オリ大名をブッこんでみた。   作:tacck

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北陸十年史編 第八話と同時投稿です。


第四十三話 北陸大戦④ 【道化と善悪】

 

 陥落の二日後には、越中軍は氷見に到達していた。その行軍にかかったのは一日と一晩のみと迅速なものだった。

 

「行軍中に貰った伝令によれば、左近は氷見城下北端で持ち堪えているらしい。まずはそれを救出する!」

 

 昭武の号令により、氷見の城下町に越中軍が殺到する。

 その様を見て、驚愕したのは一晩中寝ずに左近を追い回していた八代俊盛だった。

 

「早いッ!越中軍が早すぎるッ!このままじゃ氷見は、わしは……!」

 

 結局、俊盛は左近を裏切ったはいいものの光教に帰順を認めてもらえないまま、この事態に及んでしまった。

 最早、頼るものはない。さりとて、両軍合わせて五千以上に及ぶ敵兵の海を逃走するのも難しいだろう。

 

「敵将、八代俊盛!裏切り者め、報いを受けよ!」

 

 気づけば、井ノ口の分隊が俊盛の後背に迫って来ていた。

 

(ああ、わしは判断を誤った。あの時、恐懼に駆られなければ、こんな無残な死を迎えることもなかったであろうに……)

 

 追いついた井ノ口に背を突かれ、俊盛は絶望しながら世を去った。

 少しでも判断を誤れば、たちまち死に瀕する。彼の死に様はそんな乱世における小勢力の悲哀を端的に表したものであるだろう。

 

 米

 

 俊盛を討ち取ったのち、越中軍は無事左近らを保護し、南へ退かんと城下をひた走る。

 

(氷見を取り返すことはもはや不可能。あとはどれだけ被害を防げるかだな)

 

 今現在氷見には越中軍三千、能登軍四千がいる。昭武たちは兵力に劣り、なおかつ強行軍のあと。さらに氷見の北の街道からは穂高率いる千の能登軍が迫っており、もはや戦を仕掛けても旨味がない。ただ兵を磨耗するだけだ。

 

「殿、渡光教の軍が氷見城下南端に布陣しています!どうやら敵は我らをここで足止めするつもりのようです!」

 

 先頭を一騎馳けする昭武の隣に盛清が参じ、戦況を伝える。

 

「それが事実ならば、いよいよ進退を窮められてしまったか。後方からの伝令によると穂高も早駆けをしているらしいからな」

 

 昭武の強行軍も凄まじかったが、穂高のそれも充分迅速なものだった。俊盛勢と昭武たちが噛み合っている間に軍速を上げ、みるみる差を縮めていたのだ。じきに氷見城下に達してしまうだろう。

 

(立ち止まって考えたくなるが、もう迷うことすら許されないんだろうな)

 

 視界の先に光教のものと思しき軍勢が横陣を組んで城下の南門が防いでいる。数は二千はいるだろう。

 

「致し方ない。渡に向かって突っ込む。できれば鎧袖一触、最低でも二太刀を浴びせてくれ。……往くぞ!」

 

 采配を振り下ろし、越中軍が光教軍に殺到する。

 後年、氷見の戦いと称されたここ数日の戦いのハイライトとされる、南門の戦いはかくしてはじまった。

 

 ******************

 

 氷見陥落の報は、いざ眼前の敵を突破せんとしていた加賀軍にも届いていた。

 

「俺の懸念が当たった、か……。渡光教の持つ鯨海交易の権益を見誤っていたようだな……」

 

 急遽開かれた軍議にて雷源は嘆息していた。

 義綱が示した策は氷見があることを前提にして組まれていたものだ。それが落ちたのだからもはやそれは用を成さない。

 これからの方針を巡って軍議は紛糾した。

 

「勝山城郊外での戦いでは此方が有利! 別働隊はなかったことにして突破する!」

 

「ダメだ。氷見を取られた以上、加賀軍はいつでも背後を取られているということになる。羽咋まで引くべきではないか」

 

 前者は加賀衆と義綱らが、後者は熊野家の武将たちが主だって提唱していた。

 ことこの場に至って義綱が棚上げにしてきた両者の対立、あるいは今回の合戦に臨む姿勢の違いが浮き彫りになってしまった形となる。

 加賀衆と義綱らは能登軍への怨恨から、熊野家は国益のために参加した。

 勝ち続け、進撃をしている時ならばまだいいが、いざ停滞し、知恵を絞る時間が産まれると相反する意見が出され和が乱れる、この摂理にはさしもの雷源も抗えない。

 

(後背を抑えられてまともに戦える軍がこの世にあるものか。出来たとしてもそれは失うものがない奴だけだ。とても俺たちには付き合えるものじゃない。……ここらが、潮時か)

 

 義綱らを見限って雷源が撤兵の準備を密かに始めようと考え始めた時、白雲斎の手の者が新たな報告を持ってきた。

 口伝で情報を入手した雷源は慄いた。

 雷源もまた左近と同様に悟ったのだ。

 渡光教の策略が熊野軍を絡め取っていたことを。

 

「一義、長堯。退くぞ。渡光教め、どうやったか検討はつかないが、俺らが一番やって欲しくないことを一番やって欲しくない頃合いにやりやがった。こうなった以上、もう能登には関わってはいられない」

 

 即断した雷源は一方的に義綱と玄仁に書状を送りつけ、羽咋路を南下する。

 熊野軍を失った加賀軍は戦線が崩壊し、やむなく開戦時の位置まで後退したが、もう上がり目はないだろう。

 

「ああ、なんてこと……。私の能登畠山氏再興の夢が……!」

 

 本陣で雷源からの書状を読んだ義綱は失意の底に沈んでいた。

 とうとう、絶好の機会を逸してしまった。

 義綱の持てる全てを振り絞ってそれでもなお、及ばなかった。

 

(畠山はもう終わりなの?これが、神の思し召しだというの?下克上に屈さなければならないの?)

 

 霧散していく大望、叶わないと知ってしまった絶望。力が及ばない自分への失望。全てが義綱を苛んだ。

 

「醜く生きるよりはいっそのこと……!」

 

 雷源が退いた日の夜、義綱は本陣内の寝台に横たわっていた。

 泣ける限り泣いた。叫べる限り叫んだ。考えられる限り考え、光誠らの今後の道行を定めた。

 後は目の前の杯を、毒を飲むだけだ。

 義綱は生来身体が弱く、何度も病気になった。その度に薬も飲んできた。そしてそれは医者のいないところで病に罹っても対処出来るようにと自らを医者に準ずる存在へと昇華させた。

 目の前の毒はその知識を転用して調合したものだ。

 これを飲めば忽ちに意識を失い、心安らかに死ぬことができる。

 本来、毒死は武家にとっては不名誉の死とされる。

 だが、義綱はむしろそれを望んだ。

 なぜなら義綱は自らを光教の専横を防げず、あまつさえ畠山家を再興させることが出来なかった罪人と見做していたのだ。

 

「……お父様、お兄様、申し訳ございません。私はついに畠山家を再興出来ませんでした。将来を嘱望されておきながら、この体たらく。きっと畠山家累代のお歴々も失望なさっていることでしょう。咎は全て私にあります。今から私もそちらに参ります……!」

 

 毒杯を掲げ、懺悔してから口元に寄せる。

 

(……ああ、叶うならば、一度ぐらいは恋をして見たかった)

 

 終焉が迫れば人間は本性が出る。それは畠山義綱とて避けえぬ定めである。

 畠山再興を掲げたレジスタンスではあってもそこもとは姫武将であり、まだ年若い少女であった。このように思ってもなんら不思議なことではないだろう。

 だが、この僅かな回帰が結果的に義綱を救った。

 幔幕が切り倒され、一人の姫武将が駆けてくる。

 

「なにをしてるのよッ!あなたは!」

 

 玄仁だった。

 玄仁はひたすら怒っていた。

 

「なによ、ただの一度打ちのめされたぐらいで!あなたの夢は大望はその程度だったの⁉︎」

 

「……え?」

 

 義綱は意味がわからなかった。光誠ならわかる。幼い頃からの友にして腹心でここにいて当然とも言える。

 しかし、目の前にいるのは光誠ではなく、玄仁だった。

 事態がわからず呆然としている義綱の手から玄仁は毒杯をひったくり、地面に叩きつける。

 そして義綱の両肩を鷲掴みにして叫んだ。

 

「私だって、散々雷源に良いようにやられたわよ! けど、私は心は折らなかった!なぜかわかる⁉︎兵や将がまだ信じてくれているからよ。私達、頭領は兵や将が信じてくれている限りはたとえどんな悪路でも突き進まなきゃならない生き物だからよ! そうでなくては途上に倒れた者が浮かばれないからよ! それがわからないぐらいなら初めから大望を語るなッ!」

 

 玄仁は北陸のどの将よりも自軍の兵を死なせた将である。それはもっとも別れを経験している将ともいえる。

 にゃんこう一揆では戦に倒れれば猫極楽に召されるとはいえ、現世に残された者の悲しみは深かった。

 それこそ、信仰に狂さねばやっていられないほどに。

 だからだろうか、玄仁は皆が苦しみに逃れる為の指標として苛烈な信仰者を装うようになった。

 私を信じろ、従え、踏襲しろ。

 そうすれば少しは楽になるから。

 ひどく傲慢な考えだ。ひどくその場凌ぎの考えだ。結局のところ偽善に過ぎない。

 事実、雷源と広幸はそれを看破し、そう否定したが教団に救われた玄仁にはそれ以上のことが出来なかった。

 根本的にはまちがっていることは玄仁にもわかっていた。

 だが、それでも救われる人はいる。たとえそれが一時的なものだったとしても。

 

「あなたにはそれだけの覚悟はあるの?再興を掲げる不屈の大将、この道化を演じる為の覚悟が」

 

「私は……!」

 

 玄仁に問われ、義綱は思い出す。

 敬愛していた父の憂いを、兄の非業の死に憤った夜を。または光誠をはじめとする余呉湖の屋敷に集まってきてくれた人々の顔を。

 義綱の瞳に光が戻る。

 

「……その顔を見れば、大丈夫そうね。さ、飯川どの達に顔を見せてあげて。彼女達ずっと心配していたわよ」

 

「……玄仁どの、ありがとうございます」

 

「……別に。広幸が私にしてくれたことをそのまましただけよ」

 

 そう語る玄仁の表情に義綱はどこか痛ましさを感じて、思わず胸を押さえた。

 

(この人はひどく孤独な人だ。もがけばもがくほど、独りへと近づいていく。どうすれば彼女は誠に救われるのだろうか)

 

 ******************

 

 氷見南郊にて。

 昭武率いる越中軍は光教軍を追っていた。

 南門に光教軍を視界に捉えた時はそのまま合戦かと思われたが、接敵寸前で光教軍が南へ進軍を開始したのだ。

 

(渡光教、何を企んでやがる)

 

 そう昭武は警戒はしたが、だからといって軍を止める訳にはいかなかった。

 そのまま氷見に留まれば、穂高に攻められる上に光教に熊野領を蹂躙される可能性がある。

 光教が罠を仕掛けていようが進むしかなかった。

 

「そろそろ頃合いか……」

 

 南門から一里ほど南下した時であった。

 光教が合図を出すと光教軍か急停止したのち回頭せずに昭武達に向かって種子島と弓を斉射する。その動きに乱れはない。

 

「ちっ、これは!」

 

 昭武はそれに気づき、太ももを締めて馬を停止させる。

 

(まさか、ぱるてぃあんしょっとを使ってくるなんてな)

 

 パルティアンショット。かつてパルティア王国をはじめとする大陸の遊牧騎馬民族が用いた戦法で退きながら後方に弓を放ち、敵が疲弊すると同時に反転して乗り崩すという戦術である。

 本来ならば総騎兵でやるこの戦術を光教は弓と種子島を用い、騎馬と足軽混合の部隊でやってのけたのだ。

 一人でさえ走っている時はすぐには止まれない。軍ならばなおさらのこと。

 昭武は光教の策を看破して足を止めたが、事情を知らない後続はそのまま突っ込み斉射をもろに受けた。

 

「隊列が乱れたな。全軍、越中軍を攻め立てよ!」

 

 そして、光教軍が反転して越中軍に攻めかかる。

 射撃からの流れるような攻撃は越中軍の足を止めた。

 

「よーしよしよし、追いついたな。んじゃ行くぜ!」

 

 そこに、越中軍を猛追していた穂高隊が合流し南北で挟撃をかけた。

 三軍が入り乱れ、乱戦となる。

 昭武も光教・穂高両軍を相手に槍を振るった。

 だが、それも長くは続かない。

 どこかで銃声が鳴った。

 昭武の乗馬が甲高い声で嘶くと、崩折れて昭武は馬上から転がり落ちる。槍は失っていないが、体を強かに打った。

 

「被弾したか、ついてねえな」

 

「そうとも。星崎昭武、お前にそもそもツキはないのだから」

 

「誰だ?」

 

 昭武が顔を上げて男を見やる。

 黒い南蛮胴具足に、燕尾形兜。その右手に携えた種子島からは発砲して間もないからか紫煙が漂っている。

 この風貌に昭武は心当たりがあった。

 

「渡光教、か⁉︎」

 

 問われて男が首肯する。が、昭武には信じ難かった。

 

(渡光教に乱戦の中に混じれる程の武勇はねえ。というか、そもそも乱戦の中に混じろうとする筈がないだろう)

 

「驚いているな。確かに普段の私ならばこのような真似はしない。だがその筋を屈して此度、私がわざわざ自ら血風吹き荒ぶ戦場に足を踏み入れたのは星崎昭武、お前に聞きたいことがあったからだ」

 

「聞きたいことだと⁉︎」

 

「ああ、そうだ。なぜお前は天下泰平などという度が過ぎる大望を抱いた? 自国の安定では不足なのか? この場に居続けるのは時間が惜しい、疾く答えろ」

 

「それぐらいのことならかまわん。……そうだな」

 

 瞳を閉じて昭武は思い起こす。

 平湯村の深山で出会った、一人の悲しき少女を。

 その時、彼女はひどく戦乱に疲れていた。

 彼女の身体は華奢で戦うことに不向きであるにも関わらず戦うしかなかった。

 彼女の性格は途方もなく優しくて戦うことに激しい抵抗感を覚える筈なのに、戦うしかなかった。

 今までも自分は似たような戦いたくもないのに戦っている人は数多見てきていたが、彼女は極めつけだったのだ。

 

「オレは理不尽な死と喪失を強い、戦いたくもない人が戦わなければならない世を終わらせたいとその時、明確に願った。ただ、それだけだ」

 

 ふと抱いたささやかな感傷から、昭武は戦い続けてきた。

 

「下らないな。実に下らない」

 

 その感傷を光教は唾棄した。

 

「感傷だけで戦うとは愚かの一言に尽きる。それが一国の安定のためならばまだしも天下泰平だと?断言する。そのままでは、お前は必ず天下を乱すだけの存在となるだろう」

 

「なぜだ?一応理由を聞かせろ」

 

「理由など簡単だ。お前は人の悪性を知らぬ。天下泰平、それが美しい夢だということは認めよう。それを感傷から唱えるお前は善性に比重が傾いている人間だということもな。しかし、それは天下を統べるには不向きだ。人はお前が思っている以上に醜い。天下を取るということは人間の悪性を差配し活かし抑圧することだ。お前なら抑圧こそ出来ようが、他ができない。仮にお前が天下を取ろうが短命に終わるだろう」

 

 権謀術数渦巻く能登を制覇し、人間の悪性を知悉した光教らしい言葉ではあった。

 昭武が悪性にあまり造詣が深くはないのは左近も指摘しているところであり、数少ない弱点であることは昭武も左近に言われ慣れたため自覚していた。

 

「だが、それを補ってくれる仲間は既にいる」

 

「そうだろうな。お前にそれだけの家臣を惹きつける器があるのは事実だ。だが、俺から見れば、それはお前の持つ数少ない悪性の一つと言える」

 

「それこそ善性だとオレは思うが、違うのか?」

 

「ああ、俺はそれを悪性と断じる。ついでに補足もしておこう。先ほど俺は天下泰平を美しい夢と評したが、あれは夢そのものの善悪ではなく、綺麗事の中ではとりわけ優れたものだからだ。あれほど明確な大義はそうは存在しない。事実、そのためならば犠牲を強いられても難色を示すものは多くはないだろう。つまり、お前は確かに希望を提供できるが、大概はそれ以上の戦と死を与えることになる。これを悪を言わずして何と言う?」

 

 口の端を吊り上げる光教。

 昭武にとっては割り切っていたことだったが、改めて突きつけられるとその矛盾がわかる。

 

「悪いことは言わない、星崎昭武。諦めろ。天下泰平などお前には過ぎた夢だ」

 

「そんな風に言われて諦める阿呆がどこにいる。というかこっちは散々話したんだ、お前も教えろ。そうでなくては不釣り合いだ」

 

 しかし、鼻で笑って昭武は光教の勧告を蹴り飛ばし、逆に問うた。

 

「俺の願いは単純だ。渡辺町を守り、来たるべき泰平の世へと繋いでいく。そのためならば、俺は如何なる奸計も厭わない」

 

「……それこそ、いらん恨みを買って渡辺町を滅ぼすんじゃないか?」

 

「それは疑いようもないことだ。だが、俺はお前とは違って叶えられない夢を見ない主義だ。問題あるまい。……さて、もうよかろう」

 

 ここで光教が話を切り、昭武に種子島の銃口を向ける。

 

「警告はした、だがお前は聞き入れないという。なればこその処置だ。星崎昭武、お前は善性で感傷で戦火を撒き散らす救いようもない罪人だ。それこそ長尾景虎に近しい真性の疫病神だ。……赤心から天下泰平を願うのならば、ここで死んだ方がよかろう」

 

 まるで判決文を読み上げるように光教は死を宣告する。

 未だ、昭武の身体から打ちつけた際の痛みは取れていない。

 絶体絶命、昭武の運命はここに窮まった。

 




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