マシュマロ型提督   作:gromwell

4 / 16
食べ物ネタが続く事を強いられているんだ!


第四話『麻守さんちの朝ご飯』

 長門型姉妹の朝は早い。

 

 揃って陽が登る前の暗いうちに起き出して、長門は麻守提督の畑仕事を、陸奥は食堂の厨房へ朝食の支度をそれぞれ手伝いに行く。

 

 打倒すべき敵戦艦の姿を最後に見たのは何時だっただろうか。 

 

 付近ではイ級すら見かけない麻守鎮守府は、局地的ではあるが平和な海を取り戻したといえる。

 

 少々退屈だと思う反面、そんな日常こそが彼女達の誇りとなっていた。

 

 とはいえ、深海棲艦との戦いは未だに続いているし、大規模反攻作戦が発動されれば長門も陸奥も激しい戦いに身を投じる事になるのは確実である。

 

 だからこそ、この日常は長門・陸奥の姉妹艦にとって大切な時間であった。まるで儚い夢の様な──

 

「うむ、この位で十分だろう」

 

 うっすらと滲む額の汗を土塗れの軍手で拭うと麻守は立ち上がった。

 

 ずっと屈んでいたからか腰がずんずんと痛む。

 

「そうだな、余り穫り過ぎても仕方ないか」

 

 すっくと立ち上がった長門は竹籠の中にゴロゴロ積み重なっている赤紫色の芋を満足げに見つめた。

 

 少し早めの収穫の為、少し小振りながら申し分ない出来に自然と笑みが浮かぶ。

 

 もっとも、艦娘である自分が陸で土いじりとは、何とも皮肉なものだとも思うのだが。

 

「良い出来ですな、これは」

 

 竹籠から薩摩芋をひとつ、手に取った麻守は表面の土を愛おしげに払いながらにんまりと笑った。

 

「当然だ。何せこの長門が育てたのだからな」

 

 麻守の指示通りに動いていただけなのであるが、実際手を掛けたのは長門なのだから、あながち間違いではあるまい。

 

 食料の自給自足を目的としたものではなく、麻守本人と一部の艦娘の娯楽の為の猫の額ほどの小さな畑には、所狭しと作物が植えられ、すくすくと育っている。

 

「急いで食堂に運べば、味噌汁の具が増えますかな?」

 

「ああ、まだ時間はある。ふふっ、皆も喜ぶだろうな」

 

「では、急ぎ届けなければいけませんな。先に戻ってますぞ」

 

「了解した。後片付けは任せておけ」

 

 敬礼を交わすと麻守は竹籠を抱えて食堂のある第二宿舎へ駆け足で向かう。

 

 途中、此方へと走ってくる小柄な人物と麻守がすれ違いざまに会釈しているのが見えた。

 

 丈の短い白いセーラー服風のワンピース姿となれば雪風か。

 

 駆け足で、片付けを終えたばかりの長門の目の前に来ると、雪風は直立不動の姿勢をとる。

 

 一礼の後に一歩進み出て、長門へ向けて封筒を両手で差し出した。

 

「御苦労」

 

 封筒を受け取った長門が一言、労いの言葉を掛けると一歩下がり、敬礼。

 

 長門が敬礼を返し、その手を下ろすと続いて雪風も手を下ろした。

 

 それが彼女の仕事完了の合図である。

 

「長門さん、しれぇの籠の中って何ですか?」

 

 先ほどまでの凛とした雰囲気はたちまち霧散して、人懐っこい仕草で長門にすり寄ってくる。

 

「ん、あれは畑で穫れたばかりの薩摩芋だ。朝食を楽しみにしているんだな」

 

 わーいと無邪気に喜ぶ雪風の頭を撫でながら、長門は苦笑する。

 

(とても鎮守府最古参とは思えんな)

 

 麻守の初めての建造の結果、着任したのが雪風だったらしい。麻守曰わく、取り敢えず各資源を突っ込めるだけ突っ込んだとの事。

 

 初期に配置されていた艦娘は既に別の艦隊へ異動している為、雪風が現状で最も古株なのである。

 

 公私のけじめは誰よりはっきりしているのは流石というところだが、唯一の駆逐艦という事で、皆でついつい甘やかしてしまいがちだった。

 

(いかんとは思うのだが……、どうもな)

 

 見ている此方が爽快なくらいもきゅもきゅ食べる赤城についつい食べ物を与えてしまうように、雪風の笑顔を見ていると撫でる手が止まらない。

 

 この光景を麻守が見ていたら間違いなく「雪風マジ天使」と頷いていただろう。

 

 しかし、何時までもこうして居るわけにはいかない。朝食を食いっぱぐれてしまう。

 

「雪風、先に食堂に向かってくれ。私もすぐに行く」

 

「はい!」

 

 気持ちの良い返事と共に、雪風はまた駆け足で食堂へ向かい去って行った。

 

「元気なものだな」

 

 そう呟くと長門は先ほど受け取った封筒を開け、中の手紙に目を通した。

 

 そこには予想通りの内容の見飽きた文章がダラダラと綴られていたのだった。

 

「まったく、諦めの悪い事だ」

 

 手紙を封筒に戻し、長門は食堂へと歩きはじめたのだった。

 

 長門が食堂に到着してみると、ちょうど支度が終わっていた。

 

 すぐに長門の姿を見つけた陸奥が駆け寄って来る。

 

「あら、随分とのんびりしてたのね」

 

「ああ、私宛ての手紙が届いていたのでな」

 

 見るか?と封筒を陸奥に見せる。

 

「いいえ、どうせ私に届いた手紙と同じ内容でしょ?」

 

 ふるふると首を横に振った陸奥は幾分低い声で言った。

 

「今回は大盤振る舞いだぞ、何せ我々二隻に対して軽空母・二、軽巡・四、駆逐・六との事だからな」

 

「はぁ、向こうもこちらの懐事情くらいは把握してるのね。並みの提督なら喜んで話に乗ってるわ」

 

 麻守の鎮守府に所属している艦娘は初期に配置されていた艦娘を除き、全てこの鎮守府の工廠で建造された艦娘ばかりである。

 

 あまりの麻守の建造運のせいで、現在は当鎮守府における建造は禁止されている程に。

 

 ある意味、麻守本人にとっては不幸とも言えるのだが、他の鎮守府の提督からすれば幸運・豪運の類である。

 

 戦艦・三、空母・二、重巡・二、雷巡・二、駆逐・一……、これが現状の鎮守府の編成である。

 

 資源調達の為の軽巡と駆逐艦が圧倒的に不足している為、資源のやりくりが非常に苦しい。

 

 そこに目を付けた他の鎮守府がこうして燃費の良い艦娘とのトレードという形で、長門と陸奥へ異動の話を持ち掛けて来るのである。

 

 勿論、金剛と加賀にも同様の勧誘が行われている。

 

 赤城は……、大食らいの風評被害のせいでそんな話は全く無い。

 

 麻守には既に報告しているのだが、あの男は別段動く気は無いらしい。

 

「皆の好きなようになさい」

 

 要するに放置、放任、野放し状態である。

 

 麻守の方にも同様の艦娘トレードの話は来たのだが「本人に判断を委ねている」とバッサリ言っている。

 

 それを麻守公認と喜んだ他の鎮守府の提督達が、勧誘攻勢を強めてきているのが現在の状況である。

 

「熱烈なのは良いけれど、こうも毎日のように続くとね……」

 

 陸奥の表情はいい加減にしろと言いたげである。

 

 長門とてうんざりしているが、相手が諦めない限りはどうしようも無い。

 

「仕方ないさ。それより食事にしよう。我々が席に着かねば他の皆が箸をつけられない」

 

「そうね、待たせちゃ悪いわね」

 

 今朝は鎮守府所属の者達だけの朝食とはいえ、皆お腹を空かせているのだ。何時までも自分達の都合で、“おあずけ”にしてしまっては申し訳ない。

 

 長門と陸奥が自分達の朝食が用意された席に着くと、待ってましたとばかりに赤城が音頭をとって皆が一斉に手を合わせる。

 

「皆さん、用意はいいですね?」

 

 食堂を一度見渡して、赤城が確認をとる。

 

「いただきます」

 

 赤城のその一言に皆が続く。

 

「「「「いただきます!」」」」

 

 元気いっぱいの声が食堂に響き渡ると、朝食というある意味での戦闘が始まる。

 

「大変です。お味噌汁に薩摩芋が入ってますよ、加賀さん!」

 

「鎧袖一触よ、お代わりいきます」

 

「あ、加賀さん、雪風がお代わりお持ちします!」

 

「早くもお代わりですか!?流石は加賀さんと言って差し上げますわ!」

 

「うーん、あんまり食べ過ぎると太っちゃうかも~」

 

「お、今日のお漬け物は大根の浅漬けか~。いやー、いいね~ご飯がすすむね~」

 

「北上さん、それ私が漬けたんですよ!」

 

「むー、偶には洋風の朝ご飯が食べたいデース……」

 

 十人ほどの食事にしては些か賑やか……というか騒がしい。

 

 ちなみに本日の朝食はご飯と三つ葉ともやしの味噌汁(+薩摩芋)にアジの干物、大井特製の大根の浅漬けである。

 

「もう少し静かに食べられないのか……」

 

「まあ、いいじゃない。数少ない楽しみのひとつなんだから」

 

「それもそうだが……。しかし、男所帯じゃあるまいし、食事ばかりが楽しみというのはな……」

 

 幾ら兵器という立場とはいえ、姿形や心根は女性のそれである。食べるばかりが楽しみでは、食い意地が張っているようで、乙女心的にどうにもよろしくない。

 

「それはそうだけど……」

 

 チラリと調理場の方に視線を向けた陸奥につられて、長門もそちらに目を向けた。

 

 そこには、割烹着姿でニコニコ笑っている麻守の姿があった。

 

「あれを見るとね……」

 

「ああ、初めてあの姿を見たときは提督には双子の姉か妹がいたのかと疑ったな」

 

 何の違和感も無く割烹着を着こなし、朝食を騒がしくも嬉々として平らげていく艦娘を見守る麻守は、頭の三角巾も相まって、何処から見ても立派な食堂のおばちゃんである。

 

 加賀に続けとばかりに、次々と突き出される空のお椀に味噌汁を注いでいく様は、雛鳥に餌を与える親鳥の様だ。

 

 ひとしきりお代わりが落ち着くまで麻守は食事を始めることは無い。鎮守府の長が自ら給仕する事で、食べ物に関して恨みを残さないようにとの配慮である。

 

「気持ち悪いくらい気配り上手よね、提督は」

 

「嫁が来ないはずよね」と陸奥が独りごちた。

 

「そうだな。しかし、こうも甲斐甲斐しくされてしまうと……」

 

 ──余所の鎮守府になどに鞍替えする気は無くなるな。

 

「……長門?」

 

 途中で言葉を切った長門へ陸奥が首を傾げて見せた。

 

「いや……、提督のあの腹ははんぺんに似ていると思ってな」

 

 割烹着のお腹のとこがぱつんぱつんになっているのを指して言った。きっと触り心地はふっわふわのぽよんぽよんだろう。

 

「そうね、今度の輸送船にはんぺんをお願いしちゃう?」

 

「そうだな、ついでに練り物も頼むとしよう。その頃はおでんが旨い季節だろうから」

 

 結局のところ、食べ物の話ばかりだと長門は笑った。

 

「他に娯楽が無いもの」

 

 そう言って肩をすくめる陸奥は顔に微笑みを浮かべている。

 

 足りない物は多い。

 

 もとより建物同士が寄り添うように建てられているほど狭い島の鎮守府である。

 

 他の鎮守府のように近くに街が在るわけでもない。デパートはおろかコンビニも個人商店も何もない。

 

 金銭はあれどもそれを使う場所は皆無。

 

 時折、訪れる輸送船が貴重な買い物の機会である。

 

 そんな退屈で不自由な鎮守府を去ろうという艦娘は此処には居ない。

 

 勧誘の話を受けてしまえば、長門は百を超える艦娘達を率いる旗艦の地位を、加賀は最新鋭の艦載機を擁する空母機動艦隊の旗艦を約束されている。

 

 それでも、それを蹴って此処に残ることを選択してしまうのは、この鎮守府を取り仕切るのが麻守であるからだろう。

 

「仕方ない。食べ終えたら提督と交代するとしよう」

 

 味噌汁に加わえられた薩摩芋が予想以上に好評で、大量に作った事も災いしてか、お代わりがなかなか途切れそうに無い。あれでは味噌汁が尽きるまで麻守の食事はおあずけになってしまう。

 

「あらあら、女房役も大変ね」

 

「からかってくれるな」

 

 空の食器を乗せたトレーを手に長門が席を立つ。

 

 その微笑みの浮かぶ頬には、ひと粒のご飯粒がくっついていた。




長門さんはイケメン枠だと私は信じている……!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。