今話では北陸十年史編でもっとも出したかった人物が登場します。
では、どうぞ
義総死後、家督は嫡男である畠山義続が継いだ。
「これよりは私が能登の国主だ。みな、私に力を貸してくれ」
義続が言うと、諸将は一斉に平伏する。
この畠山義続という男は義総が生きていた時分に主に外交交渉で成果を挙げており、とりわけ加賀衆とは強い友好関係を育んでいた。
義続の治世は実父である義総には劣るものの、概ね善政と言える。
だが、義総の死の衝撃は強烈なもので家督継承の翌年になると過去に義総によって追放されていた畠山駿河守が玄仁と共同して八千の兵を引き連れて能登に攻め寄せてきたのだ。
「おのれ、駿河守!私自ら成敗してくれる」
対して畠山義続と温井総貞、長続連、渡光総の四将が迎撃のために六千の兵を連れて出陣した。
両軍は加能国境近くの押水で遭遇する。
布陣は義続軍が中央に義続、左翼に総貞、右翼に続連と光総。
駿河軍が中央に玄仁、左翼に駿河、右翼に駿河の息子である畠山九郎が布陣した。
「父上。この戦には何か策を用いないのですか?」
義続軍右翼の軍中には光総の嫡男、
当年をもって十四歳。この押水での戦いが初陣だった。
「義続様曰く、敵は戦を知らぬ素人、策を講じる必要はあるまいとのことだ」
これを聞いて光教は端正な顔立ちに嘲りを混ぜて嘆息する。
「はあ……、不遜を恐れずに言いますが義続様はお馬鹿さんではないですか?確かに加賀衆はにゃん向宗の門徒で武家とは言い難い存在ですが、戦は義続様よりは知っております。少なくとも侮るべきではないでしょうに」
「口を慎め光教。義続様と加賀衆の関係は深い。ゆえに義続様はそう激しい戦いにはならぬと思っておられるのよ」
「それならばわざわざ出陣せず後方で調略に励めばよろしいではないですか。お言葉ながら義続様の場合はそちらの方が良い戦果を挙げられましょう。たとえ『戦陣に出れぬ臆病者』と称されても要は勝てばいいのですから」
「……」
光教の舌鋒の鋭さに光総はついに閉口した。
(優秀ではあるのだがな……)
利発である分、人や物事の脆いところを的確に突いてしまう。
そのため光教は敬遠され同年代に友と呼べる者はなく、父である光総とその盟友となった広幸に頼廉と光教に付けられた教育係、鈴木重泰の四人を除けば人付き合いは皆無と言えた。
「さて、父上。呆けている場合でしょうか。総貞殿がそろそろ畠山駿河と干戈を交えようとしていますが」
「なぬっ!一番槍を取られたか!ならば二番槍は俺が頂こう!」
「私も供をします」
「ならぬ。お主は頭は切れるが武芸に関して言えば練達具合がまだ足らぬ。二番槍を狙う俺たちにとっては足手まといになるではないか」
「そこについても抜かりはありませんよ。重泰!」
「はっ!」
そう言って光教は重泰を呼びつけて種子島を持って来させた。
「それは、南蛮のおもちゃではないか!」
「ええ、種子島ですね。それがどうかしましたか?」
「そんなもの、乱戦になれば使い物にならぬぞ。やはりお前は連れていけぬ。皆の者出るぞ!前進!」
「ふむ、光総どのも出るか……ならば私達も出ようではないか」
光総は光教を一瞥すると号令をかけて畠山九郎の軍勢に攻撃を仕掛ける。続連もまたそれに倣った。
「はぁ……、殿達行っちゃいましたね。光教さま、どうします?」
「このまま本陣に居座るわけにも行くまい。重泰!私たちも出るぞ!」
二将に遅れを取ることしばし。光教主従もまた光総の後を追うのだった。
それから数時間後、右翼の戦いは一進一退に推移していた。
「これが我らが能登に返り咲く最後の機会よ!ここで死力を振り絞らずしていつ振り絞るというのか!」
駿河のひいては九郎の能登への執着には舌を巻かされる物があった。
決して九郎は戦に長じた将ではない。しかし此度の戦いに限っては光総、続連の二将を相手に一歩も引かない戦いを繰り広げている。
そんな中、前線で薙刀を振るっている光総の元に二騎駆けてくる者たちがいた。
「父上!」
「光教、重泰!ついて来たのか……!」
光総は目を見開いた。追い返そうと一瞬思ったが、ここまで来てしまえば帰そうとする方が悪手だと気づいて思い留まったからだ。
「これは戦線が膠着してしまっていますね……!」
「ああ、今こそ天秤を傾けるために策が必要な頃合いだ」
重泰がつぶやき、光教が頷く。
「というわけで父上、怪しまれない程度に押されて本陣あたりまでお引きください」
「光教、お主はいきなり何を言うておるのだ」
「策ですが何か?」
「むぅ……」
光総が顎に手をやり考える。
(確かに、何か動きが欲しいところではあるが……)
光教の知略は高いと言えど、まだ初陣の身。ゆえにその策を考えなしに受け入れるには抵抗があった。
しかし、そうも言ってられない事態に陥る。
光総の元に伝令が必死に駆けてこう伝えた。
「急報!長続連様、弓に射られて落馬なされました。幸い命に別状ありませんが、もはや前線は維持できません!」
「……!光教、お前の策に乗る。具体的に内容を教えよ」
「承知しました」
それから数分間策の内容を語ると光教と重泰は本陣に帰陣した。
光総はジリジリと意図的に押されて本陣から敵軍が見えるような地点まで退くと、陣形を崩して兵を左右に散開させる。
「父上は思いの外、器用な用兵をしますね。策を練る側にとってはありがたいことです。では、重泰」
「はい、光教様」
光教が重泰に言うと本陣から鉄砲兵百が姿を現す。
この兵たちは重泰が畿内から持って来た鉄砲をうまく扱える北陸初の鉄砲兵だった。
鉄砲兵たちは横陣を組むと照準を九郎の騎馬に合わせた。
「のこのこと追ってくるとは、貴様らは凡愚なのか?今よ!鉄砲隊放て!」
光教が采配を振るうと同時に戦場に凄まじい轟音が響く。
「っ!これは何事か!あ、痛……!」
その音は続連が落馬して腰を痛めていたことを忘れて思わず立ち上がってしまうほどであった。
銃後にいる味方の将はこの程度で済んだが、銃口を向けられ、弾幕を貼られた九郎軍は悲惨であった。
「ああ!鎮まれ!」
馬が騒ぎ、騎馬兵が相次いで落馬し、足軽もまた逃散する。鉄砲百丁の轟音が軍を解体させたのである。
だが、九郎軍の惨劇はまだ終わらない。
「凄まじいの一言に尽きるが、音に驚いてこちらの騎馬兵も使い物にならぬな……。まあよい。全軍、九郎軍に突撃せよ!」
先程散開した兵達が九郎軍目掛けて左右から挟撃を仕掛けたのだ。
こうなるともはや九郎軍はなすすべもなく、九郎は落馬した後に恐慌した馬の蹄に頭蓋を踏まれて果てた。
「ふむ、策がうまく嵌るとはなかなかよいものだ……」
戦場を眺めて光教はひとりごちる。
遠くも近くもない未来、渡光教は戦国屈指の知将として名を響かせることになる。
今日の押水の戦いはその端緒と言えた。
米
押水の戦いは全体の戦況で言えば一進一退ではあるが、局地的に見れば優劣ははっきりしていた。
左翼では一番槍をつけた総貞の軍が一気呵成に駿河軍右翼に攻め入り駿河軍を壊滅させて駿河を討ち取り、右翼は前述の通り九郎を死に至らしめた。
両翼が壊滅した以上、戦況は駿河軍が絶対的な不利に思えるが、一人戦況を支えていた者がいた。
その人物とは、中央軍にて常通り先頭に立って義続軍を蹴散らしていた杉浦玄仁である。
「竜田派など、私は認めない……!」
玄仁の薙刀は此度の戦ではいつも以上に鋭い。
怒りに任せて玄仁が薙刀を振るうと義続兵二人が同時に斬り捨てられた。
これは広幸が打ち立てたにゃん向宗竜田派を根絶するという執念がなせる技であった。
非攻専守、政教分離を掲げる竜田派は石山本猫寺、加賀衆にとっては決して認められないもので、とりわけ政教分離に関しては既得権益を持ち始めていた教団重鎮の逆鱗に触れた。
おおよその重鎮達と異なり、玄仁は清廉で既得権益を持とうとはしなかったが、教団を否定したということと創始したのが自らの腹心であった竜田広幸であったことが激しい怒りを抱く理由となる。
(広幸、あなたはどうして裏切ったの。私はあれほどあなたを信頼していたというのに……!)
故あって親族の顔を知らない玄仁にとって広幸は何の疑いもせずに信頼できる数少ない人物であった。
しかし、いつしか理想、信念など様々なものが違えてしまい、ついぞ二人は共存できなかった。
(私が正しいということを私はあなたに認めさせる。そうすればきっと……!)
「ひ、ひぃ!者共、迎え撃て〜!」
その気迫に押されてか義続率いる中央軍は及び腰となってしまっている。これでは玄仁の相手は務まらない。
中央軍は一気に本陣まで押し込まれ、壊乱直前に陥る。
義続は危うく玄仁に討ち取られそうになったが、左翼の温井総貞が玄仁軍の側面を突いたことで九死に一生を得た。
側面を突かれた玄仁は不利を悟り、やや後退して加能国境に滞陣した。
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その後、義続は六角家を通じて本猫寺に通じて和睦交渉を申し入れる。
本猫寺側は畠山駿河親子という能登侵攻の大義名分を失ったため、交渉のテーブルに座らざるを得ない。
交渉は義続が戦での不名誉を返上せんと励んだ結果、本猫寺側から能登からの撤兵を引き出した。義続自身は関係修復を狙っていたが、それでも充分な成果であった。
しかし、それでも義続の権威が揺らいだことは否めない。代わりに左翼で駿河を討ち取った温井総貞、子である九郎を破った渡光総の発言力が向上する。
義続にとってはやや不満が残る結果だが、押水の戦いはこうして幕を閉じた。
読んで下さりありがとうございました。
一応、出したかった人物の答えは渡光教さんです。
昭武とはまた違った感じに描写していきたいと思います。
誤字、感想、意見などあればよろしくお願いします。