やはり俺の戦車道は間違っている。【完結済み】 作:ボッチボール
じつは武部さんとか一年の時も同じクラスなんでまったく関わりが無い訳でも無い設定です、そこら辺の話もいつか書きたいなぁ。
大洗学園入学式の当日、俺が入る事になってしまったのは学校ではなく病院となった。
学校に向かう途中、自動車に轢かれそうになったウサギを見つけて気付けばベッドの上、どうやら車にぶつかったのは俺の方らしい。
ウサギを助けようとした理由は俺もよくわからん、本当に、気付いたら病院に居たのだから。
しかしこの病院生活というのは案外悪くない、入院費の負担等はウサギの飼い主である学園艦側が払ってくれているおかげか遠慮なく快適に過ごしている、しかも個室だし。
好きな時に起きて好きな時に寝る、ご飯は運んで来てくれる、暇な時間を勉強や趣味に回せると自由を謳歌できるのだ。
え?なんでわざわざ勉強してるのかって?学校に戻って授業についていけなくても誰にも内容聞けないからに決まってんだろ。
入学式初日からスタートダッシュに失敗したのだ、今さら学校に復帰しても仲の良いグループはもう出来てしまっているだろうし、せめて入院生活くらいは楽しんでも罰は当たらないだろう。
「邪魔するよー、比企谷くん」
…罰が当たりに来ちゃったよ。
がらがらと遠慮なく病室に入って来たのは大洗の生徒会長…らしい、角谷 杏さんだ、ツインテールの髪型に加え身長も低く、見た目は中学生にも見えるが。
「…ども」
俺が助けたウサギが学園から逃げ出したものらしく、そのせいかこうして生徒会の代表三人がちょくちょくやってくる。
「はいこれ、お見舞いの干し芋」
「…またっすか」
前も干し芋持って来たよねこの人、ひょっとして嫌がらせなの?
「入院生活はどう?退屈じゃない?」
そう思っていたが会長は椅子に座るともぐもぐと自分用の干し芋を食べ始めた、嫌がらせというよりガチで好きなのか。
「わりと充実してましたよ、ついさっきまで。生徒会ってそんなに暇なんですか?」
「過去形だね、そんな邪険にしなくていいのに」
そりゃ邪険にもする、せっかく一人で趣味の時間に没頭してたのに。
「ん?比企谷くん、それなに?戦車のプラモ?」
「えぇ、まぁ…暇潰しに」
会長がやって来たおかげで中断するはめになった作りかけのティーガー戦車のプラモを机の隅に置く。
このプラモデルだが、入院する事になった俺の為に小町が持ってきてくれたのだ、兄の趣味を理解してわざわざ戦車倶楽部まで行って買って来てくれた小町はまさに妹の鑑、超高校級の妹といってもいいだろう。
でもね小町ちゃん、このティーガー戦車のプラモデルなら俺の部屋にもう完成したのが一つ飾ってあるんだよね、言わない俺、まさに兄の鑑。兄妹揃って超高校級とか希望って本当に素晴らしいね!!
…そういえば小町はこのプラモデルを戦車倶楽部に居た大洗の女子生徒からオススメされて買ったらしい、誰だか知らんが変わった奴も居たもんだ。
「へー、好きなの?戦車」
「…なんか変ですか?」
世間では戦車道なる糞武芸のおかげで戦車といえば乙女の嗜むものらしい、そのせいか男と戦車はどうにも折り合いが悪いというか、あまり一般的ではない。
「いや、うちって戦車道ないからさ、戦車好きならがっかりしてるんじゃないかなって」
「別に、戦車は好きですけど、戦車道は嫌いなんでむしろ都合良いくらいですけどね」
というかなんでこの二つを無理やりくっつけようとするのだろうか、世の中には野球が嫌いでもバットとかグローブが好きな人だってきっといる。…居ないかな、うん。
「まぁ趣味は人それぞれだからねー」
「…笑わないんですね」
男で戦車が好きとか、てっきり嘲笑れるかドン引きされるかと思っていた。
「ん?だって好きなんでしょ?」
「…そうですけど」
わりとこの人、本当に器が大きいというか、会長と呼ばれるだけの事はあるのかもしれない。
「私も料理が趣味だしね、退院したらあんこう鍋でも作ってあげよっか?」
「あっはっは、会長、冗談は身長だけにして下さい」
「次それ言ったらあんこう音頭踊ってもらうよ」
うわ怖ッ!顔色一つ変えないでサラッと死刑判決下せるとか恐ろしい…。
よくよく考えたらこの人、入院生活の初日に軽々とりんごの皮剥いてウサギ作ってたよな、本当に料理が趣味なのか。
「…別に料理が趣味なのにケチつけるつもりはありませんよ、あんこう鍋の方です」
「ありゃ、比企谷くんあんこう嫌いなの?」
確かに好き嫌いの好みは別れそうな味だが別にあんこう鍋が嫌いな訳じゃない、退院祝いにあんこう鍋を俺に振る舞う理由がわからんのだ。
「…そんな気を使わなくてもいいですよ、つーかお見舞いももう来なくて良いです、生徒会の仕事とかあるんでしょ?」
むしろこれが彼女達の仕事なのかもしれないが…、あのウサギは大洗学園から逃げ出したウサギだから生徒会の人達にもある程度は責任があるのだろう。
「同情とか責任を感じてお見舞いに来てくれてるんでしょうが、こっちからしたら迷惑なだけなんで」
そもそもあれは俺が勝手にやった事なのだ、生徒会の皆さんがそれに負い目や責任を感じる必要はない、同情なんてまっぴらごめんだ。
「同情?責任?比企谷くんは何言ってるのかな?」
「…はぁ?」
「まだもう少し入院するんでしょ?授業とか大丈夫だと思ってるの?」
「…勉強はやってますよ」
むしろ一人で黙々とやれている分、学校の授業よりもずっと捗っているくらいだ、数学?なにそれ美味しいの?
「んー、そうじゃなくて、単位とかね、このままじゃ補習だよ」
「…マジっすか」
え?ダメなの?それくらいは融通効かせて欲しいんだけど、ほら、学園のウサギ助けたんだから、同情して下さい、責任感じて下さい。
「マジだね、だから比企谷くんの事は生徒会で預かろうかって話になってね」
おや、なんだか雲行きが怪しくなってきたぞ…、これはどう転んでも俺が損するパターンと見た、パターン青、使途、襲来である。
「比企谷くん、地獄の補習教室と、生徒会の手伝い、どっちが良い?」
どっちも嫌です。あー、やっぱりこの人苦手だわ、どうやっても勝てそうにない。
ーーー
ーー
ー
思えばあの時、あの選択こそ俺の人生におけるターニングポイントだったのかもしれない。選択とは時として、人生を大きく左右するのかもしれないと実感した。
あの時の選択のせいであの生徒会とここまで関わってしまう事になるとは、俺の社蓄人生、ここに極まれり。
補習教室よりはマシかと思っていたら、思っていた以上に生徒会がブラックだった件について、イベント好きなこの人達は学園行事をばんばん企画してきやがるし、それに巻き込まれる度に、あの時軽い気持ちで選択した俺を何度恨んだ事か。
でも泥んこプロレス大会は正直、世界で一番強くなりたいとも思えて初めて生徒会の仕事を手伝っていて良かったと思いました。まる。
そういえば今年もやるのかな、泥んこプロレス大会。今年は戦車道やってるおかげで見知った顔も増えたな。よーし、八幡張り切ってお手伝いしちゃうぞー!!
まぁ、そんな実現するかもわからない話はいいとして…。
「…さっむ」
ダージリンさんと別れ、大洗の学園艦に戻って来た俺はしゃりしゃりと雪の積もった道を家にも帰らずに歩いていた。
大洗の学園艦に着いてから今もなお、雪はしんしんと降り続いている、吐き出す息は白く、どうやらだいぶ北の方まで来たようだ。
一度生徒会室に顔を出してみたが誰も居なかった、どうしたものかと途方に暮れていたが、自動車部のガレージにまだ自動車部の人達が残っていたので聞いてみたら、生徒会の三人は38(t)を持ち出して何処かに行ったらしい。
雪面に残った38(t)のキャタピラの跡を追いかけて歩いていくといつもの戦車道訓練場に辿り着いた。
訓練場では38(t)が的に向かって砲撃を放っていた、慌てて耳を塞いだが少しキーンとなる。
…命中、雪も降って視界も悪い中、38(t)の放った砲撃は遠くの的に命中した。
続けて砲撃を次の的に放つ、これも命中、更に次の的へ、これも命中。
およそ普段の戦車訓練や試合では見た事がない、38(t)による精密射撃だ、これが見れただけでもここに来た価値があったかもしれない。
「よーし、こんなもんか、こやまー、かーしま、ちょっと休憩しよっか?」
「はっ!」
「そうですね、会長」
そう言って全部の的に命中させた生徒会の面々は38(t)から顔を出した、すぐに近付いて声をかける。
「秘密訓練ですか、らしくないですね」
「ひ、比企谷ッ!?なぜ貴様がここに?」
「あ、あのね…、比企谷君、これはね」
小山さんと河嶋さんは俺が居る事に気付いて慌てている、会長は何も言わずにじっと俺の事を見ていた。
「休憩するなら差し入れ持って来ましたよ、肉体疲労時の栄養補給にも最適です」
「比企谷君、それって」
「いつもの…あれか」
えぇ、あれです、茨城県民のソウルドリンクとしても名高いマックスコーヒー、飲めば身も心もホットになること間違いなし。
「…せっかくだし、もらおっか、比企谷ちゃん、あんがとね」
38(t)から降りた三人にホットにしたマックスコーヒーを渡すと、俺も自分用に持ってきたやつのプルタブを開ける。
「…こうやってみんなに隠れて訓練してたんですね」
「いやー、これは別にただ遊んでただけ、的当てゲームみたいなもんかな?」
この期に及んでまだしらばっくれようとしているのか、この人。
「そのわりには全弾命中してますよね、会長」
それも雪が降っていて視界も悪い中でだ、普段から相当訓練してないと出来る事じゃない。
「い、いや…、それはだな、…待て、何故私ではなく会長だと決めつける?」
いやだって…、河嶋さんの砲撃の命中率は普段の戦車訓練とか見てれば察することは出来るし、わざと下手に見せるとか器用な真似この人に出来るとは思えない。
小山さんは操縦手なので消去法で考えても、先ほどの精密射撃をやってのけたのは会長以外に考えられない。
「なんで砲手やらないんですか?」
38(t)とて火力は無いが、それでも砲撃が当たる当たらないはそれだけで戦況を大きく左右するだろう。
「砲手は河嶋だよ」
「会長…」
まぁそうなんだけどね、そもそも会長は戦車に乗っても干し芋食べてるだけで車長、通信手、装填手、砲手は河嶋さんが一手に引き受けている、どう見てもオーバーワークなので彼女の砲撃が当たらない事に関しては優しくしてあげて下さい。
「そーですか」
俺もそれ以上は追及するつもりはないので、返事をしてぐびりとマッ缶を飲む、俺がわざわざここに来たのはそんな事を聞く為じゃない。
「もう一つ、質問良いですか?」
大事なのはこっちだ、なし崩し的にではあるが、そろそろ俺とこの人達との関係にも、決着をつける時が来たのかもしれない。
「なにかな?比企谷ちゃん」
空を見上げる、…雪は変わらずしんしんと降り続け、マッ缶を持つ手以外の身体中が冷えていた。
「大洗学園、廃校になるって本当ですか?」