書いていてわかったことですが、三章は雷源伝や二章と比べるとどうしても字数が少なめになる傾向があるようです。
ただ、少なくし過ぎるのはアレなのでどうにか3,500字以上で仕上げるようにします。
では、どうぞ
順慶の願いは、筒井家と松永久秀の戦いの末に久秀側に捕らえられ多聞山城に抑留された姫武将、島左近を救出することであった。
「左近はこんな私によく仕えてくれた武将です。能力もあり、何より未来がある。ですが、そんな彼女だからこそ久秀は敗戦した私を再起させぬように私から左近を取り上げたのです。私にはもはや再起するつもりなどありません。折を見てあなた方に降るつもりです」
順慶はかなり熱量をもってまくしたてた。それを昭武は冷静に聞いていた。
(現状、松永の動きはちっとも分からない。順慶の願いは松永を探るには使えるだろうが、これで織田と松永に軋轢を作る可能性があるな……)
話が徐々に順慶と左近の思い出話になるのを聞き流しつつ、昭武はリスクリターンを計算する。
(まぁ、今のままではじり貧か。虎穴に入らずんば虎子を得ず、松永を訪ねるぐらいのことはしよう)
「わかった順慶どの。ひとまず松永どのと交渉して来よう」
躊躇しても何もならないと判断し昭武は順慶の願いを快諾した。
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順慶との話が終わると昭武は軍を利治と優花に任せ、長堯と数十人の兵を引き連れて多聞山城を訪ねた。
優花を連れて行かなかったのは、策を行なっている間に優花がボロが出して久秀にまとめて謀殺される危険性があったからであった。
「これはまた……奇怪な城だな」
久秀の居城、多聞山城は日の本のどの城よりも特異な城であった。
一部分鳥兜や芥子が植えられている牡丹の庭園に、波斯の絵物語を題材にとった壁など異国情緒に溢れている。
「星崎昭武だ。任務で近くまで来たので挨拶に伺った」
「うふ。これはご丁寧に。この城にはさぞ驚かれたことでしょう」
突如押し掛けた形となる昭武たちだったが、久秀は構わず屋敷に案内した。
久秀の容姿は褐色の肌に露出度の高い服とこれまた居城に恥じない特異なものだった。
「ああ、驚いた。まさか日の本に南蛮にも唐国にもない祆教の絵を描いている場所があるとは思わなかった」
祆教……ゾロアスター教は現在のイランを中心にイスラム教以前の時代に広く信仰された宗教であった。火を聖なるものとして扱うため、別名は拝火教、中国では祆教と呼ばれる。
「うふ。祆教をご存知とは昭武どのは博学ですね」
昭武がまさかゾロアスター教を知っているとは思わなかったため、今度は久秀が驚くばかりであった。
「飛騨は田舎だと世間に思われがちだが、松倉の町には公家が住んでいる区画があってそこの公家を相手にたまに南蛮商人が訪れる。ガキの頃のオレはその南蛮商人が来るたびに南蛮や新大陸、土耳古の話をせがんでいた。だから少しは日の本の外の話を知っているんだ」
「なるほど、そういうことでしたか。納得です」
「それで、先ほど 挨拶に来たと言ったが、実は一つ松永どのに頼みたいことがあってこちらに来たのだが良いだろうか?」
「ええ。わたくしに出来ることであれば、という条件がつきますが」
「ならば松永どのが捕らえている姫武将、島左近の解放をお願いしたい。かの者は優秀な将だと聞く。来たるべき今川幕府の藩屏に彼女ほどの将が連なってくれれば、これほど頼りになることはない」
「昭武どの、それはなりませんわ。確かに彼女は有能な将なれど、彼女の忠誠は信奈さまを認めぬ方に捧げられておりしかも厚い。わたくしが彼女を捕らえたままにしているのはそれを危険視したからに他なりません」
「その信奈公を認めぬやつが、降伏を打診して来ている。それならば、左近どのを解放しても問題ないだろう?」
「そうでしたか。しかしその降伏が心からのものであるかの確証はありますか?東海道の武家であるあなた方には知らなくとも無理からぬことですが、畿内では降伏したからといって戦が終わるわけではありません。その降伏を布石として逆転を図ることがしばしばあります」
「そういうものなのか……、では左近どのの解放は置いといて大和について色々聞かせてもらえないか?上洛したばかりで織田連盟の将は京畿一帯の土地勘がない」
久秀の弁舌は昭武をあしらうには十分以上のものだった。昭武は自らの不利を悟り、別の話を切り出す。
(これ以上言を尽くしたとて、オレには松永を説き伏せるのは無理だ。だが、これは本命ではない。果たして盛清はうまくやっているのだろうか?松永相手に話を続かせるのは中々に骨が折れるぞ)
久秀の話すことに冷や汗をかきながら相槌を打つ昭武。
昭武の策は始めは久秀と交渉し、久秀が交渉に応じなければ、長話をして久秀を引きつけつつ時間を稼ぎ、その間に盛清に左近を救出させるというものであった。
米
昭武が戦々恐々と久秀と対峙している一方、盛清は単独で多聞山城に侵入を果たしていた。
(なかなか不気味でなおかつ、複雑な城ですね)
城内にはあまり人影がない。
多聞山城は用途という観点で考えれば、城というよりは広大な館と言う方が正しい。そのため盛清の侵入は容易であった。
ただ侵入が簡単なだけで中は迷宮のように入り組んではいたのだが。
(殿から聞いた限りでは島左近はうら若い姫武将だと言う。捕虜であるから地下牢にいるのだろうか)
しかし、盛清ほどの忍びならば地下牢を探すことなど造作もない。入り口が隠されてはいたものの、すぐに見つけて地下牢に入り込んだ。
(あれか⁉︎)
盛清は地下牢の最奥の区画の牢に鎖に繋がれている少女を見つけた。
艶やかであっただろう長い黒髪はパサついていて、端正な顔立ちもやや頰がこけてしまっている。着衣も乱れてしまってはいるが上質なものであった。
(外形は殿の言う通りだけど、これはひどい……!)
盛清は少女改め、左近に憐憫を覚えた。
「……誰なの?」
駆けてくる盛清に気づいた左近が誰何の声をあげる。その声は今にも枯れそうであった。
「忍びゆえ名は名乗れません。されどさる方の命で貴方を助けに来ました」
「そう、ありがたいけどこっちに来ちゃダメよ」
左近は盛清を制止するが、盛清はすでに左近の牢番を気絶させて鍵を奪い左近の牢の鍵を開けた。
「さあ、左近どの。外に出てくださいな」
そう盛清が優しく声をかけた時だった。
「あんたっ!後ろ!」
左近が声を枯らして叫ぶ。盛清が振り返ると背後に十数体の若く美しい幼女を象った傀儡が出現していた。
「これは……!松永どのは殿が引きつけているのではなかったのですか⁉︎」
「あんたの言う殿が誰かは知らないし聞かないけど、松永の傀儡は本人がいなくても充分動かせるわ。数的に言えば、これは警備に回していた傀儡を全てこの一所に集めたみたいね」
「左近どの、傀儡を倒す手段はないのですか?」
「私は術者ではないから倒し方は分からない。けれど四肢を切断すれば使い物にならなくなるわ」
「わかりました!」
傀儡の中に盛清は突っ込み、次々と左近に言われた通り傀儡の四肢を斬りとばす。盛清の実力はあの白雲斎ですら一流と認めざるを得ないほどのもので傀儡の十数体などものの相手にならない。
「左近どの、傀儡は切り飛ばしました。さあ今度こそ……⁉︎」
左近に対して再度呼びかけたと同時に盛清は宙に吊り上げられる。
傀儡が新たに二、三十体出現していたのだ。そしてそのうちの五体が盛清に四肢を回して拘束していた。
(この傀儡は無尽蔵なのか⁉︎私としたことが……)
傀儡が徐々に怪力で盛清の四肢を締め上げていく。
「あああ、いたい、いたい、いたい……」
「ああ、なんてこと……。だから私は来ちゃダメと言ったのに……!」
苦悶の表情を浮かべながら呻く盛清を左近は直視できなかった。
(松永、久秀…こんな恐ろしい人間がいたなんて……!)
盛清は自らの関節が外れる音を聞きながら、ついに意識を手放した。
米
「うふ。今日は楽しい時間でしたね……」
「ああ、そうだな……」
昭武は表情にこそ出さないものの、少しやつれていた。
(策のためとはいえ稀代の梟雄相手に時間稼ぎをするとはな……。相当神経を使ったぞ……)
苦心しつつも、昭武はどうにか夕方まで久秀の前に居座ってみせた。
(これだけ時間を稼げば、盛清も何らかの働きが出来ただろうな)
昭武が安堵して立ち去ろうとした時、久秀は昭武を呼び止める。
「そういえば昭武どの。忘れ物がございましたよ」
久秀がぱちんと指を鳴らすと地中から二、三十体の傀儡が姿を現われた。
「松永どの、某たちを謀ったな!」
昭武を守らんと長堯が薙刀を構える。
「うふ。わたくしを謀ろうとしたのはあなたたちではないですか?」
そう凄惨な笑みを浮かべて久秀がもう一度指をぱちんと鳴らす。
「なっ⁉︎」
次に現れたのは五体の傀儡によって拘束された盛清であった。未だ意識が戻っていないようで、昭武が呼びかけても反応はない。
「見破られていたか……!」
「そのくノ一はお返ししますわ。わたくしと熊野家が相争うのは信奈様も望むところではないでしょう?」
「ああ、無論だ…」
結局今日一日、昭武はずっと久秀の掌の上で踊らされていたことを知った。
意気消沈して筒井城に戻った昭武と長堯だったが、すぐに筒井城を出ることとなった。
信奈から中間報告のために京に来るように召喚命令があったからであった。
読んで下さりありがとうございました。
今話で久秀さんが出てきましたが正直なところ、キャラが掴みきれていない気がしてなりません。
誤字、感想、意見などあればよろしくお願いします。