やはり俺の戦車道は間違っている。【完結済み】 作:ボッチボール
こういう偶然の出来事って小説書いてる身からすればすげぇ嬉しいんだよなぁ。
皆さんはパンツァー5のようになってはいけない(笑)
「ーッ!!」
マフラーを更に首元に近付け、上着のポケットに両手を入れる、中には小町から持たされた大量のカイロが入れてある。
…なんだ今の悪寒?いや、確かに雪が降ってるし寒いんだが今のそれはなんか違うような気がする。
一応、一通りの防寒の用意はしてきているんだがな、なぜならこの観客席、屋根が無いのだ。
いや…寒いじゃないですか戦車道連盟さん、屋根つけましょうよ、戦車道の試合は基本的に雨天寒波決行なんですから…。
今現在でも雪が降ってるんだけど…もしかして試合中ずっと雪にさらされるの?軽く凍え死ぬんだけど?
「兄さん!!」
ぶつぶつと心の中で愚痴っているとふと誰かに声をかけられた、俺の事を兄と呼ぶのはこの世に小町しか居ないはずだが。
あ、いや…西住が不意討ち気味にたまに呼ぶがあれは…うん、そもそも西住は今試合に出てるし。
それに小町だって俺をお兄さんなんて呼ぶ事は基本的に無いはずだ、ならこれはもしかして俺に新たな妹が?ここに来ての新しいルートが追加されたのか?
いくら妹さえいれば良いと言っても限度ってものがある、こんな調子で増えるなら今後、妹が12人くらいになりそうだ。
「お久しぶりです、新三郎です!!」
…まさかの新三郎さんルートでした、いや、ねーよ。
「えっと…ども、お久しぶりです」
そういえば五十鈴が、準決勝は新三郎さんが見に来るって言ってたな、それも…。
「なんですかその返事は、気が緩んでますよ」
五十鈴流華道の家元、つまり五十鈴の母親を連れて来るって。
いや、これは気が緩んでるとかそういうんじゃなくてですね…単純に気まずいと言いますか。
うわー…まいった、鉢合わせちゃったよ。前回散々花を侮辱した事もあって大変気まずい、あとその時の正座のやり取りを思い出して冷や汗が出てきた。
「お二人共、五十鈴の応援に?」
「もちろんです、お嬢の晴れ舞台ですからこの新三郎、しっかりと目に焼き付けさせていただきます!!」
「…花を生ける繊細な手で戦車なんて」
「奥様…、ここまで来たんですから、応援してあげて下さい」
五十鈴の母ちゃんはこう言っているが新三郎さんの言う通りだ、大洗からわざわざこんな場所まで来てくれたのだ、この人だって娘の事が気がかりなのは間違いないだろう。
「五十鈴は砲手ですからね、活躍する所はバッチリ見れると思いますよ」
というか活躍する所を見れなければ困る、短砲身から長砲身に切り替わり、攻撃力も上がった新生Ⅳ号の初試合なのだから。
まぁ五十鈴に関してはその心配はいらないだろうが。
「…ところで兄さん、お嬢とはその後何かありましたか?」
「え?いや…別にその」
怖ッ!!なんだか急に新三郎さんの俺を見る目が怖くなった、五十鈴流って本当に華道の家元なの?やっぱりヤーサンとかじゃないよね?
「…比企谷さん、手を出しなさい」
「はい?あ、あの…なんでですか?」
「いいから早く!!」
五十鈴の母ちゃんに言われて手を出すとこの人、腕を掴んでクンクンと手のひらの匂いを嗅ぎだした、え?
「鉄と油の匂い…」
え?そんなに臭いの?ちゃんと手は洗ってるんだけど…。
そんな事言われると中学の時、女子に遠巻きにエイトフォー噴射された事思い出しちゃってちょっとトラウマなんですけど…。
「ですが、微かにはなの匂いもしますね」
「お、奥様…それはお嬢の?やはり兄さん…お嬢に何かよからぬ事を!!」
「新三郎、あなたは黙ってなさい!!」
…そこまでわかるの!?五十鈴の母ちゃんのいう花の匂いって、まぁたまに五十鈴の華道教室の真似事に参加させられてはいるから、その時の花の匂いが手についているのか。
…花だよね?華じゃないよね?日本語って難しい、でもそれを五十鈴の母ちゃんから聞いてはいけない気がする。
「今度生け花の展覧会があるのはご存知かしら?」
「…五十鈴から聞いてますよ」
時期的にいえば決勝の少し前くらいだろうか、もちろん五十鈴本人も自分の作品を出す話をしていた。
「そう…華道はきちんと続けているのね」
「それは保証しますよ」
例え戦車道を選択しても、五十鈴が華道を疎かにする事は決してないというのは俺が保証できる。
…つーか華道教室における五十鈴さんがガチ過ぎて保証せざるを得ないからね。
「…戦車道があの子の作品にどう影響を与えたのか、しっかり見極めさせて貰います」
「えぇ、楽しみにしてて下さい」
…五十鈴と母親との関係もそろそろ決着がつきそうだが、これに俺が口を出す事はないだろう、そもそもあいつなら必ず、母親を納得させる作品を作り上げると思っている。
つーかなんで俺が自信満々に答えてんの?前に武部にやけに五十鈴の事を信頼してるって言われたのを思い出して少し恥ずかしくなってきた。
そういえば五十鈴は俺にも何か作品を出すように言っていたが、出した所で落選は間違いないだろうし遠慮したい、あの華道の家元モードの五十鈴がそれを許してくれるのならだけど。
ふっ…、俺得意の一輪挿しをこの人達にも見せてやりたいぜ、なんせ一輪挿しだけは上手いと五十鈴に誉められたくらいだ、さすがはぼっち、なお、他に花を生け始めるとボロクソだったりするらしい。
ーーー
ーー
ー
思わぬ来訪者に早速俺の心のヒットポイントが減っているが、回復ポイントは今だ見つからない。
…それどころか連戦になるまである、なんだこのクソゲー、ボス戦前に回復の泉とセーブポイントは昨今の温いゲームには必須ではなかろうか?
逃げる事はできる、それも容易に、なぜなら俺はただ単に何も知らなかった風を装えば良いだけなのだから。
そうやって臭い物には蓋をして、見て見ぬ振りをするのは一種のこの世を生きる為の処世術の一つであろう、スルースキル大事、これ、マメな。
まぁそんなスキル持ってたらぼっちなんてやってなかった訳だが…今回は相手が悪い、それもすこぶる。
今だ決心がつかず、うだうだしながらあーだこーだ考えていると、ふと、たまたま横を通りすがった観客の声が聞こえた。
「よしっ!ここはやはり突撃すべきだ!!」
…この状況でその言葉は天啓じみていて、俺は携帯を取り出すとメールを開いて連絡先の一覧をタップする。
誰だか知らないが感謝しておこうとチラッとその人物に目をやった。
黒髪ロングの女性だった。年は同じくらいで学生だろうが、着ている制服を見るに、大洗の生徒でもプラウダの生徒でもなさそうだ。
「無名校にして準決勝まで勝ち進んで来た大洗…その強さの秘訣を必ず、我が知波単学園に持って帰るぞ!!」
…少なからず、他の高校にもうちの快進撃は影響を与えているらしい。しかし声がでかいな、パッと見は美人なのになんだか残念臭がしてくる。
もしここにさっきの五十鈴の母ちゃんが居たなら、この残念臭でまた気絶しちゃうんじゃないかな?
…冗談を言えるのもこんな所か、いや、今のうちにもっと言っといた方がいいな。
今のうちにいっぱい言っておいたほうがいいんでないかい?…今9回くらい言ったかな?
…さて、行くか。
ーーー
ーー
ー
戦車道全国大会も準決勝まで来た。
今年戦車道を再開したばかりの無名校ながらにして、ここまで勝ち進んで来た大洗学園の快進撃は世間的に見てもなかなかのニュースで、月間戦車道の取材も来ていた。
隊長である西住の事も当然特集され、本人は恥ずかしがって嫌がっていたが、それでも注目される事は避けようがない。
大洗の隊長は西住流の娘。
その事実はもう隠しきれるものでは無い、現に二回戦で戦った安斉さんも知っていたし。
となれば…知っているはずだ、そもそもプラウダが去年の黒森峰と因縁のある相手だし、そのプラウダの準決勝の相手がうちとなれば知らない訳がない。
誰が知っているかって?そりゃ決まっている。
西住の、そして姉住さんの母親にして西住流師範代、名前は確か…西住 しほだったか。
「………」
向こうからしほさんが歩いてくるのが見えた、両隣には姉住さんと菊代さんも居る。
来た…か、事前に姉住さんにメールをいれて先回りしといて良かった、ついでにあの突撃の天啓をしてくれた残念さんにも感謝しておこう。
菊代さんが大洗に来たあの日、姉住さんからしほさんが準決勝を見に来る話を聞いた。
このタイミングでわざわざ準決勝を見に来るのだ、西住が大洗に居るのを知っているのはまず間違いない。
じゃあなんでこの人が準決勝を見に来るのか?これが娘の活躍を見る為、とかだったら単なる親バカで済むのだろうが。
俺の予想通りなら…まず、それはない。
そして予想通りなら…最悪だろう。
「…比企谷さん?」
まず俺に気付いた菊代さんが声をかけてくれた、姉住さんはチラリと俺に目をやるが何も言わない。
…まぁ当然だ、この人は西住流なのだ、例え妹の事となってもそれは貫くだろう。
それでいいと思うし、どんな状況であっても西住流であろうと徹するその姿勢には素直に尊敬させられる。
今回、姉住さんには頼れないだろう、それはもちろん、菊代さんにもだ、この二人はあくまでも西住流の人なのだから。
「…ども、こんにちは」
軽く頭を下げる、正面に居るのがしほさんか…。
戦車道最大流派の一つである西住流の師範代だ、そりゃ写真とかで顔は見た事があるが、実際に見ると迫力がまるで違う。
「…菊代、知り合いなの?」
一言一言が重く、プレッシャーをかけられているようにさえ感じる、どこのラスボスですか?あなた。
しかもこれ、しほさんからすればまだ俺に声をかけてすらいない、つまり完全に相手にもされていない。
「以前お話した、みほお嬢様と仲良くしている男の子、です」
…ちょっと菊代さん何言ってんの!?
「…そう、貴方が」
「えと…まぁ、その…」
…とはいえ、これでしほさんがこちらを見た、言いたいことはいろいろあるが、とりあえず菊代さんに感謝しつつ、しほさんに向かう。
「…西住の応援に来たんですか?」
「貴方には関係ない事よ」
おぉ…バッサリ、一撃でヒットポイントがもりもり持ってかれてくのが目に見えてわかる。
前に西住が言っていた、母親は姉よりもっと怖い、の意味を実感、というか痛感した。
…だけど、その時の約束がこっちにだって残ってる、それはきっと単なる俺のエゴで、約束だなんて言える程のものでもないが。
「…西住を勘当しに来たんですか?」
それでもその時、西住が自分だけの戦車道を探し、母親を納得させる手伝いをする、と約束した。
だから…まぁ、気が向いたから、約束は守る、それだけだ、うん。
「…あの子は西住流の名に相応しくないわ」
俺の聞いた質問とはやや遠回りの返答ではあったが、これはもう確定だろう。
そして、やはり最悪の予想は的中したのだ。
まぁ確かに、西住はなんだかんだ言ってもいろいろやらかしている。
黒森峰の10連覇を逃し、それで戦車道を辞める為に大洗に転校した話は知っている。
しほさんからすれば、辞めたと思っていた戦車道を大洗で勝手に再開され、あまつさえ準決勝にまで勝ち進んで…という事になっているのだろう。
そして戦車道をやる上で、西住が西住流の娘だという事は世間的にもバレバレになっている。
いや、本当にいろいろやらかしているのはうちの生徒会な気がするが、あの人達もあの人達で母校を守る為なのだ。
つまりなんもかんも文科省が悪い、いや…その話を今してもしょうがないけど。
要するに、西住流を名乗る者が他所で勝手気ままに戦車道をやっている。これは古く、伝統ある西住流からしてみれば大問題もいいところだろう。
だからしほさんの言いたいことはわからんでもない、それは同時に、同じく西住流である姉住さんや菊代さんにも通じる所はあるだろう。
だからここには味方はいない、それは良い、だっていつもの事だから。孤独な戦いには慣れっこだ。
相手は戦車道天下の名門西住流、それに対して俺は単なる部外者だ。
だが、部外者でも….いや、部外者だからこそ言える事もある。
トイレは済ませた、神様にもお祈りはした、ついでにいえば部屋の隅でガタガタ震える準備もOKである。
いや、本音を言えばぶっちゃけ怖いし逃げたいが。
しかしそれも今日だけだ、西住の実家は熊本だし、今日さえ乗りきればもうこの人と会う事もないだろう。
この関わりの薄さこそが部外者であり、孤独なぼっちの唯一の強みでもある、つまりーーー。
「そういえば…去年、西住流はプラウダに負けたんですよね?」
例え地雷原を歩いても、致命傷程度で済むかもしれないのだ…致命傷かよ。