上位者がファミリアを創るのは間違っているだろうか   作:gulf0205

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アニメ、ブラック・ブレッドを観たワイ、エミーリアを戦う幼女にしておけばよかったと後悔する。

ああああああああ延珠ちゃんを膝に乗せて一緒に天誅ガールズ観てええええ
ティナちゃんにたこ焼きあーんして食わせてやりてえよおおおおお!
小比奈ちゃんの顔に『白くべたつくなにか』って落書きしてええええええうっ、ふう……


そういうわけで戦う幼女を出すことにした。
とりあえずあれだ。
細けえこたぁいいんだよ!


7 ローグ・ハンターズ(1)

リヴェリアは本拠へ戻り、世間話やちょっとした会議に使う広間に入る。

アイズはまだベルという少年とともにダンジョンにとどまっており、帰ってくるのはもう少し後になるだろう。

広間ではロキを含め、フィンやベートなどの幹部らが談笑にふけっていた。

ロキがいち早くリヴェリアに気づいて笑顔を向けてくる。

 

「おー、戻ったんやな」

 

「お帰りー」

 

「お帰りなさい」

 

アマゾネス姉妹やレフィーヤらもリヴェリアの帰還を歓迎した。

彼らの笑顔を見ると、リヴェリアも顔がほころんでしまう。ここが帰るべき場所なのだと実感する。

 

「ああ、ただいま」

 

言って、リヴェリアも広間の椅子に腰かけた。

すると気を利かせたレフィーヤがお茶を淹れて持ってきた。緑色の透き通ったお茶だ。

 

「お茶をどうぞ」

 

「ありがとう」

 

快く受け取って、一口。

乾いた喉に心地いい。

 

「アイズはどうした?」

 

ベートが問うてきた。

下級冒険者をザコと呼んで憚らないが、強い女性、ひいてはーー本人は隠しているつもりだがーーアイズに気があるらしい。

ここで例の少年を持ち出すと後が面倒なことになりそうなので、リヴェリアは少しぼかして答えた。

 

「少し別用が入った。しばらくしたら戻ってくるさ。それより……少し気になることがあってな」

 

ロキとフィンを見やると、真剣な話であると察したのか、二人は表情を引き締めた。

 

「なんや深刻そうやな」

 

「深刻、かどうかはわからないが……いつだったか、ベートが酒に酔ってヤーナムファミリアの眷属に絡んだことがあっただろう?」

 

「あったあった。派手にぶん殴られたよねー?」

 

「けっ」

 

ニヤニヤとディオナはベートを見やり、ベートは忌々しげに顔をそらす。

 

「さっき、私とアイズがダンジョンから戻る途中、服を着たモンスターのような少年と遭遇した」

 

服を着たモンスター。

その意味不明な存在に、全員が眉をひそめた。

モンスターが服を着るなどありえないことだ。

体毛や、古くなって剥がれた皮膚が布をかぶっているように見えることはあるが、服を着るというのは本来ならばありえない。

 

「その服を着たモンスターのような少年は、私が少し脅したらどこかへと行ってしまった。その後、例のベートを殴った彼と遭ったよ。彼は私に『様子がおかしいやつを見なかったか?』と質問してきた。私が知り合いかと問うたら『それを確かめに行く』と……どう思う?」

 

客観的に、ありのままを話した。

情報に個人的な感想を加えて余計な着色をすると、正確に伝わらないからだ。

フィンは口元を隠すように考えて、呟いた。

 

「……魔石を持たないレアモンスター、か」

 

冒険者達に囁かれている噂はいくつもある。

そのうちの一つが、魔石を持たないレアモンスターがいるというものだ。

モンスターは必ず胸のあたりに魔石を持っているものだが、なぜか体のどこにも魔石を持たない強力なモンスターがいる、と。

だがそれは噂などではなく、確かに実在するのだ。

以前、遠征から帰った帰りに、フィンやベートらはロキファミリアの眷属の死体と、その近くに転がっているモンスターの死骸を見つけている。

そしてそのモンスターにはなぜか魔石が存在せず、灰にもならずに残っていた。おまけにヤーナムファミリアの眷属のようなコートを着ていたのだ。

 

「ヤーナム野郎がモンスターにでも化けちまったんじゃねーの?」

 

ベートは椅子の背もたれに頭を乗せるようにふんぞり返り、冗談とも本気ともつかない口ぶりで言う。

それを聞いたティオネが呆れたように返した。

 

「なに言っちゃってるの。人がモンスターになるなんて聞いたことないわ」

 

「聞いたことがないからありえない、っちゅーのは早計やで。まあ頭の片隅に入れとくくらいはしてもええかもしれへん」

 

とはロキの弁だ。

 

「にしても、食人花に極彩色の魔石、アイズたんを狙う女調教師。そこへさらに魔石を持たないモンスターときたわ。はは、手が足らんな」

 

愉快そうにロキは笑う。

何かはわからないが何かが起きている。その状況が楽しくてたまらないのかもしれない。

 

「けどま、ヤーナムのほうは後回しでええやろ。連中かてウチらに喧嘩売るほど馬鹿やないし、なんかちょっかい出しよるわけでもないし」

 

「神に嘘はつけないんだろ? ロキがヤーナム野郎のところに行って質問したらすぐ終わるじゃねえか」

 

ベートの提案に、ロキは呆れたように顔を振った。

 

「かーまったくわかっとらんなー。これやからベートは」

 

「んだよ」

 

不満顔のベートに言い聞かせるような口調でロキは話した。

 

「ええか? ウチら神は遊びに、もっというとゲームをしに来たんやで? ゲームっちゅーのは……ほれ」

 

ロキは誰かが片付け忘れたであろうトランプを手にとり、それを五枚ずつ自分とベートの方に裏向きで差し出す。

 

「お互いの手札が見えへんからゲームになるんやで? それをやな……」

 

ロキはベートに振られたトランプをひっくり返した。

ハートの5、2。

クラブの10。

ダイヤの8。

スペードの5。

ポーカーのルールで言えば5のワンペアとなる。

 

「こんな風に相手の手札を覗き見してみい、こんなんやれば殴り合いになるやろ」

 

「あー、そりゃそうか」

 

合点がいったようにベートはうなずく。

神がなにを考えているのか手っ取り早く知りたければ、その神が溺愛する眷属のところに赴いてこう問いただすといい。『お前の主神はなにを考えている?』と。

だがそれをやれば間違いなく挑発とみなされ、あらゆるルールを無視した抗争へと発展するだろう。

ロキがオッタルの元に行き、フレイヤの目的を問いたださないのは、つまりはそういう理由である。

さらにわかりやすく例えるならば、『よお、ロキのバストサイズはいくつなんだ?』と、命知らずな男神が笑いながらこう問いかけてきた場合、その男神のファミリアは一晩で灰になるだろう。

 

「じやあさ、ロキが戦いたくないって思うくらいヤーナムファミリアって強いの?」

 

「強いで」

 

ティオナの質問にあっさりとロキは肯定した。

 

「人数こそウチらよりずっと少ない中小ファミリアやけどな、あいつら個人の戦力がハンパないねん。おまけにリンクスがおる」

 

その名前が出てきたとき、彼のことを知るフィンとリヴェリアは渋い顔になった。

 

「彼、か……」

 

「あの子ね……」

 

いまここにいる中でリンクスと面識があるのは主神たるロキと、初期の眷属であるフィンとリヴェリアだけだ。

ここにはいないが、アイズもおそらく覚えているだろう。

 

「リンクス……どっかで聞いたような気がするな……」

 

「まあ見聞きしたことくらいはあるやろ」

 

ロキの言葉を引き継ぐように、フィンが説明した。

 

「……カラード・リンクス。元はロキファミリアの眷属だった子だよ」

 

ティオネが思い出したのか、「あ」と声を出した。

 

「たしかレベル6の上級冒険者だっけ? 二つ名は……ぷ、ぷろゔぃ……」

 

考え込んだため、リヴェリアが答えを返してやる。

 

「『秩序破壊者(プロヴィデンスブレイカー)』」

 

秩序を破壊する者。

思えばこれほどまでにリンクスを表現している二つ名もあるまい。

その二つ名と名前をどこで見聞きしたのか思い出したのだろう、ベートは眉をひそめた。

 

「そりゃたしかギルドのブラックリストに載ってなかったか?」

 

「載っとるで。ほんでどこから聞きつけたか知らんけどな、ヤーナムファミリアのモンがリンクスを勧誘して、あのアホはその誘いに乗ったんや。ウチはこれ幸いと改宗を認めてやったわ」

 

ロキの態度が如実に語っている。

ファミリアのお荷物がいなくなってせいせいした、と。

 

「けどな、リンクスはブラックリスト入りなんざ屁とも思ってへん。ヤーナムに入った後は『闇派閥』の連中となんや悪さしとったっちゅー噂や。おまけにアストレア潰しに関わってるだのいないだの……とにかく黒い噂が絶えん奴やで」

 

証拠があるわけでもないが、経歴を見るだけでも末恐ろしい。

リヴェリアは軽い頭痛に襲われてため息を一つ吐く。

 

「改めて整理するとめちゃくちゃだな……しかもそれがアイズのたった二歳上というのがまた……」

 

「ちょっと待て。闇派閥と付き合いがあってブラックリスト入りしてるのが堂々と冒険者やってんのか?」

 

信じられないというようにベートが眉をひそめ、ロキは天井を見上げる。

 

「しゃーないやろ、あいつ冗談抜きで強いねん。自分の眷属を危険にさらすくらいならほっとくほうがマシってみんな考えとる。ウチだってそうや。そらヤーナムとかち合えば間違いなくウチらが勝つけどな、そんときはかなり弱体化するで? そこをほかのファミリアが手を組んで潰しに来てみい、このファミリアはお終いや」

 

ファミリア同士が手を組んで別のファミリアを攻撃する。

それは別に珍しいことではない。ロキとてかつては弱体化したゼウスファミリアを、フレイヤと手を組んでオラリオから追放した過去があるのだ。

もしもロキファミリアが弱体化したら、そのときはオラリオ最強の座を奪うべく他の神々が動き出すだろう。いわゆる漁夫の利というやつだ。

中にはアイズを自分のファミリアに引き入れてしまおうと考える男神がいてもおかしくない。

眷属を使った勝負はチェスのようにはいかないものだ。

相手のキングを取るためにナイトやクイーンを捨てるなどできるはずがない。駒を失った状態で次の勝負をしなくてはならないのだから。

 

「具体的にどんな人だったんですか?」

 

レフィーヤが問い、フィンが答える。

 

「昔……ショゴスファミリアがあったんだ」

 

「はぁ……?」

 

あった。

あったのだ。昔は。

 

「そのファミリアはレベル2が一人と、レベル1が四人だけっていう探索系の零細ファミリアでね……だからリンクスが目をつけたんだ」

 

「目をつけた?」

 

「彼はショゴスファミリアの本拠に押し入って、そして全員を殺した」

 

その言葉に、レフィーヤだけでなくティオネとティオナも息を呑み、ベートは顔をしかめる。

 

「ギルドからの報せを聞いて駆けつけたのは、リヴェリアとロキだったろう?」

 

フィンがリヴェリアへと視線を送り、リヴェリアはあの日を語る。

あの日、ショゴスファミリア本拠に光の柱が立ったのだ。神が強制送還される際に発生する柱。

まずはギルドの職員が様子を伺いに行き、そしてここへ慌てふためいた様子で飛びこんできた。

フィンは別件でその場にはおらず、副団長であるリヴェリアと主神のロキが駆けつけた。

 

「ショゴスファミリア本拠の、玄関の広間に五人の冒険者が倒れていて、みんな死んでいた。その本拠の一番奥にリンクスがいたわ。返り血と、怪我を治すためのハイポーションで全身を濡らして……あれは忘れられない」

 

何よりも忘れられないのはリンクスの顔だ。

あの、成し遂げたようにコロコロと笑う、年相応の屈託のない笑顔。

顔を赤い斑模様に染めて、身体中に切り傷を作って、ハイポーションの空瓶を散乱させて、悪びれもしない顔でリンクスは言ってのけた。

 

「リンクスは駆けつけた私にこう言ったわ。『ねえリヴェリア、レベル2を殺したんだからレベル2になれるよね?』って」

 

ランクアップするには偉業を成し遂げればいい。だがそれが何を意味するのか具体的なものはわからない。

だからリンクスはレベル2の冒険者を殺すという手段を選んだのだ。

 

「それをやったのが、リンクスが九歳のときよ」

 

そして九歳にしてブラックリストに載り、同時にランクアップを遂げた。

その時の二つ名は『格上殺し(ジャイアントキリング)』である。

 

「あれはもうウチの手に負えへん。ヤーナムファミリアへの改宗話が無ければ追放しとったで」

 

言い終わる頃には重たい空気に満たされていた。

九歳にして殺しを覚えた少年が、その後どんな成長を遂げるかは想像に難くない。

 

「ともかくあそこに手ぇ出すんは禁止や。ヤーナムファミリアを追放しようと働きかけとったギルドの職員が、なぜか家族連れで無理心中したとか、ヤーナムを詮索しとった男が自分の主神もわからんくらい錯乱した状態で見つかったとか、目も当てられんくらいひどい死に方したやつがおるとか、色々とあんねん」

 

ふと、ティオネが疑問に思った。

 

「そこまで事情を知ってるってことは、ロキも少しは調べてたってこと?」

 

「せや。なんせヤーナムの主神がどんなやつか、ウチら神でも知っとるやつがおらへん。いっつも代理人の喋る人形を寄越して自分は姿を見せへんねん。興味も湧くわ」

 

もしもオラリオ七不思議があるとしたら、その内の一つが『ヤーナムの主神を探る者は謎の死を遂げる』というものになるだろう。

 

「でな、ヤーナムの主神がどんなやつか、特にカインファミリアっちゅーのが熱心に調べとったんやけど……」

 

一呼吸置いた。

それがなにを意味するのか、もはや全員が理解していた。

 

「……ウチがファミリアを立ち上げてまだ間もないころや……ヤーナムファミリアの連中が、そのカインの城を襲撃したんや。城の中はもうひどいもんやったらしいで? 文字通り、一人残さず皆殺しなんやと。おまけに団長の死体を、まるで見せしめみたいに飾っとったわ。さすがのウチも胸糞悪くなったで」

 

リヴェリアもその光景は覚えている。

ある冬の朝、雪によって白く染められた城の庭先には、率先して逃げようとした女性や子供の死体がいくつも転がっていた。

背後から矢で射抜かれたもの。

抱きかかえる子供ごと上下に分割されたもの。

穿たれた胴体。

失った手足。

転がる頭部ーー。

それらを見て、当時の駆け出しだったリヴェリアは恐怖したものだ。

城の窓という窓は内側から破られており、血で染まった窓縁から上半身をだらりと投げ出す男の姿や、力なく垂れ下がる腕などがそこかしこに見て取れた。

城の正面バルコニーには椅子が置かれており、女団長が苦悶の表情を浮かべて息絶えていた。

革ベルトによって椅子にがんじがらめに縛り付けられており、首から下は肉という肉がすり潰されて粘膜の内をすべてさらけ出していた。

恐らくは生きたまま、死ぬまで鈍器で殴り続けたのだ。

潰して、潰して、潰して、潰して、潰して……全身の血管がぶつ切りになり、内出血によって皮膚が腫れあがり、やがては皮膚が破れ、血が吹き出し、骨を折り、砕き、筋肉が引きちぎれ、内臓を外側へと曝け出す。

そんな無残な死体となった女団長の目は限界まで開き、口は歯が割れるほどきつく食いしばっていた。

この世に存在するすべての拷問を受けたらあのような顔になるのかもしれない。

城の玄関から中に入ったギルドの職員が、すぐさま戻ってきてゲーゲーと嘔吐していた。内部がどうなっているかは想像にかたくなかった。

その後、城は売りに出されたが、当然ながら買い手はつかず、やがては解体された。

都市計画により跡地は住宅地へと姿を変えたが、その付近では女のすすり泣く声がどこからともなく聞こえてくるのだという。

皆一様に顔をうつむいて言葉を発さず、レフィーヤにいたっては顔色を青ざめていた。

その重たい空気を一転させようと、ロキはパン! と手を叩く。

 

「さ! この話はこれで終いや! 今日はもうお開き! レフィーヤ、一人で寝るの怖なったらウチが添い寝したるで? ウヘヘヘヘ」

 

ロキは鼻の下を伸ばしてワキワキと両手の指を動かす。どこの変態おじさんだ。

レフィーヤは顔を赤くして自分の体を抱きしめた。

 

「け、結構です!」

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

根拠のない迷信というのは数多い。

その中でもよくある迷信といえばやはり『誰かが自分の噂をするとくしゃみをする』というものだろうか。

いつから言われるようになったのかわからないが、ともかく確かめようもない迷信である。

噂とは自分のいないところで囁かれるものだから。

 

「っくし!」

 

なので彼がくしゃみをしたとしても、それが自分の噂話が原因であるのか、鼻腔に極小の異物が入り込んだことによる免疫反応によるものかは区別のしようもない。

彼は首を傾げながら、唾でぬれた口元を裾で拭った。

 

「かぜひいてる場合じゃねえぞ」

 

ざらつき、かすれた声の持ち主……グリッグスが笑いながら軽口を叩いた。

そのグリッグスは正面から飛びかかってきたバグベアの懐に飛び込み、伸ばした “長柄斧” でバグベアの頭から股下まで両断。

二足歩行の大熊のようなモンスターは左右に分割され、臓腑を撒き散らして倒れた。

 

「わかってるよ」

 

彼は振り返りざまの一閃を放つ。

見なくとも足音や呼吸する位置などから、その大きさや距離は推し量れるものだ。

彼を背後から丸太で潰そうとしていたのはトロールだった。

トロールは胸を切り裂かれて仰向けに倒れる。

彼が手にするのは “千影” という太刀だ。極東の島国が発祥の地とされる片刃の剣。

刀身そのものは『不壊属性』を持つ超一級品の代物だが、なにか仕掛けがあるわけでもない。

しかし鞘にはアーセナルが設計・開発した機能が備わっており、木に絡みつく蔓のように、黒い金属の部品が張り巡らされている。

鞘口にはちょっとした装置が取り付けてあり、鞘そのものが一つの機械のようにも見える。

彼は “千影” を鞘に納めると、面倒臭そうに呟いた。

 

「……なんか多くね?」

 

彼らがいるのは『大樹の迷宮』と呼ばれる階層だった。

地下であるにも関わらず木々が生い茂っており、発光する苔のおかげで常に一定の光量が保たれた階層。

彼らはひとまず地上へ帰還の道を歩いていたのだが……突如として大量発生したモンスターに襲撃されていた。

そこかしこからバグベアだのガン・リベルラだのバトルボアだのエリンギオヤジだのなんだの……とにかく数が多い。

森の中をひしめくアリのように、モンスターがぞろぞろと大群をなして四方から迫り来る。

だが……狩人たちは焦らない。むしろ混戦は狩人の得意分野だ。

陣形など最初から存在せず、連携もなにもあったものではないが、個々それぞれが勝手に動き回りモンスターを駆逐する。

 

「……面倒なんだよな……一匹ずつプチプチ潰すのって」

 

彼は誰にともなくぼやくと、濡れたカラスのような頭髪の中からのぞかせる、三角形の獣耳。

ズボンには尾を通すための専用の穴が開けてあり、そこから伸びるしなやかな黒い尻尾は、先端だけが白く、思わずつまみたくなる。

 

ーー右後ろに四、左から二、右から四、前方から八ーー

 

両目と耳と尻尾がそれらの情報を伝えてきた。

彼は左腰に提げた鞘口を持ち、右手は “千影” の柄を持つ。そして右脚を前に曲げ、左脚を伸ばす……居合斬りの構え。

 

『ヴアアアァァァァァアアア!』

 

多方からモンスターが襲い来る。

押し倒してハラワタを引き裂いて内臓を引きずり出して、血の滴る生肉でお腹をいっぱいに満たしてしまおうとでも言うのだろう。

しかし彼の実力を前に、モンスターの数の優勢は通用しない。

 

抜刀。

 

その場で一回転する神速の居合斬り。

普通の冒険者ではそもそも目視不可能、氷のように冷たい一筋の光が閃いたようにしか見えない。

彼の周辺に群がっていたモンスターは二歩、三歩と前進して……胴体がズルリと滑り落ちた。

明らかに “千影” よりも離れたモンスターさえもだ。

斬撃を飛ばした(・・・・・・・)などと説明したとして、それを信じられる冒険者がはたして何人いるだろうか。

魔法でもスキルでもない単純な斬撃だが、『剣姫』と同様に、極めるとこのような芸当もできるようになる。

 

「……にしてもだるいな……」

 

納刀する彼の名前はカラード・リンクス。

猫人の十八歳。レベル6。

二つ名。『秩序破壊者(プロヴィデンスブレイカー)

狩人でありながらコートも帽子も着用しておらず、ただ黒地に白のラインが入った服と、小物入れと帯刀するためのベルトを身につけるのみ。

中性的な顔立ちをしており、三年ほど前までなら少女といっても通用したような、そんな顔立ち。

ギルドのブラックリストに名前が連なっているため、本来ならばダンジョンに立ち入ることはできない。

しかしあいにくと現在のオラリオには法の執行機関は存在せず、レベル6の罪人がいたとて裁くことも拘束することもできないのが実情である

そういう理由もあって、リンクスは平然とダンジョンへと足を踏み入れていた。

 

「りーくん、手えうごかしてよ」

 

間延びするような少女の声がリンクスの耳に届いた。

そちらを見ると、カマキリのようなモンスターの頭を “爆発金槌” で叩き潰す少女がいた。

いや幼女といっても差し支えないかもしれない。身長はリンクスよりずっと低く、幼い顔立ちは笑っている。

藍色の髪の毛はボブカットに切りそろえ、着ている服はえんじ色のゴシックドレス。

ダンジョンなどよりも舞踏会にでも行くかのような服装だが、戦う少女の動きには全くの無駄がない。

少女は自分の身長とさほど変わらない長さの鈍器を軽々とかち上げ、バトルボアの顎を粉砕。そのまま振り抜く。

バトルボアは頸椎をも砕かれて即死。

その後ろから現れたのはゴートスカルだ。

山羊の頭蓋骨をかぶったような人型モンスターで、体長は二Mほどある。両手には金属板に取っ手をつけただけのような無骨な大鉈を所持。

ゴートスカルは両手に握る大鉈を振り上げて、少女へと飛びかかった。

 

「やん」

 

少女はおどけるような声を出すと、バックステップでこれを回避。

当たれば少女は叩き潰されて愛らしい顔が滅茶苦茶に破損していただろうが、空振りした大鉈は地面にめり込む。

すると少女は “爆発金槌” の撃鉄を踏みつけて起こすと、魔石弾倉(マガジン)から魔石が一つ、薬室内に転がりこんだ。

ゴートスカルが大鉈を持ち上げた時には、少女は両手に持つ “爆発金槌” を大きく振りかぶってゴートスカルの足元へ飛び込み、胸部をめがけて “爆発金槌” を振った。

 

「どっかーん!」

 

瞬間、 “爆発金槌” の内部、薬室に装填された魔石を、撃鉄が叩いて粉砕。

 

轟!

 

けたたましい爆音と赤い炎。

爆発による熱波と衝撃がゴートスカルの胸部に一点集中。

血肉を撒き散らすように吹き飛ばした。

ゴートスカルは大鉈を手放して地面を三度四度と転がって、絶命。

少女の持つ “爆発金槌” から黒煙が吹き出す。

 

「りーくん見てたー?」

 

褒めて欲しそうにリンクスへと向きなおり、無邪気に笑う少女の名前はセレン・ヘイズ。

ヒューマンで言えば十歳くらいの幼女にしか見えないのだが……彼女は小人族の十五歳。

身体的な発育の遅れにかんしては触れるべきではない。

さらに言えばレベル4の上級冒険者であり、この『大樹の迷宮』において足を引っ張るような真似はしない。

 

「んー」

 

リンクスは興味もなく、迫り来るトロールの喉を “千影” で貫き、刃を捻って上へと切り上げ、オークの頭を左右に割った。

 

「見てないじゃん……」

 

年甲斐もなく頰を膨らませて見せるセレンを無視して、リンクスは退屈な作業をこなすようにモンスターを斬り捨てる。

 

『アオオオォォォン!』

 

唐突に、巨大な咆哮が響き渡った。

まるで遠吠えのような雄叫び。

 

「ん?」

 

「なんかくるねー」

 

リンクスは目の前にいるエリンギオヤジを袈裟斬りに両断して遠吠えの方向を見やる。

段差のような高台の上に、キラキラと体を光らせる灰色の巨大狼がいた。

巨大狼はこちらを見つめて、高台から飛び降りて走ってきた。

その巨大狼は両目が赤く光り輝き、赤い曳光となって尾を引いている。

あれは『大樹の迷宮』の階層主よりも強いとされるレアモンスターだ。

上級冒険者でさえも撤退や全滅を余儀なくされる存在。

フロストウールヴ。

バグベアやトロールを踏み潰しながらこちらに駆けてくるといえば、それがどれほど巨大な狼なのか想像がつくだろう。

 

「わー、りーくんどうしよ?」

 

相変わらず間延びした緊張感のない声でセレンが言うと、リンクスはこちらに駆けてくるウールヴに向き直った。

 

「俺がやる」

 

言うや否や腰を低くして、速攻魔法を詠唱。

 

「<加速(クイック)>」

 

地面を蹴った。

速い。

この速攻魔法は大きく踏み込むような跳躍(ステップ)を大幅に高速化させる。

短時間しか効果が持続しないが、跳躍(ステップ)を繰り返せば目にも止まらない超速移動となる。

リンクスの移動により突風が吹いて、セレンのスカートがなびいた。

 

「あー、まってー」

 

“爆発金槌” を両手に持ち、タッタッタッと軽快な足取りでセレンは追った。

だがリンクスは黒い影となって一直線にウールヴへと突き進み、道中のモンスターを切り飛ばして砂煙のように血潮が上がる。

リンクスとウールヴの距離が瞬く間に縮む。

ウールヴの赤い双眸はリンクスの姿をとらえており、最優先で殺す獲物として認識した。

 

『ギャルルルゥ』

 

ウールヴは唸り声を上げて姿勢を低くすると、後ろ脚に力をこめ、衝撃波をまとうような突進。

見上げるような巨大な闘牛がハヤブサと同じ速度で猛進してくると言えば、リンクスの置かれた状況が理解しやすいだろうか。

ウールヴは邪魔な木々は軽々と粉砕し、バグベアやバトルボアなどは木の葉のように空中へ弾き飛ばす。

あれが冒険者なら良くて即死か、悪ければ全身骨折からの中型モンスターによる嬲り殺しという連携(コンボ)を受けるはめになる。

 

「……」

 

だがリンクスは……あろうことか立ち止まった。

避けようとない。動かない。

先ほどと同じく右足を前に出し、居合い斬りの構え。

あれを迎え撃とうというのだ。

 

「<加速(クイック)>」

 

ウールヴがリンクスをはね飛ばす直前に速攻魔法。

右へ身をかわし、まずはその前足を切断しようと抜刀。

しかし……刃が通らない。

その一瞬の間にリンクスは見た。

ウールヴの正面側、灰色の体毛にキラキラと光る氷の粒ができているのだ。

その氷が刃を挟むように受け止めて、弾かれた。

冷たい衝撃波が吹き荒れてリンクスを襲う。

 

「寒っ」

 

冷気の衝撃波を逃れるため背後へ跳躍し、これを逃れた。

フロストウールヴはその名の通り冷気を身にまとっている。

この冷気が『大樹の迷宮』における湿気を凍らせ、毛皮の表面に粒のような氷の膜を作っている。

キラキラと輝いて見えるのはその氷の粒だ。

おまけに突進時には、放射冷却によって、ウールヴの正面に氷が大量に生成。さながら氷の鎧のようにウールヴの身を守っている。

体毛そのものも頑丈だ。長い硬毛は刃を阻み、その下にある軟毛は緩衝材となって打撃を遮る。

体当たりを避けられたウールヴはその勢いのままリンクスの後方へ過ぎ去り、そして左前足を地面につけて制動をかける。

ガリガリと地面を滑るように速度を落とし、リンクスへ向き直った。

直後に突進。

ウールヴの戦法は一撃離脱(ヒットアンドアウェイ)だ。

リンクスの加速の方がずっと早いが、ウールヴの体当たりしながらの移動距離がはるかに長い。

追いつけない。

 

「……どうすっかな」

 

独り言を呟き、二度目の突進を今度は余裕をもって回避。

だが冷たい暴風にさらされて軽く身震いする。寒いのは苦手だ。

ウールヴは再び地面を横滑りしながらリンクスへと向き直った。

リンクスは納刀し、 “千影” の鞘口の取り付けてある装置の蓋を外した。

蓋の下から出てきたのはノコギリのような刃物だ。自傷するための部位だ。

リンクスはその刃物に、迷わず左の親指の付け根を押し当てて、引いた。

大きなギザ刃はズグリと皮膚を引き裂き、出血させる。

スキルの痛覚抑制(ペインキラー)がなければ……いやあったとしても普通はやろうと思わないだろう。

リンクスの流れ出た血液は装置の中へと入っていき、魔石の力で劇毒へと汚染される。

これがアーセナルの考え出した “仕掛け” だ。

使用者の血液を劇毒へと汚染し、武器に塗りつける。

オラリオの地下にある、魔石を利用した浄水施設の仕組みを反転させたものだと思うといい。

その劇毒は鞘に絡みつく金属の内側を通って “千影” の刀身にべっとりと濡らしていく。

発展アビリティの対異常を軽々と貫通する劇毒で、モンスターとて体内に入れば即座に状態異常が起きる。

ウールヴが吠える。

三度めの突進。

 

「<加速(クイック)>」

 

リンクスはウールヴの顔を狙って跳ぶ。

気づいたのだ。

フロストウールヴは毛皮と氷の鎧で全身が守られているが、視界を確保するために眼球だけは氷をまとっていない。

 

抜刀。

 

ウールヴの氷のように冷たい一閃と、この世の不浄を全て煮詰めて凝縮したような穢れた毒。

それがウールヴの両眼を引き裂き、劇毒が汚染する。

 

『ギャイン!?』

 

突如として視界を奪われたウールヴは着地を誤り、木々をなぎ倒して地面に激突。

頭をあげて何度となく顔を振り回して劇毒を振り払おうとするが、そんなことでどうにかなるほど簡単な毒ではない。

見てわかるほどにのたうち、苦しんでいる。

レベル6の剣閃を弾くほど体毛を補強していた氷の鎧は、あくまでも突進するウールヴの正面方向にしか展開されていない。

背後からならバターのように切れる。

それがこの短時間で導き出したリンクスの答えだった。

リンクスは着地と同時に、立ち上がろうとするウールヴへと走る。

両手で “千影” を握りしめた。

好機を逃すつもりはない。

ウールヴの背後から接近して股下を駆け抜ける。

まずは後ろ両脚を横薙ぎに切断。

下腹部を縦に切開。

肋骨の隙間から心臓を破壊。

左前脚を切断。

返す刃で右前脚を切断。

最後に斬首。

ウールヴに潰されないようにくぐり抜けて、納刀。

 

キン

 

“千影” が鞘に納まったとき、まるで斬られたことを思い出したかのようにウールヴの四肢と首筋、下腹部に亀裂が入った。

ウールヴは悲鳴もうめき声も上げることはなく、胴体と手足、それに頭部が分離、臓腑がこぼれ落ちて絶命。

 

「……ふう」

 

軽く一息をつくと、小走りのセレンがやってきた。

 

「あー! もう倒してる。いっしょにやろうって思ったのに」

 

頰を膨らませるセレンだが、本当に十五歳なのだろうかとリンクスは疑問に思うだけだった。

とりあえずリンクスは小物入れからハイポーションを取り出して、自傷した左手に振りかける。

傷口はすぐに消えて、血は止まった。

空瓶はそこらに捨てる。

ふと、セレンはウールヴの死骸へと歩みより、振り向いた。

 

「このもふもふ、もらっていい?」

 

ドロップアイテムとして毛皮が残ったら、それが欲しいようだ。

残るかどうかは運次第であるが、リンクスには必要のないものだ。

 

「好きにしたら?」

 

言って、小物入れから採取用ナイフを取り出し、抜き身のままセレンに放る。

 

「やった」

 

セレンは抜き身のナイフの柄を気軽にキャッチした。

一つ間違えばセレンの指が落ちていたかもしれないが、そんな間抜けではないことくらいリンクスは承知している。

嬉々とした表情でセレンはウールヴの胸から魔石を抉って取り出すと、死骸が灰になって崩れていく。

その様子をセレンは食い入るように見つめていた。

 

「おねがいのこってぇ……もふもふ〜もふもふ〜、しろいもふもふううううう」

 

果たしてその変な呪文が効いたのだろうか……フロストウールヴの胸元から背中にかけて、広範囲の毛皮が残った。

動物の毛皮と違って、モンスターのドロップアイテムで残った毛皮というのは、そのまま衣服に加工できるような状態になっている。わざわざ鞣したり血抜きをする必要がない。

 

「やった!」

 

毛皮を灰の中から引っ張り出すと、ついた灰を払うように上下にばっさばっさと振る。

そして緩みきった顔で頬ずりしまくった。

 

「りーくん、プレゼントありがと〜」

 

「別に。いらないだけ」

 

「それでも大事にするねー」

 

嬉しそうにしているところ残念だが、大量発生したモンスターがまたやってきた。

とりあえずこれを片付けてから戻るとしよう。

 

 

 

 

一八階層。安全地帯。

 

リンクスがここへ戻ってくるのはおよそ一週間ぶりだ。

目標などなく行けるところまで行こうとした結果、限界は四五階層だった。

モンスターの強さに耐えられなくなったというより、帰りの食糧が尽きてしまうことを懸念してのことである。

ついてこられなくなった狩人は途中で引き返すことを余儀なくされ、結果としてサポーター役の人間がいなくなり、物資が底をついてしまう。

やはり五十階層を本気で目指すのならば、スレイ派と手を組むか別のファミリアと手を組むしかない。

 

ひとまずは川の上流で一週間分の体の汚れを落としたリンクスは、一足先にリヴィラの街へと向かっていた。

普段から入浴時間が短く、『カラスの行水』とか『猫は水が嫌いだもんな』とか言われたものだ。

言った相手にはもれなく青タンを作ってやったが、それはどうでもいい。

少ない女性狩人は、一人を除いて久々の沐浴を楽しんでいることだろう。

天井を覆うクリスタルの空は光を放ち始めており、地上では朝を迎えたころだろう。

 

「ねむぅ……」

 

で、沐浴を楽しんでいないその一人、リンクスの隣を歩くセレンは大きな欠伸をもらす。

『大樹の迷宮』にて大量発生したモンスターを蹴散らしてから半日近く。

小休憩を挟んだ以外はずっと移動し続けていたのだ。眠くもなるだろう。

左手で目をこすり、右手はズルズルと “爆発金槌” を引きずる。

幼女にしか見えないセレンと、見るからに重そうな鈍器という組み合わせはなかなかどうしてシュールである。

その小さな背中には、巻いて紐で縛ったフロストウールヴの毛皮を背負っていた。

 

「りーくん眠くない?」

 

「別に」

 

本当は少し寝たいのが本音だが、そういうとセレンが一緒に寝ようと言い出すのだ。

そして嫌だと言ってもぴったりくっついてきて、そのうち睡魔に負けてしまう。

そうすると二人で添い寝をすることになる。

それのなにが不満かというと、いつの間にやらセレンはリンクスの尻尾を握りしめていることだ。

そのせいでフサフサの尻尾が変な形に型がついてしまい、ボサボサによれて見るも無残な状態になってしまう。

自慢の尻尾を台無しにしたのがセレンでなければ、間違いなくその場で斬っていた。

 

「よふかしは体にわるいよ……いっしょにねよ?」

 

大きな両目を半分閉じて、リンクスの服をくいと引っ張った。

見た目通りのヒューマンの無力な十歳であれば、誰しもが保護欲にかきたてられる可憐な少女なのだろう。

しかし可憐な少女は身の丈ほどはある鈍器を振り回したり、笑顔でモンスターの頭蓋を粉砕したりしない。

 

「一人で寝ろ」

 

「えー?」

 

文句を垂れるセレンを無視して、リンクスは食事処を兼ねた宿屋に入った。

ここが合流場所だ。

一八階層で採れるナップルという果物を使った酒などを提供している。

一歩中に足を入れると、立ち込める煙草の臭いが鼻についた。いかにも場末の酒場といった場所である。

いくつもの丸テーブルには冒険者が座っているのだが……妙に怪我人が多い。

どこかしら負傷していて包帯を巻いており、中には腕や足など体の一部が欠損しているものもいた。

セレンは気にするでもなく空いている壁際のテーブルへ小走りで向かった。

フロストウールヴの毛皮の紐をほどくと、どよめきが広がった。

どうやらウールヴを目撃した冒険者が多いらしい。

 

「おいあの毛皮」

 

「フロストウールヴ!?」

 

「マジかよ」

 

セレンはそんな声など無視して長椅子に毛皮を敷くと、「よいしょ」とその上に座る。足が床から浮いているのはご愛嬌だろう。

 

「こっちこっち」

 

と、自分の隣をポンポンと叩いた。ここに座れという意味らしい。

 

「あいつカラード・リンクスだ」

 

「ブラックリストの……」

 

「リンクスならフロストウールヴくらいやれるだろうさ」

 

「あの小人族は誰だ?」

 

「仲間だろ」

 

そんなささやき声は有名税だと思って無視することにして、とりあえずセレンの正面に座り、 “千影” をいつでも抜けるように膝の上に置く。

 

「ちょっとりーくん」

 

「俺の膝を枕代わりにする気だろ? やだよそんなの」

 

「けちぃ」

 

呻いて、テーブルに自分で腕枕を作って突っ伏した。

 

「いいから寝ろ」

 

「ぶー」

 

セレンは唸り、リンクスはヒューマンの男性店主に向かって注文を出した。

店主も冒険者だろう。そうでなければここに来られるはずがないし、目つきや体つきは冒険者のそれだ。

 

「とりあえずミルク」

 

言うと、店主は少し不快そうな顔になる。

しかしリンクスの悪名を知っているせいか、大人しくグラスにミルクを注いで持ってきた。

 

「四千ヴァリスだよ」

 

ぼったくりも甚だしいが、リヴィラの街ではこれが普通だ。

リンクスは大人しく荷物入れに手を突っ込み、ヴァリスの代わりに魔石を一掴み取り出した。

ここでは魔石も貨幣として使える。

店主はひとしきり魔石を見つめて、妥協したように自分のポケットに突っ込む。

 

「俺が作ったナップル酒はどうだ? ミルクと混ぜると美味いぞ?」

 

ナップル酒はこの店でしか提供していない。おそらくこの店主自慢の酒なのだろう。

もっとも、ナップル酒よりも地上から取り寄せるミルクの方が高かったりするが、サポーターや冒険者による運搬費用を考えるとやむを得ないかもしれない。

 

「下戸なんだよ、俺」

 

言って、ミルクを飲んだ。

一週間ぶりだけあって美味しい。尻尾を高くして『うにうに』させる。

狩人が普通の酒を飲めば、美味しいのは美味しいかもしれないが、その後に胸焼けや頭痛などの船酔いのような不快感に見舞われる。

それを考えるとやはり普通の酒は飲みたくない。

血酒でなくてはだめだ。

 

「……意外すぎるぞ」

 

店主は呆れ顔になってから、上機嫌に尻尾をくねらせるリンクスを見て苦笑する。

セレンは腕枕をして静かに寝息を立てており、しばらくは起きそうにない。

リンクスは暇つぶしにきいてみた。

 

「怪我人が多いけど、なんかあったの?」

 

店主の表情が曇り、リンクスの隣に座った。

 

「……あんた、二四階層を通ったかい?」

 

「通った」

 

「ならモンスターがやけに多かったのは知ってるだろう? 少し前から大発生してね、ここにいるのは命からがら逃げてきた連中だよ。仲間を亡くした奴も多い」

 

「ふーん」

 

怪我人がそろいもそろって呑んだくれているのはそういう理由かと、リンクスは合点がいった。

なんにせよリンクスには関係のないことだ。

 

「ところであんた……フロストウールヴをやったのか?」

 

店主がセレンの尻に敷かれた毛皮を見やり、リンクスは首肯した。

 

「ん、それがどうかした?」

 

再びざわつく。

 

「ウールヴをやった?」

 

「あの突進をどうやって?」

 

「レベル6なんだから当たり前だろ」

 

「くそ……なんでもないことみたいに言いやがって……」

 

 

ガン!

 

 

それらのざわつきを黙らせるように、リンクスの背後でグラスがテーブルに叩きつけられ、大きな音を立てる。

鼓膜を突かれるような音にリンクスの耳がピクリと動いた。

 

「 “それがどうかした” だと?」

 

見ると、顔を酒で赤くした男がリンクスを睨んでいた。

顔の右半分を覆うように包帯を巻いており、右眼があったであろう場所は赤く血が滲んでいる。

それに右の手首から先も失われており、顔と同じように包帯とガーゼで止血していた。

冒険者稼業はまだ続けられるだろうが、もう高望みができる体ではない。

革鎧やズボンなど、あらゆる装備を黄色の染料で染め抜いた黄色の男だった。

その男は、やはり装備を黄色に染めた二人の仲間の制止を無視するように立ち上がり、恨むように声を絞り出した。

 

「あのクソッタレ狼を殺して、それがどうかしただと? お前にとっちゃそんな程度の奴だったのかよ?」

 

黄色の男はふらふらとした足取りで近づいてきて、店主は面倒はごめんだとばかりに席を離れていった。

黄色の男はいまにも泣き出しそうな声で恨み言を口にして、リンクスはジト目を向けてミルクをちびちび飲む。

 

「じゃあ、じゃあ俺はなんだ? そのフロストウールヴにこんな体にされて、あ、あいつのせいで仲間はほとんどやられちまった。これじゃあ俺たちバカみたいじゃねえかよ! ええ!?」

 

「……じっさいバカじゃん」

 

容赦のない一言が男を黙らせ、男に同調しようとしていた者たちはそろって口をつぐむ。

 

「弱くて頭が悪いなら死んで当然だろ? いまさら何いってんの?」

 

嘲るでも怒鳴るでもなく、その口調は当たり前のことを話すように平坦なものだった。

そこには侮蔑も嘲笑も、ましてや温情もない、冷酷な事実のみ。

男の表情は怒りとも悲しみともつかない形へ歪む。

ギリと歯を軋ませて、口角から泡を吹くように吠えた。

同時に残っている左手で拳をつくり大きく振りかぶって殴りかかる。

 

「ふざーー」

 

リンクスが立ち上がると同時に黄色の男の言葉はプツリと途切れた。

果たしていつの間に抜いたのか……リンクスの右手には抜き身の “千影” が握られており、切っ先から血が滴る。

そして左手の鞘で男の胸を軽く突いた。

男の顔は泣くような憤怒の表情を浮かべたまま、氷のように固まっている。

 

「うるさいな、セレンが起きるだろ」

 

そう言うとリンクスは、面倒臭そうに鞘で男を押し返した。

黄色の男はそのまま床へ仰向けに倒れた。かと思うと、左頭頂部から右顎にかけて、頭が割れた。

極東の島国にある食べ物で例えるならば……脳がうどん玉のように零れ落ちる。

転げ落ちた顔の左半分は、虚ろな瞳で天井を睨んでいた。

 

「おわっ!?」

 

他の客や店主が一斉に後ずさりして、リンクス達のすぐ隣のテーブルにいた客達は転がり落ちるように遠ざかる。

それでも宿屋から出て行こうとしないのは、背中を向けた瞬間に斬り殺されるのではないかという恐怖心によるものだろう。

リンクスは無言のまま周囲を一瞥しすると、 “千影” を振って血を払い落とし、鞘に納めた。

 

「りーくーん……」

 

リンクスの背後から、あまりにも場違いな少女の寝言。

リンクスはジト目でセレンを見やってから、改めて周囲に目配せする。

冒険者の客たちは、次にどうしたらいいのかわかっていないようだった。

 

「……とりあえず出て行けよ。そろそろ仲間が来るから」

 

目的を与えられた客たちはいっせいに店を出て行き、残ったのは店主と死体だけとなる。

料金は最初に払うらしく、飲み逃げというわけではないだろう。

 

「あのさ」

 

「ひっ!?」

 

ピクリと店主は身をすくませてカウンターの下に体を隠し、ゆっくりと頭をのぞかせる。

 

「これ、片付けといて」

 

つま先で死体を小突き、椅子に座って残ったミルクを飲み干した。

店主はいまにも吐きそうな顔色をしながら死体を外へと引きずって行き……戻ってきて、残りの顔半分を持ち上げる。

残りの脳みそがこぼれて、眼球と繋がっている視神経によってぷらーんとぶら下がった。

 

「うぐっ!?」

 

店主は外へ飛び出すと同時に盛大に吐いた。

店の中をこれ以上は汚すまいというせめてもの意地だろう。

どうせ吐くなら聞こえないくらい遠くでやればいいのにと、リンクスは心の中でぼやくのだった。

 

「えへ、へ……」

 

寝たままセレン笑う。

いったいどんな幸せな夢を見ているのか、にへら、と顔が笑っていた。

確かに可愛いだろう。

頭を撫でたりほっぺたを突ついてみたくなるくらいの愛らしさがある。

これで二つ名が『撲殺天使(ビートダウン)』なのだから世の中わからないものだ。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

儲けの本質とは需要と供給であるとパッチは考えている。

欲しいと思う人間に対して商品が大量にあると、商品の価格を下げなくては売れることはない。

逆に欲しいと思う人間対して商品が圧倒的に少ない場合、商品の値段をいくら高く設定しても売れていく。

だからオラリオ全体で『ポーションの在庫が少ない』という噂を聞けば、パッチの行動は早かった。

 

「残っているハイポーションを全部くれ」

 

ミアハファミリアの本拠を兼ねた薬店にて、パッチは躊躇わずに言い放つ。

店番をつとめる犬人の女性、ナァーザは少し困ったような顔をした。

 

「全部を?」

 

「そう、全部だ」

 

対するパッチはいつもの嫌らしく企んだ笑顔だった。

ナァーザが警戒心を抱くのも無理なからぬことだろう。

 

「買ってくれるのは嬉しいんだけどね、そんなことしたら他のお客さんが困ってしまうよ」

 

「そんなつれないこと言わねえでくれ。頼むよ、なっ? このとーり!」

 

パッチは深々と頭を下げて祈るように手を組み、ナァーザはうぅーんと悩む。

そこでパッチはだめ押しに出た。

 

「ちょっとは色つけるからよ。いいだろ?」

 

ナァーザはファミリアの懐事情により、背に腹はかえられないと判断したのか、小さくため息をついて了承した。

 

「わかったよ。でも数は……これだけしかないんだ」

 

後ろの薬棚から持ってきたのは、ハイポーションの瓶が五本だけだった。

薬店の在庫としてはずいぶんと少なく、やはり複数人の冒険者が買いにやってきたのだろう。

 

「へへへ、じゅうぶんだぜ。これで足りるか?」

 

ヴァリスの入った小袋をひっくり返し、ヴァリス銅貨とヴァリス銀貨をじゃらりとカウンターに並べた。

さすがにヴァリス金貨は持っていない。あれは家や第一級武器を買うときに使うものだ。

ナァーザはそれらを見て、言う。

 

「もう少しなんとかならないかな?」

 

「おいおいおい、これで全部だ、もう持ってねえよ。けど普通にハイポーション五本買うより高いだろ?」

 

「それもそうなんだけどね……わかった、これで売るよ」

 

「へへへへ、ありがとうよハニー」

 

本当はヴァリスの入った小袋というのは他にも小分けして持っている。

しかしそれを知られれば間違いなく値上げされてしまうだろうから、手持ちのヴァリスを少なく見せたのだ。

パッチは差し出されたハイポーションの瓶を受け取って、背中の荷物入れに納めた。

この中には他の薬店から買い占めたハイポーションがぎっしりであり、それを見たナァーザが怪訝な顔をした。

 

「ヤーナムファミリアはまた遠征に行くのかい?」

 

『怪物祭』の数日後、ヤーナムファミリアのドラン派はダンジョンの深層へと出立している。

レベル1のパッチは同行こそしなかったが、そのときもここへポーションを買い出しに来ていたのだ。

 

「そういうわけじゃねえよ。あのあとも遠征したファミリアがあったろ? おかげでどこもかしこもポーションが品薄だとよ」

 

「だから買い占めて他の冒険者に高く売りつけようって魂胆かい? 感心しないね」

 

「定価より高く受け取っておいてよく言うぜ。またな」

 

ナァーザに背を向けて歩き出すと、なんだか聞き覚えのある声が背後から聞こえた。

 

「すみません、あの、魔法による精神疲弊を未然に防ぐような、そういうポーションってありますか?」

 

「精神疲弊を未然に防ぐ……だったらこのマインドポーションは必須だよ」

 

振り返ると、ついさっきまでパッチがいた場所に、いつぞやのベルとかいう白髪の少年がいた。

パッチは特に理由もないがなぜだが会いたくなかったため、そそくさとその場を離れた。

 

 

 

 

噴水広場。

 

背中にの荷物袋をハイポーションでパンパンに膨らませたパッチは、同じようにポーションを買い漁っている二人を待っていた。

ついでにこれ見よがしにハイポーションを手に持って、客になりそうな相手を目で探す。

ポーションが欲しい相手なら必ずこちらを物欲しそうな目で……あるいは不快な目で見るはずだからだ。

……いた。

よりにもよってさっきのベルだった。

その隣にはフードをかぶって大荷物を背負う小人族の少女。おそらくサポーターだろう。

スレイに前歯をへし折られて差し歯となった手前、パッチはベルに頭が上がらないのも事実だった。

やむなく気さくに話しかける。

 

「よう少年、久しぶりじゃねえの。元気にしてたか?」

 

「あなたは……」

 

当然といえば当然だがベルは苦い顔をして、警戒心をあらわにする。

 

「なんのようですか?」

 

「へへへへへ、そう警戒すんなよ。少年は生きてる、ナイフも少年が持ってて、あの時の取り分全部とポーションを少年は手に入れた。これはもう、どう考えたってノーカウントってなもんだろ?」

 

まだ釈然としないらしく、ベルの警戒心は解けない。

取り入るつもりはないのだが、警戒されたままではなんだか面白くない。

 

「俺はもう心は入れ替えて真面目に商売やってるんだぜ? 病気の婆ちゃんにだって自慢できらあ」

 

「……病気なのはおふくろさんじゃなかったんですか?」

 

そうだった忘れてた。

 

「だっはっはっはっはっ、まあそんな細かいこと気にすんなよ少年。まああれだ、ここであったのもなんかの縁だ。少年になら特別にポーションを五百ヴァリスで売るぜ?」

 

普通のポーションを一つ、荷物袋から引っ張り出すも、ベルは頭を振るだけだった。

 

「いえ、もう持ってますから」

 

「なんだそうなのか? まあいいや、これから俺もダンジョンに入るからよ、必要になったら言ってくれや」

 

ポーションを戻してちらりとサポーターを見やり、目があった。

この目はあれだ……他人に酷い仕打ちを受けたから他人に同じことをしてやりたいっていう、そういう目だ。

言ってしまえばパッチの同類だ。他人に取り入って後ろから刺すって人種だ。

サポーターもパッチの視線に気づいたらしく、ベルを急かす。

 

「ベル様、そろそろ参りましょう」

 

「あ、うん、そうだね。じゃあ、僕はこれで」

 

「おう、またな」

 

二人が離れて言ったところで……呼び止めた。

 

「あーそうそう、一つ言い忘れてた」

 

「え?」

 

「少年、ちょっときな」

 

人差し指と中指でちょいちょいと手招きし、ベルだけをこちらに呼び戻すと小声で忠告する。

 

「これは少年だから言うんだが、あのサポーターには気をつけな。あいつは……俺と同類だぜ?」

 

言うと、ベルの表情がこわばり、脂汗がにじみ出る。

ベルも内心あのサポーターに思うところがあるようだ。

 

「まあそういうこった。ダンジョンじゃ何が起きるかわからねえからよ、警戒するに越したことはないぜ?」

 

「……忠告は聞いておきますよ」

 

ベルはそう言うと、今度こそダンジョンへと向かって行った。

 

 

 

 

噴水広場で、何人かの冒険者に高値で売りつけてやった。

そろって額に青筋を浮かべていたが、いらないなら帰れと言うと渋々と買っていた。

その後、カドルとケヌビの二人と合流し、ダンジョン内部。

 

どちらもパッチと同じくレベル1止まりの狩人だ。

強くなることは諦めて、ダンジョンの商売人としてやって行くことを選んだパッチの仲間である。

 

「さっそくうまく行ったな」

 

「まったくだ。笑いが止まらんね、ははは」

 

パッチとカドルの視線の先には、大量のウォーシャドウやフロッグシューターに囲まれた冒険者四人の姿があった。

新米冒険者ではないだろうが、その装備を見ればレベル2以上ではないだろう。

比較的若い四人は必死の形相でウォーシャドウの爪をかいくぐり、モンスターを斃す。

この状況は手はず通りだ。

まず足の速いケヌビがモンスターをかき集めて、適当な冒険者に怪物進呈をする。

怪物進呈を行なったケヌビは別の通路から冒険者四人の様子をうかがっていた。

そう、あの冒険者四人に怪物進呈を行なったのだ。

もちろんケヌビは上から下までマントをまとい、顔も服装も隠して怪物進呈を行なっている。

 

「このクソッタレ!」

 

「叫んでないでさっさとやれよ!」

 

冒険者としてはそれなりに場数は踏んでいるようだ。

あれだけのウォーシャドウだがどうにか数を減らしていく。残り七体。

順調に見えたが、疲労はどうしても溜まる。

四人のうち一人がウォーシャドウに胸を切り裂かれた。

ウォーシャドウ残り五体。

 

「あっ!? あああっ! あっ!」

 

切りつけられた冒険者は鉄の胸当てをつけていたが、安物ではウォーシャドウの爪を完全に防げなかったらしい。

胸を押さえて後ずさった。

 

「下がれ!」

 

リーダーらしいヒューマンが怪我をした仲間を後ろに押しやり、ウォーシャドウのガラス玉のような顔に剣を突き立てる。

これでウォーシャドウは全滅。

 

「そろそろ行くか?」

 

パッチの後ろからカドルが言い、パッチは否定した。

 

「いや待て、まだだ。タイミングが良すぎると怪しまれる」

 

モンスターがいなくなった途端にポーションを売りましょうか? なんて言いに行ったら不審がられる。

パッチもケヌビも通路に身を潜めて様子をうかがった。

 

「しっかりしろ、傷は浅いぞ」

 

リーダー男はその負傷した冒険者の胸当てを外し、その下の衣服を破いて傷口を確認する。

ここからではよく見えないが……即死ではないにしても早く処置をしなくては危険だろう。

 

「ああ、くそ、どうするか……」

 

「とにかく服をよこせ。傷を抑えないとまずい」

 

「あ、ああ」

 

冒険者の一人が革鎧を外して下着を脱いだ。リーダーはその下着を負傷者に押し当てて止血を試みる。

 

「ああああああっ!」

 

突如として負傷者が痛みを訴えるように叫んだ。

もしかするとウォーシャドウの爪は内臓は傷つけなくとも、肋骨まで半ば切り裂いたのかもしれない。

リーダーは傷口を抑える力を弱めたが、それでは止血にならないだろう。

 

「ポーションは? ポーションはないのか!? 一つも!?」

 

「ねえよ! あーもう、だから言ったんだ! どこもかしこも売り切れてるからやめようって!」

 

「なんだよ俺のせいか!?」

 

「おまえが行けるって言い出したんだろ!」

 

リーダーと負傷者を除く二人が罵り合いの喧嘩を始め、リーダーが一喝する。

 

「やかましい! モンスターが来たらどうする気だ!?」

 

その光景を遠巻きに見ながら、パッチは下品に笑う。

 

「へへへ、そろそろ行くか」

 

「だな」

 

ここで手はずその二。

いかなも偶然を装って冒険者に近づく。

 

「よう、困ってるみたいだな」

 

パッチは気さくに話しかけると、彼ら三人はいっせいにこちらを見た。

 

「……おまえさっき噴水広場でポーション売ってなかったか?」

 

真っ先にリーダーが口を開いた。

 

「へへへ、なんか騒がしいと思って来てみりゃ案の定だ。ポーションならいまも売ってるぜ」

 

そう言って、パッチは “銃槍” と木の大楯を降ろし、荷物袋からハイポーションを取り出した。

普通のポーションの効果はピンキリなため、助かる時もあれば助からない時もある。

だがハイポーションならある程度の止血と、傷の回復は見こめるものだ。

 

「よこせ! いますぐ!」

 

「よこせ? 馬鹿言ってんじゃねえよ。こっちだって慈善事業やってんざゃねえんだぜ?」

 

「いくらだ!? いくらで売ってくれる!?」

 

苛立たしげにリーダーは言い、パッチは値段を言う。

 

「このハイポーション、一つで八万ウァリスってとこだな」

 

「ふざけんな! 相場の三倍はあるじゃねえか!」

 

「足元見やがって!」

 

吠えたのは言い争いをしていた二人だった。どうやら血の気が多い二人らしい。

 

「いらないならいいんだぜ? ここから地上に戻るまでそいつが生きてるか見ものだな。へへへへへ」

 

「……殺して奪う方が早そうだな!」

 

二人はそろって剣を抜いた。

 

「おおっと、それはやめといた方がいいぞ」

 

カドルも武器の “ノコギリ鉈” を取り出して、冒険者をはさんだ反対側の通路からケヌビも姿を現わす。

今度はマントをつけておらず、怪物進呈した本人だとは気づかれまい。

二人とリーダーは、前後に首を巡らせて顔を苦々しく歪めた。

 

「三対三だ。けどよ、ここでもたくさしてると本当にそいつが死ぬぜ?」

 

パッチの言うように、リーダーが止血している負傷者の息がだんだんと弱くなっていく。

さらには止血に使っている下着もすでに真っ赤だ。

リーダーは決断した。

 

「おい! 財布の中身を全部くれてやれ!」

 

「けどこれは新しい装備の頭金にーー」

 

「くれてやれ! 金ならまた稼げばいい!」

 

断言すると、二人は舌打ちして財布を取り出した。

他にもリーダーの荷物袋を広げて硬貨袋を取り出し、中を確認する。

中身をひっくり返してウァリス銀貨や銅貨を数えて……見上げた。

 

「……全部で六万四千ヴァリスと少しだ」

 

「なら持ってる魔石も全部出しな。ここに散らばってるのも全部もらうぜ。いいよな?」

 

パッチもカドルもケヌビも、ニヤニヤしながら問いかける。

当たり前ながら彼らはブチ切れ寸前の表情で頷くしかなかく、怒りのあまり手を震わせて、魔石袋と硬貨袋を差し出した。

さっそくカドルとケヌビはウォーシャドウが遺した魔石を拾い集め、パッチは冒険者が差し出すそれらとハイポーション一つを交換する。

 

「へへへ、まいどあり」

 

リーダーはハイポーションを奪うように取り上げると、押さえていた下着をどかし、負傷者の傷口に振りかけた。

すると鋭利に切り裂かれた傷が塞がっていき、苦痛に歪んでいた負傷者の顔も楽なものへと変わっていく。

リーダーと二人はホッと胸をなでおろしたところで、カドルとケヌビは魔石拾いを終えた。

 

「そんじゃあ帰りは気をつけてな」

 

「地獄に堕ちろクソ野郎」

 

リーダーは吐き捨てるようにそう言って、負傷者を背負うと出口方向へと歩いて行った。

 

「うまくいったな兄弟」

 

「おい次はパッチが怪物進呈やれよな」

 

「わかったわかった。いやわかってるって」

 

上々の出だしに、三人はホクホク顔でダンジョンを行く。

 

 

次に見かけたのは少年少女の二人組だった。いかにも駆け出しといった風情で、少年の方が腕を怪我しており、少女の服を一部切り取って止血帯の代わりにきつく縛っていた。

 

「よう少年、怪我してるみたいだな」

 

「えっ? は、はあ、まあそうですけど……」

 

少年は前衛職のくせに気が弱そうだ。ゴブリンかコボルトに引っ掻かれたのだろう。

 

「ポーション持ってないんなら売ってやろうか? 一つで五千ヴァリスだ。どうだ?」

 

「いや、それはさすがに……」

 

「なによそれ。高すぎるわ」

 

目のつり上がった少女が言い返す。こちらは杖を持った後衛職のようだが、ずいぶんと気が強そうだ。

 

「いらねえのか? じゃあ用はねえな」

 

ポーションを引っ込めて次へ行こうとすると、少女が訴える。

 

「ちょっと待ちなさいよ!」

 

「あん?」

 

「あなた怪我人がいるって言うのになにも感じないの!?」

 

「おいちびっ子。助けて欲しけりゃ……ほら、誠意ってのがあるだろ? な?」

 

カドルが人差し指と親指で円を作って見せると、少女はつり上がった目尻をさらに上げた。

 

「サイテー」

 

「ただでポーションよこせってのも最低だと思わねえか?」

 

言い返してやると、少女は悔しそうに口を尖らせて、懐から財布袋を取り出した。

 

「これくらい平気だって」

 

少年が訴えるも、少女は無視して五千ヴァリスを取り出し、パッチの手に叩きつけてポーションをぶんどる。

 

「いくわよ! こんな奴といたら口が腐るわ」

 

少女は少年の怪我をしていない方の腕を引っ張って、通路の奥へと消えていった。

 

 

そんな調子で売りさばいた頃のことだった。

 

十階層への階段を降りている時、慌てふためいた形相で階段を駆け上る二人がいた。

派手な黄色の染料で、鎧も服も染めた二人組だ。

その両者はこちらの姿を確認すると、ぎょっと顔を強張らせ……かと思うと、今度は敵愾心を剥き出しに睨みつけてくる。

 

「おまえら……!」

 

当然ながらパッチもカドルもケヌビも黄色の二人のことなど知らず、眉をひそめるしかない。

 

「おいおいなんだよ? 俺がなんかしたか?」

 

「……」

 

黄色の二人組は顔を見合わせ、パッチの方に目配せしたり、小さく首をふったりする。

 

「……ちっ」

 

黄色の二人組は終始睨みつけたまま、パッチらの横を過ぎて上へと走り抜けていった。

わけがわからなかったが、三人はこのまま買い占めたポーションを売りさばき、けっこうな稼ぎを出すことに成功した。

 

 

 

 

 

 

その日の午後、エミーリアの元にポーションについて大量の苦情が来たのは言うまでもない。




漫画版ソードオラトリアを読む限りだとこのあとアイズとリンクスが見事にバッティングするんだよな。

さーて……オリキャラならいくら死んでも……いいんだよね?

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