オリ大名をブッこんでみた。   作:tacck

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北陸十年史編第七話、能登編の最終話です。
思いの外、淡白な仕上がりとなりました。

では、どうぞ


北陸十年史編 第七話 渡辺町の戦い(能登)

 温井一党が光教によって斬獲されてから一月後。

 温井一党の生き残りである温井続宗は姻族である三宅一党と遊佐続光を糾合して渡辺町を包囲していた。

 その数は九千強。たかが一国人に過ぎない渡光教を征伐するにはあまりにも過大な兵数だった。

 しかし、ここまで数を集めてもなお続宗は浮かない表情を浮かべていた。それは伝令がもたらした一報によるものだった。

 

「加賀衆が来ないとはな……」

 

 続宗は加賀衆の援軍をあてにしていた。

 杉浦玄仁率いる加賀衆の本隊は宗滴の侵攻や越中への侵攻など数々の戦いで鍛えられてきた精兵だった。仮に玄仁が温井・遊佐に加勢したなら勝利は確実なものになっただろう。

 しかし、加賀衆は光教の策に乗った宗滴が頃合いを見て侵攻を始めたため封殺されていた。

 

「なに、続宗どの。猫狂いの行き遅れなんぞ頼らなくとも彼我の兵力差は五倍ほどよ。勝てぬはずがあるまい」

 

 続光が続宗を励ます。しかし一方で光教を警戒していた。

 

(とはいえ、渡光教は知略でもって温井一党を斬獲した。これは儂ですら出来なかったことだ。おそらく兵力差だけでこの戦は決まるまい。必ずや何らかの術策が必要になる)

 

 その後、続光は使者を七尾城に送る。

 

(使えるものは使っておくか。ただの置き物にさせておくのは少し割りに合わぬからな)

 

 続光がほくそ笑む。

 この一手が戦局を変える大きな一手になる。そう続光は信じていた。

 

 米

 

 一方、渡辺町では、諸将が緊張した面持ちで温井・遊佐軍を見つめていた。

 渡辺城・町は海を南とした逆丁字型になっており、渡辺城は縦線の東の山に位置し、尾根伝いに東北に出ることができるようになっている。

 諸将の配置は丁字の結節点に頼廉。市街地に広幸。東北尾根に光教と穂高、重泰が布陣していた。

 市街地にて広幸が兵の前に姿をあらわす。

 

「これよりついに戦が始まります。しかし、その前に一つみなさんに言うべきことがあります」

 

 広幸が語り出すと兵の間に静寂が訪れる。

 竜田広幸という武将は用兵は並の力量だが、人に自らの言葉を聞かせることに関しては北陸でも類い稀な力量を有していた。

 

「この町は光教どのの父にして私の友たる渡光総が何よりも守ろうとして来た町であり、私やみなさんが夢見てきた争いのない理想郷です。

 しかし、それも今儚くも消えようとしている。光総どのが討たれ、いまはこのように温井・遊佐が包囲しているのです。

 北陸はもはやあらゆる武家、信仰、利害が絡まる止めようもない争いの渦に包まれています。その争いに力がなかったかつての私達は巻き込まれ、望まぬ死、望まぬ殺しを強いられるほかありませんでした。

 もし此度の戦いに負けてしまえば、私達は再びその日々に逆戻りしています。

 ……端的に言います。

 

 私は決してあの頃に戻りたくはないと!

 

 そのために私はこの町を守りたいと考えています。ですが、彼我の力の差は著しく私ではとても力が及びません。……ですからみなさん私を、この町を守るのに力を貸してください……!」

 

 広幸が万感の想いを込めて頭を下げる。

 この広幸の姿は民にとって衝撃的だった。

 曲がりなりにも権力者をやっている人間が民に対して頭を下げる。

 

「こんなにも誠意を見せてくれたのははじめてや……!」

「わかりやした竜田様‼︎ 俺たち、死兵と化して戦いやす‼︎」

 

 感服した足軽達が次々と拳を上げる。一部感激して涙を流す者さえいた。

 

「有り難い。これで戦える……‼︎」

 

 広幸は民に感謝の念を込めてまたも頭を下げた。

 

 ***************

 

 渡辺の戦いは温井続宗が西門に力攻めをかけたことから始まる。

 

「敵は寡兵!一気に打ち倒せい!」

 

 温井兵三千が続宗に従い、西門前の架け橋に殺到する。

 

「まだだ、引きつけよ……!」

 

 対して渡辺町側では西門から頼廉が出張り、機を見計らっていた。

 そして、大半の温井兵が水堀の近くまで至った時、頼廉は軍配を下ろした。

 

「撃てええ‼︎」

 

 頼廉の号令と共に二百丁もの種子島が火を噴く。

 

「種子島か‼︎者共退避せよ!」

 

 続宗がそう指示するも、兵たちは後続が詰まって戻れない。

 また水堀で彼我の距離を確保されているため、温井兵は頼廉たちにとって格好の的となり、長きに渡って銃弾を浴び続けることになった。

 

(そうか、この水堀はこのような狙いがあったのか。種子島の調達もこのため……!光教よ、良き武将に育ったものだ……)

 

 頼廉が心中で感嘆する。

 頼廉は光教の軍略と鉄砲の師であり光教は彼の弟子の中でも段違いの力量を有すに至る。

 

「だが、ここに勝ったからといって全体の勝敗が決するわけではない。真に重要なのは……」

 

 そう言って頼廉は渡辺城の方角を見やる。それに連なる東北尾根でもまた戦が始まっていた。

 

 米

 

 光教は穂高と共に東北尾根に押し寄せる三宅総広率いる三千と対峙していた。

 この三宅総広は温井家の姻族にあたり、温井一党の中でも重鎮だった。

 

「どうやらこちらの方が主攻のようだな。兵数が多い」

 

「そりゃあな。あんだけ渡辺町の防備を固めたら水堀のないこっちに攻めてくるに決まってんだろ」

 

「穂高、山岳戦闘ではお前が頼りとなる。任せてもいいか?」

 

「おうよ。んじゃ、いっちょ期待に応えるとするか!」

 

 穂高は答えると同時に大斧を木に向かって振るう。その膂力は凄まじく一撃で木は倒れ、三宅軍の方に転がっていき一定の被害を与えた。

 

「よーし、お前ら手本は見せたからな!やってみろ!」

 

「「承知!!」」

 

 穂高が軽口混じりに言うと、穂高兵がそれぞれ鉈を取り出し穂高のそれに倣う。

 穂高率いる信州兵は元々は峻険な北アルプスの山々に抱かれて生活を営んでいた民であった。

 そのため能登兵に比べると剽悍でなおかつ山岳戦闘に慣れている。丸太を切り倒して敵兵を薙ぎ倒すという戦術も彼らにとってはいつもの命令でしかない。

 あらかた木が切り倒され、視界がある程度拓けてくると、そこには見るも無残に押し潰された三宅兵の亡骸が転がっていた。

 

「よし、これで種子島を使えるようになったな。では重泰」

 

「はい!」

 

 だが、光教は手を緩めない。

 ダメ押しとばかりに死に体の三宅軍に百丁の鉄砲による三斉射を浴びせた。

 これにはたまらず、三宅兵は壊乱する。

 

「うわ、えげつねえな……。まぁ人のこと言えねえけどよ」

 

 引きつつ、苦笑いを浮かべて穂高は麾下の兵を三宅軍に向かわせる。その後自らも三宅軍に向かおうとしたが、その背を光教に呼び止められた。

 

「少し待て穂高。戦った後、種子島と弾薬を近くに隠しておけ」

 

「あ?城に持ち帰らなくていいのかよ?」

 

「それで構わぬ」

 

「……わかった。渡が無駄なことをするわけがないからな。言う通りにしよう」

 

 穂高が麾下の兵に遅れて三宅軍に分け入り、武勇を振るう。穂高が大斧を一度振るえば五人の兵が、二度振るえば八人の兵が討ち取られる。腕に覚えがあるものが勝負を仕掛けても一合しか打ち合うことができずにで討たれてゆく。

 この武勇は武田晴信に対する防衛戦でも発揮され、これを恐れた武田軍は彼のことを「信州一の大鉈」と渾名した。

 

 穂高が逃げるのが遅かった三宅兵を粗方討ち取ったとほぼ同刻に日没を迎え、両軍は帰陣した。

 この日中の戦いで光教と穂高双方に丹念に擦り減らされ、三宅軍は戦線から脱落した。また、頼廉が担当した渡辺町の防衛戦でも攻め来た続宗の兵の三割が死傷する。

 しかし、それでも彼我の戦力差は四倍はあり未だ温井・遊佐連合軍が優勢であると言えた。

 

 ***************

 

 その夜。

 温井続宗と遊佐続光、三宅総広は東北の陣に集まっていた。

 

「まさか、一日持ち堪えられるとはなぁ……!」

 

 続光が続宗、総広を嫌みたらしく睥睨する。

 

「申し訳ない。あれほど種子島を所有しているとは思わなかったのだ……」

 

「はぁ……、種子島を所有しているのは押水の時点で分かるだろうが」

 

 温井続宗は温井一党の武の重鎮ではあったが、戦上手という訳ではない。どうにも武を振るうことばかりこだわって自制が効かず、理性的な判断、推測を下すことができない武将であった。

 温井総貞が生きている時分は総貞が抑えとなり、理性的な判断を続宗の代わりに下していたためそれでもよかった。

 

(この小僧では、もはや温井は保つまい。畠山義綱は才こそあれど、味方は渡家と長家を除けば弱小国人ばかり。いよいよこの戦に勝てば能登は儂のものになるな……!)

 

 続光は冷笑する。

 

「さて、昨日の失敗はもういい。あの数の種子島は戦況を変転させるのには十分。これを封じなければ、磐石の勝利とはいかぬ。貴殿らには何か策があるか?」

 

 続光が尋ねると、総広が口を開いた。

 

「続光殿、評定の前に東北尾根に斥候を放ったところ、敵の種子島数十丁と弾薬を見つけた。これを奪えば敵の妨げとなり、我が軍にも利する。どうであろうか?」

 

「悪くないな。では種子島の奪取はその方と続宗殿に任せよう。その間儂は水堀を攻める。それでよいか?」

 

 続光の割り振りに続宗、総広双方が頷き、二日目の早朝に攻城が開始された。

 

 米

 

 開戦から数時間後。

 

「重泰よ。敵はどう動いている?」

 

 渡辺城にて光教は重泰に戦況を問うていた。

 

「渡辺町の各門は昨日に引き続き攻め立てられています。ただ、兵数は少ないですね。やはり種子島による損害を憂慮したのでしょうか。東北尾根は種子島、弾薬を置いてあるところに数百の兵が迫っています。……しかし」

 

「『種子島を五十丁も置いてきて良かったのですか?』とでも言いたげな顔をしているな。先んじて答えよう。それで良い」

 

(西門といい、東北尾根といい俺たちは数知れず種子島を撃った。その甲斐あってか奴らは種子島がこの戦の鍵を握ると勘付いただろう。ゆえに奴らは種子島と弾薬を見逃すという選択肢を取り得ない)

 

「重泰。今すぐ兵を三百人ほど集めよ。それも弓や投石を得手とする者をな。この戦は今日で終わらせる」

 

 重泰が光教の前から辞すると光教は一旦目を瞑る。

 その瞼の裏に何が移っているかはわからない。されど、眼を見開いた時、光教は笑っていた。

 

 

 

 穂高が種子島や弾薬を置いた場所では、光教の読み通り続宗と総広が種子島と弾薬を接収しようとしていた。

 

「よし、これを持ち帰ればいいんだな」

 

 種子島を奪えたことから続宗が満足げな顔を浮かべる。

 だが、総広はそう気楽にはいられなかった。

 

(種子島を手に入れることはできた。だが、どうにも守る兵が少なかったように思う。まさかこれは渡光教の策ではないか?)

 

 総広の脳裏に一日目の鮮やかな戦いぶりが蘇る。

 

「続宗様。ここはやはり種子島や弾薬を置き捨てて撤兵致しましょう。この総広、どうにも嫌な予感がしてなりません」

 

「此の期に及んでお前は何を言ってるのだ!種子島と弾薬は何としても持ち帰る!これ以上、遊佐続光に我が温井家を侮らせるわけにはいかぬのだ!」

 

 総広が進言するも、続宗は従わない。

 昨晩の軍議で続光に冷笑されたのが余程堪えていたようで、依怙地になってしまっている。

 

「なれば、疾く退きましょう。この場にいることは危険すぎます」

 

 この進言には続宗は従った。

 しかし、続宗達が一日目の戦場を通過している最中。

 

「読み通り、だな」

 

 火矢と焙烙玉をもたせた兵三百を引き連れて、渡光教が続宗の後背に姿を表していた。

 

「射かけよ!」

 

 光教が号令を発すると共に火矢と焙烙玉が続宗たちに放たれる。

 

「まずい!弾薬を捨てろ!焼き殺されるぞ!」

 

 そう総広が命を下すもどうにもならず、爆炎が温井・三宅軍を舐めていく。

 

「死に絶えろ、権力に群がる寄生虫。あるいは能登の病巣。お前たちがいるから下らぬ人死にが出る。俺はお前たちを否定し、そして糧とする。下らぬ死を跳ね除ける強さを得る為のな……!」

 

 光教の温度のない瞳が、続宗・総広に突き刺さる。そして腕を振り、再度火矢を斉射させた。

 こうして爆炎に続宗と総広も呑まれ、再度温井・三宅軍は壊滅する。

 

「策は成りましたね」

 

「ああ、これで温井軍は片付いた。最早戦力としては使えないだろう。以後は下山して攻城している敵の後背を突く。城内にいる穂高に「厩から騎馬隊を出し、北門の敵を攻めよ」と伝令を出せ」

 

 **********

 

 温井・遊佐軍本陣にて、続光は伝令たちの報告を聞いていた。

 

(温井一党め、言いようにやられおって。お主らなしに儂が五千以上の兵を率いるのは少々骨が折れるわ……)

 

 続光は歯ぎしりした。皺が深く刻まれた額にも玉のような汗をかいている。

 光教が東北尾根を降りてから戦況は渡辺町有利のものとなっていた。当主と重鎮を失った温井軍は使い物にならず、東北陣は奪取され、東門の攻城軍も劣勢を強いられている。北門に至っては穂高率いる三百の騎馬隊が遊佐兵を蹂躙した。

 

(もはや、この戦は取り返しのつかぬところまで来ている。そろそろ引き時か?)

 

 撤退が頭をよぎったが続光は首を振った。

 

(いや、駄目だ。このまますごすごと退けば能登は義綱の小娘による中央集権が敷かれてしまう。そうなれば、生き残ってもこの敗戦で勢力を減退させた儂は能登に居られなくなる)

 

 政略が絡むと、続光の頭はよく回る。

 少しして別の伝令が到着した時、続光は最後の策を閃いていた。

 

 米

 

 光教軍は、東側の敵をあらかた掃討すると北門で待機していた穂高と合流した。

 

「目指すは本陣、遊佐続光の首だ」

 

 光教と穂高が先頭に立って渡辺町の外周を反時計回りに回っていく。

 

「しかしよくまあ、ここまで続光を追い詰めることができたよな」

 

 穂高が敵兵を屠りながら呟く。

 この時点で、渡辺町軍と温井・遊佐連合軍の戦力比は一対三にまで縮まっていた。

 

「温井と三宅を始末できたのがよかった。あれだけで千五百は数を減らせたからな。それに頼廉や広幸の働きも大きい」

 

 光教の言の通り、目立ちこそしないが、頼廉と広幸は自らの何倍もの相手を各門に足止めしていた。鉄砲の利を余すところなく活かせる縄張をしていたこともあるが、何よりも広幸の演説によって高められた士気の力が渡辺町軍を頑強なものにしていたのである。

 

 駆けること暫し。

 ついに光教軍は遊佐続光の本陣に攻撃を仕掛けていた。

 

「来たな。渡光教……」

 

 それを続光は恐れるどころか、心待ちにしていた。

 だが、それは強者と戦うことで与えられる高揚感によるものではない。

 この遊佐続光はどこまで行っても謀士である。

 

「あの方をここにお呼びしろ」

 

 続光がそう伝騎に伝えてしばらく待つと烏帽子兜を被った男が現れる。

 

「これはこれは、義続様。ご足労頂き申し訳ありませぬ」

 

「よい、光教の軍が本陣に攻めかかっている。此の期に及んで私が出ないわけにはいくまい。いよいよ私の出番なのであろう?」

 

 義続は自ら出馬するつもりでいた。当主である自らが出ることで兵の士気の回復を図ろうとしていた。続光も当初は義続を渡辺町征伐の錦の御旗として扱うつもりで渡辺町に呼んだ。だが今では(出馬しても大勢は変わらないだろう)と割り切っている。

 続光はそれを隠して義続に笑いかける。されど目は笑ってはいない。

 

「仰せの通りにございます。では、お覚悟あれ」

 

 続光はそう慇懃無礼に返事をしながら、腰の刀を抜いていた。

 それと同時に続光の近習が義続を取り押さえる。

 

「何をする続光ぅ!」

 

 これには義続も動揺を隠せない。対して続光は黒い笑みを浮かべていた。

 

「なに、儂の策に一環に過ぎませぬ」

 

 そうとだけ言って、続光は刀を義続の心臓に突き刺した。

 刺された義続は痛みにのたうちまわりながら、本陣から逃亡を図ろうとするが、どうにもならず討ち取られた。

 

「さて、お主ら。後は軍中にこう触れ回れ。『義続様が渡光教に討たれた』とな。それと盛光に撤兵させる旨を伝えよ」

 

 義続の最後の策とは主殺しの汚名を光教に着せて、義綱と渡辺町の軸帯を断ち切ることであった。

 

(義綱の中央集権は渡辺町の連中がいなければ叶わない。だが、兄を殺されたとなれば手を組むなんぞ絵に描いた餅にしかならぬ。そして次第に対立し、いつしか義綱の方から儂に泣きついてくるようになるであろう。……儂が本当の仇だとは知らずにな)

 

「ははは、まだ、儂の野望は潰えない……!」

 

 続光は上機嫌に哄笑しながら戦場を去っていく。

 だが、それが負け惜しみに過ぎないことを続光は何よりもわかっていた。

 

 ********************

 

 ともあれ続光の撤退により、渡辺の戦いは終幕を迎える。

 両軍の被害は渡辺町が四百、温井・遊佐軍が四千ほど。渡辺町の圧倒的勝利に終わり、これで温井一党は壊滅、遊佐家は勢力を盛時の六割ほどに減じた。

 対して渡辺町は戦後、すぐに軍を進め奥能登の全土をその掌中に収めた。

 だが、続光が押しつけた主殺しの汚名は能登に大きく陰を落としていた。

 七尾城、畠山屋敷にて義綱は苦悩していた。

 

(これで温井・遊佐一党は大きく力を減らした。けれど……!)

 

 続光が仕向けた通り、義綱は光教らと手を組むことに抵抗感を覚えていた。しかし、今や往時の温井・遊佐一党を凌ぐ渡辺町に対抗できる力はない。

 

「姫様、遊佐続光が面会を願い出ています」

 

 かといって遊佐続光と組んでしまえば、中央集権は叶わない。続光がそれを許すはずがないからだ。

 

「光誠、私はどうしたらいいの?どちらを選んでも畠山家は取り返しがつかないことになる気がする……!」

 

 義綱は端的に言って追い詰められていった。

 そんな義綱に光誠は優しく語りかけた。

 

「そう思われるならば、いっそのこと能登から退去し、再起を図るのも一つの手かと」

 

「どことも手を組まずに七尾城に籠るのはどう?七尾城は堅牢だから攻め落とされることはまずないわ」

 

 しかし、光誠は首を振った。

 

「姫様、それだけはおやめください。七尾湾の制海権は既に渡辺町に握られています。奥能登も渡辺町の支配下で口能登もいずれ渡辺町が取り込むでしょう。補給のない籠城ほど愚かなことはありません」

 

 光誠が強く諌める。いよいよ進退窮まっていた。

 

「わかったわ……。能登を出る。支度をお願い……」

 

 苦渋の決断だった。義綱の双眸から一条の涙が流れる。

 

「申し訳ありません。姫様……!」

 

 光誠もまた瞼を潤ませていた。

 

「光誠、謝らないで。まだ私の夢が潰えたわけじゃない……!」

 

(必ず、私は能登に帰ってきてみせる。渡も遊佐も蹴散らして、能登に平穏をもたらす。畠山家は下克上なんかに負けないんだから……!)

 

 米

 

 加賀国・大聖寺城。

 加賀南部のこの城で宗滴は床に横たわりながらも、細作・伝令からの報告を待っていた。

 宗滴は光教の策に乗り、加賀衆に攻めかかった。が、その途上で病に倒れていた。

 宗滴の年は七十を優に超えている。病に倒れてもおかしくない年ではあった。

 

「報告!能登の渡辺町において渡光教が温井・遊佐軍を撃破!温井方の大将続宗は討ち死にしました!」

 

「そうか。実に痛快な戦をしたものよ」

 

 細作の齎した報に宗滴は破顔した。枯れた身体に血が滾ってくる。

 戦いたいと激しく思った。

 しかし、宗滴にはその時間は残されていない。

 細作が去った後、宗滴は宙を見上げた。眼に映るのは天井であり、見晴るかすような青空ではないことを酷く不満に思った。

 

「口惜しい……!一揆衆を始末しておらぬし、熊野勝定との決着も付けられずじまいで、織田信奈と渡光教の成長を見届けることができぬ……!まだまだ、生き足りぬ」

 

 せめて三年、余命が欲しいと思った。

 それまでに望んだ全てが叶うと宗滴は予感した。

 だが、天は、運命は残酷だった。

 この報告から三日後に宗滴は病没する。侵攻軍の指揮は朝倉景隆が引き継いだが、玄仁の反撃により敢え無く敗退した。

 

 渡辺の戦いと宗滴の死。

 この二つを超えて北陸は新たな時代を迎える。

 




読んで下さり、ありがとうございました。
次回からは四章を投稿します。
とはいえ、北陸十年史編はまだ終わりません。能登編ほど長くするつもりはないですが、他の北陸の国(多分一、二国ぐらい)もいつかやります。
誤字・感想、意見などあればよろしくお願いします。

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