オリ大名をブッこんでみた。   作:tacck

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三十九話です。
では、どうぞ


第三十九話 大戦の到来

 熊野家にもたらされた火急の書状とは、玄仁から雷源に向けた能登の渡光教への共同作戦の誘いだった。

 

「殿、どうするおつもりで?」

 

 一義もまた表情には出さないが、驚いていた。

 熊野家と玄仁の間には確執がある。それも十年単位のものだ。

 神通川の戦い以降は、両軍共に互いを仮想敵あるいは潜在敵として扱っていることは公然の秘密だったのだ。

 

「……能登を獲るならば、加賀と手を組んだ方がいいに決まっている。能登唯一の平野が広がる羽咋郡一帯を行軍路として使えるからな……。だが……」

 

「なぜ、急にそんなことを、ということですか」

 

「ああそうだ。確かに玄仁は竜田派を嫌っている。渡辺町の戦いの時だって宗滴に邪魔をされたが、温井・遊佐に加担しようとしていた。だが、俺たちを巻き込んでまでということはなかった……」

 

 沈思黙考し書状の裏にある何かを雷源は必死で読み取ろうとした。だが、首を横に振った。

 

(ダメだ、情報が少なすぎる。まったくもって玄仁の変心の理由が見えない)

 

 その時、頃合い良く白雲斎が雷源の前に現れる。

 

「勝定よ、そのことだがどうやら仲立ちをした者がいたようだ」

 

「誰だそいつは?」

 

「能登の前国主、畠山義綱」

 

 その名を聞いた時、雷源の疑問は氷解した。

 畠山義綱。渡辺町の戦いののち、渡光教によって七尾城から追放されたとされる姫武将であり、能登退去後はどうにかして能登を自らの掌中に取り戻さんと気を吐いていた。

 彼女ならば熊野家を巻き込む動機も玄仁の反熊野感情を棚上げにさせるだけの才もある。

 雷源達には預かり知らないことだが、義綱は能登奪還後は竜田派を禁教にするという約定を交わし、玄仁を懐柔していた。

 

「……渡光教の実力は高い。とりわけ防衛戦ではそれが顕著なものとなります。我らが参加しなければ、義綱と玄仁の連合では勝ち目は薄いかと」

 

 一義は暗に共倒れを狙えと上申していた。軍事的な賭けを好まない一義らしい策ではある。

 だが、この時すでに雷源は心中で決断を下していた。

 

「手を組むか、玄仁と。足並みを合わせられればという条件が付くが熊野家にとっては躍進の好機だ。最悪でも七尾の町と渡辺町の利権だけは確保するぞ」

 

 七尾の町と渡辺町。能登が誇る海港都市であるこの二つを抑えれば、熊野家は敦賀以東の日本海の海運を一手に握ることが出来る。

 能登は国土こそ狭く石高も低い弱小国のように思われるが、こと海運に限っては半島であるがゆえの長い海岸線と良港が多さが相まって日ノ本有数の繁栄を享受していた。

 ここを熊野家が獲れたならば財政が一気に潤い、軍拡においても内政においてもやれることの幅が広がり、なおかつ同じく日本海貿易を主軸として軍資金を稼いでいる長尾家に対する牽制にもなる。

 雷源はすぐに了承の旨を書いた書状を玄仁に送った。すると四日後には玄仁からの返書が来る。返書には一月後に尾山御坊で軍議を行うとあった。

 

「というわけで一義、富山城に一万三千の兵を集めてくれ。少しぐらいなら長尾に備えた分も回して構わない」

 

「長尾から引き抜いてよろしいので?」

 

「ああ構わん。尻垂坂あたりの野戦築城も済んでいるだろう。それにこれからの時期は雪が降る。となると親不知を長尾の大軍が通るのは無理だ。心配ねえよ」

 

「御意」

 

 一義が頷いて軍の招集のために雷源の前を後にする。

 だが、少し違和感を覚えていた。

 

(殿は表では迅速果断に見えるが、それは事前に思考を幾度も巡らせておいた物をさもその場で決断したかのように振舞っているゆえのこと。……だが、此度だけは本当にその場で決断されたのかもしれない。どことなく性急な気がする)

 

 少しの違和感が、瓦解の端緒となる綻びを生むことがある。

 果たして、これを見過ごしていいものか。

 一義は顔には現れないが、戸惑っていた。

 

 米

 

 雷源が軍備に動き始めてから一週間程が過ぎたころ。

 能登・七尾城にて、叡山からようやく帰って来た穂高は畿内戦線の一部始終を光教に報告していた。

 

「……というわけだ。辛くも織田信奈は浅井朝倉の猛襲をやり過ごしたぜ。すげえ豪運だよな」

 

 報告を聞いた光教は顎に手をやった。

 

(あの挟み撃ちを凌ぐとはな……。いよいよ織田信奈の異才ぶりが際立ってきたか……)

 

「んで、どうすんだ。包囲網から脱退して織田政権側につくか?あくまで俺っちの意見に過ぎねーが織田についた方が良さそうだぞ」

 

「穂高、それは出来ぬ話だな」

 

「あ、なんでだよ?」

 

「すでに熊野家が能登攻めに動いているからだ。一昨日、草の者からの報告があった。なんでも対長尾の兵まで引き抜いているらしいな」

 

「それ本当かよ。しかも、ぜってえ大戦になるやつじゃねえか」

 

「穂高、嫌がるのはまだ早い。どうやら加賀衆も軍備を整えているようだ」

 

「渡、ちょっと待て。加賀衆の狙いも……もしかして……!」

 

「ああ、そうだ。能登を狙っている」

 

「うっわ、考えうる限り最悪なやつじゃねーか」

 

 穂高が思わず天を仰ぐ。

 光教が淡々と言っているが、事実として能登にとっては最悪な事態であった。

 

「……それで、どうすんの。迎撃の手筈は整えてんのか?」

 

「一応な。そうでなくてはさしもの俺とてここまで落ち着いてはいられまい」

 

「そうか、やはり渡はそうでなくちゃな。で、俺っちはどうすればいい?どうせ将の配置はすでに割り振ってんだろ?」

 

「まあな。お前はここに置くつもりだ」

 

 そう言って光教が畳の上に能登の地図を広げ、ある一点を指差す。

 その地は荒山峠と言い、熊野領である氷見と七尾城の中間に位置していた。

 

「熊野家は必ずそこを進軍路として使うはずだ。この七尾城を落とすためには一度、七尾城の直前にある勝山城で兵を集めなければならないからな。もしここを抜かれれば、それを実現させてしまうだろう。決して抜かせるなよ」

 

「なるほど、わかったぜ!んじゃ軍備を整えてくるわ」

 

 光教の配置に穂高は納得がいったように頷きを返し、光教の前を後にする。

 残された光教は再度、顎に手をやり考える。

 

(一度の撃退ならうまくいく。されどその撃退は敵軍に手酷い打撃を与えるものでなくてはならない。特に熊野家にはな。そうでなくては、後が続かなくなる……!)

 

 光教は考えられるのをやめられない。その双肩にのしかかるものがひどく大切なものだから。

 亡父の最高の作品に、姉代りの優しい従者、愛らしいお馬鹿にその他諸々。

 彼にはあまりにも守りたいものが多過ぎるのだ。

 そうであるから、必然と考える事柄が増えてしまう。

 

 ********************

 

 玄仁の返書が雷源に届いてから一月が流れ、加賀の尾山御坊の大広間に能登侵攻軍の諸将が集っていた。

 主な顔ぶれは此度の侵攻軍の発起人である畠山義綱とその世話役の飯川光誠。

 加賀衆からは玄仁。

 熊野家からは雷源と一義、長尭と昭武に昭武の軍師である左近が出席していた。

 

「玄仁どの。なにやらえらく老けたな」

 

 顔を合わせるや否や雷源が口を開く。

 

「当たり前でしょ。最後にまともに顔を合わせたのは十年前じゃない。松永久秀のような鬼女とは違うのよ」

 

 三十路に足を踏み入れかけている玄仁の容貌は若々しさこそ失ったが、かえって円熟味と艶を増している。行き遅れと揶揄されることこそ多いが、玄仁さえその気になれば男などすぐに捕まえられるだろう。

 彼女がそうしないのはやはり教団に身も心も全て捧げているからであった。

 

「雷源どの、玄仁どの。十年ぶりの対面でお互い言いたいことはあるんだろうけど軍議で話すべきではないんじゃない?」

 

 義綱が呆れ笑いを浮かべながら二人の間に割って入った。

 かつての義綱は加賀友禅を華麗に着こなしていたが、今では酷く簡素な小袖を羽織るだけに留めている。あの加賀友禅は三年の潜伏生活を食いつなぐための金子となったのだ。

 

「此度、あなたたちに集まってもらったのは他でもない、渡光教を打倒するためよ。あの男は私の兄を殺し、国を奪った。許されざる下剋上よ。憎くてたまらない。ようやく兄の仇を討てる機会を掴んだ。だから神経質だと思うけれど、些細なことでも将の間の齟齬を認めたくはない」

 

 義綱は能登を退去してからは、縁戚関係にあった六角家を頼り、北近江の余呉湖畔に小さな屋敷を建ててもらって潜伏していた。

 当初は、すぐに軍事的な後援者を見つけて光教が能登を完全に固める前に奪還を図るつもりだった。

 しかし、光教の能登平定の手腕は巧みで他国の介入する余地がなく頓挫した。義綱は諦めず機を待ったが三年のうちに北近江を治めていた浅井家の家督が久政から長政に変わり長政が六角への臣従をやめたために、支援金が途絶え私兵の扶養にも苦しみ出し、ついてきてくれた家臣の中からも離脱者が相次ぐようになる。

 だが、塗炭のような苦しみの中で義綱は天啓に等しい知らせを受ける。

 渡光教が織田政権に敵対、あろうことか懐刀である穂高正文を援兵に充てたという報告を。

 織田政権の中には熊野雷源がいる。

 つまりこの知らせは北陸無双たる熊野雷源と渡光教が敵対したことを意味していた。

 義綱は奮起した。どうにかして熊野雷源を引き込めないかと。

 彼さえ味方にできれば、渡光教など何するものぞ。

 義綱はこれを能登奪還の最初で最後の機会と見定め、余呉湖畔の屋敷を引き払い、比較的交渉のしやすく、もともと渡光教と敵対している加賀衆の下へと転がり込んだのであった。

 

 そんな経緯であるから義綱主従のこの戦に懸ける思いは強い。

 何があっても退くつもりはなく、彼女たちの数少ない私兵は「主人の悲願のためなら命は惜しくない」と息巻いている。

 また、義綱たちは一応の策も用意していた。

 それを説明すべく、加能越三国の地図を机上に広げる。

 

「私の案は軍を尾山御坊からの軍と氷見からの軍の二つに分けて、はじめに尾山御坊の軍が羽咋郡を通り、坪山砦と末森城を奪って七尾城の喉元の勝山城へ進軍。次に氷見軍が荒山峠を通って勝山城へ進軍して兵を集中。そこから七尾城を攻囲するというものだけど、それでいいかしら?」

 

 義綱に提示された策は、スタンダードなものであるだろう。だが、雷源には一つ気になることがあった。

 

「義綱どの。それでは氷見の海岸線が手薄になるような気がするが……」

 

 加越から七尾城へ至る道は二つある。

 一つは義綱が使う羽咋郡を通る街道。これは能登最大の平野を北上するルートで、大軍を通しやすい。もう一つは雷源の言う氷見から出て、石動山塊を右に廻る海岸線の道である。こちらは羽咋郡のものと比して距離こそ同等だが、険路が多かった。

 また、この二つの街道を繋ぐ脇街道も二つあり、荒山峠を通る道と氷見から羽咋郡へ向かう道の二つである。

 この合計四本の街道をどう活かすか、これが此度の軍議の焦点と言えた。

 

「雷源どの。氷見路は攻めるに難く、守るに易い地形よ。守勢を得意とする渡光教にとっては絶好の地。わざわざ敵の思惑に乗ってやる必要はないわ。渡辺町からの海上侵攻についても心配は無用。渡光教の兵力は多くて五千。二方から迫る私たちの軍に備えるのが限界で、それだけの余裕はないはずよ」

 

「そうか?なら、いいんだがな……」

 

 義綱の説明に雷源は一応は納得する。

 雷源の意見ののちは誰も義綱に意見することはなく、義綱の策はそのまま通った。

 将の配置も速やかに決まり、加賀軍が雷源、一義と長尭に玄仁、義綱。越中軍が昭武、井ノ口、左近となる。兵力はそれぞれ二万と五千。北陸では稀に見る大軍であった。

 左近たちが補給などの手筈を話し合う最中、昭武は心中で(この戦の帰趨がどうであれ、北陸の情勢は一変する。気が引き締まるような思いだ)と来たるべき大戦を見据えていた。

 




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