オリ大名をブッこんでみた。   作:tacck

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今更ですが、十年史や雷源伝はweb版の天と地と姫とに準拠しております。(景虎の改名、宇佐美直江らの延命などはオリジナル)


第四十六話 北陸大戦⑦【永訣の刻】

 

 十二月二十四日、十六時ごろ。

 

 戦場に雪が舞い始めていた。

 越軍には待望の雪だった。

 

「雪が降った以上、もう奴らは種子島を使えん!越軍よ、自重するなッ!」

 

 中軍にいた政景が檄を飛ばす。

 それから、越軍の攻勢は激しくなった。

 尻垂坂の砦外にいた軍は鎧袖一触に蹴散らされ、砦に迫る。さりとて、種子島が使えない以上、砦の守りは脆い。

 

「風が変わってきやがった。なんともいけ好かない神の仕業かな?」

 

 景虎に突破された雷源は崩れた戦線を一義と長堯と共に補修しながら、残兵をを砦内に撤退させていた。

 雷源には四万たちを討たせるわけには行かない理由がある。

 

(あいつらは昭武たちの夢を支えるのに不可欠の人材だ。今死なれては困る)

 

 この台詞だけで見るなら雷源はすでに命を捨てているかのように思われるが、雷源は自らも死ぬつもりはなかった。

 雷源の武は非常時ゆえか平素より冴え渡り、開戦からここまでに至るまでに越軍の将をすでに六人この手で討ち取ってなお越軍の死体を量産していた。

 

「越軍は確かに強兵だ。だがな、俺たちとやるには十年早かったな!」

 

 雲霞のごとき越軍に対して雷源はそんな挑発をも繰り出す余裕がある。越軍の兵はそんな雷源を目にすると軍神・長尾景虎に率いられていても腰が引け、逃散する者が後を絶たない。

 この時、この熊野雷源が不死身の鬼神であるとその場にいた誰もが錯覚した。

 しかし、神は残酷なもので景虎への肩入れをやめることはなかった。

 

「うぐっ………がはっごほっ!!」

 

 突如雷源の口から何やら熱い液体が流れている。雷源はおそるおそる手のひらを見やった。

 

「これは、血か……!?ごほっ!ごほっ!ごほっ!」

 

 雷源の喀血は収まるところを知らない。

 

(ここで時間切れを迎えるのが俺の天命だというのか……!!)

 

 咳を繰り返すたびに雷源から力が、命が欠落していく。

 

(俺はもう長くは、ないのか……!!」

 

 知らず雷源は呻いた。

 この一言で一義と長堯は雷源の運命を悟る。

 

(なんと残酷な運命だろうか。ようやく若殿たちが夢への道を歩き始めたというのに、平和ではないものの心安らかに暮らせる日々を得たというのに。全てがこれからだというのに、神とはこんなにも遠慮を知らないのか……!)

 

 長堯は非条理だと憤慨した。一義は口を閉じているが、噛み破った口の端から血が滴り落ちている。

 

(残された時間は少ない。もはや畳の上で死ぬことも叶わない。だが幸いにもここは戦場だ。戦場であるならまだ俺は役に立てる。昭武たちに何か遺してやれる…!)

 

 雷源は二人の目を見据えて、そして下知を与えた。

 

「戦線の補修はもういい。お前たち二人は砦で籠城戦の準備を頼む」

 

「……殿は、どうなされるのですか?」

 

 一義は努めて冷静に雷源に問うた。

 

「俺は、景虎の陣に突撃をかける」

 

「殿⁉︎」

 

 長堯が悲鳴をあげる。それはどれだけ無謀なことか知っていたのだ。だが、雷源は思い詰めているというより、むしろ恬淡としていた。

 

「どのみち俺は生きられねえよ。遠からず訪れるとわかっていたことでもある。こうなった以上、親父たちの二番煎じだが、ガキどもを助けて俺は天に帰るさ」

 

「諦めた、のですか?」

 

「生は、な。だが、未来を諦めた訳じゃない」

 

 そう言ったっきり雷源は百人程度の平湯兵を率いて景虎への本陣への突撃を始めた。その表情は奇しくも為景と同じような傲岸不遜なものであった。

 

「死のうは一定、だが、そうやすやすとこの命くれてやるつもりはねえな」

 

 先頭を一騎駆けする雷源に越軍の様々な将が引きつけられていく。

 中条藤資、安田長秀。どちらも揚北衆の闘将だったが、雷源に一太刀で討ち取られた。

 山本寺定長、長尾景信。この二人も一太刀で斬り捨てられた。

 立ち塞がる将を屠りながら、雷源は驀進する。

 僅かな兵で敵軍を切り開く様は関東遠征の際に景虎が唐沢山城へ救援に向かうために特攻して見せたのと重なる。

 死の間際にありながら、その武力は先ほどよりもさらに鋭さを増していた。

 

「ここに、もう一柱神がいるというのか……!姫様が毘沙門天とするならば、熊野雷源はまさに武甕雷、もはや人では止められないではないか……!」

 

 長尾の兵が畏れ慄き、雷源から我先へと逃散していくのも仕方ない。

 この場にいるのは神ならぬ身でありながら、その域に到った一人の武人。

 家族の夢を守るために無意識のうちに人であるための枷を振り切った超人なのだから。

 だが、軍神・毘沙門天たる景虎も手をこまねいているわけではない。

 

「車懸かりの陣を敷く!」

 

 景虎が采配を振るうと同時に景虎を中心に二重三重の円陣が形成され、回転運動を始める。

 

「どうやら向こうは俺をあの武田信玄と同列と見たらしいな。過剰な評価痛み入る。しかし……」

 

 これには流石に雷源も眉をひそめざるを得ない。

 

(川中島で景虎は車懸かりを封印した。あまりに人を殺しすぎてしまうからだ)

 

 そしてそれを用いたということは景虎は人性を封じ、毘沙門天になりきったこの証左でもある。

 

「……気に入らねえ」

 

 此の期に及んで、人ではなく神として振る舞う景虎に雷源は腹を立てた。

 

「今更、しゃしゃり出てくるなよ毘沙門天。この戦いはそうじゃない。人と人とが、それぞれ身勝手な想いをぶつけ合う舞台だ。観戦ならまだしも首を突っ込むのは頂けない」

 

 雷源は単騎、渦巻く暴威の中に踏み込んでいく。無論、幾千が一心同体となった車懸かりの前ではいくら雷源といえど思うように進めない。

 だが、軍ならどうだろうか?

 正面から二柱の騎馬の長蛇陣が、杭よろしく車懸かりに突っ込んでいく。

 車懸かりは回転して漸く、用をなす。されど、車輪の輻に杭を打ち込まれればどうなるか?

 ーーただの方円陣に成り下がるのだ。

 

「あいつらめ……!」

 

 快調に進むようになった雷源は長蛇陣それぞれの先頭を見やって苦笑した。

 

「普段はちゃんと命令に従うのに、なんでこんな時に限って聞き入れねえんだよ」

 

 苦笑は次第に豪快な大笑となる。

 

「まったく!俺にはもったいない家臣だったよ、お前らは!」

 

 車懸かりがただの方円陣の連なりに成り果てた今、もはや雷源を遮ることはできない。幾人もの武将を斬り伏せ、数百もの越軍の兵を屠りついに景虎の本陣にたどり着いていた。

 

「ケリをつけようじゃないか。長尾景虎!」

 

 雷源の声はとても力強く、到底死期が迫った男だとはおもえない。されど定満は雷源から立ち上る気を見て悟った。

 

(確かに激しい気だ。だが、余りにも激しすぎる。勝定、お前はここで果てるつもりなのか)

 

 その定満の背後からゆらりと一人の姫武将が現れる。銀髪紅眼で色素のない肌、白い行人包。まぎれもない、長尾景虎その人であった。

 

(こいつが、長尾景虎。あの白子の果てにして、俺を仇とするもの。か弱い形こそしているが闘気の量が異常だな)

 

 雷源は景虎の異形に瞠目した。そしてそれと同時に妙な感慨を覚えた。

 

(俺は為景を討ち果たすと同時にとんでもない化け物を生み出してしまったようだ……。真っ当にかつての俺のように俺をつけねらってくれた方がまだよかった。だが、こいつは死んだのが梟雄である為景だったからか、やつの全ての罪を背負い込んでしまった。俺の敵討ちがいかにも為景の因果応報を体現したかのようなものだったのも大きいのかもしれん。だから、自らが人であることを捨てることを選んでしまったのか……)

 

 もはや時間は残されていない。余計な考えを振り払って雷源は景虎に段平を突き出す。

 

「熊野雷源、情のために秩序を乱した悪鬼よ。お前はやはり情のために死ぬのか」

 

 景虎は茫洋とした様子で雷源を見ていた。いや、雷源を見ているようで見ていない。毘沙門天を降ろしているために親の仇ではなく義に仇なす外敵としての概念に塗り潰されてしまっている。

 

「ああ、そうだ。感情を失くしてはもはや人なんて呼べる代物じゃねえからな。だが、感情を失くした結果が神になるとも思えねえ。俺たち人間はどうあがいても人間以上になんかなれねえからな」

 

「毘沙門天を愚弄するか」

 

「その通りだ。俺にはお前が逃避をしているようにしか見えない」

 

「お前に何がわかるっ……!!」

 

 景虎が思わず歯を軋ませる。思わず、毘沙門天の仮面を外していた。

 其れ程に雷源の言葉は痛烈なものであった。だが、不必要に煽っているわけではない。

 

(そうだ、長尾景虎。怒るといい。そうして漸くお前は人に近づけるのだから)

 

 雷源が望むのは、人と人によるエゴの衝突。怒り、復讐心などその最たるものだ。今までの言はそれを呼び覚ますためのものである。

 

「弁論はもういいか、先手はもらう!」

 

 距離を詰めて雷源が段平を振るうと同時に景虎が十文字槍で防ぐ。

 

「お前はおとちゃを討って越後の秩序を破壊し乱した」

 

 防いだ段平を弾き、景虎が断罪の一突き。

 

「そうとも」

 

 それを雷源は笑って受け止める。続いて景虎が十文字槍をもう一振り、それも雷源は何事もないように受け止めた。

 

「流石は軍神。中々に手応えのある一撃だ。だが……」

 

 両腕にぐっと力を込めて段平を押し返す。あまりの膂力に景虎は一瞬、顔をしかめた。

 

「それでは足りねえよ。神懸かりってだけで、倒せるほど俺はやわじゃない」

 

 振り抜かれた段平によって華奢な景虎の身体が後方に吹っ飛ばされていく。

 宇佐美も、直江大和も兼続も初めて見る光景だった。

 

(これが、熊野雷源。かつて越後を席巻した男か……)

 

 直江兼続はこの時初めて、熊野雷源を見た。

 その威風は武田信玄にも劣らず、修羅ぶりは景虎をも凌ぐ。そんなひかえめにいっても図抜けた英傑が敵手ならば、まだ戦慣れしていない姫武将は恐懼に震えて当たり前。

 だが、兼続は雷源にさして恐怖は抱かなかった。冠絶した武勇への畏敬こそあれど、怖くはなかったのだ。

 

(なんだろう。この妙に既視感を覚える、この感覚は)

 

 それは、兼続も二人の養父から与えられていたものだったが、兼続自身がその答えを知るのはもう少し後のことである。

 

 一人、兼続が首を傾げている間、景虎は雷源に十文字槍を何度も振り回して攻撃を繰り返していた。その速さはまさに神速、名だたる武人であっても無傷では済まない。

 しかし、雷源はその全てを捌ききる。だが、皮肉なことにこの武勇が景虎の神性を呼び寄せることになった。

 

「わたしの武がことごとく通じないとは……。流石は北陸無双の将と言われるだけのことはある。しかしそれでもわたしは秩序を乱した者を討ち、義を果たさなければならない」

 

 言うと景虎は瞼を閉じ、十文字槍を放り投げて腰に挿した名刀・小豆長光を抜く。

 ……そこからが軍神の覚醒の始まりだった。

 

「運は、天にあり」

 

 右上から左下への不可視の一閃。

 

「鎧は胸にあり」

 

 一閃を段平で防いだついでに繰り出した雷源の蹴りをつま先で受け止める。

 

「手柄は、足にあり」

 

 雷源の懐に急加速して詰め寄り、

 

「死なんと戦えば生き、生きんと戦えば必ず死するものなり」

 

 雷源の腹に小豆長光を貫通させた。

 

「がああ、ぐ、おおお……!」

 

 雷源の腹から大量の血が溢れ出す。

 平時の雷源なら間違いなく死に瀕している量だ。しかし、雷源はそれでも倒れはしない。

 

(まだ死ねねえ、まだ生きねばならねえ。ここで奴を止めなければあいつらが……!)

 

 口からさらなる喀血を起こしながら、雷源は手が切れるのも構わずに景虎の小豆長光を掴んで不遜に笑ってみせる。

 

「敵討ちに理屈は不要だ、毘沙門天。お前に用はねえ。景虎を出せ」

 

 しかし雷源の顔色はやや青くなっていた。

 雷源の身体はすでに死んでいる。越軍の海を切り開く前から、正確に言えば四年前にザビエルから貰った『仙丹』を飲んだ時から。とうに枯れた身体から無理やり生命力を絞り出し、それをさらに気力と執念で希釈して今まで戦ってきた。

 それを、さらに振り絞る。振り絞る。振り絞る------

 

 ********************

 

(もう、どれだけの時間戦っているのでしょう……)

 

 直江大和が気づいた時には、すでに夜が明けていた。雪は止み、暁光が残雪に反射して瞳に軽い痛みを覚える。

 一晩、景虎と雷源は刃を交えていたのだ。

 とはいえ、両者の戦いはもはや時間だけが勝敗を決することができるものになってしまっていた。雷源の生命力が完全に枯渇するか、はたまた景虎の身体が毘沙門天についてこれなくなるか。いずれにしてもそう遠いことではない。

 

「………!」

 

 定満は歯を食いしばって、両者が終焉へとひたすすむ姿を見守っていた。

 叶うならば景虎と勝定、どちらの終わりも見たくはない。だが、片方が終わらない限りは際限なく戦いが続くという矛盾に苦しんでいた。

 されど、終わらない戦いはない。いつかは終わる。定満が覚悟していた瞬間はすぐに訪れた。

 

「------ あ」

 

 景虎の身体が突如として、糸が切れた操り人形のように崩折れたのである。自分で動かそうとしても身体がついてこない。

 アルビノの虚弱な身体を毘沙門天でリミッターを外して酷使してきたツケを今、払わされたのだ。

 

「……獲ったな」

 

 そんな景虎の見せた隙を、雷源が見逃すわけがなかった。

 段平が景虎に迫る。

 

(ああ、わたしはここまでなのね。数多の罪を犯したわたしにはふさわしい末路。惜しむらくは信玄、弥兵衛、勢多乃。あなたたちにもう二度と、会えないことかしら)

 

 景虎の脳裏に思い起こされるのは、戸隠の神社の鬼ごっこと神が降りた地への些細な冒険。

 

「ごめんね」

 

 そう謝り、瞑目する。

 もはや景虎には自分を終わらせるであろう白刃を受け入れることしかできなかった。

 

 米

 

 景虎が再び目を開いた時、そこには鮮血が舞っていた。

 

「お嬢、様……!」

 

 苦しげに呻く直江大和。

 それだけで、聡明な景虎は全てを察した。

 

「直江ッ!お前……!」

 

「お嬢様、そう怖い顔をなさいませぬように。どのみちわたくしは老い先短い老人です。終わりの時期がわずかに早まり、要因が変わっただけに過ぎません」

 

 痛みに耐えながらも直江大和は恬淡とした笑みを浮かべていた。

 それは少しでも景虎を悲しませたくないという意地の表れか、あるいは密かに恋心を抱いていた人を守れた充実感かはわからない。

 

「与六。お嬢様のことを頼みます。必ずや越後の宰相となりお嬢様を支えなさい。決して「こんなところに来とうはなかった」なんて我儘は言わないでくださいよ?」

 

 だが、直江大和が最後に示したのは、唯一の家族への愛だった。景虎に付き合い、生涯不犯を貫いた直江大和にとって兼続は自らの孤独を埋めてくれた存在だったのだ。

 

(与六。貴女ならば私たちはついぞ見つけられなかったお嬢様を癒しうる物を見つけることができるでしょう。貴女の気位の高さにはほとほと手を焼かせてくれましたが、実のところわたくしは癒されていました。こんなわたくしをも癒した貴女のことです。きっとお嬢様をも癒すことができるのでしょう)

 

「そろそろ、時間ですか……。口惜しいことです……」

 

 呟いたのち、身体を支え切れなくなった直江大和がついに膝を屈した。

 直江大和。景虎を支えた両輪の片割れが今ここに砕け散った。

 しかし、景虎達には、直江大和の終わりを悼む暇すら与えられなかった。雷源が再び段平を大上段に構えている。

 宇佐美が左右を見回す。

 兼続は義父の死の衝撃に打ちのめされていた。すぐに動ける状態ではない。

 兼続以外の近習は雷源の殺気に呑まれてしまっている。

 もう、景虎を守れる者はいない。

 ------宇佐美定満を除いては。

 

(ああ、もう腹をくくるしかない、のか……)

 

 いつかは来る時ではあったのだ。だというのに、覚悟が足らなかった。ずっとこのままでいたい、そう思って決断を先送りにしていた。

 忘れ得ぬ友と、自らの夢の結晶。

 どちらかを切り捨てねばならない。

 それならばーーーー

 

 米

 

「……ぐ、は」

 

 気づけば、雷源の目の前には、定満の足元が見えていた。

 心の臓から止めどなく、血が流れている。

 痛みをこらえて左胸を摩ると、三筋の裂傷を見いだした。

 

(ああ、そういうことか……)

 

 雷源は得心して、定満を見上げる。

 定満は鉄線が仕込まれた手袋を雷源に向けていた。

 

「……見逃すのは、あの時だけだ。二度目はねえ……!」

 

 極度の緊張に体を震わせながら、腰の刀を抜く。

 

「景虎、これは俺の不始末だ。気に病むな、直江の言葉と被るが、いつかは通る道だったってやつだ。お前と勝定が顔を合わせれば、殺しあうしかねえ」

 

 だから、こうなった時は如何なる情を捨てて、勝定を討つと決めていたのさ。いざという時、鈍らせてお前を失わないように。まぁ、結果は鈍っちまったわけだが……。と、定満は苦笑いを浮かべて付け加える。

 

「勝定。お前が長くはないことは分かっている。何か伝えたいことはないか? お前だっているんだろう? 俺と直江にとっての景虎に類する存在が」

 

 雷源は首肯する。その脳裏には昭武と優花の姿が映し出されていた。

 

(俺はあいつらから、様々なものを貰った。生きる理由やら同じ鍋を囲む喜びやら、いずれもあいつらから与えてくれたものだ。余人の目からは、俺があいつらを救ったようにみえるが、実態は違う。俺が、あいつらに救われていたんだ。……であるならば、言うべきことは一つだろうよ……)

 

「……昭武と優花に伝えてくれ。ありがとう、と。俺と共に生きてくれてありがとう、とそう伝えてくれ」

 

「分かった。伝えておく。何があっても必ず、な」

 

「そう、か。ありがたいことだ。流石は俺の親友だな」

 

 破顔して、雷源の頭が地に沈む。

 それを目の当たりにして、もう定満には耐えられなかった。

 

「勝定……!勝定……!」

 

 嗚咽する定満の声はもう、届かない。

 十二月二十五日七時三十六分。熊野雷源は、逝った。

 




ついに来るべき時が来ました。が、北陸大戦はまだ終わりません。エピローグ的な話が一、二話残っています。

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