結局のところ宗厳さんは原作を反映させないことになりました。
では、どうぞ
「よう相良、殿の準備はすでに出来てるか?」
「昭武⁉︎なんで⁉︎お前は殿じゃなかっただろ⁉︎」
突然、殿部隊の中に見知った顔を見つけて良晴は動揺していた。
「いや、ハナから殿をやるつもりだった。お前たちには伝えそびれたのは申し訳ないと思っている」
「熊野家の嫡男なのにいいのか?死ぬ確率の方が高いんだぞ⁉︎」
「別に構わん。仮に俺が倒れても優花がいる。それに桜夜や左近のように領国経営の要になるやつらは本隊の方に置いてきたからな」
良晴はどうにか翻意させようとしたが、昭武の意志は固く、それを肯んじることはない。
「……わかった。正直なところ兵はもっと欲しかったんだ。昭武が加勢してくれて助かる!」
結果的に良晴の方が折れた。
良晴が率いているのは、しんがりに志願した精強な男足軽五百人だけ。光秀から鉄砲も五十丁借りているが、朝倉軍が二万に達するほどの数であるので、どうにも多勢に無勢であることは否めない。これに熊野軍五百が増えても戦力差の変動はさしてないが、いないよりはマシであった。
「わたしもいるよ」
「あ?」
いつの間に紛れ込んだか分からないが、宗厳も殿部隊の中にいた。今度は昭武が驚く番である。
「ちょっと待て。なんでお前がいるんだ」
昭武が首を傾げる。良晴のもとに赴く前は確かに宗厳は桜夜たちの護衛についていたはずである。が、現に宗厳は良晴の陣に来てしまっている。
「左近たちには宗矩と三厳をつけた。彼女たちもわたしには及ばぬとはいえ剣の達人。役目は充分果たせる」
宗矩の名を挙げられて昭武は納得した。宗厳と宗矩の容姿は血が繋がっているにしてもあまりに似過ぎていた。ゆえにその気になれば、昭武を誤魔化すことができたのだ。
「とはいえ、左近にはバレただろう。何か言われなかったのか?」
問いかけると宗厳は首を振る。
どうやら左近は咎めなかったらしい。
「わたしは剣。誰かのために血を流し、浴びることによって満たされ、鋭くなる剣。だから、そんなわたしがここにいない方がおかしい」
逆に昭武に「何故そんなことを問うのだ」と言いたげに首を傾げる始末だった。
先ほど桜夜が昭武の意図を読み、引き止めることを諦めたように、それと同様のことが左近と宗厳の間でも行われていたのである。
昭武はそれを察し、同時に(こいつも中々頑固なもんだな)と妙な感慨を抱いた。
「石舟が出るのであれば、儂も出ざるを得まい」
すると、今度は昭武の背後から声が聞こえる。声の主は分かっているので昭武は振り返る必要性を感じなかった。
「なんだ白雲斎。お前もいたのか」
「……儂には驚かないのだな」
「そりゃあお前相手にいちいち驚いていたら寿命が保たないからな。慣れざるを得ないだろうよ」
そう昭武がボヤくと白雲斎は低い声で笑った。
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「あの馬鹿は目的地に着いただろうか?」
織田軍が撤退し始めたのと同刻。
能登・七尾城にて、光教は眼下に七尾湾を見据えながら重泰に問うていた。
「越賀登三国の沖に時化などは確認されておりません。おそらく定刻通りに着いていることでしょう」
重泰に「そうか」と短く返し、光教は黙考する。
能登の覇権の分け目となった渡辺町の戦いから今に至るまでの三年間、光教は能登に蔓延る遊佐・温井一党の残党を掃討してきた。
その甲斐あってか遊佐続光は長尾景虎を頼り越後に亡命し、能登は光教の手に一統された。
しかし、そのまま安泰という流れにはならなかった。
熊野家が飛騨を瞬く間に統一し、越中の西半をも版図を加えた大国として君臨したのである。
光教はこの新しく強大な隣人への対応を決めかねていた。
(取り敢えず此度は敵対側についた。武田に浅井朝倉の三家を敵に回しては上洛し、政権を得たばかりの織田政権では抗し得ないと判断してな……)
だが、光教はそれでも対応について考えることをやめられなかった。
最終的な去就を定めるにしてはあまりに情報が少ないと感じていたからである。
(此度の馬鹿がそれを測るための試金石になるだろう)
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金ヶ崎では苛烈な戦いが繰り広げられていた。
追う朝倉軍二万に、山道を逃げる良晴たちしんがり千。
圧倒的不利な状況にありながらも良晴は陽気に笑っていた。
「俺のゲーム知識によれば、このイベントは金ヶ崎の退き口と言ってな。俺が藤吉郎のおっさんのかわりとしてこの世界に呼ばれたなら、必ず信奈も俺も生きて京に帰れるはずだ!」
「それならいいが、注意を疎かにするな。今もあそこの敵兵がお前を狙撃せんとしているぞ?」
「うわ、まじだ。気づかなきゃ死んでた!」
「やれやれ。思い込みの強い男よな」
「鉛玉に当たって死んでくれるなよ。それではつまらぬ」
良晴の隣で前鬼と白雲斎が笑う。
公家然とした優男と白髯をなびかせる老人である。
いずれも異能力は持っていた。
「相良。結果がわかっても過程が分かんなきゃ今どうすりゃいいか分かんねえぞ」
昭武が矢弾を惜しんで、山道に転がっている石を拾っては手当たり次第に投げている。宗厳もこれといった飛び道具が使えないので、昭武に付き合っていた。
投石は某武田の四天王が使っているように地味なことこの上ないが、弓や銃と違って矢弾の残量を気にする必要がないことから投擲物としては極めて実用的であった。
「そうだ相良良晴。貴様はこの金ヶ崎の退き口をいかにして生き延びるというのか?われらを蹴散らせば逃げる本軍を捕捉できる、と敵の士気は高いぞ」
「そうだな半蔵、こうして逃げてばかりもいられねえ!織田軍の本隊を無事に京に帰すのが俺たちの仕事だからな!」
「われらは千に満たぬほどの人数。まともにぶつかれば蹴散らされるぞ」
「幸いにも十兵衛ちゃんから借りた分と昭武の隊を含めれば百丁の種子島がある。朝倉勢の追っ手を銃撃しながら敗走しよう!」
「悪くねえな」
昭武が頷きを返すも、白雲斎は否定的だった。
「だが、この状況では満足に弾込めができぬだろう。一度足を止めて斉射せねば効果は薄いぞ」
「じゃあダメか。どうしよう?」
良晴が種子島の使用を断念しかけた時、良晴の後方の足軽が口を開いた。
「大将、やりましょう。足止めして撃てば、敵の動きを止められるんですよね?勿論、足止めした者は斬り死するしかなくなりますが、我らはそれでもかまいません」
「そうだそうだ!」
「よく言った!」
この足軽の提案は他の足軽達の喝采を浴びた。
皆、良晴のためならば自分の命を投げ出す覚悟はすでにできていたのだ。
「馬鹿やろう!そんな真似ができるか!俺はお前らの誰一人だって捨て殺しにしたくねえ!俺も戦う!」
良晴が啖呵を切る。
「大将、それはダメです。それでは、大将が撃たれてしまうかもしれないじゃないですか!ここは割り切って俺たちを肉の盾にしてください!」
が、足軽も聞き入れない。
良晴を真摯に見つめる足軽の目に虚飾はない。まっすぐだ。
良晴はもうこらえ切れなかった。
「それでも、俺はお前らを一人たりとも死なせたくねえ!そりゃ俺だって生きて帰りたい……。だがな!人の命に重さなんてないんだ!それにお前らだって、家族とか友達だとか、お前らが帰ってくることを待っている人がいるだろうが!なのにどうしてそんな簡単に命を捨てられる⁉︎
俺には家族がいない……っていうか、生きる時代が違って会えない。だが、お前らは違うだろうが……!だからさ、無理かもしれないけど……全員で生きて帰ろうぜ!」
良晴の心の叫びがしんがり部隊に響く。大将が心から自分達を心配しているのだとわかり、多くの足軽は感涙した。
(やっぱ武家らしくないな、お前は)
昭武もまた神妙な面持ちで聞いていた。
意地のために身を投じた昭武にとっては少し耳に痛い。
(……オレも生きて帰らねば。あいつらを泣かせるのはあまりに心苦しい)
米
「方針は決まったようだな。だが、朝倉軍が背後まで近づいて来ている。前鬼が霧を張り巡らせ進軍を阻もうとしているが、焼け石に水だぞ」
白雲斎が朝倉軍が肉薄して来ていることを知らせる。
「俺自身が鉄砲隊を指揮する。種子島を押し出して敵を威嚇しながら逃げる!だが野郎ども、斬り死はするなよ!」
逃げ続ける良晴は意を決してここで反転。山道を駆ける朝倉軍と対峙した。
二万の大軍が与える圧力は凄まじく、覚悟を決めていたが、良晴は身じろぎする。
(怖いが、もう戦うしかない!)
「種子島の撃ち手百人が必要だ!この中に種子島を使えるやつはいるか?」
良晴が問いかけるも昭武が率いて来た兵しか出てこない。
良晴の兵も昭武の兵も一人で十人以上を相手取れる豪傑ばかりだったが、日頃から訓練を受けている昭武の兵と違って良晴の兵は傭兵が主体で、訓練を受けたりはしていなかった。
「おい、なんで種子島持ってるのに射手がいないんだ?」
昭武にジト目を向けられる良晴。
「悪い昭武。十兵衛ちゃんから種子島借りたけど、射手は十兵衛ちゃんと一緒に逃げてることを忘れてた!」
「んで、どうするよ。もうしんがりの後ろの方は斬り合いになってるぞ。宗厳なんかすでに飛び込んで斬り合いに参加してるし」
「ふっふ。相良良晴はマヌケな猿面冠者のおっぱい好きだが、実はなんぞ名案があるのであろう。未来の芸無知識とやらで」
このからかうような前鬼の一言が良晴の脳内に電流を走らせる。
「ーーそうだ!三段撃ちだ!」
閃きさえすればあとは良晴のもの。出来るだけ簡略に三段撃ちの概要を足軽達に説明した。
一口に三段撃ちといってもいくつか諸説がある。
良晴が閃いたのは最も有名であろう射撃を三分割してローテーションさせるといったものではなく、撃つ係と弾込めする係に分業して射撃間隔を短縮させる方である。
この方法ならば、射手が足りなくても運用が可能であり、今の状況には適していた。
「なるほど、それならば問題ないな」
昭武も頷き、良晴は即座に隊を編成する。
山道は狭隘なので、百丁の種子島で銃撃すれば、朝倉軍を乱すことができる。
良晴が種子島を構える。
(こうして種子島を撃つのは墨俣以来だな……)
「よいな相良良晴。撃つことを迷うな。迷えば、お前が死ぬぞ」
隣で涼しい顔をしていた前鬼が、言い放つ。
「銃撃の機はオレが指図する。いいな?」
「あ、ああ」
朝倉軍が中軍まで迫って来ている。
昭武は目を凝らして、どこに敵が固まっているかを確認する。
そして、腕を下ろした。
「右方の三つ盛り亀甲の旗が密集する地点に向かって、撃てえええええーーーー!!」
昭武の合図と共に種子島の轟音が山谷に木霊する。
半数が鉄砲に不慣れなため、命中率は低い。
だが、前鬼が事前に仕掛けた霧のおかげで不意を突くことができた。朝倉軍の先鋒が慌てふためく。
「種子島は単発じゃ!もう撃たれる心配はない!」
そう叫んで敵将が軍を落ち着かせようとするが、その将が良晴が放った二発目に斃れる。
「次だ!」
もう一度、昭武が腕を下ろす。
すると、朝倉軍の先鋒が崩れた。
「服部党、参る」
こうして生まれた綻びを半蔵は見逃さない。
半蔵と共に十数名の忍びが朝倉軍の先鋒に突進し、奮戦し、煙幕を張る。
「わたしの敵を、取らないで」
一人で数十人を斬り伏せる活躍をしていた宗厳が忍び達に文句を言うが、聞き入れるわけがない。
それどころか半蔵に「そこを退け、小娘。死ぬぞ」と言われる始末である。
半蔵たちは少しだけ朝倉軍に仕掛けたのち、引いた。
すると天地を揺るがすほどの大爆発が起こる。
半蔵は朝倉軍の中にほうろく玉を仕掛けていたのだ。
「今だ!引け!」
しんがり部隊は再度反転し、逃走を再開する。
「よくやったぞ相良良晴。仕掛けたほうろく玉を炸裂するまで朝倉軍の先鋒をあの場に釘付けにできた」
「敵は減ったけど、とても熱かった……」
後方にいたはずの半蔵と宗厳が気づけば良晴と昭武と一緒に並走している。
「宗厳、あの爆発の中でよくまあ生き残れたな……」
「咄嗟に敵兵を盾にした。盾にした敵兵は丸焦げになった……」
「半蔵!いくらなんでも残虐すぎるじゃねえか!爆弾で足軽たちを吹き飛ばすなんてよ!」
「能登の渡光教と同じことをしたまで。これでかなり時間を稼げたが……ほうろく玉は残り一つ。もはやあてにはできまい」
以後は前鬼の霧、良晴と昭武の指揮による三段撃ち、半蔵と白雲斎の撹乱、宗厳の堯勇。この四者を巧みに組み合わせてしんがり部隊は五度も山中で朝倉軍の追撃を振り切った。
退却途中の良晴は様々な姿を昭武たちに見せた。
士気を下げないための空元気。
追い詰められたのにも関わらず泰然と構えられる胆力。
全て良晴の将としての器量の高さを示すものである。
(強いな)
心中で昭武は感嘆する。そしてだからこそ、食らいつく価値があると笑った。
読んで下さりありがとうございました。
金ヶ崎は前後編を予定しております。
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