オリ大名をブッこんでみた。   作:tacck

39 / 68
第四十四話 北陸大戦⑤【越軍】

 光教が昭武を銃弾で以って弾劾せんとしていた時。

 戦場には変化が起きていた。

 突如、北方から二千の総騎兵が乱入し、穂高隊の後方を蹂躙していたのである。

 その先頭に立つのは、特大の段平をいとも容易く片手で振るう偉丈夫。……北陸無双・熊野雷源であった。

 

「まだ、潰されていないか。数に劣る状況で前後に挟撃されても耐え凌ぐ。昭武め少し一義に似てきたな」

 

「軽口を叩いている暇は無いでしょう、殿。すでに若殿の馬印は倒されておりますれば」

 

「だな、一義。んじゃ、もっと押し込んでみるか」

 

 雷源が命を下すと二千の騎兵が楔形陣を組んで一糸乱れず突っ込み、穂高隊を割っていく。

 鎧袖一触。

 ただの一度の突撃で、穂高隊が粉砕されていた。

 

「くそ、雷源が来るなんて聞いてねーぜっ!当たれば散る。槍を合わせようとするなよ!」

 

 半ば自暴自棄になりつつも、穂高が自軍の被害を減らそうとする。しかし、そうしたところで既に三分の一を削られた穂高隊ではこれからはどうにもならない。

 

(姿を現しただけで戦況を変えやがった。というかそもそも石動山塊の向かい側の勝山城からこっちにこんな短い時間で来れるわけないはずなのに……!」

 

 穂高が歯ぎしりをする。それは昭武の数倍早い速度で駆けつけてきた雷源が自分たちの策の最大の誤算になったことを感じ取ったからだ。

 雷源は練度の低い義勇兵で冬季の親不知を越える、玄仁の厳しい監視と追撃を潜り抜けて千の兵を飛騨まで逃がし切るなど数々の難行軍を果たした名人である。

 総騎兵二千で、氷見の戦線に分け入るなどできて当然であった。

 

 米

 

「報告!氷見側から二千の総騎兵が乱入!背後を突かれた穂高様の隊が苦戦しておりますッ!南の殿の軍を充てなければ挽回は困難かと」

 

 昭武に種子島を突きつけていた光教のもとにも穂高隊の戦況は伝わっていた。

 だが、それは不幸にも光教が種子島の引き金を引いている最中であった。

 

「なんだと?」

 

 報告に俄かに光教が動揺したことで、種子島にも微かな振動が伝わる。

 そうした状態で放たれた弾は、当初狙いを定めていた頭ではなく昭武の右肩に命中した。

 

「外した、か。ならばもう一度だ」

 

 光教が再度狙いを定め直す。今度こそきっちり頭蓋に照準を当てている。……だが、次は引き金が引かれることはなかった。

 

「殿ッ!」

 

 盛清がすんでのところで駆けつけて煙幕を張ったからである。標的を視認できない状態で当てられるほど、光教の狙撃は熟達していない。

 煙幕を張っている間に盛清は昭武を運び出し、それが晴れた時には光教の眼前に昭武の姿はなかった。

 

「流星光底長蛇を逸する、か。いずれにせよ天命ではなかったようだ」

 

 知らず、光教は種子島を下ろして天を仰いでいた。

 

(やはり、天下の乱は収束されつつある。だが、それはけして一人の英傑によるものではなく、何人かの英傑が示し合わせたかのように並行して進めていくものだ。彼ら彼女は己が野望、或いは欲得に従っているつもりであるが、知らず一つの帰結へと進んでいく……。おそらく星崎昭武もその中の一人であり、そうなる資格を有していたのだろう。そして、俺はその中にはいない)

 

 元来光教は広幸らの影響であまり神を信じる質ではない。しかし、目の前でこのようなことが起きれば、流石に運命じみたものを、『天命』の実在を感じざるを得ない。

 だが、光教はわかっていた。収斂された結果、最後に残るのはただ一人の英傑であると。そして、星崎昭武は天命に選ばれず、最後の席には残れないことも。なにせあからさまに天命に愛されていることがわかる存在……織田信奈がいるのだから。仮に信奈ではなくとも長尾景虎が、はたまた武田信玄が及ばずながら役目を果たすだろう。ともあれ、そこに星崎昭武の出る幕はない。

 

(だから、俺は散々忠告したのだ。「お前の夢は徒労に終わる。要らぬ足掻きはやめよ」と)

 

 しかし、昭武は聞き入れることはなかった。曲がりなりにも英傑の類、そう素直に大望を捨てられるような男ではなかったのだ。

 

(星崎昭武の大望はこの天下の誰もが共有するところだ。それは渡辺町とて同じ。だが、徒労に終わるとわかっている道を誰が歩きたがる?少なくとも俺は歩きたくはない。そしてそんな不毛な道を渡辺町に歩ませるわけにはいかぬ)

 

「殿、どう致しますか?」

 

 暫し思索の海を泳いでいたが伝令に声をかけられ、再び目の前の事象に意識を引き戻される。

 

「どうもこうもない。光教隊は全て北進。出来る限り戦闘を避けて穂高隊と合流せよ」

 

「目の前の昭武隊は後一押しすれば、潰せると思いますが」

 

「余計なことをするな。熊野雷源が勝山城を放ってこちらに来たのならそれは能登の戦いが終わったことを意味する。これ以上は蛇足だ。南門で戦うよりは氷見に戻って籠城戦の準備をした方がよい。後続にいるであろう八千に氷見を奪還されれば、こちらが終わる」

 

 雷源に勝山城を放り投げることを決意させた情報は当然光教にも回っている。それは能登から熊野軍を退かせるどころか、熊野家を覇権から引き摺り下ろしかねないものであった。

 

「分かり申した。そのように伝えまする」

 

 伝令が光教の前を辞したのち、光教は昭武隊の騎兵を一人落馬させて馬を奪い、北へ走らせる。南の光教軍は全てそれに続き、雷源軍と交戦を開始した。

 

「足軽隊に告ぐ、一列横隊となりて槍衾を固めよ。鉄砲隊は足軽の後ろにつき、衾の間隙から敵を撃ち抜け!」

 

 接敵する寸前、光教は堅固な騎馬殺しの陣を組み雷源に当たらんとする。

 

「そうくるとは思った。長堯、俺とお前で手勢を二つに分けろ。んで迂回して側面から急襲する」

 

 だが、雷源もそれを読んでいたようで光教の陣が完成する前に馬首を翻し、二千の騎兵が左右に散る。

 

「ふ、そうくるか……」

 

 目論見が外れた形となる光教だが、口の端は皮肉気に吊り上げられたままである。

 

「はは、親切にも敵が進路を開けてくれたな。全軍脚を早めよ。空いた間を直進し、穂高隊と合流する」

 

 そう下知したのち、光教軍は素早い動きで北進を開始する。

 光教は熊野雷源の才幹を半ば信頼していた。普通の将では諦めて騎馬殺しの陣に当たるしかないあの状況でも当たらずに済ませることができると。そして、できるのであればそれを実行するであろうことを。

 これに焦ったのは行動を誘導された雷源だった。すぐに光教軍の後方を突いたが、それもまた光教の予想通り。昭武と同様にパルティアン・ショットを受け、足を止められる。

 騎馬は一度足が止まれば、さして脅威とならず、初動にも時間がかかる。

 こうして潤沢に時間を稼いだ光教軍は穂高隊を収容して氷見へと駆けていった。

 戦場に残されたのは、削りに削られた越中軍二千とほぼ無傷の総騎兵二千。対称的な四千の兵は連戦の疲弊を癒すかのように少し遅めに南下、帰国の途に着いた。

 

 米

 

 南門の戦いは雷源の加勢により、かろうじての痛み分けに終わった。

 だが、連日の強行軍が祟って熊野軍……とりわけ越中軍だった兵の疲弊が著しく、戦場から半里南に下った地点で熊野軍は大規模な陣を張り、一日の休息をとることになった。

 昭武も光教によって深手の傷を負い、自らの陣幕にて安静にしていた。

 

「しかし、撃たれたのがよりにもよって右肩か……。これじゃろくに刀も振るえもしない」

 

 盛清による適切な処置で、痛みはあるものの悶絶するほどではない。だが、添え木やらなにやらで右腕を動かすことはできず回復には一月はかかるだろう。

 

「……退屈だ」

 

 十全に身体を動かせない状況は昭武には苦痛だった。そして、身体が動かせないのならば、自然と代わりに頭が回り出す。

 考えるのは稀代の謀将・渡光教の言葉。南門の戦いの最中にて、昭武に投げかけた言の数々はその脳髄の切れ味に違わず現状の昭武の欠点を端的にそして露悪的に述べたものである。

 それを気にせずにはいられるほど、今の昭武は剛胆ではなかった。

 

「……本当は、わかっている。オレの器が信奈公、いや相良にだって劣ることを。それどころか大名にすら向いていないことを。知っている。オレの才は総軍より一部隊の将、あるいは一人の官の方に適正があり得ることも」

 

 端的に言えば、今までの昭武は意地を張っていた。これらの事実を見極め、あるいは目を背けてきた。

 

「でもさ、仕方ねえだろ。夢を見ちまったんだから。願ってしまったんだから。理性よりも諦めよりも、感情が足を止めることを許してはくれない。……だが、今日だけは感情を理性が追い抜いてしまいそうだ」

 

 沈鬱な気分にそのまま陥ろうとしたその時、幔幕が分けられた。

 

「入るぞ、昭武。怪我の具合は大丈夫か?」

 

「親父か……」

 

 よりにもよってこんな時に。そう昭武は続けそうになったが、どうにか口を噤んだ。

 雷源もまた昭武には長い階の先にある存在に見えている。普段ならば、羨望と盲目が入り混じった純粋な思いで背を追っていた。だが、今はそうした存在ほど昭武を痛めつける。

 

「なんだ、昭武。やけに元気がないではないじゃねえか」

 

 それを感じ取ったのか、雷源が気遣わしげな視線を昭武に向けている。

 

「別に、親父にはあまり関係ねえよ。ただ、退屈なだけだ」

 

「そうか。……ならば、なにも言わん」

 

 妙な沈黙が幕内に漂う。

 数分ほど過ぎたのち、いたたまれなくなって昭武は口を開いた。

 

「……そういえば、今の戦況はどうなってるんだ?ここしばらく軍を動かすのに必死で広域の情報収集ができていなかった」

 

「そっちまで白雲斎の手の者は来ていなかったか。驚け、中々事態は予断を許さないものになっているぞ。まず、浅井朝倉が近江の姉川で信奈どのと対峙しているし、武田が上洛を開始して松平家を遠州の三方ヶ原で叩きつぶした」

 

 能登で熊野・加賀衆と光教が大戦を繰り広げている間、中央も激動の渦の中にいたのだ。

 だが、これはあくまで導入部……オードブルのようなものであり、メインディッシュ……つまり雷源が最優先に伝えたい状況ではない。

 

「中央も荒れているが、北陸もそうだ。それは俺たちが勝山城を放り投げてここまで退いた原因でもある」

 

「そんな不味い事態でも起きていたのか?」

 

 昭武が問いかけると雷源は深刻な表情を浮かべ、重々しく首を縦に振った。今まで昭武は雷源のこれほどまでに深刻な表情を見たことがなかった。

 

「ああ。……長尾景虎が、越軍が動いた」

 

「は?」

 

 自分で聞いておきながら昭武は耳を疑った。

 

「もう一度言うぞ?長尾景虎が魚津城に入って兵を集めている。三日前の情報では越後から連れてきた八千に越中で二千の計一万。俺たちが富山城に戻った頃だと一万三千は越えているだろう」

 

「ちょっと待て、親父!確か親不知は今は雪が積もり始めて通れないはずだろ⁉︎」

 

「ああ、昭武。確かに親不知は使えない。だが、どうやら景虎はもう一つの道を使ったらしい。……海路だ。奴らは船団を組んで八千の兵を輸送し切った」

 

 その手があったか、と昭武は思った。だが、同時に首を傾げた。

 

「なぁ親父。越後に八千の兵を輸送できるだけの船団なんてあったか? 越後は確かに能登に並ぶほどの海洋国家だ。船はあるはずだろう。だが、不思議と水軍の話はまったく聞かない」

 

「そこだ、昭武。その点は俺も疑問に思った。だが、いかなる方法を使ったのか知らんが、すでに奴らは魚津にいる。今は対策をしなくちゃならん」

 

 これではもはや熊野家は越中から動けない。玄仁も光教が氷見から羽咋へ脇街道を通って転進していることを確認すると、戦線の維持を諦めて、すでに占拠していた末森城へ退いた。

 能登から退去しないのは、あくまで能登奪還を諦めないという義綱の強い意志表示であった。

 

 ******************

 

 越軍が大船団を用いることが出来た理由。そもそも越中に進軍した理由。

 これらを求めるならば、時を一ヶ月程前まで遡らなければならない。

 ちょうど、熊野家が軍備を整えていた頃のこと。越後・春日山城の景虎のもとに一通の書状が届いていた。

 それは大戦の予兆を掴み、術策を巡らせていた光教が書いたものだ。

 書状には『畠山義綱が加賀衆・熊野家を糾合して能登を攻め取らんとしている。規定の月日に越中に進軍して熊野家の背後を騒がせて欲しい』という旨が記されていた。

 

「………」

 

 書状を受け取った景虎は毘沙門堂に篭って思索を巡らせる。

 今、景虎の中では秩序と義とがせめぎ合っていた。

 秩序を維持するという理由ならば、光教の要請を蹴って能登畠山家の正嫡である義綱を能登に復帰させる方が正しい。

 だが、光教からは主に経済と海運の分野で手厚い支援を受けてきた。あれだけ義戦を繰り返してもなお越後の財政が傾かないのは光教のおかげだ。これほどの恩義を忘れ、畠山に走るのは義将としては認められないところがあった。

 実のところこの要請は、光教には珍しい賭けだった。どちらもある程度景虎の行動の原理にそぐうものであり、さらには景虎の思考回路が読みづらいものであるために予測できないからだ。

 だが、結果として光教は賭けに買った。

 少しでも光教の要請を受ける可能性を上げるために、光教は越後の豪族の世論を親光教派になるように工作、調略を繰り返したのだ。これが決め手となり、ついに景虎は越中への派兵を決断する。

 そして、その際に光教は渡辺町の蔵を一つ開いてその金を越軍の軍費に充てたのである。これらは越中での兵と軍馬の入手、能登の商人に兵の輸送を手配させるための元手となった。

 

「それにしては、時季が合いすぎているよな……」

 

 魚津の湊で、船舶の管理を任されていた宇佐美定満がぼやく。

 僅か一ヶ月で能登の不利から逆転し、却って熊野家があわや越中を失陥しかねない状況となっている。

 

(越中新川郡の領主にして越中守護代の椎名家も旧領である富山城一帯の分配を受けることを条件にこっちについた。他の豪族もだいたい似たようなもんだ。景虎は領土を取ることはしねえが、負ければ熊野家は衰退に追い込まれるだろう)

 

 そこまで考えて定満は思索をやめた。

 そして自嘲する。

 

「まったく、なに敵の心配をしてんだか。勝定はもう敵だ。敵にしかならねえんだ。袂を分かっておきながらなんてざまだ……!」

 

 そんな定満の思いをよそに時代の潮流はあくまで熊野と長尾の対決へと流れようとしている。

 今の雷源は長尾景虎の憎むべき仇。景虎を崇めている越後の男たちにとっては不倶戴天の敵である。そして越中は雷源の子、星崎昭武にとっては大望に不可欠な土地。

 必ずや激戦になるだろう。

 

 訣別の時が、近づこうとしていた。

 




読んで下さりありがとうございます。
今回で北陸大戦の殆どの部分を占める能登侵攻編は終わりです。
ですが、それで人心地つけるのは玄仁と光教のみ。今度は昭武らが存亡の危機に立たされます。
能登での戦いが雷源伝の後半三話と十年史の能登編の集大成であるならば、熊野軍と越軍の対決は雷源さんの集大成となります。
能登ほど長くするつもりはないですが、がんばって濃ゆい内容にしてみせます。
……と、あとがきが尋常じゃなく長くなりましたが、誤字、感想などあればよろしくお願いします。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。