オリ大名をブッこんでみた。   作:tacck

33 / 68
第三十八話です。
書きたかったのは昭武たちなのに、穂高の主張が強すぎてサブタイが見つかりません。

*3/7に後半の変更と加筆を行いました。

では、どうぞ


第三十八話 畿内戦線の終幕

 京に帰ってきた昭武は白雲斎と半蔵から良晴の生存の可能性とその根拠を詳細に聞いた。

 

「なるほど、微塵隠れか……。確かにあの場なら前鬼がいたから使えたな……」

 

 微塵隠れとは、伊賀の秘術のひとつで自分が助かるために他の忍びを自分に見立て殺すことで敵の目をごまかすという島津も真っ青な術だった。

 

「いかにも。本来ならば、式神が去った後に相良良晴を掘り起こす腹積もりだったが、姫が来てしまったからな……。そちらを優先しなければならなかった」

 

「まあ、お前はあくまで松平に仕える忍び。致し方ないとしか言えないな……」

 

「サル晴さんには悪いことをしてしまいましたね〜。ですが、状況は分かりました。すぐにでも人数を集めてサル晴さんを迎えにいきましょう〜」

 

「そうだな、元康公。オレと犬千代どのは、信奈公に報告しに行ってくる」

 

 話を聞いたのち、本能寺の前に昭武は常宿にしている琴平邸に向かった。

 良晴を助けに行く手前、時間が惜しいのはわかっている。だが、それでも桜夜には顔を見せておきたかったのだ。

 

「昭武どの!生きて帰って来てくれたんですね。よかった……!」

 

「ああ、桜夜。どうにか帰って来ることができた。約束は果たせたかな?」

 

「ええ。それで良晴どのはどうなりましたか?昭武どのが帰ってきたのなら彼も……」

 

 桜夜に問いかけられて昭武は言葉に詰まる。

 昭武が帰ってきた以上、誰もがそのことを二つ目に聞いてくるのは仕方ないことである。しかし、良晴の生死が定かではない現状ではそれは昭武には辛いことに思われた。

 

「それは、本能寺で話すが……、信奈公はどうした?朽木谷で銃撃されて深手の傷を負ったと聞いたんだが……」

 

「目を覚まされましたが……今は、報告を控えた方がいいかもしれません」

 

「や、そういうわけにはいかないだろ。信奈公のところへ案内してくれ」

 

 桜夜の言葉に不穏な物を感じつつも、昭武は急いだ。

 

 ********************

 

 本能寺、控えの間。

 犬千代を引き連れて昭武は目覚めたばかりの信奈の前に姿を現していた。

 

(重篤だとは聞いていたが、意識はあったか。だが……)

 

 昭武は信奈に違和感を覚えていた。

 何というかいつもの覇気がないのである。

 隣に侍っている松永久秀の距離がいつもより近いのも怪しい。

 

「犬千代……?どこに行っていたの……?十兵衛たちはどこ?サルは……」

 

 今の信奈は情勢に疎かった。

 だから、昭武と犬千代は一部始終を伝えた。

 報告を聞いている信奈は起きているというのに、まるで微睡みの中にいるようで昭武は信奈が本当に報告を聞いているのか疑わしかった。

 

「それで、サルと十兵衛は……?」

 

 信奈の問いに、昭武と犬千代は答えられない。

(今の信奈に残酷な現実を伝えてしまえば、確実に心が壊れてしまう)と危惧したのだ。

 

「信奈様、もう一杯お飲みなさいませ」

 

 それを見兼ねたのか、久秀がさらに信奈に薬を与える。名医の曲直瀬ベルショールは止めにかかったが、久秀は聞き入れない。

 

「それでは昭武どの、犬千代どの。申していただけませんか?」

 

 久秀に促されて、犬千代が口を開く。

 

「良晴は足軽たちを助ける為に自爆して果てた……!光秀も土御門久脩の手に掛かって……!」

 

「そう、そうなの……」

 

 信奈は糸が切れた人形のようにこくりと頷いた。

 

(これは、夢なのよ。悪い夢なの……)

 

 そう念じても、信奈の双眸から涙が流れていく。

 不意に昭武は半蔵のトリックを信奈に説明したい衝動に駆られたが、

 

(残念なことにまだ助けられるという確証がねえ。ぬか喜びさせるだけになるかもしれない)

 

 そう戒めてぐっと飲み込んだ。

 

「報告は以上だ。オレは負傷兵の収容のためにまた朽木谷に戻る。んで、オレがいないうちに在京熊野軍を動かしたいのなら左近に話を通してくれ」

 

 信奈と久秀にそう告げて昭武は本能寺を立ち去り、すぐにしんがり隊を再度召集する。

 しんがり隊の他にも、元康と半蔵と桜夜が同行している。

 

「昭武どの。相良どのを助けるならば急いでください。信奈様はあなたが去った後に、叡山を焼き討ちにすると決意なされたようです」

 

「桜夜、それは本当か?だとしたらとんでもないことになるぞ」

 

「はい、間違いなく信奈様の信望は地に堕ち、仏門は全て敵に回ります。そうなってしまえば……」

 

 桜夜は懸念していた。ここで信奈が焼き討ちを強行したならば、仏門すなわちにゃんこう宗も敵に回す。

 成り行き上、飛騨熊野家は飛騨のにゃんこう宗の棟梁ということになっているため、場合によっては織田政権からの離脱を余儀なくされるかもしれないと。

 松平家もまた、たぬき信仰とお猫様信仰の狭間で家臣が揺れているため、結果家臣の統制が取れずに熊野家と同じ末路を辿るだろう。

 つまるところ、信奈が叡山を焼くまでに良晴を救出できなければ、織田政権は全同盟国を失って瓦解してしまうリスクが浮上するのだ。

 

「目指すは若狭国内。目的は山猿の捕獲だ。急がないと浅井朝倉に先を越されるぞ!」

 

 かくして、昭武たちは再度北上する。

 

 ********************

 

 時はしんがり部隊が京に帰還する少し前に遡る。

 叡山。

 京の鬼門を抑える霊山にして、この姫武将全盛の世にあってもなお女人禁制を貫く古刹である。

 今、叡山の根本中堂にて不滅の法灯を前に、三人の男たちが顔を揃えていた。

 信奈を主体的に裏切った、浅井久政。

 信奈の討伐目標国である越前の国主、朝倉義景。

 そして、比叡山の僧兵の首魁である正覚寺豪盛の三人である。

 この三人は叡山の掟である女人禁制を盾にして勝家と長秀率いる織田軍を凌いでいた。

 そんな彼らの前に新たに二人の少年と青年が姿を見せた。

 

「朝倉さん、浅井さん。サルは死んだよ。木っ端微塵になった。首までぐちゃぐちゃになってしまったのは残念だけどね」

 

「星崎昭武には結局逃げられちまった。中々の遣い手だったぜ!」

 

 土御門久脩と穂高正文である。

 

「そうか。星崎昭武に逃げられたのは癪だが、所詮は織田の尻馬に乗っただけの将に過ぎぬ。放っておいても大して困るまい」

 

「やけに昭武の扱いがぞんざいなあ……」

 

 義景の舌鋒の鋭さにに穂高がため息をつく、曲がりなりにも一騎討ちをした相手である。コケにされるのは悲しいと思うぐらいには昭武に情が湧いていた。

 

「いいかい。織田勢を滅した暁には、土御門家を京に再興する。そして日の本全土に散った流れ陰陽師は安倍晴明公の直系であるボクが頭領として束ねる。そういう約束だよ」

 

「なんだよ久脩。てめえはそんな大それたことを狙っていたのかよ。だったら俺っちもなんか頼むか……。そうだ、加能越三国の守護職を渡の奴にくれてやってくれ。俺っちは美女を一人もらえればいいや」

 

「好きにするがいい。余は俗世の政には興が湧かぬのだ。加能越など風流に比べれば取るに足らぬ」

 

「朝倉さん。ボクのお願いは?」

 

「構わぬ。京の時の流れがいにしえの世に回帰する……余にしてみれば実に喜ばしいことであるからな」

 

 朝倉さんは話がわかるなあ。と久脩が笑う。対して穂高は少し眉を顰めた。

 

(朝倉義景。実力はあるものの、風流狂い。泰平の世ならそれでいいかもしれねーが、厭世家ってところが乱世では厳しいかもしれねえ。これじゃ万人はついて来ねえ気がするぞ)

 

 チャラそうな外見と軽薄な言動から一見してちゃらんぽらんに捉えられることが多いが、穂高の嗅覚には秀でたものがある。

 そうでなければ、松本平で信玄に最後まで抵抗するなんて真似はできない。

 

(かといって織田もな……)

 

 顎に手をやり、考え込む。

 今の織田家の情勢は厳しい。

 相良良晴と明智光秀は消え、織田信奈は不明。

 叡山に柴田勝家、丹羽長秀といった主力が張り付き、星崎昭武率いる在京熊野軍は大勢を決するだけの力を持ち得ない。

 濃尾を守る斎藤道三は、江南に再進出した六角と武田に挟まれて動けない。伊勢の滝川一益も六角が邪魔になる。

 飛騨の熊野軍もまた能登の渡光教と武田に挟まれている。

 織田軍は今、敵中に孤立しているのだ。

 

(さらに言えば、四国と丹波からも反織田政権の軍勢が進軍して来ているっぽいしな……)

 

 だが、穂高はそれでも織田家が完全に敗北したとは思えなかった。

 そう思う根拠は若狭に渡る前に光教が穂高に告げた言葉にある。

 

『穂高、織田信奈は理性と行動の自由度の高さにおいて傑出した将だ。だが、追い詰められると情動が勝る。ゆえに時に利害や慣例、制約をも踏み越えて考慮しなければ、こちらが足元を掬われるぞ』

 

(渡の予想は馬鹿にできねえ。考えたくはねえが、憎さ余って女人禁制の掟を踏み越えて攻めてくるかもな)

 

 この穂高の予感が現実のものになるとは未だ叡山の誰にも分からない。

 

「がはは、勝ったな朝倉どの。柴田も丹羽も姫武将。叡山の女人禁制の掟を戦に利用するとはおぬし、なかなかの知恵者よのう」

 

「余はただ、女たちを血なまぐさい戦に巻き込みたくなかったのだよ。風流人としてね。女とは……館に閉じ込め、毎晩着せ替え、飽くまで眺め、ひたすらに愛でるもの。小笠原流の礼法と弓馬術を共に修めた教養人たる正文ならわかるであろう?」

 

「はぁ、そうっすね」

 

 分からないからこそ、穂高は隣で繰り広げられる義景の風流談義を苦笑いで聞き流していられた。

 

 ********************

 

 昭武たち良晴捜索隊は強行軍でその日の深夜には江狭国境まで到達していた。

 天候は雨であり、過日に良晴が久脩と穂高を相手にした決戦を繰り広げた場所は一面の泥濘と化していた。

 

「またも朽木谷までは相良の姿を見ることはできなかったな……」

 

「でも、これで相良どのは近江には到達していないことが、わかりました。おそらく水坂峠の近くにいるはずです」

 

「いや、それも解らぬぞ」

 

 桜夜と昭武が顔を見合わせていると、先行した半蔵が戻って来ていた。

 

「半蔵、それはどういうことだ?」

 

「相良良晴を埋めた穴の中を見たところ、相良良晴の姿はなかった。おそらく自力で穴から脱出したのだろう」

 

「まずいな、確かその時の相良は満身創痍だったはずだ。まともに動けるとは思えない」

 

「俺もそれは考えた。だが、穴の近隣を探せども、姿も亡骸も見えぬのだ」

 

 この半蔵の言葉に昭武たちは凍りついた。

 完全に良晴の消息の手がかりを失ったのだから当然だろう。

 初冬の夜の雨に打たれれば、人間の体熱など容易く奪われる。それが、瀕死の良晴ならなおさらである。

 昭武は良晴を救える刻限が思いの外短いことを察した。

 

「こうしちゃいられない。ここから隊をさらに分ける。雨を凌げる場所を基点にして相良を探すぞ」

 

 昭武の言に、皆が頷く。

 話し合いをした結果、昭武と桜夜、元康と半蔵の二隊に別れて良晴の捜索を始める。

 捜索隊は洞窟や大木の根の下など、様々な所を落武者狩りと戦いながら、手当たり次第に探した。

 そして昭武の隊が八つ目の洞窟の中に踏み入った時にようやく良晴と死んだと目されていた光秀も発見する。

 

「相良、お前生きてたんだな……。光秀どのも生きてたし本当によかった」

 

「ああ、どうやら十兵衛ちゃんが助けてくれたみたいなんだ。十兵衛ちゃんがいてくれなかったら俺は間違いなく泥の中に倒れたままいつか首を獲られていたに違いない」

 

「ふふん、相良先輩。これで清水寺での借りはなしですよ?あ、でも種子島はちゃんと返して下さい。利子はトイチで勘弁してやります」

 

「なぁ、十兵衛ちゃん。トイチはちょっと横暴過ぎないか?」

 

 いつの間にやら漫才調になってゆく良晴と光秀の会話は昭武にとっては騒がしくも嬉しいものがあった。

 だが、今はそれを楽しむだけの時間はない。

 

「お前らには色々言いたいんだが、後で言うわ。とにかく今は叡山に急げ。お前らの仇討ちと称して信奈公が叡山を丸焼きにしたがってるからな」

 

「なっ、そんなことをしてしまえば、織田家に民がまつろわなくなります!」

 

 この昭武の言葉は、良晴光秀双方によく効いた。

 

「信奈にそんな残虐な真似をさせちゃダメだ!出来る限り飛ばしてくれ!」

 

 

 

 こうして良晴たちは昭武たちに護られながら叡山の信奈の元に到達した。

 到着した良晴を見て信奈は理性を取り戻し、叡山焼き討ちを取り止める。

 その後、御所を介して織田政権と浅井朝倉の間に和睦が結ばれた。

 これにて、織田信奈の上洛から始まる畿内で起きた一連の騒乱はひと段落ついて在京熊野軍と松平軍は帰国の途につく。

 

 だが、昭武たちが帰り着く前に雷源が在城している富山城に火急の書状が届けられていた。

 

「まさか、な……」

 

 使者から受け取った書状を開いた雷源は思わず独語していた。

 書状に書かれていた内容がそれだけ衝撃的なものだったのである。

 熊野家の戦いはまだ、終わらない。

 

 

 

 

 




読んでくださりありがとうございました。
誤字や、感想などあればよろしくお願いします。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。