求めてねーよと言われそうですが、今書かずしていつ書くんだと思ったので投稿します。
では、どうぞ。
雷源伝 第一話(第十三話) 反旗
時は戦国。
内乱続く越後の地に熊野家という豪族があった。当主の名は熊野定義と言い、彼には二人の子供がいた。長男の政定、次男の勝定である。政定は知略に、勝定は武勇に優れていた。
熊野家は越後守護に代々支えてきた家で定義もそのご多分にもれず、守護の上杉定実に仕えている。
「長尾為景許すまじ」
定義は常々彼の周りにこぼしている。今の越後は往時のように越後守護が頂点ではなく、越後守護代であるはずの長尾為景が差配していたのだ。定義はそれが気に入らないのである。
だが、勝定は定義の言を違った観点から考えていた。
(確かに為景は気に入らない。越後ひいては東国が乱れたのは為景のせいでもある。しかしもう越後守護に力は残っていないし、為景がもし倒れてももう越後の内乱は収まらないかもしれんな……。収めるには………為景よりも遥かに強い力で根こそぎ潰す、か?馬鹿だからこれぐらいしかわからん)
勝定は越後の内乱を倦み、憂いていた。しかしどうすれば内乱が収まるかとんと分からなかったのだ。
*************************
熊野家の館に一人の青年が訪ねてきた。
長身に総髪、そしてかぶいた異相。名を宇佐美定満と言う。
「定満どのよく来なさった」
定義が親しげに声をかける。
「定義の爺さんも相変わらずだな。勝定も元気そうだ」
熊野家と宇佐美家は同じ越後上杉氏に仕えてきた関係で交流があり、仲がいい。とりわけ勝定と定満は傾奇者という共通点があったため親友と言える間柄にあった。
「定満。今日はどんなうさちゃんを持ってきたんだ?」
「おう、今日のうさちゃんは奮発したぜ!なんと、瞳が翡翠で出来ているんだ!」
そう言って定満が懐から取り出したのは雷源の手に収まるくらいのサイズのうさぎのぬいぐるみだった。目には最高級の翡翠が取り付けられている。
定満は家名のせいか兜の前立てにもうさぎを象ったものをつけるほどのうさぎ好きなのだ。もっとも、それに理解を示すのは勝定ぐらいで、他は冷ややかな態度を取る。
「定満どの、今日は何か用があって来たのか?」
定義が苦笑いを浮かべながら問うた。
「ああ、それなんだがな……」
定満の表情が先に比べて鋭くなる。先のうさぎ狂いからの落差が激しい。軽薄そうな見た目、振る舞いをしているが定満は越後で随一の軍師である。
「為景にまた反乱を起こすから、協力して欲しいんだ」
「承知した」
「って即答かよ!」
思わず定満がノリツッコミをしてしまうほどの早さで定義は答える。
「何を驚いているのだ定満どの?わし、定義の「定」の字は定実様より賜ったことは知っておろう?考える必要すらないではないか」
「いやまあ、定義どのは賛同してくれるとは思ってたが、少しは考えてから答えた方がいいんじゃないか?」
「定満……親父にそれが難しいのは知ってるだろう?定実様が絡めばもう無理だ」
勝定は呆れ笑いを浮かべる。
「けどよ、勝定。心配にならないのか?」
「いや、親父の頭は回らなきゃいけない時には回るからな。あまり心配はしてないぞ」
定義は上杉定実が絡むと思考停止する癖があるものの、この内乱続く越後で五十後半まで生き長らえている。決して愚かな武将ではなかった。
***************
熊野館での会談から五日後、定義と定満は反為景派に反乱を呼び掛けた。
「わしはこれ以上、あやつが好き勝手に振る舞うのを看過出来ぬ!」
「今度こそ為景のやつを引き摺り下ろして敵討ちを遂げてやる!」
熊野家と宇佐美家は反為景派の中核とも言える勢力で、二家がそろって反旗を翻したことは、越後中の反為景派にとっては好機だった。
こうして熊野家と宇佐美家のもとには揚北衆を中心に諸家が集った。本庄家、新発田家、北条家などである。また上田長尾家も参加し、越後守護上杉定実からは本人は参加しないものの、麾下の兵五百を援兵として送られている。
「また、宇佐美か。いちいち俺に楯突きやがって」
宇佐美定満の存在は為景にとって悩みの種だった。かつて定満の父、宇佐美房忠を討ち、定満を除いた一族を皆殺しにことから為景を不倶戴天の敵(為景側から見れば)と見なし、何度も反乱を繰り返してきた。また越後随一の軍略家であり、為景を何度も死の瀬戸際に追い込んだこともある。
その定満が、今まで不動だった反為景派の巨魁、熊野定義と手を組んだのだ。さらに上田長尾家の長尾政景も定満側に加わっている。
「厄介な戦だが、叩き潰し甲斐がありそうだな……」
為景は直江大和を呼びつけて、動員令をかけた。直江大和に下知をしている間、為景はずっと獰猛に笑っていた。
米
為景軍と宇佐美・熊野連合軍の衝突は柿崎の地で行われた。
兵数は為景軍が四千、連合軍が八千と連合軍側が多く、戦の前は連合軍が有利だと思われたが、蓋を開けてみると為景が優勢だった。
「よくこれだけの数を集めた……!だが、自由に動かせねば無意味よ!」
手品の種としては、為景は揚北衆の軍を中心に集中攻撃を浴びせたのだ。
連合軍参加の揚北衆の諸家は多い、しかしそれを一手にまとめ上げる家がなかった。そのため指揮系統がバラバラで各個撃破が容易だったのだ。
「伝令!新発田家が壊滅しました!」
「伝令!本庄家、激しく消耗して撤退しました!」
「伝令!上田長尾家、戦わずして撤退しました!」
連合軍の本陣に凶報ばかり伝えられる。
「なんてこった……!」
定満が頭を抱える。
(為景の野郎、弱い所ばかりついてきたな。元々揚北衆はまとまりづらい……俺や定義のじいさんじゃ結局言うことを聞かせきれなかったからな……。定実のじいさんを説得して戦場に連れてくるべきだったか)
揚北衆以外にも上田長尾家が戦わずして撤退したことも事態を深刻なものにしている。
上田長尾家は魚沼を根拠地としていて、魚沼はちょうど定義達の根拠地の真南に位置し、しかもそれほど離れていなかった。
……つまり連合軍は背後に上田長尾家という憂いを抱えてしまったのだ。
「定満どの」
定義が定満に促す。定義も今取るべき手段は何か分かっていた。
「ああ、もう戦線が維持できねえ、撤退だ!」
「殿はそれがしにお任せを」
「一義、頼んだぞ!」
柿崎の戦いは為景軍が大勝を収め、連合軍が敗退した。
しかし戦はまだ終わりではない。
為景は退却する熊野家に対して猛烈な追撃を始めたのである。
「負ければ死、あるのみよ!」
為景の追撃戦は残虐なものであった。
かつて魚沼の長森原にて当時の関東管領上杉顕定もまた為景の追撃戦で首を盗られ、春日山城下に晒された。配下の将兵もそれと同様だった。
今もそうだ。為景が戦をした後は春日山城下は三日間は血の匂いが抜けきらないほどの晒し首が並ぶ。
だが、定義の首は未だに盗られていなかった。
「気張れよお前ら!親父には百まで生きて貰わねば困る!」
「勝定様!ここまで出張られては困ります!」
荒尾一義の率いる軍と、定義の次男である熊野勝定が殿で奮戦していたからだ。
一義の守りの戦における比類ない手腕と越後屈指の武勇のコンビネーションは多大な犠牲を払いながらもどうにか為景を一時退けることに成功した。
*************************
熊野館に帰還した定義はすぐに白雲斎を呼び出していた。
「定義様、戸沢白雲斎にございます」
「よく来てくれたのう……。白雲斎、今からわしはお主に最期の命を与える……。心して聞け……」
白雲斎は彼にしては珍しく背筋をピンと伸ばして定義の命を聞いていた。
熊野軍が熊野館に撤退した八日後、軍の再編を終えた為景が熊野館に来襲した。
熊野館は館と言いつつ、並みの城並みの防衛能力を有していたが、為景の攻勢の前には無意味だった。
熊野家は二日に渡って抵抗してきたが、衆寡敵せず本館にまで為景軍の侵入を許してしまっていた。
本館の片隅、兵糧庫になっている場所で定義は息子二人に語りかける。
「政定、勝定。お前達は今から館から離脱せよ。わしはここに残る。それが此度の戦を仕掛けたものとしての義務よ」
「親父!定実様に忠義を尽くすんじゃねえのかよ!親父が死んだら誰が定実様を守るんだ!」
勝定が定義の胸倉を掴んで食いかかる。定実のことを引き合いにしているが、勝定はただ定義に生きていて欲しかった。
「定実様のことは定満とお前達に任せる。さあ、さっさと逃げよ。生き延びて若者の義務を果たせ」
「説得は無理か……!ぐっ」
勝定が苦々しい表情で定義から手を離す。
「……勝定、行くぞ」
「離せ、兄貴。親父が残るなら俺も残る!」
「黙れ!長堯、昭元、助春、俺を手伝え!」
政定、宮崎長堯、星崎昭元、瀬田助春の四人がかりで強引に暴れる勝定を押さえつけて、兵糧庫を後にする。為景兵を個々の武勇で屠りながらようやく本館を出たところ、突如本館の火の勢いが激しくなった。
「親父!親父ィィィーーーーーー!!」
勝定の悲痛な叫びが辺りに響く。政定もまた静かに泣いていた。
米
本館から出たはいいものの、政定達は立ち往生していた。
(館の包囲が思いの外堅固だ……。どうにかして隙を作らなければにげられないな……)
今、政定と勝定を守っているのは、宮崎長堯、星崎昭元、瀬田助春の三名。初めは十数人の足軽もいたのだが、皆すでに為景の兵によって討ち取られていた。他にも館内には一義や白雲斎がいたが、為景軍が圧倒的優勢な今の状況では助けを求める以前に連絡が取れない。
政定は今いる五人でこの難局を乗り切らねばならなかった。
(ここにいるやつは俺以外、皆武勇に長けている。だから俺以外はおそらく門の近くまで行ければ独力で逃げられる。だが先にも考えた通り今の状況ではそれを許してくれないだろう。つまり門近くまでは隙を作る必要がある……)
そこまで考えて政定は一つ策を閃いた。そして打ち震えた。
(俺が囮になり、他の四人を逃がす)
政定は今の策をなかったことにして、暫し考えた。しかし他の策は思いつかず、その策が頭から離れなかった。
政定は分かっていた。
自分が脱出行において一番の足手まといになることを。そして自分と勝定、どちらかしか生きることができないのなら勝定を生かした方が良いことも。
政定は覚悟を決めた。
「勝定、今からお前達四人は固まって東側の門を目指せ、俺はここから近い南側の門に向かう」
「兄貴まで何てことを言い出すんだ!」
勝定は政定の言うことを聞こうとはしない。勝定には父に続いて兄を失うことが耐えられなかった。
「長堯、昭元、助春!兄貴の自殺をやめさせろ!」
先の政定と同じように勝定は三人に命じる。しかし誰も勝定に従わなかった。
「勝定様。もはや政定様に言葉は届きませぬ。政定様の覚悟、台無しになさらぬよう……!」
逆に長堯に諌められ、
「政定様、お一人では囮になるにしても弱っちくていささか心配ですなぁ……我ら二人も加わるとしよう」
「そうですな、昭元どの」
昭元、助春に至っては政定に勝手に付き従っていた。
「もう時間はないな。昭元、助春行くぞ」
政定は悠然と歩き出す。三人とも決して振り返りはしなかった。
米
勝定と長堯は東門から脱出に成功した。東門の兵力は南門に大部分を割かれており、勝定と長堯の二人でも突破可能だった。
(兄貴、昭元、助春。生きていてくれよ……)
しかし、勝定の願いはついに叶うことがなかった。
翌日、政定と昭元と助春の首が焼けた熊野館の前に晒されていたのだ。
「くそ!くそ!くそォォーーーーーーーーー!!」
勝定は力つきるまで何度も何度も拳を地面に殴り続けた。
みすみす父親を、兄を、側近たちを死なせた自分と為景に激しい怒りを覚えた。
体力が回復すると勝定は熊野館下の町を歩き回った。
熊野館下の町は為景軍の略奪や放火でもはや廃墟と化していた。住民も殺されるか、連れて行かれるか、逃げているかで人の気配が全くなかった。
しかし、とある一画で勝定は泣き声を聞いた。瓦礫の中に分け入り、泣き声の元をたどる。
たどり着いた先には、ようやく歩けるようになった年頃の男児と女児がいた。二人は勝定が近づくと泣くのをはたとやめた。
「ガキども、親はどうした?」
勝定が問うと、男児女児双方共に首を横に振る。
「いないか…、まあそうだろうな」
そう言うと勝定は道に戻ろうとする。すると男児と女児がその小さな手で勝定の袴を掴んでいた。
(そういえば昭元と助春は祝言を挙げたのはいいが、子をまだ仕込んでなかったな)
ふと、勝定はそんなことを考えていた。
「なぁガキども、親がいないなら俺についてこないか?一人はどうも寂しいんだ」
男児と女児は頷いた。
「んじゃ、ガキどもでは呼ぶ時不便だから名前をつけることにしようか。そうだな……、男の方は星崎昭武、女の方は瀬田優花、でどうだ?」
適当に挙げた名だったが、どこかしっくりくる。
勝定はフッと笑った。
読んで下さりありがとうございます。
少々話を急いだために、量の割には内容が薄い上に展開が早すぎるかもしれません。時間があれば加筆します。
誤字、感想、意見などあれば、よろしくお願いします。