第十話です。
今回は文量少なめでまたオリキャラが増えました。
正徳寺で道三、信奈との会見を済ませた昭武と桜夜は桜洞城に戻って雷源に報告をしていた。
「そうか、濃飛同盟は成ったか……。よくやったなお前たち。馬鈴薯と三国同盟には驚かされたぞ。こんなの俺たちでは絶対に考えつかねえ……。馬鈴薯と三国同盟については認める。お前たちの思うようにやるといい」
昭武達の報告を聞いた雷源は終始ご機嫌だった。
「それで親父。このあと熊野家はどう動くんだ?」
「そうだな……。実はお前たちがいない間に鍋山がこちらに攻め込もうとしているみたいでな。多分お前らがいないのを好機と見たのだろう。お前たちも出世したな。飛騨国内では俺よりも影響力があるようだぞ」
昭武の問いに雷源は可笑しみを感じながら答えていた。
(知らねえ間に人は育つものだな、ちょっと前までは村のガキどもと鬼ごっこに興じていたやつがこんな立派になりやがって)
「じゃあオレたちの出番というわけか?」
「いや、お前たちは美濃から帰ったばかりだろう、休め。桜洞の尻拭いは大人がしておいてやるから」
雷源はそう言うと昭武たちを下がらせる。代わりに集められたのは、荒尾一義、宮崎長堯といった最古参の将であった。
「雷源様、動員令はすでにかけ申した。どこで鍋山勢を迎え撃つので?」
「長堯。鍋山勢は箕輪砦で迎え撃つ。一義が砦に陣取り、俺たち二人が遊撃に回る。まぁ昔と同じやり方だな。この場にはいないが白雲斎にはすでに話している」
白雲斎……戸沢白雲斎もまた一義、長堯と同じく越後時代から雷源に仕えている。だが白雲斎は武士ではなく忍びの者なので軍議に顔を出すことは少ない。
「白雲斎殿を動かしたということはあの策を用いるのですか?」
「その通りだ一義、ちと鍋山じゃあ役不足な気がするが、俺たちの復帰戦だ。派手にいこうじゃねえか」
一義の問いに雷源は意地悪い笑みを浮かべて答えた。
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熊野雷源率いる熊野兵五百は鍋山顕綱との境にほど近い箕輪砦に進軍した。箕輪砦は渓谷地帯に作られた砦であるが、渓谷を通る道が狭いため実際は関に近い。砦自体の作りは普通の砦とさして変わらないが、周りの地形により攻めるに難く、防衛戦にうってつけの場所だった。
鍋山顕綱は自ら二千五百の兵を率い箕輪砦に進軍してこれを包囲していた。
城攻めは守城側の三倍を持ってあたるべし。今回攻めるのは城ではなく砦だが顕綱はこの古来よりの基本を守り三倍どころか五倍の兵力差を持って箕輪砦に攻勢を仕掛けていた。
「者共!我が一族の仇、討つのはいまぞ!」
鍋山方の士気は高い。兵数が勝っていることもあるが、何より将から一兵卒に至るまで一揆勢によって貶められた三木一族の誇りを取り戻すという意識を持っていたのである。
「鍋山の兵が狂ってやがる。存外歯ごたえがありそうだな」
そんな鍋山兵を見ても雷源は笑っている。
「長堯に伝令、櫓の射点が重なるところに敵をおびき寄せよ。手段は問わぬ」
その隣で一義が冷静に指揮をとる。荒尾一義は守りの戦における指揮のうまさは雷源、長堯をゆうに越える。
「一義殿の指揮か!皆の者、一射浴びせた後に後退せよ」
長堯が命令を受け取った後、やられた振りをして巧妙に敵を誘い込む。
「よし、引き込んだな。反転して一射だ!」
「な⁉︎うわああああ!」
長堯隊の斉射と三つの櫓からの射撃で鍋山家の分隊は潰乱し、半数が命を落とし、もう半数が逃走する。
その流れに乗っかる形で雷源隊が、新手の鍋山兵に逆つけ込みを行い、かつて越後に轟いた武勇で鍋山兵に多大な流血を強いた。
(十年ぶりの戦だが、皆思ったよりも衰えてねえな。いいことだ。さて、白雲斎よ。うまくやってくれているんだろうな?)
熊野家はこの三位一体と言える部隊運用を他の分隊にも行い、鍋山勢の大攻勢を頑強にはね退け、下馬評では一日たりとも持たないといわれた熊野方は夜を迎えていた。
雷源は一義を呼び出して報告を聞いていた。
「さて、夜を迎えたわけだが……。一義、兵の被害はどれくらいか?」
「死傷者は五十名。そのうち死者は八名、重傷者は十二名、残り三十人は軽症です」
「上出来だな。やはりお前たちは練兵が上手いな。あの弱兵達をよくもまあここまで……。まぁ平湯兵なら死者を出さなかったと思うが」
今回雷源が連れてきた兵は先の桜洞城の戦いの時に本隊に所属していた兵が中心である。彼らは皆、自らの不甲斐なさで桜夜を危険に晒したことを恥じていた。顕綱達にとって今回の戦が復讐戦であるなら、元本隊兵にとっては禊の戦であった。
「お褒めに預かり光栄です。しかし殿、平湯兵は替えが利きませぬぞ。なるべく温存した方が良いかと」
「わかってるさ一義。平湯兵はできる限り、あいつらの為に遺してやるつもりだ。……それで、白雲斎から何か来なかったか?」
「先程、全ての準備が出来たと伝える使者が来ました」
「そうか。では兵に胴丸と鉢金を着けるように伝えよ。出陣するぞ!」
「ははっ!」
(白雲斎も変わらずか。鍋山顕綱、同情するぜ。俺たち四人が揃い踏みでは勝ち目なんてねえからな)
雷源は不敵に笑う。されどその笑みに慢心はない。
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「落ち着け!落ち着くのだ!」
鍋山本陣は恐慌状態に陥っていた。
山側から突如として現れた伏兵百に、一日目の戦いで共に連れ帰ってきてしまった偽鍋山兵三十が兵の宿舎や兵糧庫に火をつけまわったからだった。
(ふふふ、愉快な景色である)
そんな鍋山勢を山側から悠々と眺める白髪の総髪の男が一人。彼の名は戸沢白雲斎。今、眼下に広がる光景を現出した張本人である。
「おのれ!熊野の獣が!卑怯な策ばかりもちいやがって!」
憤慨する顕綱。そこに白い巨馬に乗った武人が駆けてくる。
「三木のガキどもよ。俺と白雲斎の策の味はどうだったか?」
茶筅にした髷に黒い南蛮羽織、長大な段平を右手に持つ姿は宣教師がみれば死神と呼ぶだろう。
「熊野雷源……!」
「ははは、昭武でなくて残念だったな!」
「いい。お前を倒せばいいだけのことだ」
「なかなか豪快なことを言う。が、いまいち現実味に欠けるな」
雷源はつまらなさそうに吐きすてると段平を一閃する。三木氏最後の男は斬られたことにすら気づかずに絶命した。
「皆の者、敵将鍋山顕綱は、この熊野雷源が討ち取った!勝鬨を挙げよ!」
「「えい、えい、応ォーーーーーーー!」」
宵闇の戦場に勝鬨がこだまする。この時、かつて北陸に武威を轟かせた豪傑、熊野雷源は完全復活を果たした。
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この箕輪砦の戦いにより鍋山家は滅亡。
戦後、宮崎長堯が追撃し鍋山城を落とした。
旧姉小路家臣もそのほとんどが長堯の残党狩りに遭い、熊野家は飛騨の南半分を掌握した。
一方、飛騨北部でもまた変化が起きていた。
「ぐはははは、勝鬨だ!勝鬨を挙げよ!」
飛騨の最大勢力である江馬家が内ヶ島家の本拠、帰雲城を攻略したのである。
内ヶ島家当主の内ヶ島氏理の行方は不明。民草の噂では江馬輝盛に捕らえられた、帰雲城落城の際に自害したとされる。
しかし、それは事実ではない。
「ウッチー絶対にあの糞豚を許さない!許さないんだから!」
一人の少女が山中を叫びながら駆けていた。少女の年は昭武達よりやや年少といったところであろう。緩い曲線を描く茶髪に、整った顔立ち。服装は上質な暗緑の着物だが、無残にも太ももの中ほどから下の部分が斬り落とされていて少女のすらりとした脚が覗いている。
「桜洞、いや松倉の町まで急がなくちゃ……!」
帰雲城落城の報は合戦終了から二日後に熊野家にももたらされた。
「ついに江馬が動いたか……」
雷源は呟くとすぐ、小姓に下知を与えた。
「斎藤家に援軍を出すよう使者を出せ。長堯に武器庫から例の物を全て出すように伝えよ。あと昭武と金森長近、井ノ口虎三郎の三人をここに呼んでこい」
そしてこう付け加えた。
「内ヶ島を平らげた以上、江馬は南侵してくるのみ……決戦だな」
読んで下さりありがとうございました。
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