「よぉっ、青子」
「快斗……」
「どうした?」
普段にこやかに笑っている、いつの間にか癒しキャラ認定されてしまっている彼女にしては珍しく、どこか元気のない青子。快斗はそのうつむき加減の顔を覗き込みながら問うた。
「お父さんが最近、ずっと徹夜でね……」
「あ、あははは……」
先ほどの心配そうな表情から一転、快斗は引きつった笑みを一瞬浮かべた。が、そこはお得意のポーカーフェイス。すぐに、無邪気な少年――どこか子犬を彷彿とさせる、いつもの笑みを浮かべた。
落ち込んでいる少女の名は、中森青子。快斗の幼馴染だ。
学校では美人の部類に入る。最近転校してきた小泉紅子。彼女を除けば、この江古田高校で一番といってもいい程の美貌の持ち主だ。紅子が炎のような妖艶美の持ち主だとしたら、青子水のような癒しの美の持ち主だろう。快斗とは<夫婦>などと呼ばれている。本人は否定しているが満更でもなさそうなところがまた可愛らしいと、快斗とセットでのファンクラブなどもあったりする。
……ちなみに青子はかなり鈍感なので、自分の気持ちにすら気づいていない。というわけで、相手の好意などにもまったくもって気づいていない。故に、快斗を無意識のうちに追い詰めていたりする。
そして、彼女の父は中森銀三。警視庁捜査二課所属の警部だ。「怪盗キッド」を名乗る宝石泥棒を追いかけ、日々奮闘している。
怪盗キッドを18年前から追い続け、そして未だに捕まえられずにいる。
ちなみに、彼の口癖は「今度こそキッドを捕まえてやるぞ!」と、「かかれー!」と、「くそ、キッドの奴め!」である。つまり、いつも逃げられる。
……もっとも、その怪盗キッドは警部とともに、談笑しながら夕食を食べているのだが。
決して警部が悪いのではない。相手が悪いのだ。
そしてこの怪盗キッドこそ、黒羽快斗――この少年なのである。中森警部が徹夜なのは、主に……というより、完全に快斗のせいだ。
(わりぃ、警部)
心の中で合掌していた快斗であった。
18年前、怪盗キッドが現れた。彼は「月下の奇術師」「平成のアルセーヌ・ルパン」と詠われるほどのマジシャンで、その華麗なる技で、民衆を、そして警察までをも魅了し、翻弄した。
毎回盗みの前には警視庁――もとい、捜査二課の中森警部に予告状を出し、どんな警備をもかいくぐり、お宝を手に入れる。
そんな<初代>怪盗キッドの名は黒羽盗一。マジシャンの本場ラスベガスで行われた世界大会で、若干20歳でみごと優勝。「東洋の魔術師」として、その名を世界に馳せた。
盗一が怪盗になった理由は、妻、千影にあった。18年前――いや、それ以上も前。千影もまた、怪盗淑女ファントム・レディを名乗っていたのだ。
だが彼女は<組織>の人間に不要と判断され、殺されかけた。そこを助けたのが、盗一。盗一は千影と脱出後……いや、脱出中にプロポーズ。そのまま二人はめでたく結婚。
しかし、一つ問題があった。
『組織』だ。
組織は証拠隠滅のため、千影をまた狙ってくる――盗一はそう考えたのだ。
そして、彼はマジシャン。つまり――人の斜め上の考えを行く、プロなのだ。
――私は大怪盗になってみせるよ――
――ファントム・レディを、人々の記憶から消し去るような、ね――
そうして怪盗キッドが生まれたのだ。
余談だと、この時彼が着ていたのは次の舞台衣装。関係者以外、誰も知らないものだった。しかし今――その白い派手な衣装は、日本中の誰もが知る、「怪盗キッドの正装」だ。
やがて快斗が生まれ、家族三人、楽しく平和(……?)に暮らしていたのだが、今から八年前、盗一は死んだ。脱出マジックの失敗と言う事になっているが――快斗の考えは違う。
(殺されたんだ――組織の奴らに)
快斗が怪盗キッドになった理由は、八年前の真実を暴く事。そして、組織が探している、『命の石』と呼ばれる『パンドラ』を奴らより早く見つけ出し、破壊する事。
怪盗キッドが大粒の宝石――『ビックジュエル』と呼ばれる部類の物しか狙わないのは、『パンドラ』は『ビックジュエル』の中に眠るから。
伝説では、『パンドラ』の入った『ビックジュエル』を『満月』に掲げると、『涙』を流す。その涙を『飲』んだ者は、『不老不死』になれる――
だが、快斗はそんな事はどうでもいい。
組織の野望を、文字どおりの意味で粉々にして、復讐する。
「黒羽君、少し良いかしら」
「うおっ!?」
いきなり後ろからかかってきた声に、快斗は奇声を上げる。
「……紅子か」
「何よ、その落胆は」
小泉紅子。快斗がキッドだと知っている、魔女だ。赤魔術の正当な後継者。
気まぐれに快斗に予言を教えてみたりと、快斗に言わせれば<魔女らしい>性格である。
「ちょっと、話したい事があるの。失礼、中森さん。……すぐ戻るわ」
「え、おいっ!紅子!?」
ぽつん、と、一人残された青子。
「もう、一人で帰るわよっ!」
青子は、ゆっくりと歩き始めた。
♥
「で、なんだ?」
人気のない校舎。
「しばらく怪盗をやめなさい」
「はぁ?」
一応、怪盗キッドだと言う事を認めていない快斗は、不可解そうに顔をしかめる。紅子が魔女だと言う事を知るのはキッドだけなので、必然的に快斗は彼女が魔女だと言う事も知らないふりをしている。
(もっとも、それも最近、意味が無いような……)
全く、厄介なものである。
「とぼけないで。あなた、今回は本気で死ぬわよ!」
(俺の命を狙ってるやつがよく言うよ……)
口には出さない……いや、出せない。何故なら彼女が狙っているのもまた……怪盗キッドなのだから。狙われているのは快斗では無いのだ。
……この上なく、ややこしいが。
暫くし、快斗は「ありがたく受け取っておくよ」と言う。そしてそのまま去って行った。
先ほどの場所に戻り、青子の姿が無い事に首を傾げる。が、そのまま少々早足で帰り始めた。
(警察相手に死ぬとは思えねーし。探偵たちも同じく。だとすると……<組織>の可能性が高い)
紅子の忠告は、まったくもって意味をなしていなかった。
「ま、“受け取っておく”だけだしな」
「それに――」と、快斗は続ける。
「今頃、警部は――」
♠
「なぁにぃぃいいい!?」
中森警部の机の上に、<二通>の手紙があった。
<明日21時、幻のピンクダイヤモンドを頂きに参上する。 怪盗キッド>
お馴染のキッドカードである。キッドのマークも本人のものだ。
しかし、中森警部が驚いたのは、もう一通の手紙だった。
<近いうちに、白き魔法使いの秘密を暴きに参上しましょう。 怪盗コルボー>
怪盗コルボーのマークは、怪盗キッドのそれと恐ろしく似ていた。……色以外。
コルボーはフランス語で『カラス』を表す。それにかけているのか、コルボーのマークは――黒一色。衣装も黒一色だ。
「自作自演か?」
「いやいや……」
早くも二課内は混乱している。
「えぇい、とにかく!」
中森警部が声をあげた。
一瞬でその場が静まりかえり、全員の視線が彼に注がれる。
「明日に備えろっ!」
こっそり誰かが「警部って、キッドの事好きだよな」と、呟いていた。
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次回予告
「次回はなんとパンド――」
「ばらすなよっ!?」
「いや、ってか、見つかるの早くない?」
「俺が知るか!?作者に言えよ!?」
「もう、バ快斗は人のせいにしないの!」
「はぁっ!?」
「えーと……『次回は第三話、襲撃者』――うわ、英語……」
「Step right,this way,watch carefully!イリュージョンを、見逃すな!」
――――――――――
さすがに次はストックないので、またいつか。
……不定期ですからね!