オリ大名をブッこんでみた。   作:tacck

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雷源伝 第七話 雷源の平湯村開拓日記②

 天文廿二年 六月十日

 

 平湯村が出来てから三年が経とうとしていた。

 村の生活の流れが定まり、人々の生活は安定するようになった。

 だが、普通の村ではそれでいいのだろうが、平湯村では不足だ。平湯という地は信越飛三国の三叉路の近くにある。ゆえに少し歩けば、合戦を繰り広げられている場所に至る。この前も、大滝のあたりで姉小路軍と江馬軍が対峙していた。

 ともあれ、思った以上に戦の危機が近い土地柄である以上、俺たちは備えをしなくてはならない。だが、それには金が必要で、近隣の村々と貿易するだけでは足りるわけもない。もっと人口が多い地域と直接繋がるぐらいのことをしなければならない。

 そういうわけで俺は腕っ節自慢の若い衆を連れて堺に向かうことにした。堺は日ノ本随一の商都で、全国の産物が揃う。

 今までの堺との交易は松倉の町の大商人に任せていたため仲介料をだいぶ取られて全盛期に近い武装をするだけの金は確保出来なかったが、これが成ればその問題は霧散するだろう。

 

 

 天文廿二年 七月二日

 

 東山道を歩き続けて、堺に着いた。

 堺を仕切るのは三十三人の会合衆で、一人一人が大商人だ。今回の商談の目標は彼らに絞る。

 東山道方面、北陸方面に商いを拡大したい奴らにとっては護衛の費用を浮かせられる平湯村は魅力的に思えるはずだ。

 

 天文廿二年 七月四日

 

 この日は納屋の今井宗久どのと商談をした。この男は大和出身の堺ではどちらかと言えば新興の商人で、事業拡大を強く考えている。いかにも俺たちにとっては御誂え向きの人物だった。

 結果から言えば、一昨日の俺の見通しは間違っていなかったようだ。宗久どのは二つ返事で俺たちの提案を聞き入れてくれた。

 曰く、護衛にかかる費用は存外馬鹿にならず、経費の削減となる、とのことだ。

 腕っ節の若い衆を連れてきたことが幸いしたのかもしれない。直に彼らの実力を見ることで、宗久どのは俺たちを信用してくれたのだ。

 

 天文廿二年 七月十日

 

 宗久どのと話を着けてからはとんとん拍子で事は進んだ。宗久どのの他、数人ともうまく話を繋げたのだ。これで軍備に耐えうる収入を得られたであろう。

 ついでに種子島と呼ばれるてつはうも宗久どのから頂いた。

 これは日ノ本に来て十年も経たない最新兵器であり、引き金を撃つだけで比較的真っ直ぐな軌道を描いて弾が飛ぶというものだ。

 これの凄まじいところは鍛錬の必要があまりないということだ。

 この種子島の由来は文字通り島津家の領土である種子島から日ノ本に拡散したからであるが、それ以前に南蛮から種子島に伝わった際、島の武家に比べて明らかに身体つきに劣る南蛮人が、弓では届かないところにいる鳥を撃ち抜いたらしい。

 このことから類推するに、種子島を扱うためには視力と器用さ正確さを求められるだけなのだろう。

 筋力は最低限の種子島を構えられるだけあればいいため、撃つだけならば、性差すらも関係ない。守城戦においてはより多くの民を動員できる。

 だが、種子島には致命的な弱点がある。

 そもそも種子島自体が高いのだ。正直、平湯村では年に十艇買えるかどうかというほどである。今回宗久どのは五十艇くれたが、正直貰いすぎではないかと思った。

 

 天文廿二年 七月十一日

 

 この日は宗久邸に新たな来客があった。

 南蛮から来た宣教師とのことらしい。

 昨日の種子島の件で南蛮についての興味関心が高まっていたこともあり、是非とも会ってみたかったのだ。

 名をフランシスコ・ザビエルという。一見繊細であるように思われるが、その実は歴戦の将にも引けをとらない。

 世界を半周するというのはこれほど大変なことだと、俺は思い知らされた。

 俺はザビエルどのに南蛮やキリスト教の話をしてもらうかわりに、南蛮人が未だ訪れていないであろう東国や畿内で良く目にするだろうにゃんこう宗の話を知った。

 すると、意外にも東西で共通することはあった。

 ことわざもそうであるが、にゃんこう宗に教団の掲げる反武家派と今年能登で広幸が開いたらしい武家をも含めた公界を造る(八代様の理想に近いので回帰かもしれん)竜田派があるように、南蛮も教会を重視する旧教と聖書を重視する新教があったのだ。

 

「ヨーロッパでもまた神聖ローマ帝国を中心に旧教と新教の対立が起きています。とはいえ、ただ単に教えの正統性で争っているわけではありません。古豪と新興国、王権や貴族と民衆といった新旧両者の戦いでもあるのです」

 

 ちなみにザビエルどのは旧教派である。というよりも宣教師が新大陸や日ノ本に来るのも新教に対する対抗宗教改革というべき活動の一環だった。

 だが、ザビエルどのは妄信的に旧教が正しいと考えているわけではなかった。

 

「神の教えが世界に広まることはいい。ただ、それを祖国が利益を得るための道具としては使われたくはないのです。……新教はあまりに道具として優秀すぎました。なにせ今まで自分たちを抑圧してきた王権貴族を説得力を持って批判することできるのですから。民衆たちは縋りたくもなるでしょう。同じように私たちの布教も交易関係を持つ端緒としては有用です。さらに今のところ知識を私たちが独占しているような状況ですので、考えたくないことですが間違った知識を与えて日ノ本の人々を私たちの都合のいいように誘い込むことが出来てしまうのです」

 

 ザビエルどのは迷っていたのだ。自らの活動が日ノ本を滅ぼす端緒になるのではないかと危惧を抱いている。なまじ新大陸で日ノ本以上の大帝国が二つ滅ぼされたという前例があるばかりに。

 

「あなたが嫌う考えであるが、俺は日ノ本が滅ぶのは原因にあなたの教えがあったとしても日ノ本のせいだと思う。八百万の神々がおわす日ノ本ならでは、いや俺独自の考え方かもしれないが、宗教はやはり道具だ。とはいえ、利権のための道具ではなく人々が幸せになるための道具だがな。そして、道具にはそれぞれに正しい使い方というものがある。つまりだ、あなたの教えで日ノ本が滅んだ場合はそれはあなたのせいではない。使い方を違えた俺たちのせいにしかならない」

 

 励ましになるかはわからないが、俺はザビエルどのにそう伝えた。

 するとザビエルどのは「あなたは強い人です」そう言って柔和な表情で微笑んでくれた。

 さて、教条的な話はここでよそう。書く側がそろそろ飽きてきた。

 ザビエルどのは世界を旅してきた。だからだろうか、薬学などにも精通していた。

 そのため俺が時々吐血することを伝えると、ザビエルどのは真剣な顔をして、

 

「雷源さま。その吐血はただの吐血ではありません。文字通り自らの命を削っております。私の見立てでは、もう五年も生きられないでしょう」

 

 と、伝えられた。

 

「まあ、そうだろうと思っていた」

 

 そのことに対する驚きはあまりなかった。

 今まで、何をしても吐血は平等にやってきた。理由がわからない以上、考えられるのはただそうなるだけの運命だったぐらいだ。

 つまるところ、ザビエルどのは俺の予想が真実だと証明してくれただけに過ぎない。

 

「となると、やっぱあいつらが元服するまでは生きていられないか」

 

 昭武と優花は現在九歳。それから五年となると十四。早くやればともかく一般的とされる十五には届かない。

 悔しさはある。が、それほど強いものではなかった。なにせ、俺が夢見た奴らとの平凡な生活はすでに叶っているのだから。

 悔いがあるとすれば、将来戦に巻き込まれた時に助けてやれないことだが、俺は一義や長堯たちを信じている。彼らさえ生き延びれば昭武と優花を守り、導いてくれるだろう。

 

「雷源さま。私は薬を持っています。限られた運命を無理やりねじ伏せる薬です」

 

「そんな都合のいいものがあるわけあるか」

 

「この薬は決してそのような物ではありません。たしかに飲めば、数年の延命は叶います。しかし、その代償として身体の全ての生気が使い果たされ、効能が切れれば確実に死を迎えるのですから」

 

 実は、私も使っているのです。

 続けて、ザビエルどのが告白すると俺は思わず息を飲んだ。

 

「世界を回り続けて幾星霜、私はもう本来の寿命が尽きてしまっているのです。今回、日ノ本に来るために私はこれを飲みました」

 

「魔薬の類だろうが、貴重品であることには違いないだろう。なぜ、それを今日初めて会った俺になど……」

 

「雷源どの。あなたは聡く、それでいて強い人だ。しかし、あなたには時が足りなかった。きっとあなたの望みを叶える機会に立ち会うことすら叶わないでしょう。私はそのことを惜しんだのです」

 

 問われるとザビエルどのは悲しげな表情を浮かべて答え、俺の前に件の薬が入った袋を置いていた。

 それに俺が感謝を伝えたところで解散となり、ザビエルどのは定宿にしている小西邸へ帰っていた。

 フランシスコ・ザビエル。

 ただの宣教師、南蛮の情報を伝える人材の枠を超えた人物だった。

 彼のような人物が飛騨に来てくれれば、昭武たちのためになる。かといってザビエルどのに来てもらうには難しいだろう。なにせ飛騨は日ノ本の中でも厳しい環境だ。限られた余命をさらに削らせてしまう。

 とはいえ、教育にさらに力を注ぎたいという熱は収まりそうになかった。

 




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