上位者がファミリアを創るのは間違っているだろうか   作:gulf0205

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コメディを書く才能が欲しいお……。


3 ダンジョンにて(2)

ダンジョン十五階層。

霧は晴れたがここらの階層は光源が乏しく、床、天井、壁がむき出しの岩で覆われている。なにも知らなければ天然の洞窟だと勘違いするだろう。

そんな湿った通路を先頭のスレイが松明を掲げて進み、後ろにファナ、ベルと続いた。

 

「……あの、さっきからモンスターが出てきませんよね?」

 

ベルが問いかけた。

この通路に入ってからというもの、ファナが一匹のヘルハウンドを射抜いただけで、他のモンスターが出てこないのだ。

 

「誰かが先に通ったんでしょ」

 

ファナが気軽に答える。

 

「そんなものですか?」

 

冒険者は基本的に魔石や経験値稼ぎのためにそれぞれ別々の道へと進むものだが、たまに誰かが通った直後の通路に入ることがあるのだ。

そうなった場合、幸か不幸かモンスターと遭遇せずに先へと進める。

 

「そんなものよ」

 

そう言い合う矢先、ベルの背後でビシリと壁に亀裂が入った。

スレイは立ち止まって背後を照らすと、スキャッチというモンスターの上半身が現れていた。

二足歩行で全長はベルと同じほど。斧を叩きこんだかのようにざっくりと裂けた口からは牙をのぞかせ、顔や腕、下半身を除いた胴体部分は黒い体毛で覆われている。

炎を怖がる性質があるため、ヘルハウンドと一緒に行動することはない。

中層では間違いなく弱い方に分類されるモンスターだ。

ダンジョンが「そんなに戦いたければ戦わせてやる」とでも言いたげなタイミングで出現した。

 

「下がれ」

 

さすがにベルに任せるわけにもいかず、スレイはスキャッチへと歩いた。

中層で弱いとされるが、それはあくまでも中層までたどり着ける冒険者にとっての話だ。新人には手にあまるだろう。

 

「あ、ま、待ってください!」

 

その新人のベルがスレイを呼び止めて、言う。

 

「僕にやらせてください。僕がどのくらいやれるのか確かめたいんです!」

 

そのベルの瞳には闘争心の火が灯っていた。

スレイの知らないことだが、ベルには憧れる女性がいる。

中層最弱のモンスターに怖がっているようでは、いつまでたってもその人の隣には立てない。

幸いにもここには一匹しかおらず、他のモンスターは先行する冒険者に倒されている。

ベルにしてみれば少しでも経験値を稼いで高みを目指したいのだ。

スキャッチが壁から完全に出てきた。ガラス玉のような目玉が三人の姿をとらえ、一番近くにいるベルと目が会う。

 

「やらせてみたら? いざとなれば助ければいいんだから」

 

ファナが助け舟を出した。

ファナはファナで半月で六階層まで到達したベルの実力に興味があった。

ここでその実力のほどを見てみようというのだろう。

 

「……やってみろ」

 

「はい!」

 

スレイは後ろへと下がり、ベルはバックパックを地面におろしてナイフを構えた。

スキャッチは鋭利な爪が生えた両手を広げてひたひたと歩みよってくる。

ベルはぐっと足に力をこめて、駆け出した。スキャッチもこれを獲物として走る。

ベルのナイフの切っ先を含めた腕の長さと、スキャッチの爪が届く範囲はほぼ同じだ。

攻撃が届く範囲がほぼ同じである以上、仕掛けるのもほぼ同じだ。

互いに右腕を振り……中断したのはベルだった。

とっさに腕を引いて及び腰となる。そのすぐ前をスキャッチの爪が過ぎ去ったが、スキャッチは左側の手でさらに追撃。

ベルは右へと飛び退いて回避。そのままスキャッチの背後へ飛び込むように踏み込む。すれ違いざまにナイフでスキャッチの脇腹を切りつけた。

 

「っ……浅い」

 

苦い顔を浮かべた。

ナイフは確かにスキャッチの脇腹に命中したのだが、その黒くなびく体毛に阻まれた。刃は皮膚までは到達していない。

スキャッチは振り返りざまに腕を振る。

爪はガリッ、とベルの胴当てをひっかいて傷がつく。ベルの額に脂汗が噴き出した。

ベルは距離をとって呼吸を整えようとするが、スキャッチは猛然と襲いかかってくる。それをかわすので精一杯だ。

 

「……距離を取りたいなら飛び退くと同時に何かを投げつけろ。そこらの石でもいい」

 

見かねたスレイの助言がベルの耳に届く。

とっさに足元の小石を拾い上げて後ろへジャンプすると同時に、スキャッチの顔を目掛けて小石を投げつけた。

ごつ、と痛そうな音を立ててスキャッチの額に命中。呻き声をあげてその部分に手を置き、足を止める。

 

「はあっ、はあっ、はあっ」

 

ベルは肩で息をしてスキャッチを見据えた。

 

「爪が邪魔なら指ごと切り落としてやれ。すばしっこいようなら足を潰せ。まずは弱らせろ」

 

「は、はい!」

 

息を整えたベルはスキャッチへと飛び込んだ。

そんなベルとスキャッチの戦いを眺めながら、ファナはニヤニヤとからかうようにスレイに言う。

 

「なあに? 新人教育?」

 

「……いつもの癖だ」

 

「ふふふ……私もぐちぐち言われたっけ」

 

ファナは昔を思い出したように喉の奥で笑う。

ファナがヤーナムファミリアに入った後、一週間ほどはスレイに付き添われて狩人の心得を教え込まれたのだ。

 

曰く、対等に戦うな。

曰く、一方的に狩れ。

曰く、自分の優位性を確保しろ。

曰く、手強いなら弱らせろ。

曰く、卑怯な手は全て使え。

曰く、道具は惜しむな。

曰くーー

 

ファナがそんなことを思い出していたとき、スキャッチの引っかきにベルの反撃が決まった。

ナイフがスキャッチの左指を全て切り飛ばしたのだ。

 

『ギウゥウウウ!』

 

スキャッチが怯み、たたらを踏む。

ベルの目にはっきりと勝機が見えた。飛び込み、喉をかき切ろうとナイフを振るう。

だがスキャッチは残る右手でそのナイフを叩く。

 

「あっ!?」

 

スキャッチは自分の右手を傷つけたが、同時にベルの手からナイフを叩き落とした。

こういうのを油断というのだ。

ベルはとっさに後ろへ飛んで距離を取る。だがもう武器はない。武器はスキャッチの足元にあるあのナイフだけだ。

どうしたものかと考えたとき、スレイがバックパックから “ノコギリ鉈” を外してベルに向かって投げた。

 

「使え」

 

「ありがとうございます!」

 

どさりと落ちたそれをすぐさま拾う。

展開した “ノコギリ鉈” の肉厚な刀身と、その背中にびっしりと生えたノコギリ状のギザギザ。見れば見るほど醜悪な武器だが、そんなことに構わず両手で持つ。

今のベルでは “ノコギリ鉈” を片手で使いこなすのは無理だろう。

 

「うぅああああああああああああああ!」

 

ベルは自らを鼓舞するように大声をあげてスキャッチへと走った。

スキャッチが右手でひっかく動作を見せる。

その動きに合わせてベルは鉈を振った。 “ノコギリ鉈” の刃はスキャッチの残る右手をも切り飛ばした。

ベルの体に返り血が降りかかる。

かまわずにその勢いのまま体を丸めて体当たりした。

スキャッチとともに地面に倒れ、すぐさまベルは立ち上がって “ノコギリ鉈” を振り上げる。

 

「終わりだ!」

 

ぶん、と “ノコギリ鉈” を振り下ろしてスキャッチの頭部を叩き割った。

バキリと湿った音を出してその頭が左右に開き、絶命した。

ベルは肩で荒い息をしながらスキャッチを見下ろした。

中層で弱いと言ってもいまのベルでようやく対等、といったところだ。

 

「や、やった……はあ……」

 

ベルがほっと胸をなでおろす。

 

「まあ、よくやったほうじゃない?」

 

ファナは帽子の下で微笑んでみせた。

 

「武器は最低でも二つ持て。できれば三つだ」

 

スレイはバックパックと地面に転がるナイフを拾い上げて、ベルへと差し出した。

 

「はい。あの、助言していただいて、ありがとうございます」

 

「荷物持ちに死なれると困る」

 

それが照れ隠しから来るものなのか、本気でそう言っているのかベルには判別できなかった。

 

「はは……」

 

ベルは苦笑いをしてそれらを受け取り、 “ノコギリ鉈” を振って血を払い飛ばしてからバックパックの側面に下げた。

 

「よし、魔石を回収しろ。行くぞ」

 

「はい」

 

スキャッチの胸から魔石を取り出して、先に進んだ。

 

 

 

 

 

 

どれほど進んだのか……通路の奥に転がる物体に、スレイは慎重に近づいた。

 

「……」

 

「なにこれ?」

 

「うっ!?」

 

地面に転がっているモノ。

腹に大穴が開き、そこから臓腑をぶちまけているドワーフ。

首を切断された犬人の青年。

黒く焼け焦げ、自分で喉を刺したらしき男……だろう。

頭部がぐちゃぐちゃに破壊されて脳漿をぶちまける猫人の少女。

冒険者が死ぬことそれ自体は珍しいことではないが、しかしいずれも酸鼻きわまる有様だ。

スレイとファナは死体のそばにしゃがんで観察し、ベルは顔色を青くして口元を押さえ、それら死体から目をそらした。

 

「うぅ……それも、モンスターがやったんですか……?」

 

「……多分な」

 

スレイは嘘をついて、ファナは怪訝な顔をスレイに向けた。

地面に転がるガラス瓶の欠片や、空の実包。

どちらもスレイにとって見覚えがありすぎるものだ。実包は散弾銃の銃弾に使われるものだし、このガラスの欠片には紐がくくりつけられている。これは火炎瓶の一部だ。

あのドワーフの死体にしても<内臓攻撃(ビーストハンド)>を受けた痕跡と酷似している。

間違いなくヤーナムファミリアの狩人の仕業だろう。

スレイは小声でファナに言う。

 

「ベルには黙っておけ」

 

下手に人間がやったと言って、それが狩人の仕業だとベルが知ったら……それが他のファミリア全体へと知られたら、端的に言って、困る。

ヤーナムファミリアは人殺しの集団などと思われたくないのだが、人を失った狩人は人の血肉を求めるだけの怪物に成り果てる。

なかにはモンスターだけでは飽き足らず、こうして冒険者に手を出す狩人もいる。

ヤーナムファミリアは人殺しの集団ではないと否定しきれないだけに、余計な醜聞は隠してしまいたかった。

だからスレイは嘘を吐いた。

ついでに空の実包を密かに拾って懐へと隠す。

 

「この冒険者がモンスターに殺されて、あとから来た誰かが荷物を盗んだ……そんなところか」

 

四人の衣服の乱れっぷりや、荷物袋や武器がないことから考えると、殺した狩人本人か、あるいは別の誰かが死体を漁ったのだろう。

 

「死体から物を盗むのって、ルール違反なんじゃ……」

 

ベルの言い分に、スレイは立ち上がって答えた。

 

「違反行為だ。だが誰がどうやって取り締まる?」

 

「ギルドの目はダンジョンの中まで届いていないわ。怪物進呈がいい例よ。目撃者がいないなら、冒険者が冒険者を殺したって誰も文句を言わないわよ」

 

ギルドは剣などで武装する冒険者や、それらが所属するファミリアに対して規律を求めている。

しかし治安維持を目的としたファミリアが壊滅してからというもの、ダンジョン内での殺人や死体漁りはいつものこととなり、オラリオの路地でも暴力沙汰は絶えない。

そしてそれらをギルドが確認できないことには、なにも対処できないのだ。

わざとモンスターをかき集めて冒険者に押し付け、モンスターに殺された冒険者から荷物を奪う……そういう輩だっている。

 

「敵はモンスターだけじゃない。覚えておけ」

 

死体を漁った誰かはドッグタグを残しているようなので、そちらは回収した。

ベルは納得いかないような、知りたくないことを知ったような複雑な顔になる。

 

「行くぞ」

 

「……はい」

 

 

 

 

 

 

十七階層最終地点。

階層主が居座る巨大な部屋を、スレイは通路から覗きこむ。

『嘆きの大壁』と呼ばれる巨大な結晶の壁。あれが階層主、ゴライアスを産み落とすのだ。

 

「ゴライアスはいる?」

 

「いない。今のうちに通るぞ」

 

三人は巨大な部屋に入り、正面奥の穴へと向かう。あれが十八階層への階段だ。

 

「ゴライアスがいないのって、やっぱり誰かが通ったせいですか?」

 

「たぶんね」

 

ベルは納得して、ファナはため息を吐く。

 

「あーあ、これじゃ経験値稼ぎもできない。ついてないわ」

 

退屈まぎれに足元の小石を蹴り飛ばし、三人は何事もなく過ぎ去った。

 

 

 

冗談みたいに長い階段を下りきると、地下であるにも関わらず、そこには広大な森が広がっていた。

見上げるほどに高い天井には数え切れない数の結晶の柱が光り輝き、さながら地上の昼間のような明るさを放っていた。

 

「うわあ……」

 

ベルは歩きながらその光景に感嘆の声を漏らした。

 

「来るのは初めて?」

 

「はい。ダンジョンにこんな場所があったんですね」

 

「街だってあるわよ。全部ぼったくりだけどね」

 

「街が? モンスターに襲われないんですか?」

 

「ここは安全地帯って言ってね、モンスターが自然発生しないのよ。けどま、たまに下から上がってきたモンスターなんかに街が襲われたりもするけど」

 

「そんな場所が……」

 

冒険者になって半月のベルは今日一日ずっと驚きの連続だ。

ダンジョンの構造や出現するモンスターを、一人で潜る前に知っておけるというのは今後おおいに役立つ。

 

スレイ達は壁沿いに進み、小川の河川敷へとやってきた。やや離れたところにはちょっとした滝があり、誰かの排水が混ざっているということもない。

そこにはすでに先客がいた。

ズボンだけをはいて上半身は裸となり、膝丈もない川に入ってスレイと同じようなコートと三角帽子を洗っていた。

ゴライアスの返り血を頭からかぶったのかと疑いたくなるほど、川の水は赤く濁っていく。

河川敷には本人の荷物袋や、洗い終えたであろう “長柄斧” と散弾銃。

そして何かのモンスターの長骨を組み合わせ、先端を尖らせただけの武器と呼ぶのも躊躇われるような武器、“骨爪” が置いてあった。

血で錆び付いた剣のような色の短髪と、その中から生える三角形の耳、腰から生えるのはふさふさの尻尾。

狼人の狩人だ。

その狩人はこちらの気配に気づき、振り返る。

 

「おまえらか」

 

スレイと同じく二十代前半でありながら、その声は酷くざらつき、かすれていた。

もしも声に形があるとしたら、声をヤスリがけするとこんな風になるのかもしれない。

彼の名前はグリッグスといい、再び コートを洗い始めた。

 

「あなたも来ていたのね」

 

「狩人がダンジョンにいるのは当然だろう」

 

グリッグスはコート振って水を払い飛ばし、近くの岩に乗せた。水をすくって顔を洗う。

 

「荷物を降ろせ。ここらで休憩だ」

 

「はい」

 

スレイはそう言ってベルに荷物を降ろさせた。

 

「じゃあ私は矢を買い足してくるから、ここで集合ね。あなたは荷物持ちなんだからついてきて」

 

「わかりました」

 

ファナは森の小道へと歩き、ベルも素直についていった。

二人を見送ったスレイはグリッグスへと歩いた。その両目には怒りが滲んでいる。

グリッグスは川から出てきて、洗った衣服を絞った。

 

「おい」

 

「あ?」

 

「十五階層で四人の獣人の死体があったが……やったのはおまえか」

 

断言するような問いかけ。

グリッグスは『おまえは兎を食べたのか?』と問われた狼のように口元を歪めた。

 

「さあ? まったく、知らんね」

 

挑発ともとれる返事だった。

態度は自分がやりましたと言っているようなものだが、口先だけで否定している。

こうなるとスレイはもうそれ以上の追及はできず、眉間にシワを入れるしかない。

認めたら認めたで、あの四人の冒険者殺しが表沙汰になったとき、即座にグリッグスを粛清しなくてはならない。

 

「身内の不手際は俺が始末をつける……わかっているだろうな?」

 

冒険者が冒険者を殺して、そして殺した人物がどこの誰かが判明した場合、間違いなくファミリア同士の抗争や潰し合いに発展する。

いまのオラリオには法の番人は存在しない。暴力は暴力で返ってくる。

そうならないためには下手人を身内で粛清して納得してもらうか、多額の慰謝料を支払うしかない。

グリッグスもそのことを理解しているから認めようとしないのだろう。

 

「言われなくてもわかっているさ。くっくっくっくっ」

 

喉の奥を鳴らすように笑い、荷物袋から砥石を取り出す。

そして “長柄斧” を持ってスレイの横を過ぎ、木陰に座り込んだ。斧の刃を小型の砥石で研いていく。

獲物の首を切り落とすのが待ち遠しいのか、グリッグスの口元には笑みが浮かんでいた。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

十八階層には街がある。

モンスターが自然発生しないという特性から、過去の冒険者たちが作った補給と休息の場。

名前はリヴィラの街という。

しかしいくら安全地帯といえども、下の十九階層からモンスターが上がってきたり、なんらかの不測の事態が発生したりする。

そのたびにリヴィラの街は壊され、そして幾度となく冒険者によって再建される。

そんなことを繰り返してできた場所だった。

 

通りには屋根と柱だけの、小屋とも呼べないようなものが並び、冒険者が商人となって武器や道具などを売っていた。

それらを見て回る冒険者も多いのだが、そこかしこで「もっと安くしろ!」「いやなら帰れ!」と怒声が飛び交っていた。

そんなに高いのかと思って、ベルは歩きながら露店を眺めた。

……なるほど高い。

ナイフが一本で九千ヴァリスだし、割れて小さくなった砥石が一万ヴァリス、継ぎ接ぎだらけの古びたリュックが二万ヴァリスもする。

中にはごくごく普通のショートソードが五万ヴァリスなんてとんでもない値段がつけられていた。

 

「高いですね……」

 

どれもこれもぼったくりも甚だしい。いまのベルではとても買えない。

 

「高いわよ。まったくどいつもこいつも足元見るんだから」

 

いまにも舌打ちしそうな声でファナが毒吐いた。

それでも不足分を補うためには買うしかないのだ。ファナの心情はいかがなものか、ベルには分かりかねた。

歩いた先、露店が並ぶ片隅にてファナが立ち止まる。

 

「よお姐さん、へへへ、今日も矢をお求めですかい?」

 

禿頭の店主が媚を売るように笑った。

膝を曲げて大きく足を広げ、小さな輪切りの木に座り、地面には風呂敷を広げていた。その上に並んでいるのが商品だ。

 

「……?」

 

ベルはその品揃えに違和感を感じた。

兜と左手だけの手甲でそれ以外の防具がなかったり、傷だらけの丸盾はあれど剣がなく、弓はないのに矢筒があったりと様々だ。

まるでそこらに散らばっているものを急いでかき集めたような、そんな品揃え。

その店主は中年の男性で鷲鼻を持ち、背中には売り物ではない大盾と槍を背負っていた。

だがなにより特徴的なのはその卑しさの滲み出る笑い方だろう。

なんというか、強者に媚を売って甘い汁を分けてもらおうというような、そんな笑顔。

 

「ええ。それ、なんの矢かしら?」

 

ファナが指さしたのは矢筒だ。

店主はそれを手にして中身の矢を引っ張り出す。

なんてことない、矢じりが金属でできている以外は普通の木矢だ。それが十本ほど。

 

「普通の矢ですぜ。一本五百ヴァリス」

 

「高すぎ。二百」

 

「おいおいおい冗談キツイぜ姐さん、こっちも命かけてるんだ。四百五十」

 

「どうせタダで仕入れたんでしょ? それに同じファミリアなんだからいいじゃない。その矢を全部で三千」

 

この禿頭の店主はスレイやファナのようなコートを身につけていないが、彼らと同じヤーナムファミリアの人間らしい。

 

「惜しいな、もう一声くれなきゃ」

 

「三千五百。いやならいらない」

 

「へへへ、いやだなんてまさか。まあ姐さんだしな、それで譲歩しましょ」

 

「成立ね」

 

店主は矢を矢筒に戻し、ファナは財布から三千五百ヴァリスを取り出して渡した。

 

「へへへ、まいどあり。ところでこっちの坊やは? まさか男ですかい?」

 

「そんなわけないでしょ。ただの荷物持ちよ」

 

ファナは受け取った矢筒をそのままベルに渡し、ベルは店主に苦笑いしながら会釈した。

 

「ど、どうも」

 

「サポーターってわけですかい。へへへ、俺はパッチっていうんだ。サポーターが本業だけどよ、こうやって商売もやってる。まあよろしく頼むぜ」

 

「ベル・クラネルです。縁があれば、そのときは。ところであの、仕入れがタダって、どういう意味ですか?」

 

その何気ない質問に場が凍りついた。

目の前のパッチが苦い顔をしたのはもちろんだが、聞こえた近くの商売人からも冷たく突き刺さるような視線が向けられる。

そんなに変な質問だっただろうかと、ベルは戸惑った。

ファナはやれやれとでも言うようにため息をして、パッチは取り繕うような笑顔で言う。

 

「へへへへへへ、あのな坊や、駆け出しの新人みたいだから教えるけどよ、ここじゃあそれを聞くのはご法度ってもんだ。あれだ……あー、いろいろあんだろ? 俺のだってたまたま落ちてた物を『拾った』だけだよ。『拾った』だけ。なあ、わかんだろ?」

 

やたら拾ったを強調した説明。そしてベルは気づいた。

あの兜、内側には皮膚ずれを防止するための布や皮が貼ってあるのだが……よく見ると赤い液体を必死で洗ったような痕跡があった。

これはつまりどういうことかというと、兜を着けていた人間が赤い液体を撒き散らすような事態に陥り、そして兜を放置したまま回収できなくなったことを意味している。

その兜がなぜここにあるのか? 答えは一つだ。

十五階層でみた漁られた死体。つまり、ここにある商品はどれもこれもそういうものなのだ。

 

「う……」

 

ベルは思わず嫌悪感をあらわにしてしまう。見たくなかったし知りたくなかった。

 

「へへへへへ……まあそういうわけだ。気にすんな」

 

「ベル、行くわよ」

 

「は、はい。ではまた……」

 

パッチに軽く会釈して、その場を離れた。

 

「まったく……バカね」

 

「すみません……」

 

ベルの知らないことだが、パッチをサポーターとして連れて行く狩人はまずいない。

死体から荷物を奪うような男に、誰が荷物を預けられるだろうか。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

その後、ファナのレベルに合わせて『大樹の迷宮』とされる二四階層付近を重点的に歩き回り、再び十八階層に戻ってきた時には明るかった結晶はその光をずいぶんと弱めていた。

来た時の明るさが昼間の太陽なら、いまは深夜の満月みたいな明るさだ。

 

スレイたち一行は川の上流で一夜を明かすことにして、落ちている枝木で焚き火を起こした。

それを囲むように三人は座る。

リヴィラの街には宿があるのだが、そこに泊まらない理由にベルはもう察しがついていた。

商品だけでもあんな値段がつけられているのだ。宿屋となればいくら取られるかわかったものではない。

ベルは天井を見上げながら感傷に浸っていた。

天井を埋め尽くす結晶の煌めきは、さながら満天の星空のようだ。

神様にも見せてあげたいな、なんて思ったとき、あ、とベルは思い出した。

 

「なに?」

 

「神様に今日は遅くなるって言ってませんでした……いまごろ心配してるかも……」

 

「じゃあお土産でも買って帰ることね」

 

「はい。そうします」

 

『じゃが丸君塩バター+チーズ味』でも買って帰ろうと心に決めて、十八階層で採れるという果物をかじりついた。リンゴとはまた違う甘さだった。

スレイは興味なさげに枝で焚き火の枝をひっくり返したりして火を強くする。そして持っている枝を焚き火の中へと放った。

 

「あの、ちょっとききたいんですけど……」

 

ベルは二人に問いかけた。

 

「ヤーナムファミリアの冒険者さんって、どうして『狩人』って名乗るんですか?」

 

「さあ? なんで?」

 

と、ファナはスレイに話をふった。

スレイはジト目でファナを見返す。

 

「前にも話しただろ」

 

「そうだったかしら? 覚えてないわ」

 

「……」

 

スレイは少しばかり眉間にしわをよせて、頭の中で話をまとめる。

口数の少ないスレイの話を聞き逃すまいと、ベルとファナは黙した。

 

 

 

遠い昔、古代と呼ばれる時代のころ、ヤーナムという巨大な街があった。

そのヤーナムに神様が降臨した日、すべてが変わった。

ヤーナムの人々は神様の存在に狂喜し、自らも神そのものになろうとした。

そのために神様を捕らえ、大聖堂の奥深くに閉じこめ、冒涜の限りを尽くした。

ついに神は激怒し、街に呪いを振りまいて姿を消した。

呪われたヤーナムの人々は知性を持たないおぞましい獣へと姿を変え、人々を襲うようになった。

事実を隠したい聖職者たちは武装組織を密かに結成し、呪われた人々を暗殺していた。

しかし“呪い” は伝染病のように人々に広がった。

隠しきれなくなった聖職者たちはついに大々的に人員を募り、その集団を狩人と呼んだ。

狩人たちは呪われた獣たちを狩り続けたが、神の “呪い” はとどまることを知らず、ついには聖職者や狩人でさえも呪われた獣へと姿を変えてしまった。

最後に生き残った三人の狩人はヤーナムそのものを焼き払い、すべての災いを葬った。

その後、いまの神と出会い、ヤーナムファミリアを設立したらしい。

 

 

 

「……まあ、本当のところはどうなのか知らないが」

 

と、最後に付け足して、スレイは水筒に汲んだ川の水を飲んだ。

いまの話は最後の狩人であり、最初の眷属であるローレンスやゲールマン、ルドウイークが残した手記から推測されるものだ。

だがその手記には記されていないことが多々ある。

なぜ三人だけが神の呪いを免れたのか?

上位者と呼んでいるあの得体の知れない神様はいったいなんなのか?

その上位者を世話する人形はいつ、どこで、誰が、どうやって作ったのか?

ヤーナムを呪った神とは誰なのか?

それらの記述はどこにもないため、当時を知っているのは人の言葉を持たない上位者だけだ。

 

「そういえば、そんな内容だっけ」

 

ファナが思い出したように言い、ベルは理解できないとでも言いたげな表情になる。

 

「神様になりたいなんて……その人たちもすごいことを考えたんですね」

 

「……おまえには憧れる人はいないのか?」

 

「え? や、それは、まあ……」

 

言葉を濁して照れ笑いするところを見ると、そういう人がいるらしい。

それが誰かは興味ないが。

 

「……その憧れる人と同じところに立ちたいとは思わないか? 同じように肩を並べたい、隣に立ちたい、と」

 

「う……」

 

「呪われたヤーナムの人間も、同じことを考えたんだろう」

 

憧れ、恋い焦がれ、心のうちに描くしかなかった存在、神。

それがある日、目の前に姿を現したとしたら……ヤーナムの彼らはどれほど喜び、打ち震えただろうか。

しかし結果として、間接的にではあるがその神に滅ぼされてしまった。

悲劇ともとれるし、喜劇ともとれる。

 

「……話は終わりだ。俺は寝る」

 

スレイは帽子を目深にかぶりなおすと、そのままうなだれた。

どこでも寝られるようになるのが冒険者というもので、スレイもその分にもれず、やがて静かに寝息を立て始める。

 

「あーらら、寝ちゃった」

 

もう質問は受け付けないし答える気もないようだ。

 

「じゃ、私も寝ようかしら。見はりよろしく」

 

「えっ? 見はりって、ちょ……」

 

ベルを無視してファナはゴロンと寝転がり、顔を帽子で隠してしまった。

 

「見はりって……えぇ、起きてろってこと……?」

 

残されたベルは頑張って起きていたのだが、やがて睡魔に襲われて寝てしまうのだった。

 

 

 

 

 

翌日、ベルは担当アドバイザーに散々説教され、ヘスティアに泣きつかれた後いかに心配していたのかを延々と聞かされる羽目になったのだが、それはまったくもってただの余談である。




スキャッチは旧市街に出てくるあいつです。名前がわからないのでスクラッチ(ひっかく)をもじった名前にしました。


それにしても今回は場面転換が多すぎた……。
輸血液を使うつもりが結局使ってないし……ヒロイン未定のままだし……。

次は怪物祭がメインの予定。

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