マシュマロ型提督   作:gromwell

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お久しぶりです!前回からかなり間があきましたが、何とか第十一話完成しました。


第十一話『幸運艦の不運な日』

 日本列島の南南東に位置する内地近海鎮守府。

 

 通称、麻守鎮守府とも呼ばれるこの鎮守府は本土と外地鎮守府を結ぶ要衝であり、長距離の遠征任務を行う艦娘にとっての憩いの場である。

 

 そんな鎮守府の最古参であり、唯一の駆逐艦である雪風は、今日も今日とて朝から哨戒任務に励んでいた。

 

 同行するのは雷巡の北上と大井。

 

 鎮守府近海の哨戒にしては些か過剰な戦力であるが、まさか駆逐艦を単艦出撃させるわけにもいかないため、このような編成になってしまった。

 

 流石に哨戒任務に戦艦や正規空母を出撃させる訳にもいかず、さりとて重巡の高雄や愛宕は鎮守府での仕事もあるため、自然と暇しちゃってる雷巡コンビが随伴艦に選ばれるのは当たり前なのだった。

 

 北上は面倒くさそうにしていたが、大井のほうは北上と一緒であれば満足らしくご機嫌である。

 

 そんなわけで、雪風と北上・大井は哨戒任務を無事に終えて、鎮守府へ帰投すべく海上を単縦陣で移動していた。

 

「もう哨戒なんて航空機に任せてしまえばいいのにー……」

 

 真ん中の北上がぐでーっとしつつ、ぼやいた。

 

 何度か赤城と加賀の航空隊が訓練も兼ねて哨戒任務を代行してくれている。

 

 速度に優れる航空機での哨戒であればより効率的だと北上は考える。

 

「そうですけど、燃料のほうが……」

 

 先頭を行く雪風が苦笑いを浮かべる。

 

 航空機では数が多く必要になるのもあって、とにかく大食らいだ。

 

 なので燃料の消費を考えると、出来れば温存しておきたいというのが提督である麻守の考えだった。

 

「はぁ、せめて遠征で燃料を確保出来ればよかったのに」

 

 最後尾の大井が溜め息を吐いた。

 

 一緒に哨戒任務をするよりも、やっぱりオフを北上と過ごしたいらしい。

 

「どう編成しても遠征じゃ赤字だしねー」

 

 あはは……と北上が笑う。

 

 戦艦と正規空母が過半数を占める鎮守府の悲哀がそこにあった。

 

「とにかく、今ははやく帰ってご飯にしましょう!」

 

 ちょっとしんみりした雰囲気を吹き飛ばすように雪風が叫ぶ。

 

「そうだねー、なんてったって今日のお昼は大井っちのカレーだもんね」

 

「もう北上さんったら!」

 

 先ほどまでのちょっと沈んだ空気が嘘のように霧散する。

 

(ちょっとわざとらしいけど、雰囲気が暗いままよりはいいからねー)

 

 そう北上が考えていると──

 

「!!」

 

 ぷるりと雪風の小さな身体が大きく震えた。

 

 何故か雪風は、海上で何か発見すると大きく震える癖がある。びっくりするので止めて欲しい。

 

「なに?どしたの?」

 

「前方に輸送船らしき船影見ゆ、です!」

 

 北上の問いに双眼鏡を覗き込んだ雪風が冷静に答えた。

 

「輸送船の後方に駆逐イ級発見。輸送船、襲撃されてます!」

 

 続けざまに雪風が叫んだ。

 

 襲撃とは言ったものの、イ級は輸送船を追いかけるだけで、砲撃も雷撃も行う様子が見られない。

 

「んー……、なるほどねー」

 

 じっと前方の輸送船を追うイ級を見つめていた北上が納得したように頷いた。

 

 その様子が気になったのか、大井が北上に声を掛けた。

 

「北上さん、何か?」

 

「いやぁ、大井っち。あの輸送船、運が良かったって思ってさー」

 

 輸送船とそれを追うイ級が近づくにつれ、大井は北上の言葉の意味を理解した。

 

「あのイ級、損傷してる?」

 

 薄く黒煙をなびかせて、それでも輸送船を追うイ級の姿は中破程度の損傷が見て取れた。

 

「北上さんと大井さんはイ級へ攻撃をお願いします」

 

「あいよー、雪っちは対潜・対空警戒と輸送船の誘導よろしくー。じゃあ大井っち、いくよー」

 

「北上さん、任せて!」

 

 北上と大井が単縦陣を維持したまま面舵をきると最大速力でイ級の側面へと回り込む。

 

 ポツンと残った雪風は速度を落として輸送船へと向かう。

 

 艤装に搭載した九三式ソナーを稼働させると、耳を澄ませ潜水艦への警戒を、同時に視線を空へ向け対空警戒を開始する。

 

 精度はやや落ちるが、この状況では仕方ない。

 

 やがて輸送船に接近した雪風は、一時対潜・対空警戒を中断する。

 

 すぐさま、呆気なくイ級を轟沈させた北上が対空警戒を、大井が対潜警戒を引き継ぐ。

 

 この辺りは小さな鎮守府だからこその無言の連携である。

 

 雪風が輸送船へ護衛と鎮守府への誘導の旨を伝えると輸送船から了解との返信を受けた。

 

「それにしても妙です」

 

 輸送船の甲板に見える人の様子がおかしい。

 

 カーキ色の作業着を着た男たちは、歩兵小銃を構えつつ、上空や海面を睨んでいるのである。

 

 そのうちの数名は輸送船と併走する雪風に大きく手を振っていた。

 

「陸軍の輸送船ですかね……」

 

 そう考えると甲板の男たちの行動も納得できる。

 

 陸軍の男たちは何かと無茶をやらかすのだ。

 

 かつて、人員不足から海軍は陸軍と合同で深海棲艦と戦った事があったが、その際の陸軍の戦いっぷりは非常識極まりないものだった。

 

 深海棲艦の艦載機に小銃で挑んだり、小型ボートで接近してはイ級の口の中へ手榴弾を投げ込んでみたりと、そのやんちゃ振りは海軍と艦娘の頭痛の種なのである。

 

 そういえば、南方鎮守府の近くに陸上航空基地が建設されるとかなんとか聞いた覚えがある。

 

(大規模反攻作戦の一環ですね)

 

 だとすれば、この輸送船は今後の戦況を左右するほど重要な存在のはず。

 

「……何で護衛も付けずに単艦で航行してるんですかね?」

 

 その疑問の答えを、まさか身を持って思い知る事になろうとは、この時の雪風は予想だにしていなかった。

 

『駆逐艦雪風、中破』

 

 内地近海鎮守府に届いたその通信内容は、提督の麻守をはじめ、所属する艦娘たちをパニックに陥らせた。

 

 すわ姫級、鬼級の襲撃かと慌てた麻守は大和、長門、陸奥、金剛の戦艦四隻と赤城、加賀の正規空母二隻で編成された迎撃艦隊を出撃させた。

 

 そうして、全速力で現場海域に到着した彼女たちが見たのは、中破状態で海上に仁王立ちし、輸送船に向かって説教している雪風の姿であった。

 

「本当に悪かったって、な?」

 

 内地近海鎮守府の執務室にて、両手を合わせて深々と頭を下げる輸送船の船長と思われるおっちゃんの姿があった。

 

 入渠直後の雪風がまだ説教をしている。

 

 その光景を横目に、麻守は北上と大井から報告を受けていた。

 

「いやー、まさか面舵と取り舵を間違うとは思わなかったよ~」

 

 そうケラケラと笑う北上の隣で大井は「陸軍の教育が悪いのよ」と呟いた。

 

 結局のところ、雪風の中破の原因は輸送船との衝突であった。

 

 その衝突の原因は乗組員の教育不足。

 

 何せ、まともに海図すら読めない者たちばかりだったのだ。

 

 お陰で護衛の艦娘との合流地点には辿り着けず、そのまま任地へ向けて航海する羽目になったのだとか。

 

 そんな輸送船には、ひとまず内地近海鎮守府へ停泊。護衛の艦娘の合流まで待機してもらう事にした。

 

 輸送船護衛の艦娘たちとはすぐに連絡がついたので、それ程長い時間はかかるまい。

 

 その間を利用して、北上と大井による輸送船の乗組員への再教育が施された。輸送船から悲鳴があがり続けたらしいが、麻守はスルーする事にした。

 

 そんなこんなで、夕方。

 

 ようやく護衛の艦娘たちと合流した輸送船は目的地へと向けて出航したのだった。

 

「しれぇ、雪風は疲れました」

 

 輸送船の船長がくれた小粒の金平糖をポリポリかじって、雪風はテーブルに突っ伏した。

 

 その様子を見た夕食当番の高雄と愛宕は苦笑した。彼女たちも先ほどまで、大井と北上からあの輸送船の出鱈目さについて愚痴を聞かされていたのだ。

 

 夕食作りを手伝っていた麻守の作業が一段落したのを見るや、愛宕は雪風の隣に麻守を強引に座らせた。

 

『ちゃんとお話に付き合ってあげてね』

 

 愛宕の肩に乗った妖精さんが手旗信号でそう伝えてきた。

 

(む、これも提督の勤めですかな)

 

 頭の回転がさほど良くないと自認している麻守が、一抹の不安を抱きながらも雪風に話しかける。

 

「どうしたのかね?」

 

 テーブルに重ねた両腕に埋もれていた雪風の顔がゆっくりとあがる。

 

 椅子の背もたれに身体を預けた雪風が脚をぶらんぶらん揺らした。

 

「まさか、あんな滅茶苦茶な輸送船だと思わなかったです」

 

 先ほどの輸送船の事だろう。

 

 ちなみに雪風のかじっている金平糖も彼らの置き土産だ。

 

 せめてものお詫びの品にと、大量の金平糖と冷凍の鶏の手羽先を置いて行ったのである。

 

「まあ、運が悪かったと思うしかないですな」

 

「むー、他人事だと思って……。酷いです」

 

 ぷくーと頬を膨らませる雪風。

 

 そのぱつんぱつんの頬をつつきたいという欲求を抑えつつ、麻守は苦笑いを零した。

 

「しかし、あの輸送船は運が良かったですな」

 

「本当ですね。よく座礁したり、深海棲艦に沈められたりしなかったものです」

 

 イ級には追いかけられたらしいが、幸いにもイ級の砲と魚雷発射管が損傷していたらしいと大井と北上の報告にあった。

 

 もっとも、船尾を噛みつかれそうになったりと、それなりに危険な目に遭ったとの事だ。

 

「輸送船が無事だったのは嬉しいですけど」

 

 そう言った雪風の眉はハの字だった。

 

「大井さんのカレー、食べ損ねました」

 

 雪風の本日のもっとも不運な出来事である。

 

 入渠中に雪風の分のカレーが無くなってしまったのだ。

 

 原因は麻守のついうっかり。

 

 もちろん、代わりの料理を用意している。今、雪風が食堂にいるのもその為だ。

 

 しきりに時計を気にしていた麻守がおもむろに立ち上がって、調理場へ消えた。

 

 しばらくして、再び雪風のところに戻って来た麻守の手には深めの皿と、小さめの鍋。

 

 テーブルに置かれた鍋には濃い褐色に染まった沢山の手羽先が窮屈そうにしている。

 

 雪風が手羽先に目を奪われている間に、お茶の注がれた湯呑みとお箸とお手拭きが用意されていて、テーブルはすっかり食事の準備を完了していた。

 

「しれぇ、これは──」

 

 雪風がようやく口を開いた。頬を上気させたその表情は何だか艶っぽい。

 

「運良く、アレが手には入りましてな。せっかくなのでアレで手羽先を煮てみましたぞ」

 

 鍋に満載の手羽先を皿に盛り付けて、雪風の手元へそっと置いた。

 

 醤油と少し甘い香りが雪風の鼻孔をくすぐる。

 

 生真面目な雪風らしくもなく、手を合わせることも忘れて箸を皿に伸ばす。

 

 箸で簡単にほろほろとほぐれた白い身を、照りで輝く褐色の皮といっしょに口に放り込んだ。

 

「ん~……!!」

 

 口の中に広がる醤油のしょっぱさとじんわりと染み込むような優しくて柔らかな甘さに雪風の表情がだらしなく緩んだ。

 

「ふむ、しばらくぶりだったが上手く出来たようですな」

 

 そう安堵した麻守は赤いパッケージの缶ジュースのプルタブを起こした。

 

 プシュッと炭酸が抜ける音がした。

 

 喉を潤した麻守が調理場へ戻っていく。

 

「さて、皆の分も煮てしまいますかな。あまり夕食を遅らせると怒られてしまいますからな」

 

 コトリと空になった缶を調理場のテーブルを置くと、それと同じ缶ジュースのプルタブを起こして、下茹でされた手羽先が入れられた大きな鍋へと中身を注ぐ。

 

 たちまち、鍋の中が黒い炭酸飲料で満たされていく。そこに醤油を注いで火にかける。

 

「ふむ、こちらは唐辛子を刻んで……と──」

 

 作業を再開した麻守の背後、ちょうど食堂の雪風の席では、雪風の分の手羽先を盗み食いしようとした愛宕が、高雄と雪風にお説教されている。

 

「騒がしいと思ったが、今日の夕食は提督が作っているのか」

 

「提督が料理を!?」

 

 夕食が待ち遠しくて食堂に来てしまったらしい長門と何やら驚いている大和の声が聞こえる。

 

「もう、お腹ぺこぺこデース……」

 

「大井っち、とりあえず腹ぺこ戦艦に大根の魚雷漬けでも見舞っちゃってー」

 

「北上さん、それ沢庵ですから!それに、ちゃんと切り分けないともったいないですよ」

 

「今日の夕食は手羽先みたいですよ、加賀さん!」

 

「提督の手羽先料理と言えばアレですね、赤城さん。……気分が高揚します」

 

「あの皆さん、今日の夕食の提督の担当は主菜だけ!と言って差し上げますわ」

 

「もう、少しくらい分けてくもいいのにー……!」

 

「愛宕さん、すみませんが雪風はこれだけはあげられません!」

 

「あらあら、雪風にしては珍しいわね。そんなに美味しいのかしら」

 

 腹を空かせた艦娘たちが集まってきたせいで、随分と食堂が騒がしくなってきた。

 

「ふぅ、主菜が出来るまで、先に汁物や副菜を食べていてもらった方が良いですかな」

 

 さて誰に職務中の久蘇大尉を呼びに行ってもらおうかと考えながら、麻守は雪風の様子を見守る。

 

 満面の笑みで手羽先にかじりつく姿は見ていて非常に和む。

 

「やっと機嫌が直ったようですな。やれやれ、幸運の女神にへそを曲げられては敵いませんからな」

 

 そんな麻守の呟きは賑やかな艦娘達の声に飲み込まれて消えていった。

 




次のお話のメイン艦娘は大井っち辺りを考えています。

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