オリ大名をブッこんでみた。   作:tacck

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十二話です。
前話の前書きで言った通り文量は多めです。
輝盛に感情移入し過ぎて当初の予定より輝盛の出番が増えてしまいました。
では、どうぞ。



第十二話 八日町の戦い

 

八日町に一番最初にたどり着いたのは江馬輝盛であった。と言っても輝盛は本心から八日町を目指していたわけではない。

 

(熊野家め……、小賢しい戦いをする)

 

輝盛は熊野家が体勢を整える前に松倉の町を奪る腹積りだったが、白雲斎とその配下の忍びによるゲリラ戦により頓挫して泣く泣く八日町に退却せざるを得なかったのだ。

輝盛はこれ以上は退かぬという意思表示を含めて八日町に本陣を設営した。

 

輝盛に遅れを取った形で、熊野・斎藤連合軍が八日町にたどり着いた。

 

(白雲斎。よくやった。これで算段通りに行きそうだ)

 

八日町にはいま、江馬軍二千五百、熊野・斎藤連合軍二千が布陣している。

八日町は大坂峠の麓にあたり坂上側に江馬家、坂下に連合軍がいる。騎馬隊を多く配置している江馬家に有利な布陣と言えるだろう。

主な将の配置は江馬家側は先陣に江馬輝盛。

連合軍側は先陣に斎藤道三、利治親子と宮崎長堯。中陣に星崎昭武、瀬田優花、琴平桜夜、宗晴姉弟。後陣に熊野雷源と荒尾一義がいる。金森長近と井ノ口虎三郎は前陣東の山中にいた。

 

「錚々たる顔ぶれだな……」

 

昭武は武者震いをしていた。

 

(熊野家重臣全員に、斎藤道三。江馬輝盛。あまりに役者が揃い過ぎている。間違いなくこの戦いで飛騨の統一の成否が決まるな。良頼公、どうやらあなたの悲願はもう少しで叶うようだ)

 

「あまりこういうことはしない質だが…。神よ!あんたが本当にいるのなら、オレたちを勝たせやがれ!」

 

昭武は祈った。自らのために、また良頼のために。昭武はにゃん向宗も他の宗派や神道も、まして耶蘇教を信仰しているわけではない。だから神の存在については未来人である良晴のスタンスに近いものがある。

 

「あはは、武兄。そんなことをしなくてもあたしたちは勝つよ。本気のお父さん達に、美濃の蝮に、あたし達がいれば絶対に負けないんだから!」

 

優花が猛々しく弓を掲げる。もう初陣の時のように怯えたりはしない。

 

「それもそうだな優花。……さて開戦はいつだ?戦闘狂じゃないが身体がうずうずして耐えられねえ」

 

本人が関与しないところであるが、昭武の願いはすぐに叶えられた。輝盛が騎馬隊を率いて突撃を始めたのである。

 

「進め進めー!」

 

輝盛自ら大長刀を振るって切り進む。

 

「これが、飛騨の戦いか。なるほど美濃の戦いとは随分違うのう」

 

「いや、道三様。今回の戦いが特別なのです。普段の飛騨の戦いはもう少しのんびりしたものですよ。しかし、これほどの攻勢は為景や宗滴と戦って以来ですな」

 

戦巧者である道三や長堯でも手を焼くほどに輝盛の突撃は激しかった。輝盛自身の武勇もあるが、地形的に坂落としになっていること、この戦いの結果如何で飛騨の統一が決まることが大きいだろう。

輝盛達は戦闘開始から十分も経たない内に中陣に到達した。

 

「来たか、輝盛!」

 

昭武は目の前から猛然と迫って来る輝盛を視界に収めていた。

 

「んじゃ、優花。大将首獲ってくるからつゆ払い頼むな」

 

「はいはい」

 

軽く返事をする優花だが、この僅かな間に三本の弓を射っている。これだけでも充分優れた腕だが、驚くべきことに全て敵の急所を射抜いていた。

 

「なんだお前は?」

 

「オレの名は星崎昭武、まぁ姉小路頼綱を討った男と言えばわかるか」

 

「お前が、星崎昭武か……!」

 

輝盛は目を細めて昭武を見やる。平均よりやや高い身長、やや整った顔立ちに鬱金色の羽織をしている。十文字槍は二十を迎えていない若者にしてはしっかりと使い込まれているように見える。

 

(確かに少しは出来そうに見える。だが、頼綱を倒せるほどとは思えんな……)

 

「我の名は、江馬輝盛。飛騨最強の男とは我のことよ」

 

輝盛が名乗りを上げ、昭武に大長刀を振り下ろす。昭武はそれを受け止めた。

 

「これぐらいなら、受け止められるぞ!」

 

「なんの、肩慣らしに過ぎぬわ!」

 

輝盛が二撃目として大長刀を横薙ぎする。昭武はまたも受け止める。

 

(なんとか受け止められたが、手が少し痺れるな……)

 

「そういえば星崎昭武。お前に一つ問いたいことがあった。お前は頼綱を討ち取ったと言っていたな、奴の最期はどうであったか、我に聞かせろ」

 

輝盛が昭武に問う。輝盛は桜洞城の戦い以後、常にこのことが脳裏にあった。細作を送り、何度か調べさせたがどこか納得ができずにいた。

 

「わかった。姉小路頼綱の最期は総大将を組み敷き、とどめをささんというところをオレが背後から斬りつけ、刀を振るわせないままに投槍で身体を貫いたってものだ。正直真っ当な手段で討ち取ったとは言えないな」

 

「そうか、そうか……」

 

輝盛は昭武の話を黙って聞いていた。が、次第に身体を震わせていく。

 

「奴は、奇襲されて死んだのか……」

 

(なぜだ!どうして飛騨の鷹たる奴が、我の好敵手と認めた奴が、こうも惨めに死んでいかねばならなかったのだ!)

 

輝盛は昭武の手前こう叫び出したい衝動に駆られた。

 

(いくら戦乱の世と言えど、あまりにあんまりではないか!武士には器に足る死に様を与えられねばならぬ。そうでなくてはあまりに救われないではないか)

 

「教えてくれたことを感謝する……!」

 

輝盛は声にならない叫びをあげながら、昭武に三撃目の斬撃をくりだした。

 

********************

 

「輝盛の進撃は中陣で止まったか……」

 

雷源は後陣でつぶやいていた。

 

「一義、先陣の状況はどうなっている?」

 

「白雲斎どのからの伝令曰く、先陣は利治どのが輝盛の軍の後方を叩いておりまする。道三どのと長堯は兵を休ませているようですな。兵の被害は利治どのはそれなり、他の二軍は軽微です」

 

「そうか、そうか」

 

雷源はニヤリと口の端を吊り上げた。

 

(長堯、道三どのは流石だな……!俺の意を伝えずしてわかっている。利治どのは及第点というところか、まぁ理にはかなっているがな)

 

「一義、元金環党の隊に合図を。道三どのと長堯の軍には伝令を送れ。この戦、少々早いが詰みにいく」

 

「はっ」

 

前陣東の山中には、元金環党の長近、井ノ口が布陣していた。

 

「頭、雷源どのから合図がきました」

 

「そ、そ、そうか。虎三郎。じゃあ出陣だな⁉︎」

 

長近はものすごくテンパっていた。

 

「頭……。緊張するのは分かりますが、少し落ち着いてください」

 

「だって虎、雷源様から「お前たちの働きが今回の戦いの勝敗を決する」と言われたんだよ?昭武様や優花様、一義様あたりならわかるけど、新参の私達がこんな大役なんてできるわけが……!」

 

「頭、某はこの上なく滾っておりまする。それに雷源様から預かったアレがありまする。心配することはないかと」

 

そう言って井ノ口は、雷源から預かったアレの一つを弄ぶ。

 

「それにしても、これは結構いいものだな…。戦が終わったら恩賞でこれを貰うのも悪くない」

 

「虎がそこまで言うのなら信じよう……!全軍、進め!」

 

元金環党部隊進軍開始。

 

 

昭武と輝盛の一騎討ちは輝盛が優勢だった。

 

「くそ、輝盛め!膂力がでたらめすぎる!」

 

二メートル越えの身体から繰り出される一撃は、昭武が相手であっても確実にダメージを与えていた。また頼綱が奇襲で討ち取られたことに対する憤りが輝盛の一撃に鋭さと重さを増していた。

 

(このまま防戦にまわったままじゃ、確実に競り負ける。かといって攻勢に出るには隙がねえ)

 

「どうした星崎昭武!動きが鈍いぞ!」

 

「ぐああっ!」

 

考えている隙を突かれ、昭武は輝盛の一撃をもろに食らってしまった。

 

(しまった…!)

 

「武兄!」

 

優花は思わず輝盛に弓を構えていた。

 

「優花……。やめろ……。こいつは正々堂々の勝負を望んでいる……、邪魔をしてくれるな」

 

昭武が斬られた箇所を手で押さえつつ、優花を制止する。

 

(この後に及んで、我の土俵に立つというのか……。面白い……!)

 

「星崎昭武、お前は我が認めるに足る男だ……!見くびっていてわるかったな!」

 

輝盛はさらに闘気を増す。それは昭武も同様だった。

 

「オレには大望がある……! 飛騨統一は良頼公と交わした約束ではあるが、終着点ではない。お前を正々堂々と戦って倒せねばどのみち無理な話だがな」

 

昭武と輝盛は互いに向かい合って叫ぶ。

 

「さっき我が軍の伝令がお前たちの軍が我が本陣に東側から迫っている、と言っていた。だからいつまでもお前に拘っているわけにはいかぬ。よってこの一太刀で勝敗を決してくれよう」

 

「輝盛公、心配することはない。一太刀で終わるのはあんただ!」

 

昭武と輝盛、両者の得物が交錯する。

 

「ぐお…!」

 

ぶつかり合いの末、輝盛が得物を落とした。

 

「武兄が打ち勝った……!」

 

優花が声を漏らす。中陣全ての熊野軍が歓声をあげる。

 

「輝盛公!その首もらった!」

 

昭武が輝盛にとどめを刺そうと一突きするが、何者かに阻まれた。

 

「星崎昭武、殿の首はやらんぞ!」

 

昭武の前に立ち塞がったのは牛丸又太郎。昭武と同い年の若武者だった。

 

「又太郎、勝負の邪魔をするな!」

 

勝負に水を差された形となった輝盛は又太郎を怒鳴りつける。だが又太郎は動じない。

 

「殿……勝負はもうつき申した。殿の負けです。これよりは武士としての江馬輝盛ではなく、将としての江馬輝盛として振る舞ってください。殿はそれがしが務めます」

 

「ぐぬぬ……わかったぞ又太郎。だが、高原諏訪城に帰った時は覚えていろ…!」

 

悪態をつきつつ、輝盛は自陣に向かって進撃を始めた。昭武達は輝盛を追ったが、又太郎を含む十三人の武者が命を捨てる覚悟で抵抗し、先陣の道三や長堯なども輝盛に大した攻撃を仕掛けなかったため輝盛は本陣前の坂まで容易に撤退することができた。

しかし、そこで待っていたのは元金環党の部隊であった。

 

「江馬輝盛が来たぞ!皆の者撃て!」

 

長近が号令をかけると、凄まじい轟音が辺りに響く。

元金環党に雷源が預けたのは百丁の鉄砲だった。

 

「皆の者、突っ込め!的になってはならぬ!」

 

「駄目です!轟音のせいで馬が驚いてしまって動けませぬ!」

 

坂上からの鉄砲は騎馬での坂落としよりも強力で二、三回斉射しただけで輝盛の軍の半分が討ち取られていた。

 

(なんだこれは…!手塩にかけて育てた武者達が次々と……!これが戦か?いや、こんなものが戦であってはならん!認めるか!認めてたまるか!)

 

輝盛が最期の突撃を仕掛ける。輝盛は元金環党の部隊が生み出す弾幕の中を果敢に突き進む。

 

(武士には器に足る死に様を。それを我が体現してみせる。鉛玉に撃ち抜かれるなんて我の死に様にはふさわしくない)

 

「単騎、ものすごい勢いでこちらに迫ってきています!」

 

「あれが江馬輝盛だ!撃て!」

 

「頭、お待ちください」

 

長近が輝盛に射点を集中させる。がそれを井ノ口が押しとどめた。

 

「虎、どうして止める。輝盛を討ち取る好機ではないか!」

 

「確かに好機ではあります。しかし鉄砲で討ち取るのはおやめください。あれはまるで虫を殺すように敵を葬ることができる極めて有効な武器ではあります。兵に用いるのは良いでしょう。ですが将にはやはり敬意をもって応じるべきと考えます」

 

そう言うと井ノ口は輝盛に突っ込んでいく。

 

「それがしは元金環党副将、井ノ口虎三郎!心得ある者はかかってくるといい!」

 

(相手にも中々心意気があるやつがいるではないか)

 

井ノ口の心遣いを感じ取り、輝盛は破顔した。

 

「我こそが、江馬家当主、江馬輝盛!井ノ口虎三郎とやら我に挑んだこと後悔するなよ!」

 

両者が互いに渾身の一撃を繰り出す。が、体力満タンの井ノ口とすでに昭武と一戦してきた輝盛ではあまりに分が悪く、輝盛が押し負けた。

 

「グオオオオオォ……!」

 

衝撃に耐え切れず、馬上から輝盛が転げおちる。

 

(……もはや、身体が動かぬ……!我は、死ぬのか……)

 

輝盛の視界が暗転していく。

 

(この死が我の器に足るのか否か、いざ我が身となるととんとわからぬ。だが、不思議と一定の充足を感じている……。ならば悔いる必要はないだろう……)

 

八日町にて江馬輝盛死す。享年二十八。

かつて飛騨の覇権を争った二人の英雄は今や新たな英雄に道を譲ったのである。

 

***************

 

輝盛死後、江馬家を継いだ江馬信盛は降伏し、飛騨は熊野家のもとに統一された。

大坂峠は後世、牛丸又太郎ら十三人の武者の奮戦を偲んで十三墓峠と呼ばれるようになる。

 

昭武は八日町の戦いから数日後、姉小路良頼の墓を訪れていた。

 

「良頼公。飛騨は今、オレ達熊野家によって統一されました。これからは善政を敷き、飛騨を豊かにして参ります。そして、しかる時に飛騨国外に勢力を広めます。これで飛騨をまた乱すことになるかもしれませんが、オレは飛騨以外にも泰平をもたらしたいと考えております。どうかこれからも見守って下さるとありがたいです」

 

「昭武殿、報告は終わりましたか?」

 

「ああ、桜夜か。何か用か?」

 

「今から旧江馬領の統治をするので、お迎えにあがりました」

 

「いやいや、お迎えって……」

 

「行きますよ?」

 

昭武の口ごたえを桜夜は認めはしない。

 

「はい……」

 

結局、昭武は桜夜に逆らえず、高原諏訪城の政務室に数日間軟禁されることとなった。

 

 

美濃への帰路、道三と利治は問答をしていた。

 

「父上、雷源様を見てどう思いましたか?」

 

「うむ、十年前からの情報から考えてはじめワシは雷源どのを武辺者だと思うておった。……しかしそれは間違いであった。雷源どのは、中々の知恵者でもあった」

 

「それはどういうことです?」

 

「今回の戦は、江馬家が主導権を持っているように見えた。だが、ワシらが雷源どのの軍に合流した時にはすでに雷源どのが主導権を握っていた。合戦の時もそうじゃ、雷源どのはどうも輝盛の突撃を読んでいた節があるのう……。そうでなくては軍を受け流すのが上手いワシと長堯どのを先陣に配置し、中陣に輝盛が個人的な因縁を持つ桜洞城の時の将達を配置はしないだろう。雷源どのはおそらく輝盛が内ヶ島家を滅ぼしてからは今回の合戦の図を目指して行動していたように思う」

 

「もし、父上の言葉が事実ならば……熊野雷源とはとても恐ろしい武将ですね」

 

もしも敵対した時は、と考えて利治は震えた。

 




読んで下さりありがとうございました。
今話で一章は終わりとなります。
申し訳ないのですがストックの残量がカツカツなためこれからは更新頻度がガクンと落ちます。
誤字、感想、意見などがあればよろしくお願いします。

9/5 旧雷源伝(第十三話〜第十八話)は外伝の要素が強いため外伝に移設しました。

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