シリアス控えめにした結果が以下の通りになります。
多分前話までとカラーがだいぶ違うと思います。
では、どうぞ
渡辺町に戻った光教は信州・松本平からの浪人である穂高正文と対面していた。
穂高正文は元は信濃守護・小笠原長時の配下で松本平にある領地で安穏と暮らしていた武将だった。
しかし、武田晴信が塩尻峠の戦いで長時を散々に破るとその運命が一変する。晴信の武力を恐れた長時が村上義清の元に家臣を置き捨てて、美女だけを連れて逃げてしまったのだ。
この後、松本平は無政府状態になり晴信の草刈場となってしまう。そんな中で最後まで持ち前の武勇と指揮能力を活用して晴信に抵抗したのが、この穂高正文であった。
「いや〜、聞きしに勝る男前ですなあ、渡どの」
(なんだこの軽薄な男は……)
だが、本人を一目見てしまえば、穂高がそのような遍歴を持つ人物だとは大概は思えない。
光教もその例に漏れず、戸惑いを隠せないでいた。
「貴公はなぜ私たち渡家に仕えようと思った?武田晴信にやられた人間ならば、村上義清と言い、貴公の主君と言い例外なく越後の長尾景虎を頼っているだろう?わざわざ能登くんだりまで来る必要があったのか?」
光教に問いかけられると、穂高の表情から軽さが鳴りを潜める。
「確かに今までの流れから言えばそうなるのが自然かもなあ……。けどよ、なんつーか俺っちはそれが嫌だった。まぁだからといって盛大に反抗しといて今更武田に降れるわけもない。だからはじめは俺っちは松本平から安房峠を越えて平湯村の雷源公を頼ったんだ」
(確かに熊野雷源に頼るのは武田、長尾を選ばないなら妥当な選択ではあるな……。やはりただの優男ではないな……)
「けど雷源公に「今の俺たちは武家じゃないからお前を召抱えることができない」とすげなく断られてしまってな。それで行き場に困って雷源公に聞いたら「そうだな……、能登の渡辺町ならいいんじゃないか?」と勧められたから来たんだ」
(行き当たりばったり過ぎる……!)
だが、感心できたのはそこまでで、光教は頭を抱えていた。
(前言撤回。だめだ、やはりこいつはただの馬鹿だ。力はあるが根本的に馬鹿なのだ)
ついぞ光教はそう結論づける。
「まあこんなんでも召抱えてくれたらちゃんと命賭けて仕えるから頼む。この通りだ!」
穂高が土下座をして懇願する。その姿はみっともないと言えなくもない。頼廉に至っては苦笑いを浮かべていた。
だが、光教は笑わなかった。
(こいつはいかにも単純で馬鹿だ。だが、これは一本気と言い換えることもできる。だがしかし、……なぜであろうな。なぜか俺はこいつを捨て置けぬ。少し気にくわないことではあるが)
そして光教は決断する。
「良いだろう。穂高正文、私はお前を召抱えることにする。これよりはその武を以って私の覇業を支えてくれ」
「!本当か⁉︎ やったぜ!」
こうして穂高正文は光教の家臣となった。
その日の晩、光教は自室で重泰と酒を酌み交わしていた。
「しかし、よろしかったんですか?」
「何のことだ?」
「穂高正文についてです。あの者が温井・遊佐や飛騨、越中の間者だとは思わなかったんですか?どうにも胡散臭くて……」
「その可能性は会う前は私も考えた。この時期に突如仕官してくるなんて『自分は間者です』とわざわざ伝えているようなものだからな……」
「では、どうしてですか?」
重泰は不思議でしょうがなかった。
光総が暗殺に倒れてからの光教は以前と比べると疑り深くなっており、生来の峻峭さと相まって今日のように初めて出会った人物をすぐに自らの陣営に引き入れるという行動をするような男ではなかったからだ。
「だらしない表情や軽々しい態度と色々あるが、なにより奴は無邪気だった。まるで童子がそのまま大人になったかのようにな。それで否応無しにこいつは信用できる人材だと思わされた」
(もしかしたら、俺はあのような無邪気さに焦がれていたのかもしれないな……。そしてあのような単純な奴が謀略の渦に飲まれるのを見たくなかったのかもしれない。だからか、手元に置きたいと血迷ったのは)
杯を掲げながら、光教は思索に陥る。
それを見て、重泰は微笑んだ。
「そういうことでしたか……。ならば何も言いません。むしろ穂高殿を大事になさりませ」
「言われずともそのつもりだ。あれだけの剛の者を冷遇するのはただの愚か者だからな」
光教はそう呟くと、立ち上がる。
「重泰、少し席を外すぞ。台所から南蛮渡りの葡萄酒を持ってくる。……そうだ。出くわしたらだが、穂高も飲みに誘うとするか」
光教の足取りは軽く、すぐに重泰の視界から外れる。
その頃合いを見計らったのか、重泰はぽしょりと呟いた。
「割合、素直じゃありませんね。光教様は……」
*****
穂高の仕官から三ヶ月後、広幸の水堀が完成する。頼廉らも三百丁の鉄砲を新しく調達した。
「それに近隣の硝石丘からも良き硝石が取れるようになった。軍備は完全に整ったと言っていいだろう」
「そうか頼廉。ご苦労であった」
頼廉の報告を受け、光教が頷く。
「では、これより私と重泰、穂高は手勢五十人と共に七尾城に参る。姫様と温井景隆の祝言式に参列せねばならないからな」
光教が渡辺町の軍備を整えている間に、畠山義続はついに温井・遊佐の傀儡に成り果てていた。
今回の温井総貞の孫、温井景隆と畠山義綱の祝言はそれをいかにもわかりやすく示したものである。
光教たちが向かった頃には七尾城内で温井被官の兵が前夜祭で酔いつぶれていた。
「うわー酒臭えな。こんなになるまで呑めたのか。俺っちも前夜祭参加したかったぜい」
「たわけたことを言うな穂高。お前の酒豪ぶりは凄いが、一度飲むと酔い潰れるまで飲むからな……。私やこいつらに行き渡る酒がなくなるだろうが」
「まあ、そうだけどよ……」
「冗談とは言い切れぬところが恐ろしいがな」
以前、高価な南蛮渡りの酒を全て穂高に呑まれた経験があったため、光教は穂高に対して酒絡みのことについては厳しく言うようになっていた。
だが、穂高が好むのは酒だけではない。
前主、小笠原長時と同じく色好みでもあったのだ。
「つーかあんな美人の姫様の相手が温井景隆ってなんか釈然としないんだよな……正直、姫さんと横に並ぶと権力に物をいわせて無理やり抱いたようにしか見えないんだわ。みてくれから言えば、俺っちや渡がくっつく方が妥当だよなあ」
「興味ないな。というより政略婚なんてそんなものだろう」
穂高に対して光教は女嫌い……というわけではないが、色欲が比較的少ない人種であった。
「しかし、あんたもつくづく冷めてるよな……。あんたほど男前なら引く手数多だろうに」
光教に素気無く返されて穂高がため息をつく。この三ヶ月である程度光教と関わってきたが、どうにもこの点ばかりは理解し難かったのだ。
「確かに祝言の申し込みは何度も来た。だが、全て政略婚だからな。そんな女など抱こうとは思えぬ。そもそも信用に置けない」
このように具合に雑談をしていると式が始まり、正装した景隆と義綱が参列者の間を歩いていく。
(くっ、畠山家のためと言えど、流石にこれは……!いや、我慢しなきゃ。光教の策通りに行けばこの茶番も結局意味がなくなるんだから)
景隆の隣で義綱は不快感を表情に出すのを我慢していた。
(光教どの早くしてください!あなたは畠山家が下克上に屈しても、姫様が酷い目にあってもいいというのですか!)
光誠が光教に何度も目配せする。その姿は事情を知らぬ者が見れば滑稽に見えるだろう。
(急くのはわかるが、気にするな。確実に狡猾に仕留めねば意味がないのだから……!)
そう自分に言い聞かせながら光教は静かに機を待つ。
そして、式が新郎父の話に移り、居城で病の静養をしていた続宗にかわって総貞が壇上に立った時、
(今だ!)
光教は、突如立ち上がり畳を強く踏みつけた。
すると発砲音が式場内に響き渡り、放たれた銃弾は総貞の心の臓を見事に貫いた。
(しまった、謀られたか……!儂ともあろう者が油断した、とても油断をした。あと少しで頂点に立てたと言うのに……)
耐え難い痛みの中で総貞は己の敗北を悟った。
そして地面に崩れ落ちる。
奸臣はついぞ覇権に至ることなく、舞台から退場した。
「うわああああ、温井様が撃たれたああああ!!」
被官の一人が絶叫したのが引き金となり、式場内は恐慌に陥る。
「策、成れり!待たせたな穂高、皆の衆。これよりは暴れても一向に構わぬ!」
「合点!」
光教が号令をかけると穂高と手勢五十人が式場に分け入り、温井家の面々に強襲を仕掛けた。
この強襲は功を奏しこの場にいた温井家の一族、被官全てを皆殺しにする。
だが、光教はこれに留まらず、この虐殺の次第を書いた直筆の書状をわざわざ温井続宗に送りつけた。
無論、書状を読んだ続宗は光教に激怒し憎悪する。
そして書状を読んだ翌日。続宗は家臣を呼びつけ、こう命じた。
「遊佐続光と加賀衆に使者を出せ!連合を組んで渡辺町を叩き潰すぞ!」
かくして、渡辺町に能登の覇権を握ろうとする勢力が集結する。
「これからだぞ穂高。総貞を消すなんぞ大勢の前ではただの些事に過ぎない。父の仇でなければもう少し雑に殺しても差し支えないぐらいにな」
「しかし、わざわざ挑発して連合を作らせるなんてな……。武田晴信も大概おかしいと思ったが……、渡、あんたはそれ以上だな」
「いや、今回はこれが一番だろう。逐一叩き潰せれば何よりだが、生憎今の渡辺町にはそのような余裕はないからな」
脳髄の中で組み上げられた策を反芻しながら、光教は不敵に笑っていた。
読んで下さりありがとうございました。
なんかサブタイ詐欺感が否めません。全て穂高に持ってかれた気がする……。
まぁ、それは置いといて今年の更新はこれで終わりです。なにぶん年末年始がまるまる泊まり込みバイトなもので……。
来年は能登編のハイライト、渡辺町の攻防戦から始まります。