オリ大名をブッこんでみた。   作:tacck

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第三十七話です。
熊野家のバトル回です。
昭武と渡曰く馬鹿の差別化が割と大変でした。
では、どうぞ


第三十七話 金ヶ崎の退き口(後編)

 

 

深夜。

しんがり部隊は若狭へと進路を定めた。

さしもの朝倉軍も若狭まで逃げれば追ってこないと良晴が考えたからである。

しかし、越前と若狭の国境の山を登りきった時。

前鬼は眉を顰めた。

 

「どうやら土御門が朝倉側についたらしい」

 

「土御門?」

 

「日ノ本の陰陽師の頭領だ。かつては安倍姓を名乗っていたが、今は土御門と名乗り、戦乱の京を避け、若狭に隠棲している連中よ」

 

「安倍ってことは安倍清明の子孫か……」

 

「その土御門が何を思ったのか、お前を討ち取る気になったらしい。この先に結界を張ってわれらを待ち伏せている」

 

結界と言われて、良晴と昭武は辺りを見回すが、山しか見えない。

 

「結界が狭まっているな……どうやら向こうから来たようだ」

 

前鬼が言うとほぼ同時に、谷底から一人の少年が糸に引かれるようにして山頂へ昇ってくる。

 

「こいつが、土御門か……?」

 

「そうだよ。ボクが、土御門家当主、土御門久脩《つちみかどひさなが》。そろそろ京に帰ろうかなって思ってね。となると京の支配者に取り入るために手土産が必要になるでしょ。それが君、織田家のサルなんだ」

 

土御門久脩はまだ幼い。武家が元服する年にすらなっていないのだ。こうは言っているものの、その実は持っている力を使ってみたいという欲求の方が強い。

 

「よく若狭まで逃げてきてくれたね。織田信奈はとっくに近江まで逃げてしまったけど、君の首さえ取れれば、浅井さん朝倉さんも喜ぶだろうね……」

 

久脩が不敵な笑みを浮かべて、指をパチンと鳴らす。

すると夜空に数十体に及ぶ異形の式神が現れた。

 

「なんて数の式神だ……。前鬼、どうにかならないのか?」

 

「俺の力はこのあたりでは弱いと言ったろう。やつらの数には敵わぬ」

 

前鬼が首を振る。

式神には、直接的な武力は通じない。

だが、何事にも例外はある。

白雲斎が良晴の前に進み出て、闇を舞う式神の群れに対して獰猛な笑みを浮かべていた。

 

「数は揃えたようだな。だが、松永久秀の傀儡に比べれば劣る」

 

「……へぇ。自信があるんだね。でも、ボクの式神軍団には通じないよ」

 

「知ったことか。……ちょうどいい、白雲斎の名の由来。この場で見せてやるとしよう」

 

言うと白雲斎が空高く跳躍し、腰の童子切安綱を抜き放つ。そして、式神を間合いに捉えると右脚で宙を蹴って間を詰め、一閃した。

斬られた式神は真っ二つとなり、夜空に溶けていく。

 

「なっ⁉︎式神に刃は通らないはず!何故だ!」

 

「瑣末なことよ」

 

久脩が驚くが白雲斎は気にも止めず、虚空を蹴って次の式神の前に跳び、斬り捨てる。

これを反復させることで、白雲斎は苦も無く式神を次々と断ち切り、闇へと還していった。

式神軍団を問題にしないほどの戦闘力。だが、この場にいるほとんどの者はそんなことを気にしてはいなかった。

 

「なんで、白雲斎はずっと空を飛び続けているんだ……⁉︎」

 

良晴たちは呆然として白雲斎の戦いを眺めていた。

桶狭間の戦いの時に半蔵が重力を感じさせない動きをしていたが、今回白雲斎が見せたソレは常軌を逸している。

 

「これが、噂に聞く飛雲《ひうん》の術か……」

 

周りがどよめく中、半蔵だけは落ち着いていた。

彼だけは白雲斎の秘術の内容を僅かながらではあるが、事前に知っていたのだ。

飛雲の術。すなわち、空を飛ぶ術。

戸隠の秘術の中には空を飛ぶ術はいくつかあるが、その中でも最高峰の滞空時間と飛行速度を誇る。

白雲斎の武力、知略の高さはもちろんこの術を習得しているがゆえに白雲斎は戸隠における最強の忍びと目されている。

 

「相良の小僧よ。式神はあらかた始末した。今のうちに進軍しろ」

 

白雲斎が地に降りて良晴に促す。

 

「すげえ、まるで格ゲーのキャラみたいだ……。なあ、あのまま空を飛んで、式神を倒し続けることはできないのか?」

 

「無理だな。あれは中々に体力を使う。暫く間隔を開けねば、儂の身体は力の負荷に耐えられず飛散するぞ」

 

飛雲の術に限らず、戸隠の秘術は術者に過度な負担をかける。それは白雲斎にとっても例外ではない。戦闘目的の飛行の場合は一度の使用につき、十五分前後が限界だった。

 

「わかった。みんな!早く山道を下るんだ。森の中に入ってしまえば、空から式神に狙われにくくなる!」

 

そう良晴が命を下すが、うまく事が運ぶとは限らない。

良晴たちがいる山頂に若狭側から登ってきた者たちがいた。その数は八百。全員武装をしていた。

 

「やあ、遅いじゃないか」

 

「はあ、はあ……、ようやく追いついたぞ。ってか式神と人間の兵を比べるんじゃねえよ。人間が勝てるわけがないだろ……」

 

肩で息をしながら、大斧を担いだ武装集団の頭領が久脩にぼやく。八百の兵もまた息を切らしていた。

どうやらかなりの強行軍をしてきたらしい。

 

「これはまずいな……」

 

その人物の姿を見て、今度は昭武が眉を顰めた。

 

「誰なんだ?この武将は」

 

「相良は知らないのか。あいつの名は穂高正文《ほだかまさふみ》。能登の渡光教の腹心で山岳戦の名手だ!」

 

昭武がそう言うも、未来知識にはない武将のため良晴の反応は薄い。

 

「織田のサルに飛州の金獅子、見事に大物ばかりだな。光教に言われて船に揺られて若狭くんだりまで来てみたが、おかげで楽しめそうだな」

 

穂高が大斧を構える。

その姿にただならぬ雰囲気を感じて良晴は後ずさりした。

 

「相良、ここは俺に任せてくれ」

 

良晴に対して昭武が槍を構えて一歩前に進みでる。

 

「ここで隊を二つに分ける、オレの隊と相良の隊だ。オレはここで踏み止まって穂高を抑える。その間にお前は若狭側に逃げてくれ」

 

「昭武、お前……!」

 

「勘違いするな。死に急ぐわけじゃねえ。この山頂で穂高と土御門のガキを同時に相手をしたらオレたちはお陀仏だ。だが、お前を先に逃がせば必ず土御門のガキはお前の首につられて山頂を去る。そうなれば少しは生き残る確率が上がるだろうよ」

 

「だが、俺は……!」

 

いくら昭武が言を尽くしても、良晴は死地となった山頂に昭武たちを置き捨てることに対する嫌悪感を拭い切れなかった。

 

「ちっ、やっぱこうなるか……。前鬼!半蔵!気絶させてでも相良をこの場から脱出させろ!」

 

昭武が叫ぶと同時に前鬼が良晴を羽交い締めにして山頂から引き離し、半蔵が良晴の隊に指示を出して穂高の隊を突破させようとする。

 

「宗厳!相良の撤退の手助けだ!穂高の隊に斬り込め!」

 

「承知した」

 

宗厳を先頭に昭武隊三百が突っ込み乱戦状態となる。

 

「くっ……、昭武!絶対生き残れよ!約束だからな!」

 

前鬼に拘束されながらも良晴は叫ぶ。

昭武はそれに振り返らずに左手を挙げて応えた。

 

「大分かっこつけたな、星崎昭武。正直痺れたぜ」

 

穂高がにやにやと笑みを浮かべている。

 

「かっこつけ、か。オレはただ理屈を並べただけなんだがな……」

 

穂高の物言いに昭武は嘆息した。

 

「まあいいさ。やることは決まってるんだ。ーーそこを退け、星崎昭武。さもないと死ぬぞ」

 

「お前こそそこを退け、穂高正文。ああは言ったが正直、相良が心配でならねえ」

 

昭武と穂高がそう叫び、馳違う。

振るわれた斧と槍がぶつかり、甲高い金属音が辺りに響いた。どうやら一合目は互角らしい。

だが、すぐに昭武が穂先を穂高の心臓に構え、穿つ。されど、穂高に柄を当てられて穂先を逸らされる。

 

(こいつ、力だけの武将じゃねえな)

 

昭武は心中で舌打ちした。

しかし、それは穂高も同じで(挙動が速え。俺っちの苦手な手合いだな)と毒づいた。

二合やり合って、両者は互いの力を認識する。

感触としてはほぼ互角、それ故にやはり一瞬の失敗が命取りになる。

その後も昭武が十文字槍を突いては薙ぎ、穂高は差し出された槍を斧の柄で巧妙に弾きつつ振り下ろすに足るだけの隙を伺うといった攻防が繰り返される。

二十合ぐらい打ち合いが続いた頃には、山頂には良晴隊の姿も久脩の姿もない。

 

「どうやら俺っちはてめえの目的を遂げさせちまったみたいだな」

 

穂高が悔しげに呟いた。

 

「そのようだ。相良もしっかり逃げている。……どうだ?ここで一騎討ちを終わりにしてみるか?」

 

「馬鹿言え。こんな楽しいこと終わらせちゃダメだろ」

 

「そうかい」

 

穂高は獰猛な笑みを浮かべ、昭武は苦笑する。

 

(敵の分裂を果たした以上、一騎討ちをし続けてもオレたちが釘付けになるだけだ。早くケリをつけるのが望ましいな。……ここで仕掛けてみるか)

 

昭武が再度、穂先を構えて心臓を突かんとする。

 

「その攻撃はさっきも見たぞ!」

 

無論、穂高は柄を当てて、昭武の槍を逸らす。

 

(よし、今だ!)

 

だが、昭武は仕切り直さず、ダン!と強く地面を踏んで穂高に接近、懐に入り込もうとする。

だが、穂高もさるもの。斧を大上段に構えながらバックステップをして踏み込まれた分の距離を取っている。

そして、振り下ろしの範囲内に昭武が入ったことを確認してから裂帛の叫びを挙げつつ一振必殺の一撃を繰り出した。

 

「おりゃああ!!」

「んぐっ!ああああ!!」

 

穂高の必殺の一撃を昭武はなんとか槍の柄で持ってその一撃を食い止める。

穂高の膂力は凄まじく、昭武の下の地面がめり込んでいく。

昭武の槍の柄にぴしりと亀裂が走った。穂高の膂力が槍の耐久値を超えたのだ。

 

(おいおい、まじかよ……)

 

知らず、昭武の首筋に冷や汗をかいていた。

 

「勝ちに逸ったな。それが命取りになった」

 

「いや、まだ勝敗は決まらんよ」

 

そう不敵に笑ったのちに昭武は力を振り絞って再度地面を踏み切り、間合いを詰める。

その右手に武具は握られていない。

 

(この状況でも攻める気かよ⁉︎)

 

支えを失った穂高の斧が地面に突き刺さる。咄嗟に穂高は斧から手を離し、後ろに飛び退くが、既に昭武は穂高に肉薄していた。

 

「これで王手だ!」

 

昭武が大きく右腕を振り上げる。

そして穂高の顎を視認すると、渾身の力で振り抜いた。

 

「うおっ……!」

 

殴り飛ばされた穂高の身体が宙を舞い、かさりと地に落ちる。

 

「正文様!」

「大将!」

 

宗厳に攻め立てられていた穂高隊であったが、穂高が地に落ちると同時に、昭武隊を放っておいて穂高を中心に円陣を組んで穂高を守る。

こうして穂高隊に産まれた綻びを昭武は見逃さなかった。

すかさず穂高隊に自ら斬り込んで突破口を開く。

 

「白雲斎、宗厳。撤退を再開するぞ!これ以上やったら兵数で潰される!」

 

昭武が命じられて、昭武隊は穂高隊の間隙を抜いて若狭側へと下っていく。山頂の戦いが始まる以前は三百以上の兵がいたが、二百人弱にまで減っていた。

 

***************

 

以後、昭武は穂高の追撃を受けながらもどうにか若狭街道へ出てひとまず朽木谷へ向かった。

若狭街道は先行した長秀、光秀によって整備されており、今までの道と比べると歩きやすい。

しかし、穂高の追撃は苛烈なもので昭武たちは酷く疲弊していた。

 

「昭武よ。朽木谷は確か、浅井の勢力下にあったはずだ。通っていいのか?」

 

「……分からねえ。街道が整備されて間もないからもしかしたら浅井から織田家に鞍替えしているのかもしれない。そろそろ糧食も乏しい。補給を受けられればいいが、そこまでは期待できないか」

 

「そういえば、若狭街道で相良隊を一度も見かけなかった。もしかしたら相良隊は未だ山中の中を彷徨っているのかも」

 

宗厳が若狭の方角を見やってつぶやく。

敵の分断も果たしたが、その代償として相良隊の消息が知れなくなっていた。

 

「じきに、朽木谷に入る。場合によっては交戦の覚悟をしておけ」

 

軍を引き締めさせながら、ついに隊が朽木谷に至る。

だが、昭武の予想に反して朽木谷の主・朽木信濃守は昭武隊を手厚く歓迎した。

その時の信濃守の挙動が怪しかったが、白雲斎が久秀の仕業と見破り、いらぬ心配だとわかって昭武は安堵した。また、信濃守から桜夜たち含む織田の本隊がほぼ無傷で京まで逃げ切ったが、信奈が重篤な傷を負ったことを知った。

情報を得た後は、しばし朽木谷で休息を取る。

朽木谷が安全地帯といえど長逗留をするわけにはいかないのだ。

 

(近江には入れたが、まだ道行きとしては半分ぐらいだ。幸いにも朝倉軍や穂高隊が襲ってくることはもうない。だが、落武者狩りがある。油断はできないな)

 

少しでも効率的に休みを取ろうとして昭武が畳に横たわる。

半刻ほど仮眠して昭武が起きると、朽木谷には三人の訪問者が来ていた。

光秀と犬千代、元康である。京から良晴を救い出すために隠密として若狭街道を逆走していたのだ。

 

「星崎どのは生きていましたか。相良先輩はどうしたんですか?」

 

「明智殿か。オレと相良は越前と若狭の国境で別れた。それからのやつの挙動はちっとも分からん。元康公たちは朽木谷に来るまでで見なかったか?」

 

「いえ、見てないですね〜」

「見てない……」

 

犬千代と元康が首を横に振る。

 

「ということはまだ若狭国内にいるのか……?」

 

「若狭にいるとなれば話が早いです。さっさと行くです!」

 

話を聞いた光秀たちはすぐに若狭に向かう。

だが、三刻もすると朽木谷に犬千代と元康、半蔵が戻って来た。半蔵は常通り無愛想だが、犬千代と元康の表情は沈鬱なものになっていた。

 

「おい……、どうしたんだお前ら。相良は?明智殿はどうなったんだ⁉︎」

 

おそるおそる昭武が問いかける。

しかし、元康と犬千代は口を噤んだままで答えようとはしなかった。

 

「半蔵、あいつらはどうなったんだ?」

 

しびれを切らして半蔵に問いかける。

 

「相良良晴はしんがり部隊を助命するために自らを爆破して果てた。明智光秀はそれを見て、土御門へ斬りかかろうとしたが、土御門の罠にかかり地割れの中へと消えた。恐らく生きてはいまい」

 

半蔵は眉ひとつ動かさずに淡々と事実を述べた。

 

「……人に死ぬなとあれだけ言っておきながら、てめえは死にやがって……!」

 

昭武は強く拳を握りしめ、畳を何度も殴りつける。

 

「オレが隊を分けたからか……?オレと一緒に行動していたのなら白雲斎を頼るなり、銃撃戦をするなり式神と戦う手段はまだあった……!」

 

自責の念に駆られ、昭武は慟哭する。

だが、事実として山頂で隊を分けなければ、空から式神軍団が陸からは穂高の精兵が容赦なくしんがり部隊を刈り取り、昭武と良晴は共倒れになっただろう。

 

「半蔵の言葉を疑っているわけじゃないが、相良を探しに行くぞ!この目で見なきゃ認められねえ」

 

「ならぬ。今は退却に専念しろ。この兵数では落武者狩りに何度も遭ううちにすり切れるぞ」

 

「だが!」

 

逸る昭武を白雲斎が諌めるが、理性が薄れている今の昭武は聞きいれようとはしない。

白雲斎は、舌打ちして続けた。

 

「もう一度言うぞ。急くな昭武。儂の考えが正しければ相良の小僧はまだ死んではおらぬ」

 

「それは本当なんですか〜?」

「……嘘なら、許さない」

 

元康と犬千代も白雲斎の言葉に反応する。

 

「あくまで儂の推測に過ぎぬ。根拠はあるが、朽木谷では敵地に近すぎるゆえ話せぬ。間者にでも聞かれれば、相良の小僧がさらなる危機に晒されることにもなろう。一刻も早く京に帰れ。話はそれからだ」

 

「……わかった。お前の言う通り、ひとまず京に帰ろう。それでいいか?」

 

かくして元康、犬千代を伴って昭武は帰京する。

一部とはいえしんがり部隊の生還に京の人々は沸き立ったが、凱旋する本人のたちの顔色は土気色をしていた。

 

 




読んで下さりありがとうございました。
次話あたりで原作4巻の範囲は終わります。
誤字、感想、意見などあれば、よろしくお願いします。

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