上位者がファミリアを創るのは間違っているだろうか   作:gulf0205

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「おっ、輸血液やん。拾ったろ」←わかる

「おっ、水銀弾やん。拾ったろ」←うん

「おっ、石ころやん。拾ったろ」←ん? んん、まあ、うん

「おっ、目ん玉やん。拾ったろ」←えっ?

「おっ、病気の内臓やん。拾ったろ」←!?!?!?!?

「おっ、女王の肉片やん。拾ったろ」←ファーwwwww


あいつらみんなおかしい。


5 スレイ・レーヴェンの日常(1)

ダンジョン都市オラリオを空から見下ろすと、都市は円形に近い形状をしているとわかるだろう。

都市の外縁部には、好戦的な国家系ファミリアの侵略を幾度となくはね返した市壁があり、オラリオをぐるりと取り囲んでいた。

その名残なのか、市壁の外側にはいくつもの魔法を受けたような痕跡が見受けられる。

都市の中央には空をつくような巨大な摩天楼・バベルがそびえ立ち、そこを中心に東西南北、さらに北西北東と合計八方向へメインストリートが伸びているのだ。

さながら、ナイフで八等分にされたホールケーキのように見えるかもしれない。

 

バベルのすぐ隣にあり、すべてのメインストリートに通じる中央広場。

そこから北東のメインストリートへと進むと、やけに煙突が多いことに気づくだろう。

大通りには大きな荷馬車が数多く行き交い、都市の外からやってくる旅商人の多さにも気づくだろう。

ここはいわば工業地帯だ。

オラリオの収益のほとんどはここで生み出されており、武器や防具はもちろん、魔石製品の数多くがここで生産されている。

煙突の一つ一つが工房であり、組立場なのだ。

通りにに面した店のなかには、鍛冶道具を専門に扱う店が軒を連ねている。

それが北東のメインストリート周辺

地域、工業地帯。

ヘファイストスやゴブニュなどの工業系ファミリアが集う場所。

 

そんな観光とは無縁な場所に、一風変わったファミリアがある。

メインストリートから二つ道を外れたところに、木と石でできた、それなりに大きな建物。

その建物の上部には大きなエンブレムが掲げてあり、これがファミリアの本拠であることを示していた。

エンブレムはノコギリだ。

このノコギリのエンブレムを見ると、なにも知らない者は「ああ、家や家具を作るファミリアなんだな」と勘違いするかもしれない。

しかし冒険者ならば知っている。

あのノコギリは皮膚をえぐり、筋肉や血管を引き裂く、さながら拷問器具であると。

ここはヤーナムファミリア。

自らを冒険者ではなく狩人と名乗るものたちの本拠地。

この本拠地から顔を少し左に向けると、隣接するように立っている工房が目に入る。

正確には先に工房があって、そのあとからヤーナムファミリアの本拠ができたのだが……とにかく、この工房はヘファイストスファミリアの所属でありながら、ヤーナムファミリアとは古代からの関係があった。

そのことを知るのはごく少数の、いわゆる古参と呼ばれている狩人くらいしかいない。

 

 

 

 

「……よし」

 

さて、早朝のひんやりとした空気の中、ヤーナムファミリアの正面にて気合をいれる少年が一人いた。

亜麻色の髪とブラウンの瞳。雨風をしのいで野宿を繰り返したため、外套はすっかり茶色に汚れ、その上から背負う荷物袋はもうボロボロだ。おまけに靴はすり減っており、いまにも破けてしまいそうだった。

いかにも『こんな田舎にいつまでもいられるかっての! 俺は都会に行く!』と言い残して村を飛び出してきたような、そんな風貌をした少年。

名前はジョン・カーターという。

実際、母親にそう捨て台詞を吐いて村を飛び出し、ここまでえっちらおっちらやってきたのだった。

 

「行くぞ、俺」

 

カーターは自分の頬を叩いて、ヤーナムファミリアのドアの前に立ち、金属の輪を咥えた狼の頭をあしらったドアノッカーを叩いた。

 

「すんませーん、どなたかいらっしゃいませんか?」

 

返事はない。

朝を知らせるニワトリの鳴き声が遠くから聞こえてきて、目を覚ました人々が活動を始める頃だ。

それでも早すぎただろうかと、カーターは少し不安になったとき、ドアの向こうから足音が聞こえてきた。

ドアがゆっくりと開く。

顔を見せたのは目つきのよろしくない青年である。裏路地に一人佇んでいたら、違法薬物の中毒者がすり寄ってきそうな、そんな顔。

身長はカーターよりずっと高く、じーっと品定めでもするようにカーターを眺めて、ポツリと一言。

 

「……なんだ?」

 

「あ、お、俺をヤーナムファミリアに入れてください!」

 

「帰れ」

 

カーターが頭を下げるより早く返事が来て、バタン、と問答無用にドアは閉じられた。

 

「ちょ、ちょっと待てってば!」

 

一方的に閉じられたドアにすがりついてドンドン叩く。

 

「二週間かけてやっとここまで来たんだ! ファミリアに入れてくれよ!」

 

「だったらよそに行け。子供の来るところじゃない」

 

「俺はもう十五だ! 子供じゃねえよ! それにここじゃなきゃ嫌なんだ!」

 

叫ぶように訴えてひたすらドアを叩く。

カーターの背後にある建物の窓からは、いったい何事かと人々が頭を出した。

 

「なあ、たの……いでっ!」

 

ドアが思い切り開けられて額をしたたかに打ち付けた。うめき声を出して額を押さえ、後ろに後ずさる。

 

「それ以上わめくと叩きのめすぞ」

 

苛立ちを隠さない青年に対し、カーターは負けじと言い返す。

 

「おう上等だ! こっちだってそう簡単に引き下がれるかっての!」

 

握りこぶしを作って見せると、青年の目つきとまとっている雰囲気が明らかに冷たいものへと変わった。

 

「……言ったな?」

 

あっ、やべっ、とカーターは後ずさりし、青年はドアの外に一歩踏み出す。

すると、青年はまるで誰かに呼び止められたかのように、後ろを振り返った。

 

「……ちっ」

 

忌々しげに眉間にしわを寄せて、小さく舌打ち。

そうかと思うと、青年はドアを大きく開ける。

その向こうには階段やドアが見えるのだが、青年を呼び止めたであろう人物はいなかった。

 

「神が会うそうだ。入れ」

 

よくわからないが気が変わったらしい。

 

「お、おう!」

 

意気揚々と本拠の中に入る。

正面に階段があって、その上には扉があるのだが、そこから少女と思しき声が聞こえてきた。

 

「ここのファミリアはいったいどういう活動方針なんだい!? ボクのベル君を罠にはめてしかも武器を奪おうなんて、まったく、信じられないよ!」

 

「ん?」

 

足を止めて、この怒鳴り声に耳を傾ける。

 

「…………決まってるじゃないか! 君のところのパッチとかいう男のことだよ! …………そう! そうだよ! ………………だいたいねえ、ここの神様はいったいどこにいるんだい!? 仮にも神のボクがやってきたら直接会うのが礼儀ってもんだろ!?」

 

何があったのか、ずいぶんと怒り心頭のようだ。

 

「おい」

 

青年に呼ばれて、そちらに顔を向ける。

 

「なにしてる。こっちだ」

 

「待ってくれよ」

 

小走りでそちらに近づき、歩きながら問う。

 

「なんかあったのか?」

 

「気にするな」

 

気にするなと言われて「はいそうですか」とは言えない。なおさら気になる。

しかし青年はなにもいうつもりはないらしい。

青年に案内されて廊下を進み、本拠の奥にある一室に入る。

青年が天井にある魔石灯の照明をつけると、その異様な部屋が現れた。

カーターはたじろぐ。

窓がない真っ白なタイルの壁と、同じく白いタイルの床。床は中央に向かって若干の傾斜があり、そこには排水口のような小さな穴があった。

部屋の空気は消毒液のツンとした臭いに満たされ、壁際には薬棚が並び、何かの薬品や器具が収まっている。

部屋の中央には変なベッドが一つだけポツンと置かれていた。

ベッドの足は不自然なほど高く、大人の腰くらいはある。そのためなのか、ベッドの下には踏み台が置いてあった。

そして見るからにクッション性がなくて横幅が狭く、ベッドの縁にはバケツがいくつか引っ掛けられていた。

この部屋はくつろぐためのものではないと一目でわかる。

 

「ここ、なんなんだよ?」

 

「……その上で横になれ。すぐ戻る」

 

青年は答えずに部屋を出て行った。

横になれと言われてもかなりためらいがあるため、カーターはとりあえず棚の中を覗き込んだ。

注射器だとか、ビーカーだとか、異様に刃が小さいナイフとか、糸ノコギリとか、それに大小様々な薬品の瓶。

瓶のラベルには薬品の名前がそれぞれ書いてあるが、それをどういう目的で使うのかはわからない。

カーターは推測した。

ここは多分あれだ、診療所かなにかだ。

ヤーナムファミリアが怪我人の治療なんてやっているなんて聞いてないが、多分、そうだろう。

そうでないとしたら……なにをとは考えたくないが、解体とか、そういう……。

 

「お待たせいたしました」

 

ぎょっとして振り返ると、先ほどの青年と、奇妙な女性が立っていた。

神威を感じるからこの人が神様なんだろう。しかし……なんというか、生物らしさを感じない。

 

「う、うっす。ジョン・カーターって名前です」

 

神様なのだからさすがに敬語になる。変な敬語ではあるが、ぺこりと頭を下げた。

 

「……!」

 

その女性の手を見て、違和感の正体に気づいた。

この女性は人形だ。人と見間違うほどに緻密に作られた女性の人形。

それが神威を放って一人でに歩いておまけに喋っている。

あらかじめギルドでも聞いていたが、まさか本当に人形が動いているなんて。

 

「初めまして、カーター様。わたくしのことは、単純に人形とお呼びください。あなたの入信を歓迎いたします」

 

人形も頭を下げた。

 

「お、おう、よろしく、です」

 

ヤーナムファミリアの担当アドバイザーは、たしか人形が神様の代理をしていると言っていた。

ヤーナムの主神が直接人前に姿を見せることはなく、これまで見たものもいないとも。

 

「では、早速始めましょう。スレイ様」

 

青年の名前はスレイと言うらしい。

スレイは棚から赤い薬瓶を取り出して、慣れた手つきで点滴スタンドに取り付けていく。

 

「……カーター、今ならまだ引き返せるぞ。本当にいいのか?」

 

ジロリと睨むようにカーターを見やる。

カーターは正直に言ってビビっていた。

なんで神の恩恵を与えるのにそんなものが必要になるのかわからないからだ。

しかしここに入ると決めたのだ。それにいまさら『やっぱりやめます』なんてみっともないではないか。

精一杯強がって胸をはる。

 

「いいんだよ! やってくれ」

 

「ならその診療台の上に寝ろ」

 

スレイは薬瓶にチューブや針を取り付け、白い手袋を着用。カートの上に消毒用具を並べる。

カーターは緊張を悟られないようにしながら、荷物袋をおろして、踏み台を使って『診療台』なるベッドに寝そべった。

スレイはカートと点滴スタンドを診療台まで運んでくると、カーターの右腕の裾をまくりあげ、ガーゼで腕を消毒する。

 

「本当にいいんだな? ここに入れば二度と抜けられないぞ。他のファミリアに入らなくていいんだな?」

 

「いいんだって」

 

言い切ると、スレイは不満げに眉間にしわをいれる。

 

「スレイ様、カーター様もそう申しております。彼に、血の施しを」

 

血? 血ってあの赤い血? それを施すってなんだ? じゃああの点滴スタンドのあれって血?

カーターは冷や汗をかきながらもそのまま大人しく待つ。

ヤーナムファミリアに入ればスキルが無条件に手に入れられるのだ。楽に一発当てるにはここが一番いいと判断してヤーナムファミリアにきたのだ。

カーターは腹を括った。

 

「そうだぜ。やってくれ」

 

「……」

 

スレイは小さくため息を吐いて、カーターにチューブの先についている針を刺した。ジクッとした。

血が、カーターに入ってくる。急に頭がぼんやりする。

人形はカーターの顔をのぞきこんだ。

 

「これで、あなたも※※※※様の子供です」

 

「……」

 

これはぼんやりした頭が見せる幻覚なのだろうか……人形の服の下から黒い、触手みたいなのが出てきて、それが点滴スタンドの輸血瓶の中に何かを垂らした。

すると瓶の中の血が、ドロリと黒い液体に変色するではないか。

 

「う、あ……」

 

ドス黒い血が、入ってくる。

なんだかものすごく嫌な予感がするのだが、カーターの意識は泥沼の底へと沈んでいった。

 

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

気を失ったカーターを見ながら、スレイはため息を吐いた。

どのファミリアもそうなのだろうが、基本的に神がこうすると決めたら眷属は従うしかない。

上位者がファミリアに入れろと言うなら従うしかないのだ。

 

「……どうせ一週間も持たないさ」

 

人形へと視線を移し、ぶっきらぼうに告げる。

人形はわずかに首をかたむけて問うた。

 

「なぜ断言されるのですか?」

 

「いままでがそうだった。こいつもどうせ死ぬか、俺が殺すかだ」

 

他のファミリアから改宗してきた冒険者ならば自分の実力を理解しているものだ。

にもかかわらず、狩りの快楽に酔いしれて身の丈に合わない深さにまで潜り、モンスターの餌食となる。

ダンジョンに慣れた冒険者でさえもそうなのだ。

ましてやこういう、いきなりヤーナムファミリアに入った新米冒険者がどうなるかなど、想像に難くない。

帰れと断り、なんども引き止めたが、無駄だった。

ギルドのメイにもヤーナムファミリアへの入信、改宗は引き留めるように言っているのだが……そんなにスキルが欲しいのか。

 

「……あんたはコマが増えて満足か」

 

人形の内側に潜んでいる上位者に向けてそう吐き捨て、部屋を後にした。

 

 

 

ヤーナムファミリアに入れば無条件でスキルが手に入る

 

 

 

それはもうオラリオで知らないものはいないと言っていい。

最初に誰が喋ったのかはわからないものの、少なくともスレイが物心つく頃にはすでに知れ渡っていた。

これはスレイの予想だが、おそらくは上位者が放った『餌』だろう。

サイコロをまとめて放り投げればどれか一つくらいは6が出る……。

上位者にとって狩人はそのサイコロでしかないのだろう。

投げるサイコロの数が多ければ多いほど6が出る確率は上がるものだ。

だがらスキルという『餌』を撒いて、放り投げるためのサイコロが手元に集まるように仕向ける。

サイコロが手元にあるうちは目的達成の確率がわずかでもあがるから、上位者は来るものを拒まないし、去ることを許さない。

そのくせ狩人がどうなろうと、なにをしでかそうと知らん顔をする。

はた迷惑極まりない。

他のファミリアとの全面抗争になれば、上位者とて困るはずなのだが……いったいなにを考えているのやら。

スレイは廊下を歩き、小さく頭を振って気持ちを切り替える。

朝っぱらから余計な仕事が増えてしまった。さっさと終わらせよう。

玄関まで戻り、二階のエミーリアの書斎に入った。

神ヘスティアはすでに帰ったらしく、エミーリアはぐったりと上半身を机に投げ出している。

机の前に立ち、だいたい予想はつくが……その背中に問いかけた。

 

「なんの用事だった?」

 

するとエミーリアは両手で拳をつくり、わなわなと震え始めた。そして震える声でうめくように言う。

 

「なんで、わたしが、あの人たちの尻拭いを、しなくちゃ……うぅ……わたし、なにもしてない、のに……う、うう……」

 

エミーリアは顔を突っ伏したまま、ぐすっ、と鼻をすすった。

そりゃ泣きたくもなるだろう。自分はなにもしていないのに誰かの責任を取らされて怒鳴り散らされるなど。

ましてやエミーリアは血の提供とファミリアの運営が基本的な仕事で、ダンジョンに潜ることはほとんどない。

スレイのようにぶん殴っていうことを聞かせるという強硬手段が取れないため、ストレスはそのままエミーリアの胃袋と精神にダメージを与える。

 

「……」

 

スレイはエミーリアの隣へと移動して、その小さな背中に手を置く。さらさらした白く長い髪の毛は、まるで絹のようだった。

そういえばと思う。

スレイもエミーリアも、両親がヤーナムファミリアだった。

だからエミーリアとは幼馴染として長い付き合いになるが、こうして触れるのなんて、いったいいつぶりだっただろう。

そんなことを思いながら声をかけた。

 

「よくやってるよ、おまえは」

 

「うぅ……あなたがそんなことを言うなんて……わたし、死ぬんですか?」

 

「……」

 

ちょっと気を使ってやるとこれだ。

スレイは無言でエミーリアの頭をペシッと叩いた。

 

「で? 誰が? なにをやったんだ?」

 

改めて問うと、エミーリアはため息まじりに身を起こした。そして目元を拭って、答える。

 

「はあ……パッチさんが、ヘスティアファミリアのベルって少年を罠にはめて、武器を奪おうとしたそうよ」

 

「あいつか……」

 

鷲鼻のハゲの顔を思い浮かべ、まあやってるだろうなと納得した。

それにしてもベルとは……たしか、先週あたりに雇ったサポーターではなかっただろうか?

ただの安価なナイフしか持っていなかったはずだが…….どうでもいいことだ。

 

「そのヘスティアファミリアの本拠はどこか、聞いたか?」

 

「ごめん、忘れた」

 

「そうか。まあいい。どうせ新人が入ったんだ、ギルドで聞いてくる」

 

「新人って?」

 

「ジョン・カーターって子供だ。輸血が終わって、そのまま寝かせてる」

 

「そう……ああ、死ななきゃいいんだけど……」

 

どうせすぐ死ぬ。

とは言わず、スレイは書斎を出て、ひとまず自分の部屋に戻った。

ベッドと机、服を引っ掛けるためのハンガーがあるだけの、狭い自室だ。

ダンジョンに潜る時のようにモンスターの毛皮を使用したコートに身を包み、“ 獣肉断ち ”と“ 慈悲の刃 ”を腰に下げた。

ヘスティアは苦情を言いに来ただけで抗争を仕掛けに来たわけではない。とはいえ、パッチにはそれ相応の謝罪をヘスティアにすべきだろう。

もしもパッチが余計な抵抗を見せるなら……この武器を抜くことになる。

帽子を目深にかぶって、本拠を出た。

 

 

 

 

向かった先はダイダロス通りだ。

パッチがいるとしたら、ドランたちが買った宿屋の溜まり場だろう。

宿屋の三階にある、ノコギリのエンブレムが掲げてあるドアの前に立ち、ドアを叩いた。すぐに返事。

 

「ちょっと待ちな」

 

パッチの声だ。

ジト目でドアの覗き窓を見つめると、その覗き窓が横に開く。

 

「ようけっ……だ、旦那ぁ」

 

パッチの目が見開き、脂汗が噴き出した。

 

「こりゃまた珍しいこともーー」

 

「開けろ。そして逃げるな」

 

冷たく、重く、威圧感むき出しに命じた。

 

「へ、へい……」

 

パッチは覗き窓を閉じて、鍵を開けた。

パッチが開けるより先に、スレイがドアを押して部屋に入る。

相変わらず血酒の甘ったるい匂いに満たされた部屋だが、普段と違っていまはパッチの他に数人しかいない。

そんなことよりも、だ。

 

「パッチ」

 

「なんで、しょう……?」

 

「俺がここに来た理由、わかるか?」

 

背後のパッチに顔を向けずに問う。

 

「いやあ……全然……?」

 

心当たりがあるはずなのだが、声を震わせつつもとぼけるつもりらしい。

振り返りざま、拳を腹にかます。これで少しは思い出したか。

 

「ぐふぇっ!?」

 

ゲロでも吐きそうな声を出し、パッチは体を『く』の字に曲げる。

間髪入れずに無毛の後頭部を右手で抑え、今度は顔面にひざ蹴りを見舞う。

ぶきゅ、となにがひしゃげて潰れる感触が膝にした。

パッチは糸が切れた人形のように膝をついたが、スレイはパッチの襟を乱暴につかみ、仰向けに転がした。

そして右足を高く上げて、パッチの顔面に落とした。

ぐちゃ、と音がした。

子供であっても体重を乗せた踏みつけというのは大人を悶絶させるものだ。

単純に人間の体重がそのまま顔一点に落ちてくると考えるといい。

それをもう一度。

ミシ、と何かが歪んだ。

最後にもう一度、と足を上げた時、パッチが頭を両手で抱えるようにして泣き叫ぶ。

 

「ひぃあああああああああやめてくれええええ! おえが悪かったああああああああ! か、かんべんしてくれよおおおおおお!」

 

「……」

 

演技ではない泣き言に、スレイは右足を床に降ろした。

三十歳をこえた中年男だが、泣くのも無理はない。

鼻は潰れて唇が切れているため顔中が血まみれ。さらに顔の形が変わるほど晴れ上がり、内出血を起こして青アザとなっていた。

これで平然としろというのが無理な話だ。

スレイは潰れたゴキブリを見るような目でパッチを見下ろした。

 

「俺がここに来た理由は? 言ってみろ」

 

「ああああうぅぅうあああ……あ、あっしが、何日かまえ、ウサギみたいなガキ……じゃない、少年をあなぐらに突き落として、ヘファイストスの武器を、盗もうとした、から……」

 

「ああ、そうだ。相手が相手なら殺してる」

 

もしもベルがロキやフレイヤのような大規模ファミリアに所属していたなら……そして代償を求めてきたなら、パッチの死体を引き渡さなくてはならないだろう。

しかし幸いにも……本当に幸いなことにだが、ヘスティアは直接文句を言いにやってきただけで終わった。

であれば、今回はなにも殺さなくてもいいだろう。今回だけは。

 

「次がないのはわかってるな?」

 

「へ、へい、もちろん、です」

 

パッチは涙目になりながらスレイを見上げた。

命乞いをする目だ。肥溜めで溺れかけてるネズミの顔だ。

ふと、スレイは視線に気づき、そちらを見やった。

赤い眼帯がトレードマークの金髪のエルフ……ファナだ。窓際のテーブルで一人、叩きのめされるパッチを肴に血酒を飲んでいる。

そのファナに問うた。

 

「……他の連中はどうした?」

 

「んー? たしか、先週だっけ? ドランが取り巻きを連れて、ダンジョンの下層に行ったみたい。いまごろ四十階層くらいにいるんじゃないの?」

 

「……そうか」

 

苦い顔になった。

いわゆるドラン派と呼ばれる物騒な狩人たちは、スレイに対して一切の連絡をよこさないのだ。

おかげで気づいた時にはダンジョンに潜っていたりする。

さすがに人を失うほど血を浴びるような真似はしないだろう。

血を恐れないのであればもうとっくに人を失っているはずだ。モンスターと冒険者の区別くらいつけている。

それでも……区別をつけた上で、冒険者を襲うろくでなしもいる。むしろドラン派はそのろくでなしが圧倒的多数を占めている。

モンスターでは物足りないだとか、冒険者の荷物を殺して奪おうだとか。

それでも戦力としては極めて優秀だし、表沙汰になっていないから放置しているのが現状だ。

ともあれ、レベル1のパッチは置き去りにされたわけだ。

パッチもパッチでスレイにはドラン派のことは何も言わない。言えばどんな目に遭うかわかっている。

 

「……まあ、いい」

 

ドランとて勝てない相手に襲いかかるほど愚かではない。面倒が起きたらそのときに対処するとしよう。

スレイは目の前の面倒を解決すべく、床に転がるパッチの襟をつかみ、強引に立たさせた。

 

「来い」

 

「ひいいいい……」

 

 

 

 

 

前歯を失い、顔がブドウのように腫れ上がったパッチを引きずり、ギルドへとやって来た。

受付嬢や報告に来た冒険者などが動きを止め、スレイへ視線を送る。

その視線をジロリとにらみ返すと、その受付嬢や冒険者はそそくさと顔をそらして「あーあー、なにも見てませーん」状態になった。

スレイは小人族でヤーナムファミリア担当のメイの元へと歩き、ボロ雑巾のパッチを床に転がした。

 

「ちょっと、いったいなんなのよ」

 

「気にするな。それより、ジョン・カーターって子供がうちに入った。タグの用意をしておいてくれ」

 

「あー、入っちゃったんだ……けっこう止めたんだけどね」

 

メイはため息を吐いて、羊皮紙に何かをサラサラと書いていく。

あれがタグを作るのに必要な書類なのだろう。

 

「ちゃんと引き留めたんだろうな?」

 

言うと、不機嫌そうに言い返してくる。

 

「やめておきなさいって何回も言ったわよ。ヤーナムファミリアに入って一年以内に死ぬ確率が九十パーセントを超えてるってことも含めて、必死で引き留めたわ!」

 

その一年を超えたものはれっきとした狩人を名乗るに値するし、レベルも3や4へと上がっていくだろう。

だがほとんどは一年を超えずに死ぬか、人を失うかだ。

 

「けどあの子ったら『へーきへーき、俺ならそんなヘマしないって』なんて生意気言っちゃって」

 

あの子供ならそう言いそうだ。

 

「死なないように努力はするさ。それともう一つ。神ヘスティアに会いたいが、本拠はどこか、知ってるか?」

 

「神ヘスティアに? ちょっと待って……エイナー、ちょっとー」

 

背後でカウンターの向こうで、書類整理をしていた女性を呼んだ。

エイナと言うらしい、メガネをかけたハーフエルフがやって来る。

 

「はい、なんでしょう?」

 

「この人がね、神ヘスティアに会いたいそうなんだけど……どこにいるか知ってる?」

 

「神ヘスティアですか? でしたらたしか……ヘファイストスファミリアの、バベル支店で働いていましたよ」

 

零細ファミリアは神様も働かなければならないほど生活が苦しいというが、どうやら本当のようだ。

 

「バベル支店だな。わかった」

 

「なにかあったんですか?」

 

エイナの問いかけに、スレイはカウンターのすぐ下でうずくまっているパッチを引きずり起こした。

顔面崩壊したパッチの顔を見ると、エイナは驚いたように顔を引きつらせて後ずさる。

 

「この馬鹿が面倒を起こした。その詫びに、な」

 

「す、びばせ、ん……」

 

パッチは呻くように謝罪を口にした。

 

「え、ええ、そう、ですか」

 

顔を引きつらせたままのエイナに背を向けて歩き出した。次はバベルだ。

ふと、メイがスレイの背中に言う。

 

「あーそうそう、あなたたち何度言っても無駄みたいだから、正式に清掃員を雇うことになったわ。その人件費はヤーナムファミリアの徴税に上乗せしておくから、そのつもりでね」

 

振り返ると、メイは勝ち誇ったかのように胸をはってふふんと鼻を鳴らす。

 

「ふむ……」

 

人件費はヤーナムファミリア持ちということは、実質的にヤーナムファミリアが雇ったようなものだ。

スレイはしばし考えて、言う。

 

「そうか。じゃあ次から遠慮なく汚せるな」

 

そう言うと、嫁の貰い手が一瞬で消えそうな雄叫びを上げた。

 

「ざっけんじゃないわよゴルァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

スレイはそれを聞きながらギルドを後にした。

 

 

 

 

 

次にパッチを引き連れてやってきたのは、ダンジョンの真上にそびえ立つ摩天楼。

その四階にあるヘファイストスファミリアのバベル支店だ。

緩い弧を描いた廊下には赤いカーペットが敷かれ、何千万ヴァリスという一級品の武具がショーウィンドウに飾られていた。

開店して間もないせいなのか、人はまばらだ。

服装を見る限り、ほとんど冷やかしのようだ。

買いにきたというよりは、身につけた自分を想像して気分を高めようという、そういう目的だろう。

 

「……」

 

武器は本拠の隣にある “狩人工房” から仕入れているため、スレイがここにやってくるのは実は初めてだったりする。

ヘスティアがいるという支店のドアの手前で立ち止まり、興味本位でショーウィンドウを覗いた。

スレイの目を引いたのはクロスボウだ。

そのクロスボウ……ボルトを射出するための弓が三つ連なっている。そのくせ引き金は一つしかない。

これはつまり引き金を一度引けば三連射できる、ということだろうか? 武器というよりはまるで工芸品だ。

クロスボウの名前は “アヴェリン” というらしいが……値段は四八◯◯万ヴァリス。買えるわけがない。

 

「いらっしゃいませー!」

 

ドアが突如として開き、黒髪をツインテールに束ねた少女の店員が現れた。

赤を基調とした制服に身を包み、少女というにはいささか……どことは言わないが、とにかく育ちすぎている気がしないでもないが……ともかく、この少女から神威が発せられていた。

彼女がヘスティアだろうか。

それを尋ねるより先に、ヘスティアは自分の記憶の引き出しを見つめてまくしたてる。

 

「さすがお客様、お目が高いですねえー! そちらのクロスボウ……えーと……なんと、一度引き金を引くだけで連続して三発ものボルトを撃てるという優れもの! しかも! クロスボウそのものに雷の能力を付与してありまして、えー、普通の、ボルトにも魔法のような効果をつけることが可能! それだけでなく、ボルトを箱型の……あー、よ、容器? に入れることで、装填の隙を大幅に短縮! それで、えー、背後のレバーを引けば矢の装填と発射準備を一気に終わらせてしまう機能付き! お値段は四八◯◯万ヴァリスですが、いまならなんと! ライトニングボルト三◯発のおまけ付き! このライトニングボルトには……えー……ら、雷撃? 電撃? の効果が付与された超優れもの! クロスボウの雷付与と合わせれば効果二倍! これさえあればゴライアスも簡単撃破! さあ、 “アヴェリン” は現在この一品のみ! いまを買い逃したら次はありませんよ!? 是非ともご購入を!」

 

必死で覚えたであろう売り文句を邪魔するのも悪かったので黙っていたが、スレイはこの “アヴェリン” を買うつもりはない。

一度で三発撃てる機構というのは興味深いが……それを調べるのは “狩人工房” の仕事だ。

スレイは本来の目的を遂げることにした。

 

「すまないが、客じゃない。ヘスティアという神に会いに来た」

 

「えっ!?」

 

ヘスティアは記憶の引き出しから現実に引き戻されたのか、ようやくこちらの風貌に気づいたらしく、キッと目つきが硬くなる。

 

「ヘスティアはボクだけど……君たち……まさかあの、ヤーナムのとこの子供たちかい?」

 

「ああ、こいつが迷惑をかけた。これで手打ちにしてもらえないか?」

 

パッチを床に放る。

パッチはくぐもったうめき声を上げて、ヘスティアを見上げた。

 

「すみま、せん、でした……」

 

前歯が折れて、ブドウが詰まったようにアザだらけの顔で謝られたせいか、被害者であるにもかかわらず、ヘスティアは「うっ」とたじろいだ。

だがすぐに腕を組んで、豊満な胸をはる。

 

「ま、まあその、君が代わりに鉄拳制裁してくれたのなら、ボクとしてはもうなにも言うことはないよ」

 

「助かる」

 

「けどね!? 次なんかやったら本当に許さないよ!」

 

「ああ、こいつにもそう言ってる」

 

つま先でパッチを小突いてやると、ヘスティアは溜飲が下がったようにうなずく。

次があるとしたら頭だけを持ってくることになるだろう。

 

「じゃあボクは仕事にーー」

 

ふと、ドアが開いて中からヘファイストスの店員が出てきた。

 

「くぉら新入り! くっちゃべってないでちゃんと仕事しろ仕事!」

 

ヘスティアはピンと背を伸ばして振り返り、打って変わって及び腰になった。

 

「はっ、はいぃ!」

 

もうここに用はない。

スレイはパッチを連れて立ち去る。

 

パッチを解放したのはバベルの外に出てからだった。

 

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「……!」

 

カーターがようやく目を覚ました。

どれほど時間がたったのか……窓一つない部屋の照明は最小にまで抑えられており、薄暗くてよく見えない。

いったいなにがあったのか、カーターは思い返す。

たしかヤーナムファミリアの本拠にやってきて、断られたけどどうにか入れてもらって……血の施し、を受けた。

そうだった、思い出した。

カーターはおぼろげな意識の中で体を動かそうとしたが、まるで四肢が失われたかのように力が入らない。

 

 

ピチャ……ピチャ……

 

 

ふと、水が滴る音がした。

古くなった蛇口から、延々と水滴が落ち続けるような……そんな音が、静寂の中で響いてくる。

そちらに顔を向けると、まるで血をぶちまけたかのような血溜まりが床にできているではないか。

その血溜まりがゴボリと大きく泡立ち、波打った。

 

 

ベチャ

 

 

血溜まりの中から、同じく血にまみれた獣のような腕が出てきたではないか。

 

ピチャ、パチャ

 

そんな音を立てて、血溜まりの中から何かが……おぞましい獣のようなものが這い出てくる。

 

「……! ……! …………!」

 

声は出ない。

体は動かない。

目玉だけは助けを求めて動き回る。

その間にも血溜まりから獣のようなものが這い出てくる。

なぜ『獣』と断言できないのかというと、そいつには皮膚がないからだ。

むき出しの内臓。むき出しの筋肉。赤い血肉の中から見え隠れする白い骨。

爛れた歯茎からは不揃いな牙がずらりと並び、手の先には亡者のハラワタを引き裂く巨大な爪。

見るだけで魂を喰い破るそれは、さながら地獄の番犬そのものだ。

そんなものがゆっくりと、生温い息を吐きながら、カーターへと近づいてくる。

白く濁った瞳と目があった。

白濁の眼差しには理性や知性の欠片もなく、まるで祭壇に縛り付けられた供物を喰らいにやってきた化物のようだ。

供物をカーターだとしたら、この状況は、まるで……。

 

「……! ……! ……!」

 

カーターは体をばたつかせたいのに、焦りだけが空回りしてなにもできない。

視線はその獣の目を見て離せない。

血に濡れた獣がカーターの顔をのぞき込み、耳まで裂けた巨大な口を開いた。

ぬめりとした舌が口内でうごめく。

魂を丸呑みにして胃袋の中でゆっくり溶かし、もがきのたうつ感触を楽しもうとでもいうのだろうか。

 

「………………!!!」

 

カーターの視界が、獣の口内で埋め尽くされる。

 

 

どこか、とおくの方から声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

血を求めろ




一話一万文字オーバーはさすがにキツいぜ。

さーて、生意気なカーター君の運命やいかに!?
続きは次回!


でもって誰かー! ダンまちxダークソウルorブラッドボーン書いてー!
そういうの読みたいのー!
グウィンファミリアの四騎士とかグウィンドリンファミリアの暗月警察とか混沌シスターズの百合百合冒険とかあるでしょ? ねえ?

盲目の妹と泣き虫お姉ちゃんとか妄想が止まんねえぜ。

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