。
原作6巻の部分だけ、新装版とGA文庫版両方を混ぜて書いております。見比べてみるとかなり内容が違ってびっくりしました。
それでは、誤字や感想などあればよろしくお願いします。

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