オリ大名をブッこんでみた。   作:tacck

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第四十八話 北陸大戦⑨【終戦】

 

 昭武らから後方二百間(約400m)は乱戦となっていた。

 政景が持ち直した越軍の動きは良く、憎悪に任せて無秩序な動きをする熊野軍を追い詰めている。

 

「はあ……、はあ……」

 

 息を切らしながら、四万は越軍の兵を屠る。

 背後を見れば、戦える熊野軍の数は二百を切っていた。

 

「……やっぱり越軍、立て直しが早いわ。……けど、まだ。まだ私は戦える……!」

 

 そうは言っても、それは四万だけの話。

 津波のような越軍の猛攻に対しては、四万の軍はただ侵食される大岩に過ぎなかった。

 

「あがっ!」

 

 突如、四万は苦悶の声をあげる。よくよく後ろを見れば、細身ながらも屈強な越軍の武将が四万の脇腹に槍を突き刺していたのだ。

 

「私は斎藤朝信と申す者。越軍の部将をしている。そなたの名は、高知四万でよいか?」

 

 重厚な声を響かせて、朝信は名乗りをあげる。

 

「かはっ、越後の鍾馗、か。いかにも私が高知四万。ついに雷源様の家臣たりえなかった女よ」

 

「何を言うか。そなたは立派な家臣であるよ。数ある熊野遺臣の中でもこれだけの復仇戦を企図できるものはおらぬ」

 

「違う、違うんだ……!私は、間に合わなかった……!」

 

「……」

 

「私は、勝定様がいない越中の門徒の期待を一身に背負ってきた。いつか、勝定様が帰ってくるとき、今度こそ共に戦うために私はずっと背負ってきたんだ……! だというのに、私はまた、一人残ってしまった……!復仇戦なんて、勝定様を生かすために戦うことに比べれば、禄を食んだ者の最低限の義務でしかない。……私は勝定様に生きていて欲しかった……、もっと頼って欲しかった。ただ、それだけでよかった……」

 

 痛切な四万の慟哭に、朝信は顔をしかめた。

 哀れに思ったのだ。これだけの愛惜を雷源に捧げてなお、自分自身を許せない四万が。

 

(もはや、彼女が自分を許すことはないであろう。そして、守れなかったことを永遠に苦しむだろう。……いささか傲慢ではあるかもしれぬ。だが、彼女を救うにはこうするほかない)

 

 覚悟を決め、朝信が槍に力を込め直し渾身の力で一閃する。すると、四万の身体が崩折れた。

 

「勝定様、いま、お側に参ります。黄泉ではどうかあなた様の家臣に……」

 

 なんともいえないやり切れなさを感じながら、朝信は叫んだ。

 

「まったく、雷源殿も羨ましいことだ。これだけ思ってくれる家臣がいるのだから……! 者共、勝鬨をあげよ。忠臣、高知四万はこの斎藤朝信が討ち取った!」

 

 四万が討たれたことを知った四万隊は一気に瓦解した。

 彼らは雷源の仇よりも四万に同情していた節があるために、戦う理由が失われて呆然としたからである。

 

 米

 

「がはっ……!」

 

 泥濘の中に、星崎昭武は沈んでいた。

 

「あれだけの一撃を受けて、よく生きてるもんだ」

 

 それを胡乱げな目で見ているのは、長尾政景。

 肩に担がれている斬馬刀にはべったりと血がこびりついていた。

 

「それは、まだ死ねない理由があるからだ。親父の仇をことごとく屠る。……その日までは……!」

 

 明らかに昭武は復讐に落ちきってしまっていた。

 かつて、高邁な理想を掲げた青年の姿はいま、そこにはない。

 

「……それは、違う。星崎昭武、いえ弥兵衛。あなたの原初の夢はけしてそんなに哀しいものではなかった……」

 

「おい!まだ……!」

 

 倒れふす昭武に、泥濘の上から哀れむような、悲しむような声がかけられる。信心深くない昭武でさえも神々しいと認めざるを得ない、そして昭武の遥か遠い記憶の中で聞き馴染んでいた声。

 政景がなぜか周章ているが、昭武は特に気にならなかった。

 余力を振り絞って泥濘から起き上がる。

 そこには、儚い少女(長尾景虎)がいた。

 

「……けん、しん……」

 

 目の前の少女の姿はとても痛々しい。白磁の肌には血がこびりつき、その整った顔は青みがかった色彩を帯びていた。

 

(また、お前は戦乱の中を……!)

 

 そんな少女の姿を見て、昭武は思い出す。平湯村の東方の未開拓地にて、戦い疲れ、心が摩耗した彼女と邂逅した時を。

 そして、その時初めて自覚した自らの願望を。

 

(何を、しているんだ。オレは。こんなに将兵に血を流させて……。違う、オレはこんな風景を否定するために戦ってきたんだ。けして目の前の地獄を生み出したかったわけじゃない……!)

 

 酔いが覚め、目の前の惨状が明らかとなる。

 泥濘の中に沈む越軍の姿。

 憤怒が収まり切らず、敵の死体に鞭打つ味方の姿。

 

「オレは、なんて、ことを………!! ああああああああああああああああッ!!!」

 

 そして、星崎昭武は己の犯した大罪に慟哭した。

 

 米

 

「武兄……!」

 

 瀬田優花は、遠くで崩れ落ちる昭武に目を見開いていた。

 軒猿を斬り捨てたのち、再度政景を狙おうとしたらこの始末で、当初は全く意味がわからなかった。

 だが、昭武の前に立つ少女を見て、優花は悟った。

 兄は、正気に戻ったのだと。

 

「どこかで、こうなるとは思ってた。結局、武兄は優しいから。ずっと怒り続けることはできない、すぐに血生臭さを感じて嫌気がさしてやめてしまう、そう思ってた」

 

 慈愛半分呆れ半分で優花は笑みを浮かべるが、すぐにそれは曇った。

 

「けど、ごめん。あたしは多分無理。どうしても憎むのをやめられないみたい。たとえ相手がけんしんちゃんだったとしてもね」

 

 らしくもない自嘲をして、優花は景虎に向けて矢を番える。

 

「多分、武兄はけんしんちゃん、いや長尾景虎と手を取り合うと思う。それが、天下泰平のためだったらきっと。そうなったら、あたしには耐えられそうにないけど、その時はその時。どうにかして我慢してみせる」

 

 だけど、と優花は続ける。

 

「一度だけ、機会が欲しい。あたしがわがままを通すためのただ一度の機会。その時、最高の一射で景虎を狙う。仮にもし、これを外したならきっとあたしは復讐を諦めることができるだろうから……」

 

 全身の力を振り絞り、優花は弦を引く。

 

(届け)

 

 一矢入魂、優花の願いを込めたそれが放たれる。

 戦場で長尾景虎を狙撃しても当たらない。

 これは半ば、定説になりつつある。が、優花はその説を覆した。

 景虎の避ける先をも見抜いて射た、神域の射。

 それは、景虎の命を刈り取れるはずだった。

 そう、刈り取れるはずだった。

 

「あはは……、やっぱり無理だったかな……」

 

 優花は目の前の光景を見て脱力の余りへたり込む。

 今の景虎にはもう一つだけ、壁があったのだ。

 

「景虎アアアアッ!」

 

 長尾政景。景虎に愛憎入り混じった感情を持つ梟雄。

 彼が、我が身を投げ出して優花の矢を受けたのだった。

 優花の矢威は凄まじく、受けた政景は三間ほど飛んだ。息はあるが、重傷は免れない。

 もう一度と、身体に染み込んだ感覚に任せて優花は二本目の矢をつがえたが、すぐに首を振った。

 

「二の射はダメ。射手の恥になる。……それに、これで復讐劇は終わりにしなきゃ。約束だもんね」

 

 優花は弓を再び手放し、空を仰ぐ。その頰には一筋の涙が伝っていた。

 

 ********************

 

 十二月三十一日、渡光教を介して昭武は越軍と停戦を結んだ。

 長尾家は昭武の提案に頷き、その日のうちに細かい規則を定めるために交渉の席を設けた。

 交渉にあたったのは、熊野家からは昭武と桜夜。長尾家からは、直江大和はすでに亡く、景虎と政景が負傷して動けないために必然的に宇佐美定満が出ることになる。

 折しも、昭武は仇と対面することになった。

 

「よくお前らから停戦を申し出てくれた。正直ずっと憎しみ合うことを覚悟していたが、どういう風の吹き回しだ?」

 

 自らを仇としている者が相手だというのに、定満は飄々とした態度で振舞っている。それが何に由来するものかは昭武にはわからなかった。

 

「……戦っている途中で、気づいたんだ。復讐よりも大事な物があると。と言っても、無理やり気づかされたようなものだったが……」

 

 昭武は淡々とした様子で定満に答える。二十五日の戦闘時の昭武の姿を見た者からすれば、まるで憑き物がおちたかのようだった。

 

「そうか、お前は踏み止まれたんだな……。強い男だよ、お前は。……仇に言われても、嬉しくないだろうな。だが、俺はそのことが嬉しくてたまらねえ」

 

 昭武の内心はどうであれ、昭武が踏み止まることができたならば、北陸の中で怨みの連鎖が絶えて凄惨な争いが起きなくて済み、越後の二の舞になることはない。

 

「おっと、世間話はこれぐらいにしよう。詳細を詰めなくてはな」

 

 結果、熊野家と越軍の停戦は以下の条件で定められた。

 

 一、熊野家の後継が不義を成さない限り両家の交戦の禁止

 

 二、常願寺川以東を椎名康胤に返還

 

 一により、両家は戦線の削減を図り、戦力の集中が可能になり、越軍は武田、あるいは関東に兵を進められるようになった。熊野軍は戦線が西に限られるが、雷源没後の混乱を考えれば、利点となる。

 二は、熊野軍の敗北を端的に示すものとなった。

 全体的に優しい条件となっているが、それでも熊野家の力の衰えは否めなかった。

 

「交渉は終わった。……もう、いいだろ」

 

 交渉が終わると、昭武は陣に帰ろうとする。呑み込んだとはいえ憎しみが消えたわけではない。できる限り、定満と顔を合わせたくなかったのだ。

 

「待て、星崎昭武。まだ伝えていないことがある。……勝定のことだ」

 

 だが、それを定満は呼び止める。父のこととあっては聞かずにいられるわけもなく、昭武は足を止めた。

 

「俺と共に生きてくれてありがとう。……奴の遺言だ。復讐しか考えられなかった奴にお前たちは『その後』をくれたんだな……」

 

「……オレたちは、そんな大層なものじゃない」

 

「そして、俺からも礼を言う。奴の人生に彩りを加えてくれてありがとう」

 

 謙遜する昭武に笑いかける定満。

 その表情はどこか雷源に似ていて、昭武はふと泣きそうになった。

 

「言いたいことはそれだけだ。じゃあな」

 

 昭武に背を向け、定満は歩き出す。

 

(これで、やることがまた一つ終わった。残るのは、あと一つだけ……。ケジメをつける時が来たみたいだな)

 

 




読んで下さりありがとうございました。
9話かかった北陸大戦はこれで完結です。
誤字、感想などあればよろしくお願いします。

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