オリ大名をブッこんでみた。   作:tacck

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第四十話 北陸大戦① 【対峙】

 

 雷源らの加賀軍が末森城を陥落せしめていた。

 末森城の守兵は三百程度で果敢に抵抗したが、衆寡敵せず敢え無く末森城は陥落した。

 

「後は、勝山城を落とすだけね。雷源どの、氷見の昭武どのたちに進軍するように伝令を出してね」

 

 尾山御坊を出でて一週間もしないうちに末森城まで落とせたのが嬉しいのか義綱の表情は明るい。だが、雷源は表情一つ変えていなかった。

 

(未だ、渡光教が本格的な抵抗を始める頃合いではないだろう。おそらくこちらが勝山城に達するか否かのところで迎撃の用意をしているはずだ)

 

 事実、白雲斎の手の者が勝山城に光教が兵を集めていることを雷源に知らせている。

 光教が集めた兵の数は三千で、雷源の予想した数とほぼ同数であった。

 

(だが、此度の戦いは数を当てたとしても優劣は変わらない気がする。光教麾下の将のうち、誰がどこで戦うのか。これが左右するのだと思う)

 

 光教の麾下の武将は雷源から見ても粒ぞろいばかりであった。

 穂高の粉砕力に頼廉の堅守、重泰の砲術、広幸の野戦築城の手腕などいずれも時と場合によっては勝敗の天秤を充分傾けることができるものばかりであり、雷源が警戒するに足りた。

 

 末森城で一日休息を取ってから加賀軍は北上を再開した。

 次の目的地は勝山城。

 七尾城の喉元にあたり、羽咋郡の街道と荒山峠を通る脇街道の結節点で、此度の侵攻における激戦地になると目されている。

 流石に、ここまで来ると常にも増して緊迫感が軍内に漂い始める。

 街道の両側に山並みが広がるようになると勝山城は近い。が、雷源たちは勝山城から一里手前の地点で長大な馬防柵を視界に捉えた。

 

「やはり、ここで足止めを図るつもりらしいな」

 

 雷源の眼前に広がるのは半里はあろうかというほどの長さの馬防柵に二千の兵。残りの千はおそらく両側に広がる山中か、勝山城にいるのだろう、と推測する。

 翻る黒地に白の二頭波頭と青地に白の三階菱、赤銅の軍配と開扇。

 見間違えようがない、渡光教と穂高正文、二人の軍旗と馬印であった。

 雷源はすぐさま玄仁と義綱に使者を出し、軍議を開かせた。

 こういう時に雷源の北陸無双の異名が役に立つ。

 玄仁も義綱も嫌な顔一つせずに、雷源に応じた。

 

「馬防柵で固めたということは、間違いなく種子島の備えはあるはずよ。これで、平野の道は絶たれたわ」

 

 玄仁が悔しげな表情を浮かべている。

 

「それにしても、あれは見事な馬防柵だ。一朝一夕に作れる物ではないな。少なくとも、義綱どのが加賀衆に身を寄せた頃には構想が出来上がっていたのだろうよ」

 

「渡光教という将は余程防戦に手馴れていますな。防衛構想にブレがない。馬防柵一つとってもそれがわかる」

 

「一義、お前がそこまで褒めるとはな……。いよいよ奴の才は本物ということか」

 

「感心するのはいいけど、何か方策はあるの?このままだと身動きは取れないわよ」

 

「方策はある。えらく安直な物だがな」

 

 玄仁に促されて雷源が勝山城近辺の地図を広げ、平野の両側に広がる山地を指差す。

 

「この山中からなんとか小隊が通れそうなところを見繕って通る。勝山城近辺の山地は石動山ほど険しくはない、通れるところは必ずあるだろう。だが、どうせ周到な渡光教のことだ。山中にも即席の砦が作られている可能性がある。押し通るならここだが、大きな被害は免れ得ない」

 

 雷源の策を聞いているうちに玄仁らの表情が曇っていくのがありありとわかる。

 光教の布陣がほぼ完璧に近いものであることを察したのだ。

 雷源は内心舌を巻いた。

 

(どう足掻いてもこれ以上、先に進めないようになっていやがる。昭武達が荒山峠を抜くか、渡光教と穂高正文を暗殺するぐらいじゃないとこの状況は変わらねえ)

 

 だが、昭武と互角の一騎討ちを繰り広げた穂高と警戒心が非常に強い光教を屠ることは白雲斎をもってしても至難の技である。

 ゆえにこの場で出来ることは乏しく、雷源は指をくわえて馬防柵を睨み続けることしか出来なかった。

 

 ********************

 

 少し時は遡り、所変わって越中国氷見にある湯山城。

 昭武達、越中側からの侵攻軍は荒山峠越えのための軍備を整えていた。

 

「殿、此度のそれがし達の役目は助攻となります。少しでも早く、荒山峠を抜いて勝山城に迫ることで光教軍を孤立、あるいは戦線を押し上げることが肝要です」

 

 井ノ口が作戦の要旨を確認する。

 

「だが、それが分からねえ相手じゃねえだろ。必ず荒山峠は先に押さえられているはず。それも穂高にな」

 

「穂高正文の馬印は、羽咋郡側にあると聞きましたが?」

 

「いや、それは偽装かもしれない。聞けば、渡と穂高の旗印が羽咋にはあるそうじゃないか。おそらく奴らは羽咋を決戦の地にしたかのように見えてその実は荒山峠で決戦をするつもりだろう。羽咋では兵力差が酷すぎるからな」

 

 そう昭武は言うも、いまいち論拠が弱いと感じていたため、左近にも意見を聞く。

 すると左近は微妙な表情を浮かべた。

 

「違ったか?」

 

 だが、左近は首を横に振る。

 

「いえ、殿の予想通り、彼らは荒山峠にいると思うわ。けど、あの渡光教がそれだけしか策を弄さないのに違和感があるのよ。彼の手札は豊富。必ずもう一つ並行して策を弄してくると思う」

 

「もう一つの策ね……。心当たりはあるのか?」

 

「多分、氷見路を南下して氷見を獲りにくると思うわ。氷見さえ押さえれば、越中軍は敵中に孤立して捌きやすくなるし、高岡に進軍して私たちの後背を荒らすこともできるから……」

 

 左近の予想は昭武の背筋を凍らせるに足るものであるが、どこか得心いかないところがあった。

 

「だが、左近。戦線を三つ抱えられるほど、向こうに余裕があるのか?奴らはすでに五千のうちの三千ぐらいを羽咋に充てているだろう?」

 

「そうよ、これに荒山峠の押さえと七尾城の守兵を考えれば、それで五千に達する。確かに兵力の余裕は向こうにはないはずなの……。でも、氷見を空にするのは怖いわ。俊盛殿に加えて、私も氷見に残りたいのだけどいいかしら?」

 

「いいぞ。それと千の兵もお前に預ける。対応は八代殿と話し合って決めてくれ」

 

「わかったわ」

 

 左近が頷き、兵の選抜にかかる。

 

 米

 

 氷見の守りを左近と八代俊盛に任せ、昭武と井ノ口の五千は荒山峠へと進軍を始めた。

 氷見から荒山峠の道は山岳地帯を通るため険しいが、飛騨の山々に慣れ親しんできた昭武と井ノ口はものともせず進んでいく。

 

「そういえば、お前と馬蹄を並べるのは上洛以来だよな」

 

「言われてみれば、そうですね」

 

 井ノ口は昭武が登用した人物でありながら、雷源や長尭と組むことが多く、不思議とともに戦うことが少なかった。

 

「美濃と畿内の戦いはいずれも熾烈なものであったと聞き及んでおります。様々な英雄豪傑の類いも存在していたとも。……それがしとしては昭武殿が羨ましいですよ」

 

「やっぱお前は武人、だよな……。オレは必死過ぎて戦いを楽しむ余裕すらなかった」

 

 当時の戦いぶりを思い起こして昭武は苦笑いを浮かべる。伏見の戦いといい、金ヶ崎といい生き残ることしか考えられなかった。

 

「それは致し方ないでしょう。それがしと昭武殿では、背負うものもやるべきことも違いますからな」

 

「道理だが、なんとも釈然としないんだよなあ」

 

 今までの戦いを振り返るにどうしても昭武は泥臭い戦いぶりが目立つ。出来ることならば、昭武もかつての雷源のように颯爽と武勇を振るうなんてことをしたかった。

 届かぬ夢を見る昭武。実際のところ、雷源のそれは冠絶した武芸がなせる技だ。その階《きざはし》には昭武は未だ遠い。

 そのことを悲しんでいると、隣で井ノ口が昭武に問うた。

 

「今回の相手は穂高正文、とのことですが、彼はどのような武人なのでしょうか?」

 

「穂高な……。あれを一言で言うなら抜け目ない将といったところか。力押しと見せかけて実は技巧を凝らしていたり、武田の大軍に居城を攻められても武田軍に痛撃を与えながらちゃっかり生き残っていたりと色々、油断できない」

 

「紛れもなく、英傑の類いですな」

 

「それは、認める。……振る舞いはその限りではないけどな」

 

「と、言いますと?」

 

「なんというか、ガキだった。面白そうなことに首を突っ込んで熱中して楽しむ様はまさにガキだ」

 

 語る昭武の脳裏に金ヶ崎での立会いが浮かぶ。

 あの時の穂高は本当に楽しそうだった。昭武自身も面倒臭さこそ感じていたが、満更ではなかった。

 それ故に、山頂からしんがり部隊の被害を抑えて撤退するという目的を果たすためとはいえ、隙を作って一騎討ちを打ち切りにしてしまったことを武人としての昭武は気に病んでいる。

 

(できれば今度はちゃんと付き合ってやろうかね)

 

 そう思っているうちに峠の山頂が見えてくる。

 荒山峠の山頂は昭武たちが金ヶ崎の退き口で通った越狭国境よりも開けており、その広さたるやその気になれば、野戦築城が可能なほどである。さらに山頂までの道は奇しくも登るに難く下るに易いものであるために作られた砦は必然、地の利を活かした堅固なものになる。

 故に、峠の山頂に逆茂木と櫓が張り巡らされた砦と青地に白の三階菱を掲げた軍勢をも視認した時、昭武は背筋を凍ったような感覚を味わった。

 

「まずい、高所の利を取られた!皆、岩陰や木立に身を隠せ!」

 

 叫んで指示を飛ばすも、遅い。

 砦から山おろしに乗って多量の矢が昭武たちに降り注ぎ、一定の被害を与えて越中軍を怯ませる。

 

「皆の者、竹束を頭上に掲げながら進め!」

 

 射撃戦に慣れた井ノ口が矢を防ぐために指示を飛ばす。が、妙手とは言えなかった。

 竹束は銃弾すら跳ね除けるため、確かに矢を防ぐことはできよう。だが、小さなものでも六尺(180センチ)はあるため此度のような険しい登攀路では兵の足を遅め、疲弊させてしまう。

 穂高はそれを見逃すほど愚かではなかった。

 ようやく砦の前に広がる比較的平らな地点に越中軍の先頭が至ると同時に砦の門を開き、二百の剽悍な兵が出撃する。

 その先頭にいるのはやはり穂高正文。

 穂高は悍馬にまたがり、大斧でもって疲弊した越中軍を斬り払いながら中団にいる昭武目掛けて突撃を仕掛けていた。

 

「見つけたぜ、星崎昭武!金ヶ崎じゃ逃げられたが、今度こそ決着をつけさせてもらうぞ!」

 

 突撃する穂高は笑みを浮かべている。

 

(酒と女は、あくまで平時の娯楽だ。やはり武士は強者との戦いに快楽を見出してこそだろ?)

 

 噂ではその素行の悪さを悪し様に言われることは多いが、穂高にとってはやはり戦が本分であり、弁えるところは弁えている。

 

「やっぱ億劫だが、仕方ないな……」

 

 昭武が穂高の姿を認め、刀を抜いて近づく。

 だが、昭武が穂高に届くことはなく、井ノ口が先に穂高に打ち掛かっていた。

 

「昭武殿は曲がりなりにも大将。頭をいきなり獲れるとは思い召されるな」

 

 槍を一回りさせ、井ノ口が見栄を切る。それを見て穂高は一時表情を曇らせたが、すぐに笑みを戻した。

 

「なんだよ、あんたも中々強そうじゃねーか。いいなぁ熊野軍、豪傑の層が厚い」

 

「貴公の強さは昭武殿より聞き及んでいる。その武勇、それがしの無聊を慰める一助となってはくれまいか?」

 

「願ったり叶ったりだ。んじゃ、行くぜ!」

 

 穂高が馬の背を蹴り、井ノ口に躍りかかる。

 

 荒山峠はさらなる熱狂の渦に飲み込まれようとしていた。

 

 ********************

 

「熊野雷源は砦を抜こうとはしなかったか。存外、堪え性のある男のようだな」

 

 能登国・某所にて。

 渡光教は泰然と状況を整理していた。

 今現在の連合軍は本隊二万が勝山城の手前で多量の種子島を持った二千と山間の野戦築城に置いた千により封殺され、荒山峠をいく別働隊四千が穂高の砦で千五百を相手に死闘を繰り広げている。

 

「やはり、光教さまの戦略はすごいですね。五倍の兵力を足止めするなんて……」

 

 光教の隣で、一人の姫武将が感嘆する。

 彼女の名は長教連。かつては畠山義綱から一字を賜り長綱連と名乗っていたが、渡辺町の戦いのち改めた。

 

「足止めだけでは足りぬ。本隊の方はもう少し血を流させたかったが、まあいい。他の策に比べて取るに足らぬものだ」

 

「大事なのは、次の策。そうですよね?光教さま」

 

「ああ、その通りだ。次が成らねばこの戦は泥沼と化し、散々根回しをした意味が薄くなる。そうなることは避けたい」

 

「でも、良かったんですか?渡辺町の金蔵をいくつも開けて……。今回の戦いはだいぶお金をかけてるみたいですけど……」

 

「いや、実はこれでも出し惜しみをした、と思っている。あの馬鹿のところまでは種子島が回っていないからな。仕方ないから地の利を活かした砦を造らせたのがその証左と言える」

 

「え?この規模でもですか?」

 

 光教の言葉に光連は目を丸くする。

 今の規模でも一国の大名が行える戦の規模からは逸脱しているというのに、それをさらに大規模なものにできるなど俄かに信じ難かったのだ。

 

「連合軍相手に長期戦を行う余力は我らにはない。人口が少なく兵がいないからな。されど、軍費にかけられる金の量ならこちらに分がある。緒戦で流れをこちら側に向け、押し切る。そうでなくては勝ち目がない」

 

 半ば自分に言い聞かせるようにして光教は語る。

 そして語り終えると同時に光教は光連にひとつの命を下した。

 




読んで下さりありがとうございました。
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