オリ大名をブッこんでみた。   作:tacck

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第四十一話 北陸大戦② 【執念と大義】

 

 井ノ口と穂高の一騎討ちは熾烈を極めていた。

 すでに両者とも八十合は得物を打ち合っているが、未だ決着がつかないのだ。

 

「やっぱりやりやがる……。こりゃ昭武とヤる余力はねえかもな」

 

「貴公こそ。これほどの相手は昭武殿以来だ」

 

 讃えながらも井ノ口は穂先を穂高の腹へ向かわせる。それを穂高は柄を当てて逸らした。

 反応が少しでも遅れれば、井ノ口の槍は穂高を貫いたであろう。

 

「おいおい、油断も隙もないな」

 

 これにはさしもの穂高も苦笑いを浮かべる。

 目標を僅かな隙を突いて高速かつ的確に穿つ。

 これが井ノ口の槍の真髄であり、穂高にとってはもっとも苦手な部類の相手だった。

 だが、だからといって闘志が萎えるわけもなく、むしろ「乗り越えてやる」と穂高は奮起した。

 

「今の一撃を躱すとは見事。それがしの中では少々自信があった一撃であったというのに……。なれば致し方ない、次はそれがしの最速の一撃を馳走してやろう」

 

 言うと井ノ口は後方に飛び退き、腰を落として力を溜める。

 力の限り大地を踏みしめる一方、冷静に体内の力の入りを整える。

 そして穂高の心臓に狙いを定めると、あらん限りの力で地を蹴った。

 井ノ口が、飛んでくる。

 比喩でなしに今の井ノ口は遮ることすら許されない飛槍となっていた。

 これを穂高が弾くことは叶わない。触れたと同時に身体ごと吹っ飛ばされるだろう。

 さりとて、躱せるものでもない。飛槍の速さは穂高が経験したものの中では比較にならないほど速いものだからだ。

 ならば、迎え撃つか。しかし、これほどの速さでは大斧を振り上げるのはもちろん、薙ぐ暇すらないだろう。

 大斧という武器の特性上、刀などの他の武器と比べると初動は遅くなりがちである。それは此度のような一瞬の挙動が生死に直結する場合には致命的な弱点となる。

 だが、そんなことは大斧を得物としてきた時から分かっている。

 大斧を逆手に持ち替え、両腕に込められるだけの力を込める。

 そして迫る井ノ口を見据え、その腹を大斧の石突きで突いた。

 

「なっ……⁉︎」

 

 自身の持ち得る最速の槍。それを見切られた井ノ口は吹き飛ばされながらも瞠目した。

 岩盤に叩きつけられる。その衝撃で槍を失った。

 穂高の腕力と自分が生み出した推進力を逆用された突きは途方も無い威力で、並みの武人ならば吹き飛ばされることなくその場で腹を貫かれて死んでいる。

 

(はは、こんな武人がいたとはな……)

 

 井ノ口は心中で笑っていた。

 これほどの武人と争うことなど、金環党の副頭領のままであったらままならなかっただろう。

 あの頃は、長近を守るために武を鍛える一方、その力を心ならずも民を襲うために振るわざるを得なかった。

 何年も山賊に身をやつしたが、結局のところ井ノ口は高潔さを捨てることはできなかったのだ。捨ててしまえば葛藤も無くなり、楽になれただろうことは分かっていた。しかし、そうして残るのはただの凶刃。自らが望む存在には程遠かった。

 

(倒れている暇か?いや、違うであろう。かつてのようなどうしようもない鬱屈をぶつけていた日々とはもう違う。このまま倒れているままではもったいないではないか……!)

 

 本来ならば、井ノ口の武勇は世に出ることはなかったのかもしれない。歴史の陰に埋没したのかもしれない。

 だが、昭武がそれを防ぎ、さらにその資質に相応しいに舞台をも用意した。

 痛む身体に無理やり言うことを聞かせ、井ノ口は立ち上がる。

 槍は近くには見当たらない。仕方ないので腰の刀を抜き、穂高に突きつける。

 

「まだ、立ち会いは終わってはいないぞ」

 

 井ノ口の身体はすでにぼろぼろで、足取りもふらついている。

 されど、瞳は炯炯と輝いていた。

「与えられた舞台から降りたくない」その一心で井ノ口は立っている。

 

「……あんた、すげえわ。よくあれを受けて立ち上がれる。ぶっちゃけおかしい」

 

「それがしの槍を防ぐ貴殿も大概だろう」

 

 皮肉げに井ノ口が笑う。が、その笑みはぎこちない。井ノ口の身体に余力が残されていないことは明らかだった。

 また、二人を見守る群衆の中で、聡い者は察していた。

 この立会いは間も無く勝敗が決するだろうと。

 

「仕切り直しだ!かかって来やがれ!」

 

 穂高が叫んでは大斧を振り上げ、

 

「言われずとも」

 

 井ノ口は刀を右側面に構えて翔ける。

 馳せ違う。

 井ノ口が繰り出すは左回りの斬り払いとそれを基点にした六連の平突き。得物が変わってもその刃閃の鋭さは変わらない。

 

(刀でもここまでの技量かよ……。だが、惜しかったな)

 

 これが槍で繰り出されたものであったならば、穂高は何も出来ずに討ち取られていただろう。

 だが、槍にリーチで劣る刀であったから穂高は井ノ口の絶技を看破し、井ノ口の左側面へと足を捌くだけの猶予があった。

 井ノ口の背に狙いを定め、振り下ろす。

 されど、大斧の刃がそこに至ることはなかった。

 

「がはッ⁉︎」

 

 脇腹に鈍い痛みを感じる。

 不思議に思って穂高が視線を下ろすと、そこには脇差が突き立てられていた。

 僅かなやりとりの合間に井ノ口は突きが不発とわかると、左手で腰の脇差を抜いていたのだ。

 脇腹から夥しい量の血が流れていく。

 死に至ることこそないが、一騎討ちを続けるに足る余力は失われた。

 井ノ口が追撃のためにさらなる刺突を繰り出す。

 先の平突き六連とはまた違った剛直な一突きである。

 それを穂高は失血して力が入らぬ身体を無理やり動かし、大斧の刃で受けた。

 甲高い金属音があたりに響き、両者の力がぶつかり合う。

 もはや両者ともに十全に戦えるような状態ではない。しかし、それでも一騎討ちは激しい熱を帯びていた。

 はたして、それを為すのは生への渇望だろうか。はたまた雄敵を征する歓びだろうか。

 いずれにせよ、両者の目には互いしか見えていない。

 

「くたばれ!穂高正文ィィィイイイ!!」

 

「砕け散れ!井ノ口虎三郎ォォォオオオ!!」

 

 両者が最後の力を振り絞る。

 されど、天秤は傾かない。二人の実力は結局のところ伯仲していたのだ。

 ついに両者が互いの衝撃に耐えられなくなり、同時に後方へ弾き飛ばされた。

 本当に限界だったのか、両者とも立ち上がることができずにいる。この時をもって井ノ口と穂高、二人の一騎討ちは幕を下ろした。

 戦場を覆っていた熱狂が冷めていく。

 気がつけば、すでに日が暮れて夜の帳が下りていた。

 戦いの最中にこのことに気づいた者は昭武や穂高の副将である島々直成ぐらいしかいない。これほどの長きに渡って両者は一騎討ちを繰り広げ、その場に居合わせた者たちの意識を引き付けていたのである。

 未だうまく動けない井ノ口を収容し、昭武は兵を麓の陣に返す。地の利を押さえられた状態で夜戦を行うことに危惧を覚えたからである。

 考えることは穂高方も同じで島々直成も穂高を収容して越中軍を追撃せずに砦の防備を固めた。

 この後も昭武は連日荒山峠を越えようと砦を何度も攻めるが、島々直成は頑健に抵抗しそれを阻んだ。

 

 

 *************************

 

 荒山峠を抜こうと昭武が奮闘している頃。

 勝山城前の平野にて、両軍は睨み合っていた。

 

「どうやら、若君の戦況は決してよろしくはないようです。穂高正文は一騎討ちにより人事不省に陥っていますが、その副将である島々直成が危なげなくあしらっているとのこと」

 

「島左近を氷見に置いたのが災いしたな。虎三郎もまた人事不省に陥っている状態では戦術の幅が限りなく狭まる。押し続ければ抜けないことはないだろうが、戦力として使えるほど残るかと言われれば微妙だな」

 

 一義の報告に雷源は渋い顔をする。

 

(荒山峠にも砦を作っているのは予想がついた。必ず渡光教か穂高正文を置くこともな……。だが、島々直成か……。奴は目立ちこそしないが、堅実に成果を出す将だ。島左近や虎三郎がいるならまだしも昭武だけでは荷が重いか)

 

 これで別働隊までも光教の手によって封殺されたことになる。

 そして、別働隊があてにならない以上、本隊が取りうる方法は自ずと定まるだろう。

 それを裏付けるかのように義綱の本陣から伝令が到着した。

 

「雷源様、姫様からの命です。曰く「我々は五千で敵左方の山地を抜く故、敵右方の山地を抜いて、馬防柵の裏に回り込め」とのことです」

 

 伝令から齎された情報に雷源は瞑目した。

 このまま、渡光教の手のひらの上で転がされるのか。そう思った。

 

「どう致しますか?」

 

 一義が問いかけると、雷源は悔しさに表情を歪めながら答えた。

 

「……他に策がない以上、そうする他ないだろうな。うちからは俺と長尭が行く。兵数は……二千だな。これ以上は山間では動かしづらい。一義、お前はここで残りの兵を率いて中央の敵に睨みを効かせろ」

 

「了解致した」

 

 かくして本隊はついに強攻を開始した。

 

 米

 

 強攻の開始から二刻。

 能登軍右方の山地にて、雷源は首を傾げていた。

 

「確かに、砦はある。だが、あまりに兵数が少なすぎないか?」

 

 そう雷源が呟くのも仕方ない。

 なぜなら、雷源たちの行く手を遮った砦には、砦を機能させられる限界の人数……約四、五十人しかいなかったのだから。

 

「確かに、そうですね」

 

 これには長尭も頷きを返す。

 雷源はこの地の戦における渡光教の考えは中央を馬防柵と種子島で塞ぎ、堅牢に作っておいた左右の砦を抜かざるを得ないようにして本隊に痛撃を与えることを目論んで組まれていたと考えていた。

 だが、その仮説は目の前の砦を見れば仮説でしかないことがわかる。

 

「何が、したいんだ?渡光教は?」

 

 つまるところ、此の期に及んで雷源は光教の考えが見えなくなったのである。

 

「渡光教が何を企んでいるかはそれがしにもわかりませぬ。ただ、この先に罠があると面倒です。戸沢殿を用いて明らかにするのはどうでしょうか?」

 

 今度は雷源が頷きを返す番であった。

 

「白雲斎からの報告を待つ間に砦を落としておくか……」

 

 雷源が砦を攻める。

 砦の造りそのものは堅牢であったが、あまりの兵数の差は如何ともし難いことを分かっていた能登軍は少し槍を合わせただけで逃散した。

 砦が陥落して四半刻。

 白雲斎が雷源のもとへ帰着する。

 

「勝定よ、やはり長尭の言う通り渡光教は罠を仕掛けていたぞ。山道から平野に出る地点に種子島の隊がいた。数は五百前後だが、山道の出口が狭隘であるが故に蓋をする分には不足はない」

 

「そうか、このまま突っ込んでいたら蜂の巣にされるところだったか。危ないところだった」

 

「して勝定よ。どうする腹づもりだ?」

 

「平野に降りずにここに布陣する。今回は守る気がなかったからいいが、その気になっていればここを抜くのに四百は失っていただろうしな」

 

 米

 

 雷源が容易く砦を押さえた一方、義綱と光誠、玄仁が向かった能登軍左方の砦では熱戦が繰り広げられていた。

 

「臆することはないわ。私たちにはお猫様の加護がある。背教者に負ける道理はないっ!」

 

「此度の戦が私たちの悲願を叶える最後の機会!お願い!みんな力を貸して!」

 

 玄仁と義綱が陣頭に立って戦いながら思いの丈をぶちまけることで兵を鼓舞し彼女達のためならば死ぬことすら厭わない極めて剽悍な精兵に変えていく。

 

「やはり手強いですね。純粋な願いに殉じようとしている人々は」

 

「ああ、変に既得権益を得た畿内の門徒どもとは違うな」

 

 それを迎え撃つのは、竜田広幸と下間頼廉。

 神に殉じようとした彼らの末路を憐れみ、それを誘導し、時には利益を貪る教団に疑問と悲憤を感じて神からの自立を目指した男達であった。

 

「……できることならば、あまり傷を負わせずに帰してやりたいところですが……」

 

「相変わらず広幸どのは心優しい。だが、そういうわけにはいくまい。俺たちには大義があるんだ。渡辺町を発展させることで、乱世に絶望した人々を救いあるいは守り抜くという明確な大義がな。それに比べれば、侵略してきた門徒を討ち取るなんざ些末なことだ……!」

 

「ですが、此度の侵略者の一部も私たちが救うべき人々でしょう?」

 

「そうだ。だが、無理やりにでも割り切れ。俺たちの大義は贔屓目ではあるが圧倒的な正義だ。悩むことすら烏滸がましいほどにな。……そう思わなくては俺もやってられん」

 

 最後の辺りは声が小さく、広幸には聞き取れなかったが、頼廉も頼廉で葛藤を抱えていることは違いなかった。

 けたたましい喊声をあげて、加賀軍が砦を攻め立てる。

 砦は蛇行した山道の頂きに立っている。丸太など隠れるものがあるため、荒山峠とは違って被弾はしにくい。

 しかし山道の道幅が二十寸(約60センチ)しかないために一人が弾幕に臆して隠れれば、後続の足が止まり銃火に晒される。

 今も死兵になれなかった兵が丸太に身を隠して道を塞ぎ、後続の死兵が次々と鮮血の花を咲かせては散ってゆく。

 その様を見て最も苦しんだのは広幸だった。領地を守る将としての建前上、顔には出せないが心中では血涙が流れている。

 

(玄仁どの、早く諦めてくだされ……!私はこれ以上、門徒達を死なせたくはないんだ……!)

 

 だが、この広幸の切なる願いは叶わない。

 銃火による損害で兵数が元々の四割ほどになっても義綱と玄仁は依然として砦を攻め続けたのだ。

 広幸達が相手にしているのはもはや、軍勢ではなく、軍勢の形を借りた途方も無い妄執だった。

 

「士気が高い。本来ならばとうに戦う意志など砕けてしかるべきだというのに、こいつらは打ち崩せば打ち崩すほどさらに鋭く、果敢に攻め寄せてくる……!」

 

 頼廉の背筋につっと冷や汗が流れた。

 

(一揆衆ってやつは大概どこかが壊れているが、こいつらは全てが壊れている。どうやれば、ここまで門徒を狂わせることができるんだ……!)

 

 元来、兵の頭数では玄仁らが四倍以上は優っており、真っ当に戦えば広幸たちに防げるわけがない。今現在防ぎきれているのは蛇行した山道が堀としての機能を果たしているからである。

 だが、その優位は玄仁が比較的道幅が広いところに後方から持ってきた攻城用の梯子を掛け、砦への直登ルートを敷設したことで打ち破られた。梯子を掛けるのにも多くの犠牲を払ったが、玄仁と義綱は気にしてはいない。いや、正確には気にしないようにしていた。

 

(竜田派を討ち滅ぼして、私が正しかったのだと広幸と能登の民に証明する……)

(渡光教を廃して、能登を正しい主である私の手に取り戻す……)

 

「「そのためならば、私はこの犠牲を厭わない」」

 

 米

 

 梯子が幾つも掛けられてからは、もう真っ当な戦いにならなかった。

 玄仁らの苛烈な攻勢に押されて広幸と頼廉は砦を放棄して下山することを余儀なくされる。玄仁はそれを追って平野の能登軍本陣まで進撃したが、熊野軍が平野に残っていた重泰の鉄砲隊に阻まれたために押し切れずに奪取した砦に退いた。

 雨垂れ石をも穿つ。或いは一念岩をも通す。どちらの表現を用いるかは個々に委ねるが、ともあれ玄仁らの流した血と信念はついに能登軍の堅守を突き破ったのである。

 




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